メトロポリスの血の子午線   作:Cabernet

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#12 純粋無垢な狂気

Blood Meridian of Metropolis 12

 

   #12 純粋無垢な狂気

 

 乾いた風の肌触りは柔らかい砂で形作られた櫛に似ていて私の髪をやや乱暴に梳(と)かしていった。車から降りて深呼吸し何物にも遮られることのない大平原の空気を取り入れた。メトロポリスは無限に広がっているわけではなく都市から一歩出れば古き好き大地が昔のままの姿を留めたまま横たわっている。砂上に築かれた幻の都市を背後に残して私は畜生界の辺境に立っていた。

 

 やァやァ、――やっぱり私には文明都市のネオンサインなんかよりもフロンティアの空気のほうが性に合ってるみたいだ。

 隣に降り立った驪駒早鬼が笑顔で云う。

 そこらをひとっ走り駆け回りたい気持ちになるよ。思えば私も遠くに来たもんだ。

 私は云った。ご案内ありがとうございます。――でもよろしかったのですか。組長さん自らご同行だなんて。

 なーに大丈夫さ。口実つけてあの堅苦しいオフィスを出られるんだ。喜んで御供するよ。

 今は忙しい時期でしょうに。

 仕事ならぜんぶ優秀な部下がやってくれるさ。

 なるほど。

 

 私たちは埴安神袿姫の現在のアトリエになっている芝土の家にたどり着いた。玄関のドアをノックしたが返事はない。

 ……お留守でしょうか。

 あっちじゃないか?

 早鬼が指し示したのは丘陵の向こう。ひと筋の白い煙が上がっていた。

 

   ◇

 

 神様がいたのは人工的に作られた小山の頂上だった。ちょうど公園の遊具として設置してあるような円形の墳墓のような見た目だった。外側は茶色の芝土と割られた材木ですっぽりと覆われており歪(いびつ)なチョコレート・ケーキを思い出させた。埴安神は普段の色鮮やかな格好ではなく白の手ぬぐいを頭に巻きつけカーキ色の作業着に身を包んでいる。

 

 土木作業員かと思いましたよ。私は手を挙げながら声をかけた。講和会議以来ですね。埴安神様。

 あらあら。袿姫は顔を上げて微笑んだ。あなたは確か、――苦労性の神様ね。

 仰るとおりで。

 何となく予想はついていたけれどやっぱりあなたが駐在官に選ばれたわけだ。

 正しくは臨時高等弁務官です。

 別にどっちでも好いじゃない。厄介事を押しつけられたって本質は変わらないわ。

 ええまあ。そうですね。

 

 袿姫の声音や口調は講和会議のときとは様変わりしていた。威厳もなければ風格もない。愛嬌と屈託のなさがそれらに取って代わっており作業着姿と相まって別人かと思ってしまったほどだった。私の知るかぎり神様の括りではこうした態度の豹変ぶりは珍しいことではない。ただ私自身について云えばここまで器用に自分の上辺を塗り替えるような真似はしたくてもできない。

 

 隣にいる組長さんは腕組みした姿勢のまま唇の端を釣り上げて笑っていた。

 こいつァ炭焼きか。懐かしいな。

 あらご存知?

 フロンティアの時代じゃ炭や薪は生命線だったからな。冬はそれでも足りずに牛の糞とかを燃料に使ったがね。

 私のような陶芸家にとっても炭は命そのものよ。袿姫は塚の下部から突き出した煙突から盛んに噴きあがる煙を見つめながら語った。――だからこればかりは他の人に任せるわけにはいかないのよ。料理人が素材を厳選するのと同じように私は“灯(ひ)”にこだわるってわけ。

 その料理人だってわざわざ自分で畑を耕したり牛を育てたりして原材料を揃えたりはしないだろう。

 だからこそよ。この炭は私にしか創ることができないものだし私が扱う炉にはかならずこの炭でなければいけないの。

 なるほど職人だな。

 ……まぁ今はそう細部にこだわってばかりもいられないんだけどね。

 ああそうさね。

 

 私は二人の顔を交互に見てから口を開いた。……どういうことでしょうか?

 あらもう忘れたの? 埴安神が答える。講和会議で労働力となる埴輪を提供するって決めちゃったからね。だから急いで量産型の土偶を創る必要があったのよ。命令に服従するだけの人形。知性の欠片も備わっていないけれどそれでも最低限の役には立つ。――まさか神様の私が今になって納期に追われる日が来るなんてねぇ。

 なるほど……。

 私が創ってきた作品は一つとして同じものはない。意匠も異なれば装飾も様々。創るたびに新しい発見があったし学びもあった。創造行為そのものがいわば冒険のようなものね。――でもいま創っているものは違う。作品じゃなくて製品だからね。仕上がりに差異のあるものは欠陥品で売り物にはならない。見分ける方法は唯一個体識別用に彫りこんだ製造コードだけ。今までとはまったく違う姿勢で臨まないといけないから肩が凝っちゃって仕方がないけれどこれもひとつの経験だって前向きに考えているわ。

 強(したた)かですね。あなたは。

 人間相手なら祟ってやるとこだけどこいつら相手じゃそれもねぇ。

 埴安神は組長をあごで指し示した。早鬼さんはそっぽを向いて聞こえないふりをしていた。

 

   ◇

 

 煙道を閉じて燃焼を待っているあいだに袿姫はすでに仕上がった炭を砕いて麻袋に入れる作業を始めた。早鬼が手伝おうかと提案したが袿姫は首を振った。私は一張羅が汚れずに済んだので断られて幸いだった。出来上がった炭はなるほど上物のように見えた。まるで原初の時代から木々というものはその色を成していたかのごとく真っ黒に炭化していて太陽光を好く吸収していた。博物館に飾ってありそうな骨董品の趣さえあった。炭の芳香を嗅ぐのはしばらくぶりだったがこの香りはいつでも山の冬景色を思い出させてくれる。早鬼さんも目を細めながら黒炭を鼻腔に近づけていた。

 

 それで、――わざわざこんな辺境まで何の用かしら。世間話をしにきたわけじゃないんでしょう?

 作業が一段落すると袿姫は私たち二人のために紅茶を淹れてくれた。私たちは炭の焚かれた炉の前で扇形に椅子を並べてカップを握っていた。袿姫が創った炭は質が好く出来上がりから時間が経っていないこともあってほとんど爆跳することはなかった。それでも時おり勢いよく弾けては私たちの耳を楽しませてくれた。外は今にも雪が降りだしそうな曇り空だった。

 私は口を開いた。……お聞きしたいことは山ほどあるのですが何よりもまず兵士長さんのことです。

 

 磨弓の頬のひび割れのことや私たちとの間で交わした会話、伝えるべきか迷ったが映画の上映会のことも話した。袿姫は石のように固いビスケットを紅茶でふやかしながら話を聞いていた。

 ――で、腹立たしいことに奴が“あなたは主人に見捨てられたんですよ”とか余計なことを吹きこみやがったせいで話がややこしくなりました。事実はどうあれ杖刀偶さんはかなり堪えたようすです。私から何を話してもあの子は納得しないでしょう。

 それで私から答えを聞きたいと。

 ええ。

 彼女はビスケットを飲みこんでから横目に私を見ながら云った。……私は高天原の他の連中のように勿体ぶった云い回しや詩的なレトリックが苦手だから単刀直入にお答えするわね。

 ありがたいですね。

 あの子は私の部下であり大切な作品よ。見捨てるはずがないじゃない。

 私はうなずいた。ボイスレコーダーを持ってくれば好かったですね。

 ただねぇ……。

 ただ?

 神様は炉の火に視線を戻して続ける。あの子の強さの秘訣はなにもファインセラミックスの甲冑や魔力を帯びた刀剣のおかげってだけじゃないの。

 ……と仰いますと?

 あの子は特別製でね。私への忠誠心の強さがそのまま力になるの。普通の埴輪って空っぽの実体のみだから霊体の攻撃を受けつけない代わりにこっちの攻撃も通らないの。でも磨弓は別よ。あの子は忠誠心をそのまま霊的な力に換えて剣と鏃(やじり)に宿らせ敵を討つことができる。だから動物霊は文字通り手も足も出なくなるわ。

 なるほど。

 でも経験を通じて自我を育て自分だけの考えというものを持ってしまうとどうしても真っさらな誠心は揺らいでしまう。恋は盲目とは好く云ったものだけど忠誠心もそれと変わらないのよ。……あの子、私の手から離れて独りきりで霊長園を管理しているうちに哲学的なことをいろいろ考えすぎてしまったみたいねぇ。

 ――じゃあ何ですか。杖刀偶さんの頬のひび割れの原因はあなたへの忠誠心の純粋性が揺らいだせいってことですか。

 ええ。心と肉体は表裏一体。疑念が生じればセラミックスにも影響は出るわ。

 

 それまでずっと黙って話を聞いていた早鬼が組んでいた脚を戻して前屈みになった。そして用意された灰皿で煙草の火を消すと口を開いた。……質問いいか? あんた確かあの兵士長に本の読み聞かせをしたり映画を鑑賞させたりしてたんだったよな。

 ええそうね。

 そいつァ地上の連中が云うところの情操教育だろ。私も詳しくは知らんが子どもの感受性を豊かにして多様な価値観を育てるためとか何とかそういったことをお題目にしていたはずだ。――今の話を聞いてるとあの兵士長にそうした教育を授けることは逆効果に思えてならないんだが。純粋無垢な忠誠心が強さの秘訣ってんなら外の世界のことなんて何も教えずに敵を討たせれば好いじゃないか。

 云いたいことは分かるつもりよ。

 じゃあ何でだ。

 袿姫はカップに紅茶のお代わりを注ぐと喉をひと口潤してから答えた。

 ……興味があったから、かしらね。

 何だと。

 自分の創造した作品が学びを得て思春期の若者のように悩む姿を眺めるのはなかなか出来ない経験よ。最初は片言しか喋ることのできなかったあの子が今では自分の存在意義について自問自答をするようになるなんて。芸術家冥利に尽きるというものよ。

 

 組長が額に指先を当てて目元を隠す仕草をした。

 ……あんたが自分の作品をどう扱おうが勝手だしどんな結末を辿ろうが私の知ったこっちゃないんだがこれだけは聞かせてくれ。なるほどこれが思春期の若者ならいくらでも精を出して悩めばいい。青春の麻疹(はしか)のひと言で片がつく話だ。――だが話を聞いてるとあの兵士長は現にひび割れて今にも死にそうな感じになっているそうじゃないか。私は直接相対したから証言できるんだがあいつは武人らしく正面から戦いを挑んできて敵ながらなかなか気持ちの好い奴だった。それをあんたの興味本位ってだけで――。

 ――元はといえばあなた達が私をこんな辺境に押しこんだのが原因でしょう。

 うぐっ、……確かにそうかもしれんが。

 それにそう心配するようなことじゃないわよ。

 埴安神は創造の灯(ひ)を見つめながら語った。透き通るような空色の髪は炉の照り返しによって夢に出てくる夕陽のように幻想的な橙色に染まっていた。

 土と水から生まれたあの子たちは決して壊れたりしないわ。私がいる限りはね。だって割れても粉々になっても私が修復するんだもの。心だって例外じゃない。私はやろうと思えばお裁縫で服のほつれを繕うみたいに磨弓の心に浮かぶ一切の雑念をきれいに消してしまうことだってできる。痕跡も残さずね。それをやらないのはさっきも云ったけど今の磨弓の状態が私にとって非常に魅力的だから。こんな素晴らしい作品に育ってくれる日がくるなんて。長生きはするものねぇ。

 しばらくして早鬼は云った。

 ……あんたが私の生前の主じゃなくて本当に好かったよ。

 

   ◇

 

 早鬼さんが席を外して家から出ていってしまうと私たちのあいだには沈黙だけが残された。袿姫は赤々と燃えている炭をトングでかき回した。私は話を再開するタイミングを窺っていたが袿姫がこちらを見据えて先を促してきたので口を開いた。

 まだ質問があります。動物霊たちが使っている磨弓さんそっくりの管理AIのことです。

 MAYUMIのことね。

 ええ。あれも埴安神様が自ら生み出した作品なのですか。

 違うわね。

 じゃあ一体……。

 元々は私が地上から持ちこんだ端末にインストールされていた存在。私が磨弓にやっていた物語の読み聞かせや映画の鑑賞会、それをアレも知らないうちに横で聞いていたみたいでね。時を経るうちに自我を手に入れてなにか好からぬ考えを持っちゃったみたい。

 得たいが知れませんね。そんなものを動物霊たちに使わせて大丈夫なんですか?

 知らないわよ。あいつらが根こそぎ持っていって勝手に使ってるだけだもの。厄介払いできて清々してるわ。

 …………。

 

 私はメモをとってから続ける。

 もうひとつ質問があります。異変のときからずっと気になっていたことです。埴輪の動物霊に対する強さの理由は実体のみの空っぽの存在であること。これは分かりました。――ですが埴輪が動物霊に憑依されてしまったらどうするのですか? 例えば磨弓さんが乗っ取られて操り人形になってしまったら指揮系統は麻痺してしまいます。元より偶像というものはその性質上霊体に宿られやすい性質を持っているはずですが。

 大丈夫よ。袿姫は三杯目の紅茶を注ぎながら云う。私は創造したすべての作品に自作の証明として銘を入れているんだけどそれがプロテクトの役割を果たして怨霊の類から守ってくれているの。まァ護符のようなものね。

 それなら安心ですね。

 伊達に二千年神様はやってないわよ。

 私は何となく訊ねた。――当然その銘は最近量産なさった土偶にも彫り込まれているわけですよね?

 いや入れてないわよ。

 埴安神はあまりにもあっさりと重大な事実を口にした。

 …………入れていない?

 ええ。

 ……どうしてですか?

 さっきも云ったでしょう? あれらは作品じゃなくて製品だもの。何が哀しくてあんな裸ん坊の出来損ない達に私の印を残してやらなければならないのよ。クリエイターの矜持に関わる問題よこれは。

 私は思わず眩暈がしてふらついたが紅茶のカップは何とか落とさずに手に持っていた。

 ――今のお話、驪駒組長たちはご存知なのですか?

 多分知らないんじゃないかしら。何も云ってこないし。

 どうして教えてやらなかったんですか。

 だって訊かれてないもの。

 

 私が何を云うべきか迷っているあいだに早鬼が戻ってきた。戸口の枠に手をかけたまま落ち着いた声で私を呼んだ。

 おい。

 なんですか。

 今すぐメトロポリスに戻るぞ。

 これまた急な話ですね。

 ああ。とんでもないことになった。

 行ってらっしゃーい。

 早鬼に連れられた私が振り返ったとき埴安神は笑顔で手を振っていた。憂うことなど何もないような純真な笑みだった。

 




 ここまでお読みくださり感謝いたします。本当にありがとうございました。
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