#01 鳥頭でも消せない記憶
畜生界の視察に訪れた同僚が蜂の巣にされたことがある。車の後部座席に座って移動しているときに撃たれたのだ。高架下を抜けようとしたときに一台のバンが横づけしてきて後ろのドアがオペラ・ホールの緞帳か何かのようにゆっくりと開いた。外の景色を観ていた彼女は黒光りする銃口が見えた刹那に身を伏せたが放たれた強装弾は車のドアを易々と貫通して彼女の翼をボロ雑巾に変えてしまった。
敵対組織の幹部と見間違われたんだよ。
見舞いに訪れた私を出迎えた彼女はそう云った。
できる限り顔を見られたくなかったからね。それでスモークを貼った車を手配したのが仇になったんだな。お前も向こうに行くときは気をつけろよ庭渡。
死んでも行きたくないので心配いりませんよ。
私だって行きたくなかったさ。だがお上の命令とあれば仕方あるまい。
彼女は魔法瓶に入った熱いほうじ茶をひと口飲んだ。それから手を伸ばしていまだ再生しきっていない翼の先を指でつまむような仕草をした。痛むのですか、と私が訊ねると彼女はゆっくりと首を振った。
……撃たれた瞬間、と彼女は云った。乗ってた車が派手にスピンしてコンクリート柱に突っこんだんだ。運転手のニホンオオカミはすでに頭に一発入れられて消滅していた。奴らは肉体を持ってないから霊式の銃に極めて弱いんだな。
…………。
彼らは急がなかった。バンから降りてこれ見よがしに弾倉を交換しながら歩いてきたよ。窓枠に銃口を突っこんで頭に何発か撃ちこんできた。それでも私が消滅しないもんだからそこでようやくおかしいと思ったってわけさ。
ほんと酷い目に遭ったよ、と彼女は結んだ。
◇
後日になって下手人のボスが直庁まで釈明にやってきた。名目は釈明だったが彼女の不遜でどこか楽しげな表情はただの観光客のようだった。私は廊下ですれ違っただけだ。でもそいつが後ろ手を組んで鼻唄ひとつ歌いながら歩いているようすは今でも目蓋の裏に思い描くことができる。びっしりと鱗に覆われた尻尾を左右に揺らしていてピクニック気分もかくやといったところだ。そいつは私を一瞥することさえせずに悠々と歩き去ってしまった。
畜生には心なんて存在しない、と誰かが云った。
そしてそれは事実なのかもしれなかった。
その日の仕事終わりに行きつけのカフェテリアへ赴いた。そしてエスプレッソの珈琲を注文した。店主がカウンターに身を乗り出して珍しいねぇ久侘歌ちゃんが甘いの頼まないなんて、と云った。私は黙って首を振った。そして時間をかけて苦い珈琲を飲みほした。私だって苦いのは好きじゃなかった。でもその日はどうしても濃いやつが飲みたかったのだ。
◇
撃たれた同僚はその後、現場復帰を果たすのに一年の月日を費やすことになった。
私はあんなところになんか死んだって往くもんかと思っていた。
まさか生きているうちに赴任することになるなんて思いもしなかった。
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