もし、西住みほに双子の妹が居たらという物語 作:青空の下のワルツ
ということで、紅白戦開始です。
「何とかみんな戦車を動かせるようになったみたい。で、これからいきなり試合をするわけだけど」
紅チームも白チームも、無事に指定の地点に到着して、戦いがスタートしようとしていた。
とりあえず、操縦は問題なさそうで良かった。むしろ、みんなそれなりに出来てるからびっくりしたくらいだ。
「まみ子が隊長なんだから、頑張ってね〜」
「それなんだけど、あたしって隊長とかやったこと殆どないのよ。一応、知識としては知ってるけど」
そう、あたしは指揮とか任せてもらったことがほとんどない。だから、今のこの立場が不安すぎる。
もちろん、西住流を学んでいるから知識はある。しかし、圧倒的に実戦経験が足りてない。
「お前も西住流だろ!?」
「だって上にはまほ姉が居ますし、同期にはみほ姉が居ますから。そもそも、あたしよりも上手い子が黒森峰には何人もいるんです。なので、こういう紅白戦のときも別の人がリーダーをしていて……」
河嶋先輩はツッコミを入れるが、こういうときは、大抵姉二人かエリカとか有望な選手が指揮を出すポジションにいたから、あたしの出る幕はなかったのだ。
「そんな言い訳は知らん! 生徒会の威信を懸けて戦え! 西住みほに勝て!」
でも、河嶋先輩はいつもみたいにあたしを叱咤して、勝てという。この人は割と無茶ぶりしてくるよなー。
「んな、めちゃくちゃな。当然、勝ちは目指しますけど……」
「およ、まみ子にしちゃ珍しいじゃん。大好きなお姉ちゃんには勝てっこないとか言いそうなのに」
「そのくらいの気合でやらないと、全国優勝は出来ないから……。あたしもみほ姉より強くなるくらいの気持ちでいないと」
とはいえ、あたしだって負けるつもりはない。全国大会で勝ち抜くためには、あたしのレベルアップは必須。
才能がないからって、腐っていたあの頃と違う。あたしはあたしのやり方で強くなるんだ。
「みほさんが居ないときから、Ⅳ号には押されっぱなしだったけど、あの戦車に彼女が加わるとどれだけ強くなるんだろう?」
「嫌なこと思い出させないでくださいよ。小山先輩。まぁ、あのⅣ号を単騎で落とせるのなんて、全国にもそうは居ないでしょう。なので、最初の作戦は――」
そう、みほ姉が乗ってないⅣ号が相手でも、あたしたちは勝てなかったりした。
もちろん、車両の性能の差も大きいのだが、麻子をはじめとする乗員のスペックが高い。
だから、作戦を考えた。Ⅳ号を落とすのは最後にしようとする作戦を――。
そして、あたしは各車両をあえて散開させて、まずは敵の位置を把握しようと指示を出す。
交戦は極力避けて、どの車両がどこに居るのかを探ろうとしたのだ。
『隊長、Ⅳ号戦車を発見したわ。他に車両は居ないみたいだけど、どうする?』
『こちら、ポルシェティーガー。今ならルノーと挟み撃ち出来そうだよ〜』
すると間もなく、そど子先輩とナカジマ先輩から通信が入ってきた。どうやら、Ⅳ号が単騎で居て挟み撃ち出来る状況らしい。
うーん、普通なら撃破の指示を出す場面だけど……。
「園先輩、ナカジマ先輩、急いでこちらに戻ってきてください。決して交戦してはいけません」
あたしは先輩たちに撤退の指示を出す。やはり、みほ姉のⅣ号に喧嘩を売るのはまだ早い。
決して無理はせずに、機を窺わなくては……。慎重すぎるくらいで丁度いい。
「この場面でも戦わないのか!? ルノーとポルシェティーガーは、一応経験者チームだぞ」
「もちろん。たかだか2両でⅣ号は落ちません。風紀委員は園先輩以外は初心者ですし……」
河嶋先輩は消極的なあたしに不満げだが、あたしはルノーとポルシェティーガーだけでは、Ⅳ号を落とすのは無理だと判断した。少なくとも、互角に渡り合うためには3両は必要だ。
『まみさん、八九式を見つけたよ。戦ってみてもいいかな? ああーっ! 被弾しちゃった! Ⅲ突が隠れていて……』
『白チーム、三式中戦車、行動不能!』
そんな中、三式中戦車のねこにゃーから通信が入る。どうやら、八九式を囮にして待ち伏せしていたⅢ突にやられたみたいだ。
まだ、始めて間もないのに、えげつない手を容赦なく使うなぁ。きっと、エルヴィンあたりが考えたんだろう。
「さすがにⅢ突の強みを活かして攻撃するなぁ。最初、変なのぼりを付けていた時はどうしようかと思ったけど……」
「経験者の方が当然一枚上手だな」
去年度、彼女たちは車高の低いⅢ突に派手なカラーリングをして変なのぼりを付けていた。模擬戦でのぼりのせいで撃破されてから止めたけど……。彼女たちは、ちゃんと成長している。
38tもピッカピカの金色にカラーリングしてたからあたしが塗り直した……。
「――っ!? 小山先輩、右に曲がって下さい!」
「おっ、M3リーじゃん。1年生の子たちのチームだね。どうする?」
三式中戦車が撃破されて間もなくして、あたしはM3リーを発見した。
さて、全国大会の優勝を目指すにあたって、メンタル面の強化が一番必要なのはこのチームだ。少しだけ厳しくいくか……。
「河嶋先輩、装填してください。会長、この距離じゃ落ちませんけど、一発当てておいてもらえるかな?」
「落ちないけど撃ち込む。無駄撃ちではないのか?」
「ふーん。なるほどねぇ。まみ子も心を鬼にしてるってことか。はいよっ!」
あたしは河嶋先輩に装填を指示して、角谷先輩に砲撃を指示する。
砲撃のセンスなら華に引けを取らない角谷先輩は上手くM3リーに砲弾を当てた。撃破はされてないけど、被弾の衝撃って結構強くて初心者は誰もがびっくりするものだ。
「もう一発いきますよ!」
「ほいさっ!」
あたしはもう一度、角谷先輩に砲弾を撃つように指示を出すと、彼女は当たり前のように再びM3リーに命中させる。すごい精度だな……。
「すごーい、会長。桃ちゃんとは大違い」
「うるさいな! あと、桃ちゃん言うな!」
「必死に河嶋先輩に砲手を諦めるように説得して正解でした。人生諦めも大事ですから」
あたしは最初に河嶋先輩が砲手をやりたがっていたことを思い出す。
びっくりするほど下手で、上達も見込めなかった。あたしが目をつぶって撃ったほうがいいくらい……。
しかも、河嶋先輩のほうが角谷先輩よりもどう考えても体格的に装填手に向いている。だから、砲手を河嶋先輩には諦めてもらったのだ。
「まさか、土下座までされるとは思わんかった。後輩にあんなことされてまで、砲手をやろうとは思わん」
「それだけ絶望的だったんだね。桃ちゃんの砲撃……」
あたしは河嶋先輩に頼むから廃校にしないためにも砲手を諦めてくれと頼んだ。そして、角谷先輩に砲撃のトレーニングをしてみるようにお願いした。
怠け者の先輩もこの時ばかりは本気でトレーニングに集中してくれ、短い間にメキメキと砲手としての才能を開花させる。そして、今の体制が出来上がったのだ。
「ありゃりゃ、あれは危ないなぁ。M3リーに乗ってた1年生たち戦車から出ていったよ」
「少しばかり脅して、戦車の怖さを先に知ってもらおうと思ったけど……。やりすぎちゃったかなぁ」
とか何とか思ってると、何とM3リーの乗員たちが戦車の外に出て行ってしまう。
被弾の衝撃に慣れさせようとしたんだけど、荒療治過ぎたか。悪いことをした……。
「おいっ! どーするんだ! あいつらが戦車道の履修を止めるとか言い出したら!?」
「ええーっと、どうしましょう? とりあえず、あとで謝りますけど……」
あたしは河嶋先輩に怒鳴られて混乱してしまう。なんてこった、戦車道をまずは好きになってもらうのが先決なのに、焦ってあの子たちに酷いことをしてしまった。
あとで謝らなきゃ……。止めるって言ったら本当にどうしよう……。
「とりあえず、試合が終わってからだ。M3リーは行動不能ということで」
角谷先輩は優しくあたしの背中を叩いて、話は試合後にしようと言ってくれる。そうだ、まだ試合中……。こっちに集中しなきゃ……。
「これで、お互いに3両同士。どうするの? まみ」
「八九式とⅢ突を落とします。こちらの犠牲は出さずに……。これが勝利への最低条件です」
「Ⅳ号と3対1で挑むのが、最低条件なのか……」
「それだけ、戦力差があるんですよ」
小山先輩の質問にあたしが答えると、河嶋先輩が3対1の状況を作らなきゃならないことに疑問を呈する。
あたしは、みほ姉のⅣ号は別格でそれでやっと埋まるくらいの戦力差だということを彼女に伝えた。
「でも、みほさんも絶対にそれは阻止しようと動くよね?」
「間違いなく動きますね。2両が接近しても手を出さなかったこともバレてるでしょうから、こっちの作戦も知られていますし」
「だったら、作戦を変えるべきじゃないのか?」
あたしがみほ姉の車両を単独にしてから打ち倒そうと考えていることは、絶対にバレている。
ならば、作戦を変えれば良いかというと、そうじゃない。
「いいえ、勝つ方法がこれしかない以上、やるしかないです」
勝つ可能性があるのが、3両で戦いを挑むことだけならば、バレていようと阻止できないように立ち振る舞うだけ。つまり、Ⅳ号は仲間と合流させてはならない。
「園先輩! ナカジマ先輩! Ⅲ突の待ち伏せに注意しつつ、まずは八九式を狙ってください。八九式の火力では多少近付いたところで装甲は抜かれません。大胆に攻めてもらって大丈夫です。あたしたちは、Ⅳ号を足止めします」
あたしはⅣ号を足止めする間に、ポルシェティーガーとルノーで八九式とⅢ突を撃破する作戦を提案する。
この2両なら、気を付けて戦えばきっと何とか勝ってくれる。
「おおーっ! まみ子やる気だねぇ。そういうのあたしも好きだよ〜」
「さっき、Ⅳ号には3両でかからなきゃ勝てないって、言ってなかったか? 足止めなど出来るのか?」
「それは撃破を目指した場合ですよ。河嶋先輩。逃げに徹すれば何とかならないこともありません。長時間は無理ですが……」
河嶋先輩は足止めが出来るか不安そうだが、回避を優先すれば、Ⅳ号が相手でも何とか渡り合える。長くは保たないけど……。
そして、あたしはⅣ号の進路を予測して、それと対峙する――。
「やっぱり、このルートを辿って進軍してきた。向こうも八九式とⅢ突との合流を目指してるみたいね」
Ⅳ号は当然、他の2両と合流を目指している。だから、ちょっとやそっとではこちらの相手をしてくれやしないだろう。
「小山先輩、あたしが合図するまでⅣ号に近付いて行ってください。出来るだけジグザグに動いて、的を絞らせないように。至近距離まで近付かなくちゃ、足止めは出来ませんから」
あたしは出来るだけⅣ号に近付くように指示を出した。回避に徹するつもりだが、相手にそれを悟らせてはいけない。
故に、攻撃されたら不味いと思わせる位置まで近付くことは必須である。
「無茶だ! みほが居ないときですら、Ⅳ号には敵わなかったんだぞ!」
「それは撃破を目指した場合です。回避に集中すれば、そう簡単には当たりませんよ。――あっ!?」
「――っ!? 早速、当たってるぞ!」
あたしはそうそう当たらないとか言ってる間に、Ⅳ号の砲弾は38tの車体を掠めて揺らす。
ひぇ〜。なんてこった。いきなりヤバかったじゃないか。
「掠っただけです。しかし、華もやるなぁ……。小山先輩、怯まずに接近してください。優花里の装填はかなり早いので、すぐに第二撃目がくるでしょうが……」
しかし、あたしは引く気はない。小山先輩にさらにⅣ号に近付くように指示を出す。
「まだ近づくの? これ以上はさすがに……」
「――今です! 大きく右に躱して!」
あたしはタイミングを見計らって回避の指示を出した。砲弾はあたしの思ったとおりのタイミングで撃ち出され、38tは余裕をもって回避に成功する。
「おおっ! ドンピシャじゃん! まみ子、どうして分かったの?」
「こればっかりは何となく勘でとしか……。――さぁ、時間を稼ぎますよ。ねちっこく、へばりつくように近付いてください!」
あたしはプラウダ高校から戻ってきて以来、殺気を読む訓練を続けてきた。そして、勘は研ぎ澄まされ、相手が攻勢に出るタイミングがいち早く察知出来るようになった。
「ええーっ!? また近づくの?」
「このくらいしないと、Ⅳ号は止まりませんから」
「死中に活を見出すしかないみたいだね〜。いいじゃん、今のあたしたちみたいで」
「洒落になりませんよ。会長〜」
そして、あたしたちは何度も至近距離まで近付いては回避を連続して続ける。
どう考えても、こんな無茶をこのまま続けるのは無理だよなー。
「うわっ! また掠ったぞ! こっちの動きが読まれてるんじゃないか?」
「読まれてますよ。だから、ギリギリのタイミングを計ってます」
「次に突っ込んだら、そろそろヤバそうだね」
「華も麻子もこっちの動きに慣れてきてるから、攻撃の精度が格段に上がってる。でも先輩たちを信じて、足止めを続けるわ」
いつ撃破されてもおかしくない状況だということはわかっている。だけど、あたしはそど子先輩やナカジマ先輩がやられるよりも先に来てくれるって信じて戦い続ける覚悟をしていた。
『紅チーム、八九式、行動不能!』
『紅チーム、Ⅲ号突撃砲、行動不能!』
「よしっ! 機は熟したわ! ルノーとポルシェティーガーと合流します!」
そんなあたしの願いが通じたのか、見事に先輩たちは八九式とⅢ突を撃破してくれた。
よかった。これで、活路は見えた……。
「機は熟したときたか、確かにあのⅣ号が相手でも、3両で戦えば勝てるからな!」
「桃ちゃん、それフラグだから」
河嶋先輩が不吉なことを言うけど気にしない。いや、「勝てる負ける気がしない」とか漫画やアニメだと死亡フラグだけど……。
そして、あたしはルノーとポルシェティーガーと合流して、みほ姉のⅣ号と再び対峙する。
威圧感すごいな……。でも、負けないよ。お姉ちゃん……。
桃ちゃんがフラグを立てたところで、今回は終了。
油断すると、まみがそど子のことをそど子先輩って呼びそうになる問題……。
何回も園先輩だと書き直しました……。
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