もし、西住みほに双子の妹が居たらという物語 作:青空の下のワルツ
伝わればいいのですが……。
「うわぁ、いっぱい来てるね〜」
「あの、大きなスクリーンに試合の様子が映し出されるのですね。タイマンを張るなんて初めてです」
和気あいあいとした雰囲気で戦車同士の戦いを見物しようと集まっている観客を見て、沙織と華は楽しそうに会話している。
それにしても、意外に他校の生徒さんも見に来ているんだな。アンツィオ高校に至っては出店まで出しているし……。
「タイマンって……。じゃあ、この辺でこのあとの流れをおさらいするわよ。まずは戦車で市街地を回って、そのあとにゴルフ場を目指すわ。で、試合は6番ホールで行うの。最初の10分はこの台本どおりに撃ち合ってもらうからね」
まずはⅣ号戦車と三式中戦車で町をグルッと回ってお披露目をして、その後対戦をする為にゴルフ場に入る予定だ。
そして、10分間は打ち合わせどおりに動き、それから勝負を開始する。
「しかし、本格的ですね〜。まさか、戦車道の審判員まで派遣してもらえるとは……」
優花里の言うとおりだ。お祭り好きな会長は戦車道連盟に直接交渉して審判を出してもらった。一対一だし正式な試合じゃないから、そこまでする必要はないのに……。
「あ! みんな揃ってるね〜。これ、角谷先輩からの差し入れ」
「みぽりん、お疲れ様。わぁ冷たい飲み物だ。会長、気が利く〜」
みほ姉が角谷先輩からの飲み物の差し入れが入った袋を片手に控え室に入ってきた。
「実行委員の仕事はどうだった?」
「うん! とても大変だったけど、来てくれた人が楽しんでくれてたからそんなの吹き飛んじゃった」
あたしが彼女に文化祭の実行委員としての仕事について聞いてみると、彼女は見違えるくらいの明るい笑顔でそう答える。
みほ姉にとって良い影響になったのなら良かった。
「三校合同の文化祭というアイデアは大成功でしたね。明日は他の学園艦も見てみたいです」
華は両手を合わせてこの企画が成功したと言ってくれた。
あたしもこの提案をして正解だったと思っている。明日は角谷先輩から特別な仕事があるからって言われてるから今日みたいに回れないだろうな。
「文化祭の期間が長いと寝坊がし放題なのもいい」
「冷泉さん! あなた、だらけ過ぎよ! 文化祭だからって気を抜くから普段の生活も疎かになるのよ!!」
麻子のサボり前提の一言はそど子先輩の逆鱗に触れる。
彼女は麻子の耳元でシャンとしなさいと怒っていた。
「うるさいな……。そど子」
「だからぁ〜〜!」
そして、いつもみたいに麻子とそど子先輩の小競り合いが始まった。もう、何回目だろう……。逆に仲が良いのかな?
「あのう。車両の点検が終わった、と自動車部の方が〜」
「みんな、忘れ物がないように注意して出発するよ」
優花里が自動車部からの連絡を受けて、小山先輩が出発しようとあたしたちに声をかける。
さて、戦車に乗る前に……。
「あのさ、みほ姉……、お願いがあるんだけど……」
「どうしたの? まみちゃん、お腹でも痛いの?」
あたしが神妙そうな顔をして声をかけたからなのか、みほ姉はあたしの体調が悪いのかと心配そうな顔を向けた。
「いや、そうじゃなくて。みほ姉と戦えるのが、今日で最後かもしれないから……。――だから、その、本気で戦ってほしいの。いつもみたいに……、手を抜かないでくれると嬉しいわ」
あたしは思い切ってみほ姉に本気を出して欲しいと頼んだ。
あたしはあのとき見た本気のみほ姉と戦いたい。そして、その姿を目に焼き付けたい。
「手を抜かないで? うーん。私はまみちゃんと練習するとき手を抜いたことないんだけどな。出来るだけ負けないようにって頑張っていたんだけど」
「えっ?」
しかし、みほ姉の返事は思いもよらないものだったのであたしは耳を疑った。
彼女はあたしには特に手を抜かないように努力していたと言うのだ。
彼女はこんなことであたしに嘘はつかない。
「私が手なんて抜いたらすぐに負けちゃうよ〜。だってまみちゃんは毎回強くなってたんだもん」
「そ、そうなの? でも……。まぁいいわ……。ごめんね。みほ姉……、変なことを言っちゃって」
みほ姉はあたしが少しでも上手くなったら戦ったあとに必ずそこを褒めてくれた。
どんな些細なことでも、絶対に見逃さなかった。
だから、あたしは一度も勝てなくてもみほ姉と戦車に乗ることが楽しかった――。
「ううん。私がお姉ちゃんらしく出来るのは
「みほ姉……。ありがと……」
みほ姉は最初から手加減なんてしてなかったんだ。あたしが勝手にそう思い込んでいただけ……。
彼女は姉としてあたしの戦車道を見守っており、常に高みにいてくれようと頑張ってくれていた。
あたしはそんなみほ姉の心も知らないで勝手に捻くれていたのか……。ホントにバカみたい……。やっぱり、敵わないなぁ……。
でも、明らかに
まぁ、そんなことは最早どうでもいい。だったら、今日は大好きなみほ姉の戦車道を精一杯堪能しよう。
「麻子、準備はいい? 華、調子はどうかしら? 園先輩、ウチの会長のせいですみません。今日まで本当に助かりました」
あたしは一人ひとりに声をかけて、調子を確認する。
練習はしたが、人前で戦車での戦いは初めてだし、撃ち合いの経験も少ない。普通ならガチガチに緊張するところだ。
「いつでもいい……」
「お昼ご飯が美味しかったので、健やかな気持ちです」
「重たい砲弾を持ったおかげでパワーアップしたわ。これで、私はスーパー風紀委員になるのよ」
驚いたことに三人は全員自然体だった。いつもどおり感じで普通に返事をしたのだ。
これは誰にでも出来ることじゃない。なんせ、この戦車という閉鎖空間は居るだけでかなりのストレスとなり、精神状態を通常どおりに保つだけでも大変だからだ。
優花里は戦車大好き人間なので逆にハイテンションになっちゃうけど……。
「みんな緊張してなさそうね。頼もしいわ……。それじゃあ、“パンツァー・フォー”!」
あたしは三人のチームメイトの頼もしさに感心しながら、“戦車前進”の指示を出す。
大洗女子学園の学園艦から戦車が二両、町へと乗り出した。
「おおーっ! 戦車が出てきたぞ!」
「こういう光景も久しぶりねぇ」
「乗ってる二人、同じ顔してる。双子かな?」
「双子が戦車で対決か! こりゃあ面白そうだ!」
町の人たちは笑顔であたしたちを見送ってくれた。
なんか、すっごく期待されてるみたいだからプレッシャーだなぁ。
「さすが、麻子の操縦。安定感があるわ。これなら、みほ姉と
ゴルフ場に入り、あたしは一度戦車の中に戻って麻子に話しかける。
うん、これなら何とか瞬殺は避けられそうだ……。
「まみさんは、みほさんに
あたしの言葉を聞いた華は少しだけ低い声で“勝つ”というワードを使わないことに違和感があると言ってきた。
そうか。意識してなかったけど、あたしの卑屈な感じが出てしまっていたか……。
「みほ姉に勝つ……? そうね……、物心ついた時から戦車に乗ってたけど、一度も勝ったことないから、いつの間にか勝ちたいとも思わなくなっていたわ」
あたしが戦車に乗ってみほ姉と一対一で対戦した回数は100回を軽く超える。
そのすべての勝負で全力で戦った上で敗けているのだ。
だから、あたしは同い年の姉のことを絶対に勝てない人だと決めつけていた――。
「勝ちたいと思わない!? ダメよそんなの! やるからには勝ちを目指さないと!」
あたしが華の言葉に返事をすると今度はそど子先輩が勝ちを目指さなくてはならないと主張する。
勝ちを目指す、か……。
「わたくしも先輩と同意見です。もちろん、勝ち負けが全てではありませんが、真剣に立ち合うなら、勝ちへの気持ちを一片も持たないというのは相手に対して礼節が欠けるのではありませんか?」
華もそど子先輩の意見に同調して、“勝とうと思わない”ということは、相手に無礼だと口にした。
確かにそうかもしれない。あたしはみほ姉に全力でぶつかるつもりだったが、勝てるとはこれっぽっちも思ってなかった。
それはある意味、真剣に相手をしてくれている姉に対して失礼な態度だったのかもしれない。
「私はみほさんの車両に負けるつもりはないぞ。操縦では小山先輩に勝ってると思っているからな……」
そして、麻子は負ける気がないと自分の心情を明かす。
彼女は思ったよりもずっと負けず嫌いらしい……。
「そっか……。そうだよね。昨日まで勝てないからって、今日も負けるとは限らない……。あたしはそんなことも忘れていたんだ……」
この世界に絶対というものはない。今までダメだったからと言って今回もダメと決まっている訳ではないんだ。
「うん。1回くらいは勝てるように頑張ってみようかな?」
あたしは心を入れ替えることにした。負ける可能性が限りなく100に近いとしても、何とか小さな可能性に懸けてみようと思ったのだ。
「ええ、きっとみほさんもその方がきっと楽しんでくれると思います」
そんなあたしの声を聞いた華は、今度は明るい声で頷きながらその方が良いと言ってくれた。
あたしはここに来て友人に恵まれた。自分の心の弱いところを指摘して正してくれる人に出会えたのだから……。
「よし! 台本の時間が終わった瞬間に奇襲を仕掛けよう! 小山先輩には悪いけど、すぐに終わらせる!」
本来のあたしはミスを限りなく少なくして、堅実に戦うというスタイルだ。
今日もなるべくミスを犯さないようにしてみほ姉と出来るだけ長く戦えるように努力するつもりだった。
しかし、あたしはその戦略を捨てた。
一発限りの賭けみたいな戦い方だけど――もしかしたらがあるかもしれない。
「その意気だ。みほさんはともかく、沙織のいるチームに負けるのは癪に触る……」
麻子は負けたくない理由をポロッと漏らした。あー、沙織にドヤ顔をされたくないからか……。
「――ん? ちょっと待ちなさい。さっき、冷泉さん。小山さんのことは“先輩”って言ってたわよね? なんで、私は“そど子”なのよ!」
そして、そど子先輩はだいぶ前の麻子の言葉を思い出して、彼女の同じ先輩に対する口の利き方の違いに対して疑問を呈す。
多分、そど子先輩は麻子から慕われているんだと思う。でも、素直じゃない子だから……。
「そんなこと、どうでもいいだろう。そど子……」
「どうでも良くな〜〜い!!」
戦車中にそど子先輩の声が響いたとき、あたしたちは目的地である6番ホールに辿り着いた――。
『これより、大洗女子学園の生徒有志が戦車に乗り込み試合を行います。かつて大洗女子学園は戦車道が盛んであり――』
大きなアナウンスが町中に流れて、あたしとみほ姉は戦車から身を乗り出して対峙する。
ふふっ、この感覚――久しぶり……。まるで全てを見透かされてるようなみほ姉の視線を受けるのは――。
『それでは、Ⅳ号戦車チーム対三式中戦車チームの試合を開始します!!』
試合開始のアナウンスを受けてあたしたちは打ち合わせどおりに動く。
決まった場所に砲撃をして、車両を動かすという傍目には戦車同士が勇ましく戦っているように見えるように工夫しながら、あたしとみほ姉は一生懸命演技した。
「麻子! そろそろ10分だ。違和感がないようにバンカーを回り込むように動いてくれ! 園先輩! ここからは装填早めで! 華! 合図とともに打ち合わせどおりに砲撃を!」
あたしは矢継ぎ早に指示を出す。実は演技をしている間も麻子に頼んで少しずつバンカーの方に近付いていたのだ。
「10分経ったな……」
「華! 頼んだ!」
麻子が真剣勝負の時間の到来を告げ、あたしはその瞬間に華に指示を出す。
「――承知しました」
華はバンカーに向かって砲撃をする。
彼女の砲撃はあたしの注文どおりの角度でバンカーに直撃。上手く砂埃を巻き上げて目くらましを作った。
「このまま、バンカーを直進してⅣ号に突撃する。次の合図で側面に回り込んでちょうだい!」
あたしは砂埃を隠れ蓑にして、Ⅳ号との距離を詰めて奇襲する戦法をとった。
もちろん、みほ姉はこのくらいで動じない。しかし、あたしが勝負開始早々に素直に突っ込むとも思わないだろう。
――その心の隙を狙って、Ⅳ号と短期決戦で勝負する。
バンカーを直進してⅣ号に肉薄する。そろそろ砂埃も晴れる――頃合いだな。
「麻子! 左から回り込む――と見せかけて、右から回り込んでくれ」
「わかった……」
これで、完全に虚を突いた。みほ姉だってブランク明けだし、反応は多少遅れるはず――なんてことはなかった――。
見事にあたしの目論見はバレバレでⅣ号の砲口は正確にこちらを捉えていた。
「なんで、ここでみほ姉と目が合うんだ――!? 華! 当てなくていいから砲撃を! 麻子! 出来るだけジグザグに動きつつ的を絞らせないようにして、ここから離れて! ぐっ――被弾したか……!」
奇襲は失敗に終わった上に一発良いのを貰ってしまった……。
このままじゃいつもどおり負ける――。
「うふふっ……、楽しくなってきましたね。さぁ、まみさんもみほさんにやり返して差し上げなくては! わたくしも当ててみたいです!」
「えっ? 華?」
華が何時になく殺気を出しつつ物騒なことを言う。先ほどの被弾が彼女の何かに火をつけてしまったのか?
「このまま、負けるなんて許さないぞ……」
「ほら、装填終わったわ! シャキッとしなさい! 怠けるのは禁止よ!」
そして、麻子もそど子先輩もこのまま終わることは許さないと覇気を放ちながらあたしに忠告する。
そうだよね……。まだ、損傷は軽度だし、パフォーマンスは落ちてない。
逆転の目が出るまで粘り続けて、勝機を見つけてみせる。
あたしは再び姉の顔を確認しつつ出方を窺う。
戦車に乗っている彼女はあたしと同じ顔なのに――別人のように美しく、そして凛々しい。
その
ゴルフ場の6番ホールは劇場版の最初の場面のあの場所です。
まみがみほにタイマンで勝てるビジョンが浮かばないのは無理もないと書いてて思ってしまいました。