もし、西住みほに双子の妹が居たらという物語 作:青空の下のワルツ
一対一でこれなんだから、10両以上の戦車が出てきたらもう大変……。
いつからか、母から『姉のようになぜ出来ない』のか問われることは無くなった。
みほ姉やまほ姉と同じ練習メニューをすることも無くなった。
あたしに求められたのは西住流門下生としての平均点。基本的な動作をそれなりの精度で行えるということ。
だけど、あの頃のあたしは自分の才能の無さに抗おうとしてもがき続けていた。
黒森峰の中等部の時代、
よく、世話焼きな同級生たちに助けてもらったっけ。
みほ姉はあたしの目標だった。でも、“目標”が“憧れ”に変わるのに時間はそんなにかからなかった。
それでも、追いつけないと理解していても、あたしは
「みほ姉――やっぱり、戦車は楽しいよ……。あたしにもっと力があれば――。あなたやまほ姉の妹として相応しいだけの力量があれば――」
あたしは無いもの
Ⅳ号は無理な突撃はしてこない。小山先輩の操縦ではまだ近距離戦は難しいと判断しているのだろう。
仲間の力量に合わせて無理は絶対にさせないというのもみほ姉の戦い方の特徴だ。
Ⅳ号戦車と三式中戦車は何度か威嚇射撃をしつつ、一定の間合いを取り互いに牽制していた。
「装填速度もこちらが上か……。沙織よりも園先輩の方がパワーがあるから……」
撃ち合いの結果、こちらの方が装填スピードがあることがわかった。
距離を詰めて、早撃ち勝負になればこちらにも勝ち目があるかもしれない。
「間合いをもう少し縮められないかしら……」
「そうですね。あと少しだけ近付くことができれば、一撃で仕留められそうなのですが……」
あたしの言葉に同調して華はサラリと凄いことを言ってのける。
“一撃で仕留める”なんて言葉、初心者の口からはとても出ないけどなぁ。
「華って、結構自信家だよね。ここでそういうことが言えるなんて、砲手としての適性があるよ。絶対に」
華がもしも戦車道を志していたらきっと優秀な砲手になっていただろう。例えば、以前見たプラウダ高校のあの砲手のように――。
「そうでしょうか? 出来ると思ったことだけを申し上げてるだけですよ?」
「それがみんな出来ないんだってば。華は肝が据わっているのよ」
出来ると思ったことをこういった場ではっきりと言うという事も誰でもできることではない。
華道とはそこまで精神力が鍛えられるものなのだろうか?
「で、五十鈴さんが決めてくれるって言ってるんだから、冷泉さんは何としてでもⅣ号との距離を詰めなさい!」
その華の言葉を聞いたそど子先輩は麻子に檄を飛ばすというか、無茶ぶりをする。
それが出来たら苦労は無いんだけど、みほ姉はそうさせないようにずっと空間の支配に力を注いでいる。
出し抜く為にはかなりのリスクと覚悟がいるだろう。
「――無論、そのつもりだ。まみ、そろそろ決めるぞ。秋山さんは少しずつ急所を捉えてきている」
しかし、麻子は冷静に今の状況を理解しており、優花里の砲撃が段々あたしたちの急所を突いて来ていることを指摘する。
「そうだね。みほ姉は当てやすいポジションの取り方が抜群に上手いんだ。この距離だと確実にあたしたちが詰んでしまう」
みほ姉は牽制のし合いでも決して手は抜かず、短い時間でも良い位置できっちりと停止して射撃を行っている。
あたしみたいな苦し紛れの行進間射撃みたいな雑な指示は決して出さない。
無駄撃ちなど一切なく、一発、一発に意味を持たせて放っている。
「では、一か八かの突撃を?」
「そのつもり。タイミングは次の砲撃の瞬間。こちらも一発威嚇射撃して動きを限定しつつ、距離を詰めて装填の早さで勝つわ! ――でも、そのタイミングを読む為にはこちらから隙を作って砲撃を誘わなくてはならない。麻子、合図をしたらスピードを緩めてくれる?」
華はあたしの頭にある作戦を先読みしてくれた。
こうなったら、操縦技術と装填スピードの差で勝つしかない。
「わかった。確かに沙織の装填は遅い。まぁ、力仕事なんて縁がなかった奴だから仕方ないが……」
「弱点を突くしかあたしたちには方法がないから。スピードを緩めるとそれだけで撃破されるリスクはあるけど――これが本当に最後のチャンス。行くわよ!」
あたしは最後の突撃のタイミングを計る……。
「麻子! お願い! 華! 園先輩! 準備して!」
あたしの合図で麻子がスピードを緩めると、思ったとおりその瞬間に砲口がこちらをきれいに捉える。
「「撃て〜〜!!」」
ほぼ同時に砲撃の指示を出すあたしとみほ姉。
――その刹那、麻子がこの日1番のドライビングテクニックでⅣ号からの砲弾をギリギリで躱し、フェイントを織り交ぜつつ、Ⅳ号の側面に肉薄する。
やはり、麻子の才能は計り知れない……。
さぁ、ここでⅣ号を撃破しないと勝ち目は完全になくなる。
しかし、みほ姉だって装填速度の差に気付いていないはずがない。ならば、Ⅳ号は当然被弾を避けるように動くだろう。
だけど、これだけ至近距離なら華は決して逃さないはず――。
えっ? あたしがみほ姉に“勝てる”――? いやいや、そんな簡単なはず――。ん? 待てよ、何か単純な見落としが――。
あたしの脳ミソが違和感を感じたのと同時にⅣ号戦車の砲塔がこちらを向く。
バカな……。こっちの方が装填時間が短いんだぞ――。
そう思ったのもつかの間、三式中戦車は砲弾を放つ前にⅣ号戦車から砲撃を受けて――白旗を上げていた――。
どういうことだ? 沙織の方が装填速度が遅いはずなのに、なんでⅣ号の方が砲撃が早かったんだ? あたしは目の白旗を呆然と見つめる。
「まさか……、本当は沙織の方が装填スピードが早かったのか? いや、それならもっと早く決着がついてるはずだ。そもそも、遅いと見せかける理由なんて――」
そう、沙織がそど子先輩より装填スピードが早いなら、最初からそのスピード差を活かして戦うはずなのだ。そして、それならもっと早くこちらが負けていた。
だから、遅いと見せかけるなんて無意味だ。
「ごめんね。まみさん……、私が悪いわ。ちょっと疲れて装填が遅くなってしまったの」
「――っ!? いや、園先輩は悪くないです。これはあたしのミスですから……」
そど子先輩の言葉を聞いてようやくあたしはみほ姉の仕掛けた戦術に気が付いた。
沙織がそど子先輩よりも装填スピードが遅いのは確かだ。
しかし、それは試合が開始された直後の話である。
あたしがそど子先輩になるべく早い装填をお願いしたのとは逆に、なんとみほ姉は体力を消耗しないように沙織に“ゆっくり”と装填をするように指示を出していたのだ。
そして、そど子先輩が疲れて装填速度が落ちてきたとき、みほ姉はそれに合わせて“更にゆっくりと”装填するように沙織に指示を出した。
『装填を少しずつ遅めに』なんて指示は普通は出さない。
しかしこれには意味があって、沙織とそど子先輩の装填速度の差が縮まっていないという目くらましのせいで、あたしはそど子先輩の装填速度が徐々に遅くなっていることに気が付かない。
いや、そこに気が付いたとしても沙織が余力を残してる事までは想像できない。
このように既存の常識を当たり前のように破ることが出来るのがみほ姉だ。
西住流ではそんなやり方はあり得ないのだが……。
しかし、その指示の結果――最後の突撃の瞬間では体力を消耗しきっていたそど子先輩と温存していた沙織とでは既にスピード勝負での逆転現象が起こっており、三式中戦車は白旗を上げることになったのだ。
みほ姉は味方の弱点すらも武器としてあたしにぶつけてきて完勝した。
何が恐ろしいって、あそこで突撃をしなかったらしなかったで普通にこちらが撃ち負けていたということである。
つまり、そど子先輩が疲れた時点であたしたちの負けは決まっていたのだ。
遥かなる高みから全てを見通し、誰と組んでも仲間の力を100パーセント以上に引き出し勝利へと踏み出す――これがみほ姉の戦車道だ――。
「やっぱり、カッコいいな。みほ姉は――」
あたしは車長席で姿勢を崩してつぶやいた。
ああ、ブランクなんて関係ない。あたしの見たかったみほ姉の姿がもう一度見られた――。
なんて、幸せなことなんだろう。
「あらあら、負けたというのに、だらしない顔をしてますね。まみさん」
華はそんなあたしの顔を見つめて、微笑ましいものを見るような顔をしている。
「あはは、勘弁してよ華……。久しぶりに実感してんのよ……。だから、みほ姉のこと好きなんだって……」
あたしも自分の顔が緩みきっていることを知ってる。
でも、抑えられない。彼女に敗けると決まってこうなるのだ……。
「姉バカだな……」
「まみさん! 今の発言は風紀的にちょっとまずいわよ!」
すると、麻子とそど子先輩にもそんなあたしの特殊な性癖を突かれてしまった。
良いじゃないか、それだけ戦車に乗っているみほ姉が魅力的なんだから。素直にそれを受け取っても……。
でも、これでみほ姉は多分戦車に――。
あたしが少しだけ寂しさを感じていたその時である。
履帯の音と、スピーカー越しに誰かが話す音が聞こえた。
『おい! 角谷! 話が違うではないか! 戦車の初心者ばかりだと聞いていたぞ! これじゃあウチの子たちでは瞬殺――じゃなかった勝負にならないじゃないか!』
CV33――イタリア製の豆戦車から顔を出して何やら叫んでいるのは薄緑色の縦巻きパーマが特徴的な女の子。
誰だろう? 見たことあるような、無いような?
彼女の車両はあたしとみほ姉の車両の近くに停止した。
みほ姉もキューポラから顔を出して不思議そうな顔をしている。
「やあやあ、チョビ子。お疲れ〜〜」
「か、会長! いつの間に!?」
さらに角谷先輩が河嶋先輩を引き連れて悪戯っぽい笑みを浮かべてこちらに手を振っている。
「チョビ子ではない! アンチョビと呼べ! まったく……」
そして、薄緑色の髪の女の子は角谷先輩に自分のあだ名らしきものを叫んでいた。
元気のいい人だな……。しかし、他校の人がなんだろう?
「あのう、会長、これはどういう? こちらの方は見たところ、アンツィオ高校の生徒さんでは?」
あたしたちは戦車から降りて、角谷先輩に状況を質問した。
うーん。あの笑みの角谷先輩は何か隠し事をしてるときなんだよな。
「あー、チョビ子ってさ、アンツィオの戦車道チームの隊長なんだよねー。んでさ、アンツィオの戦車道が衰退してるからって、呼ばれて学校に入ったのは良いんだけど、人が集まらなくて困ってるんだって」
角谷先輩によると、こちらのアンチョビさんはアンツィオ高校の戦車道の隊長らしい。
立て直しにきたって話はさっき優花里が……。
「あーっ、もしかして愛知県からアンツィオ高校の戦車道チームを立て直すためにスカウトされた選手というのは、もしや!?」
「おっ! この私を知っているヤツがいるな! そのとおり、この私こそ偉大なるアンツィオ高校の戦車道の指導者!
優花里の言っていた噂話は本当だった。こちらのアンチョビさんが愛知県の優秀な戦車道の選手だった人らしい。
しかし、凄いな一人で立て直しを計ろうとするなんて……。
「で、このチョビ子が今さっきやった戦車の試合に興味を持ってさ。自分のところの戦車道の宣伝をしたいからって、2対2の試合を申し込んで来たんだよ」
角谷先輩はニヤニヤしながらとんでもない事を言い出した。
「えっ? 戦車道の試合を? そんな無茶な……」
「私たち、もう戦車道を止めたからその試合っていうのは……」
あたしとみほ姉は顔を見合わせて、アンチョビさんの試合の申し込みを断ろうとする。
他校の戦車道チームと試合なんて、さっきの余興とはワケが違う。
「はぁ? 何を言ってるんだ!? お前たち! 今の名勝負が戦車道の試合じゃないだと!? 謙遜するのは良くないぞ!」
するとアンチョビさんが今の試合も立派な戦車道の試合だと主張する。
いや、最初の10分は台本付きだったし、あたしとみほ姉以外は初心者だし……。
それに――。
「名勝負? あたしが一方的にやられただけだけど……」
そう、試合というにはあまりにもお粗末な内容だった。
Ⅳ号に砲弾を掠らせることすら出来なかったという結果は、あたしたち姉妹の実力差を顕著に示している。
「そんなことはない! 実際、Ⅳ号もかなり追い詰められていた! 時間差のトリックは見事だったが、私からすれば最後まで何が起きてもおかしくないように見えたぞ!」
アンチョビさんはみほ姉の使った戦術を観戦しただけで見抜いたみたいだ。この人は確かに実力者だな……。
しかし、Ⅳ号が追い詰められたというのは――。
「そうだよ。まみちゃんがいつもより積極的だったから、驚いた。前よりも指示を出すスピードも早くなっていたし……。もう長い間、戦車に乗ってなかったのに強くなってるなんて凄いよ」
「みほ姉……」
みほ姉はあたしの戦い方の変化を敏感に感じ取ってくれていた。
いつもありがとう……。姉さん……。
「それに、お前たちほどの選手が戦車道やらないってどういうことだ? いや、嫌いになったとかなら分かるのだが、二人とも楽しそうに戦車に乗っていたじゃないか」
アンチョビさんはあたしたちが楽しそうに戦車に乗っていたと指摘して、あたしたちが戦車道をやっていない事に疑問を呈する。
「――そりゃあ、あたしはみほ姉と戦車で戦えて……」
あたしは戦車に乗ること自体は好きなので、楽しそうにしていたことは否定しないけど、まさか、みほ姉も……。
「うんうん。まみりんもみぽりんもすっごく楽しそうに戦車に乗って戦ってたよ」
「はい! わたくしたちも楽しみましたが、お二人はそれはもうイキイキとしていました」
「みほ殿の指示も途中から声が段々と大きくなってきて、試合を楽しんでいることが伝わってきました」
沙織と華と優花里は口々にあたしたち二人が楽しそうに、戦車に乗っていたと口にする。
傍から見てもわかるくらいだったんだ……。
「そういえば、まみちゃんの顔を見てたら頑張ろうって気になっていて、いつの間にか試合が楽しくなって夢中になっていたかも。こんなの久しぶり……」
みほ姉は先ほどの戦いが楽しかったと振り返り、朗らかな笑顔を見せた。
そう、彼女も本当は戦車に乗ることが大好きなのだ……。
あたしたちは二人とも戦車が好きなのに戦車道を止めてしまっている。
しかし、この文化祭がそんなあたしたちを大きく変えていくことになる。
このあとの、角谷先輩の発言によって――。
みほの戦術やまみとみほの実力差は伝わりましたでしょうか?
この部分はイマイチ不安になりながら書いてました。
アンチョビが登場して、さらに次回はグロリアーナのあの人も登場します。