もし、西住みほに双子の妹が居たらという物語   作:青空の下のワルツ

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プラウダ高校での訓練が開始します。


器用貧乏

 

「あーあ、簡単に撃破されちゃいましたね……。ご指導ありがとうございます。カチューシャさん」

 

 練習で紅白戦をすることとなり、あたしはT-34の車長をさせてもらった。

 その前の練習では砲手、装填手、操縦手として一通り実力を見てもらい、一応、中等部時代は主に車長をしていたという経験があることを伝えて最後に車長としての実力を実戦形式で見てもらったのだ。

 

 序盤はこちらチームのリーダーであるノンナさんの指揮に従って何とか一両撃破出来たが、その後隊長車両であるカチューシャさんのT-34と一騎討ちとなり、あっさりとあたしの車両は撃破されてしまう。

 

 そして、こちら側のチームは負けてしまい、現在カチューシャさんにあたしの戦いの感想を伺っている。

 

「何ていうか……、思ったより普通ね……」

 

「えっ? あ、はい。そうですか。普通……」

 

 カチューシャさんの評価は“普通”というリアクションが取りにくい評価だった。

 なんか普通って貶されるよりも堪えるなぁ。

 

「とはいえ、車長にも関わらず、砲手、装填手、操縦手としても優秀な数値を出しています。それだけをとっても彼女は貴重な人材と言えるのでは?」

 

 ノンナさんはあたしが一通りの役割を平均水準以上にこなせる事を評価してくれる。

 車長を降ろされても別で使えるようにする為に、全部出来るようにずっと準備はしていた。

 なので、車長としての調子が悪いときはまほ姉やみほ姉の車両に乗っていた事もよくあった。

 

「あのね、器用貧乏っていうのはこの子みたいな子の事を言うのよ」

 

 しかしカチューシャさんはそんなあたしを器用貧乏だとバッサリ切り捨てる。

 薄々はそう思っていたけどはっきり言われたことは無かったなぁ。

 

「あはは、器用貧乏ですか。なるべく選手としての幅を広げようと頑張ったんですけど、確かにそうかも……」

 

 あたしはそれなりに努力はしていたが、言われてみればパッとしない原因がそこにあるような気もしてきた。

 

「練度が高いのは認めるわ。マミーシャはどこの高校でも即戦力になる。でも、全然怖くないのよ。だって、普通なんだもん」

 

 カチューシャさんはあたしの努力は認めつつ、まったく怖くないと口にする。

 なぜならあたしが“普通”だからだそうだ……。

 

「普通……。確かに姉二人とは違い、あたしには才能がありません。なので――」

 

「そういうのを言ってるんじゃないわよ。怖さっていうのは、つまり殺気よ。あなたが戦車道が好きなことは伝わるわ。でもね、あなたの戦車には獰猛さがない。噛み殺そうというより、(じゃ)れついてる感じ。見かけによらず上品なのね」

 

 カチューシャさんはあたしの才能がないという発言も切り捨てて、あたしから殺気を感じないと持論を展開する。

 殺気か……。アールグレイさんにも言われたけど、よくわからないな……。

 

「上品……、ですか?」

 

「マニュアル通り上手にやればいいって思ってる。あなたと比べたら氷河の上のアザラシの方がまだ怖いわ」

 

 あたしの戦車の使い方がマニュアルの域を脱してなく、カチューシャさんからすると怖さがまったく無いのだそうだ。そう、アザラシよりも……。

 

「まぁ、ヒョウアザラシとかってかなり凶暴ですもんね。300キロ以上の巨体は――」

 

「バカ! アザラシの話なんてどうでもいいのよ!」

 

「すみません……」

 

 あたしがアザラシの話題に食いつくとカチューシャさんに叱られた。つい、いつもみたいに無駄話しちゃうな……。

 

「マミーシャ、戦車道において一対一になる場面もよくあると思いますが、そういう時はどんな相手が1番怖いですか?」

 

 そんな問答をしていると、ノンナさんがあたしに一対一の場面でどんな敵が1番怖いか尋ねてきた。

 あたしは一対一に弱い。姉はもちろん、さっきのカチューシャさん、中等部時代はエリカにだって良いようにあしらわられていた。

 その代わり、集団で動くときはかなり精密に動けるので、その点は評価されていた。

 

「そうですね。怖いかどうか分からないですが、姉たちと戦うときはいつも戦う前から敗けているような錯覚に陥ることが多いです」

 

 あたしはよく戦う前から圧倒されることが多かった。

 そして実際に戦うと思った以上に翻弄されて負けてしまうことが多々あった。

 

「あなた、西住まほに勝ったことないんでしょ? 当たり前よ。あなたと彼女は確かに能力の差もあるし、才能も違うかもしれない。でも、勝てないのはそれが原因じゃない」

 

「能力や才能じゃない? では、何なのですか?」

 

 カチューシャさんはあたしがまほ姉に勝てない原因は練度や才能の差ではないと分析する。

 いやいや、まほ姉に勝てないのは完全にそれでしょ。

 彼女は努力家で才能もあって慢心もしない。戦車乗りとして必要なものをすべて兼ね揃えている。

 その差が原因じゃないなら、他に何があるというのだ?

 

「だから、言ってるでしょ。殺気よ。あなたの戦車道は上手いだけで怖さが全くない」

 

 カチューシャさんはあたしの戦車からは殺気が感じられずに怖くないから負けていると結論を出した。

 うーん。よくわからない……。

 

「私たち人間は危険から逃れようと本能的に考えてしまいます……。すべてを射殺す強烈な殺気……。私たちが西住まほさんから感じられたのは正にそれでした……。私自身も努力では到達できる領域ではないと思ったほどです」

 

 ノンナさんはカチューシャさんに続けてまほ姉の殺気が凄かったと説明する。

 誰もが恐れを抱いて逃げ出したくなるみたいなまほ姉の気配はノンナさんほどの人でも努力ではどうにもならないと思ったほどらしい。

 

 確かに実の姉だから、というか昔から戦車で戦うことに慣れすぎてまほ姉やみほ姉の独特の気配を殺気とまでは思っていなかったかもしれない。

 

 ただ、怖いと思わなくても彼女らの気配を感じて日和ってしまうのは本能に敗北した記憶が身体に染み付いているからだろう。

 

「へぇ、まほ姉の印象って、他の学校の人からはそんな感じなんですね〜。殺気なんて……、考えたこともなかったな」

 

 あたしは他校の人からまほ姉が予想以上に怖がられている事に驚いた。

 口下手で戦車道に関しては厳しいけど、根は優しい人なのに……。

 

()()()練習で身に付くものではありませんから」

 

「でも、身に付けられないものじゃない。あなたが望むならとっておきの訓練を受けさせてあげるわよ」

 

 そしてノンナさんの言葉に続けてカチューシャさんがその()()とやらを身につける訓練をつけてくれると話す。

 

「――ほ、本当ですか? でも、そんな敵に塩を送るなんてこと……」

 

「マミーシャはバカーシャなの? 新参チームがちょっと強くなるくらいで、私たちが困るわけないでしょ。カチューシャは寛大なんだから」

 

 あたしが他校の生徒にそこまでしても良いのかと尋ねると、王者であるプラウダ高校は新参チームに手ほどきしたくらいではビクともしないと胸を張った。

 よく考えたらそのとおりだ。あたしは黒森峰の人間でもないんだから……。

 しかし、あたしが慣れ親しんだ西住流ではない、プラウダ流の訓練には興味あるな……。

 

「カチューシャは誰にでも寛大なわけではありません。今日の練習を見て努力が報われていないあなたのことが、見過ごせなかったのでしょう」

 

「余計なことは言わなくていいの。明日から覚悟しなさい」

 

 ノンナさんがカチューシャさんはあたしの練習量を感じ取ってそれが成果として現れて無いことに同情して稽古をつけてくれると語り、カチューシャさんはそっぽを向いて明日から厳しいと口にする。

 

 いやはや、今日会ったばかりのあたしにここまで世話を焼いてくれるなんて……。

 

「ありがとうございます! カチューシャさん!」

 

「ちょ、ちょっと! 離しなさい! あなた、本当にあの人の妹なの!?」

 

 あたしは感極まってカチューシャさんに再び抱きつくと、彼女はあたしがまほ姉の妹なのかどうか疑ってきた。

 こうやって抱きつくのってそんなに変かしら?

 

「妹キャラとカチューシャも……、悪くないですね……」

 

 そんなあたしとカチューシャさんのやり取りをしばらくノンナさんは眺めていて、カチューシャさんは止めないノンナさんに後で文句を言っていた。

 

 その後、練習も終わってあたしはプラウダ高校の食堂でカチューシャさんとノンナさんと食事をとる。

 

 一緒に訓練をしていた子たちは「怖くないの?」とか「逃げてもいいんだよ」とか言ってたけど、すっごく二人とも優しいし何が怖いのかわからない。

 

 あたしは手作りのボルシチの鍋を持ってカチューシャさんの正面に座った。

 

「しかし、プラウダ高校の強さって個の力もそうですが……、戦術面の多彩さですよね。あたしもカチューシャさんみたいに上手い作戦を考えてみたいです」

 

「生意気言ってんじゃないの。カチューシャの戦術は誰にも真似なんてできないんだから」

 

 あたしがプラウダみたいな戦術を自分でも立ててみたいと口にすると、カチューシャさんはアレは自分にしか出来ないと答えた。

 なるほど、戦術においてはカチューシャさんはかなりのプライドを持っているみたいだ。

 

「戦力を活かすも殺すも戦術次第ですから。カチューシャの戦術によりプラウダには革命が起き、以前までの粗さや甘さが消えたのです」

 

 ノンナさんはプラウダが躍進したのはカチューシャさんの戦術によるところが大きいと誇らしげに語る。

 彼女は心の底からカチューシャさんを尊敬しているのだろう。

 

「そうよ。カチューシャは偉大なの。そんなカチューシャに指導してもらえるなんて、マミーシャはラッキーなんだから。ん? このボルシチ美味しいわね」

 

「あっ! それ、あたしが作ったんですよ。クリスマスに圧力鍋もらったんで、それを使って! 厨房をお借りしたんです!」

 

 あたしは自分が作ったボルシチをカチューシャさんが褒めてくれたので嬉しくて仕方が無かった。  

 いやー、母に貰った圧力鍋は本当に使い勝手がいいなぁ。

 

「鍋をわざわざ持ってきたのですか?」

 

 すると自分用の圧力鍋を持ってきたことに対してノンナさんが珍しく驚いた表情をする。

 

「料理好きなんですよ。姉に作ったりして、食べてもらったりするのが。カチューシャさんに気に入ってもらえて嬉しいです」

 

「まぁまぁね……。また、食べてあげてもいい

わ」

 

「付いてますよ」

 

 カチューシャさんは満足そうな顔をして、ノンナさんはそんなカチューシャさんの口元に付いているボルシチをナプキンで拭いてあげていた。

 この二人のこの感じ……、すっごく良いかも……。

 

「あー、いいなー。あたしもみほ姉の口を拭いたりしてみたいです」

 

「マミーシャ、あなたは確かにカチューシャの言うとおり変わった方なのかもしれません」

 

 あたしがボソリと自分の欲望を口にすると、ノンナさんはあたしの事を変な人扱いする。

 

「じゃあ、カチューシャさんの口を拭かせてください」

 

「何が、“じゃあ”なのよ。そんなにヘラヘラ出来るのも今日までなんだから。早く休むことね」

 

 そして、それが叶わないならカチューシャさんの口を拭きたいと言ったら、彼女は呆れた顔であたしをジト目で見ていた。

 これ以上は何も言わない方が良さそうだ……。

 

 

 そして、翌日――。

 

 

「あのう。カチューシャさん。その格好は……?」

 

「見てわからないの? ヒグマよ、ヒグマ! 怖いでしょ!?」

 

 あたしは翌日の訓練開始時にカチューシャさんがクマの着ぐるみを着ていたので、ついツッコミを入れてしまった。

 あたしの質問を聞いたカチューシャさんは当たり前のようにヒグマの格好をしていると口にしてドヤ顔をしている。

 

 これが“ボコ”の衣装だったら、みほ姉が悶えるだろうな……。

 

「カチューシャ、さすがです。恐ろしいヒグマに扮して恐怖と殺気の使い方を教えるのですね。用意しておいて良かったです」

 

 ノンナさんは上機嫌そうにカチューシャさんを褒める。

 これってノンナさんの趣味なんじゃ……。あっ!? 今、携帯で隠し撮りした……。

 

「この前みたいに本物を用意したかったけど、ケチ臭い学園艦が許可をくれなかったのよ。まったく、優勝したからって守りに入るんだから」

 

 そんなやり取りの中で、カチューシャさんがサラリと問題発言をしていた。

 

「ほ、本物を? 冗談ですよね? みなさん……。ていうか、カチューシャさんの格好に誰もツッコまないんですね……」

 

「「…………」」

 

 あたしはここまでの一連の流れで誰一人として口を開かないところに疑問が沸々と湧き上がる。

 今日のカチューシャさんやノンナさんはあんなにツッコミ所が満載なのに……。

 

「あれ? もしかして、カチューシャさんやノンナさんって本当に怖い人なのかしら?」

 

 そして、あたしは昨日のチームの人たちの言葉を思い出した。

 

「マミーシャが知ねのは無理ねばって、カチューシャ様はそれはおっかねぇ人だ。あの姿ば笑ったりすたっきゃ、一体どった罰ば受げるが」

 

 そんなあたしの言葉を聞いて、隣の子が小声で震えながら、カチューシャさんが恐ろしいと呟く。

 この怯え方は本物だ……。あたし、今日は何をさせられるんだろう……。

 あたしはいきなり不安になる……。

 

「で、マミーシャ、あなたは今日一日、これを付けて訓練するのよ」

 

「あ、アイマスク? あの、目が見えないと訓練なんか……」

 

「大丈夫です。さすがに大怪我はしないように配慮しますから」

 

 アイマスクを付けられて、あたしはノンナさんから全然大丈夫じゃないセリフを言われる。

 どうやら、あたしはアイマスクで視覚を封じながら本当に一日練習しなければならないみたいだ。

 

 そんなあたしはつい呟いてしまった――。

 

「これじゃ、クマさんになったカチューシャさんが見られないじゃない」

 

「マミーシャはやっぱりバカーシャかもしれないわ……」

 

 あたしの言葉を聞いて、カチューシャさんは心底呆れた声を出していた――。

 

 殺気を習得するという特殊な訓練が開始された――。

 

 




カチューシャとノンナの関係が実は1番好きだったりします。
オリジナル小説でこういう関係の二人の女主人公が活躍する話を書いちゃったくらい。

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