「キャルちゃーん!」
オレンジ色の、腰まで伸びる豊かな髪をバタつかせながら走る女性──ペコリーヌ。明るい性格と、笑顔の絶えない表情がとても愛らしい。キャル、と呼ばれた黒髪の女の子は嫌そうな顔をしながらペコリーヌから離れる。
「なんで逃げるんですか!?」
「やべぇよやべぇよ……」
……ん?
ペコリーヌは、聞こえた声がおかしいことに気が付いた。明らかにキャルの声ではない。なんというか、こう、男。それも声優とかそう言うのではなく、素人の男性が質の悪い音声を録画した時の音だ。
具体的に言うならばホモビデ──ペコリーヌは変な電波を受信した自分の思考を断ち切った。
取り敢えず追わねば、また変な事を考えているのかもしれない。
「待って下さい~!」
「ヌッ!(鈍足)」
魔法使い故の鈍足か、ペコリーヌがぐんぐん距離を詰める。それでもなお必至に走るキャル──ここが街の中であると言うことをすっかり忘れているのではないだろうか?
周りの目を一身に浴びつつも、それでもなお逃走を続けるキャル。しかし、やはり体力にも限界がある。走り続けて数十秒、キャルは疲弊を見せ始めた。
「──アアッー、アッ、ンアッー、ンッ……ォゥ、ォウ、オォン! アォン! ハァ、アッ、アッ、アッ、アッ、アッ、アッ、アッ、アッ、アッ、アッ……!」
「キャルちゃん!?」
汚い野獣のような咆哮、まあ猫だしあながち間違ってもいない。男性の声で、まあ女の子のように聞こえなくもない。私は断固拒否するが。そんな感じの汚い声を公衆の面前で全力で叫びながら走るキャルに漸く追いついたペコリーヌは、抱きついてその場で動きを止める。
「コラどけコラ! 流行らせコラ! ゲホッゲホッ!(致命傷)」
「暴れないでください〜!」
「おい! やめろやめろ! やめろやめろ! お前ら(一人)やめろマジで!」
どたばたと暴れるキャルを押さえ込んで、ペコリーヌはなんとか黙らせようとする。しかし口からホモビデ……謎の男性の声を解き放つキャルの声は止まる事を知らない。
いつしか顔を(≧Д≦)みたいな表情に変えて、キャルはさらに暴れることを選択した。
「アァッ! ハァッ! イキスギィ! イクイクイク……アッ……ンアアァッー!(≧Д≦)」
「キャルちゃん!? マズイですよ!(焦燥)」
野太い男のような、それでいて甲高い女性のような声を上げながら苦悶の表情──もとい恍惚とした表情で叫ぶキャル。さすがに街中でやっていい行動ではない。そろそろ王宮騎士団(ナイトメア)に目を付けられる。ペコリーヌはすでに指名手配されてる身なのだが。
「助けてライダー!(MTUSNZ)」
「う〜もう、キャルちゃんが変です……。ごめんなさい、キャルちゃん!」
「ファッ!?」
ペコリーヌによる容赦ない首打ち。因みにこのやり方では十中八九気絶せず、絶命させる可能性の方が高いがそこはペコリーヌの王家パワーでなんとかなった。やったぜ。
死の間際(死んではない)にも汚い声を出すキャルに、これは何らかの病気か呪いではないかとペコリーヌは思った。流石に声帯が違いすぎる。昨日まではまともだったのに何故なのか──ここで考えてわかる話でもない為に、黙らせる(物理)を行ったキャルを担いで街から脱出を試みる。
目指すは、自らの想いを寄せる大切な友人であり異性の彼のもとである。
「──と言うわけで、キャルちゃんがおかしいんです!」
「えぇ……(困惑)」
騎士と呼ばれる少年を、主さまと敬愛する少女──コッコロはあまりの状況に思わず困惑を漏らした。現場を見ていないからなんとも言えないが、流石に理解ができない。キャルがまあ、逃げるのまでは理解できた。よくわからないが。
それにしたってまるでホモビデオ──ではなくて、野獣のような咆哮を上げたとはどういうことなのだ。獣人だから野獣であると言うのはあながち間違いでもない。
「ええと、キャルさまがまるで野獣のよう(意味深)な声を出して叫んだことは分かりました」
「キャルちゃんの声がまるで男性だったんですよ!まるでホ──」
「あっ、オイ待てい(江戸っ子)」
強烈な電波を受信しそうになったコッコロは、その場でつい口を滑らせる。キャルは声まで男性だったようだが、コッコロはちゃんとコッコロの声だった。そこに安心した。
普段使わない口調で話したことでペコリーヌは驚いていたが。
「……んんっ。まとめると、キャルさまの声がまるでホ、ホ、ホモ、ホモビデオの男優の様だと言いたいのですね?」
「そうです!」
そうです!じゃないが。
思わずコッコロは言いたくなった。ホモ、つまりゲイ、同性愛者。別に同性愛を否定しているわけでは無い。昨今色々と厳しい問題が提議される中、コッコロはそれを否定するつもりはない。ただ、恥じらいと言う物がある。コッコロは未だ年若い少女、あまり大っぴらに言う事の出来ない隠語を堂々と言える程逞しくは無かった。
「クゥーン」
「あ、起きたんですねキャルちゃん!」
そして、原因であるキャルが目を覚ます。
クゥーンとか犬の真似しておきながら声は男性だし、そもそもキャルは猫だしでめちゃくちゃである。しかし、この場にそれを指摘できる人物は誰一人としていなかった。悲しい。
「ほ、ほ、ほ、ほあああぁぁ^~!(精神崩壊)」
「かわいい猫だなぁ(現実逃避)」
「コッコロちゃん!?」
本当に男性の声になっているし、相変わらず(≧Д≦)みたいな顔をするキャルにコッコロは目を背けた。敬愛する主さま、もとい騎士と呼ばれる少年は呆けた顔でそれを見ている。
「ああああもうやだあああぁぁ──…………」
「うわぁ、急に落ち着かないでください!」
スン……と急に仏のように落ち着いたキャル。焦点が合っていない目で、何処かを見つめ続けている。
「……あれ?そうだ、キャルちゃん。喋らないで、身振り手振りはどうですか?」
「!」
それだ、と言わんばかりにキャルが再起動する。
顎に手を当てて、暫し考え込むような仕草を行った後に──右手を高く掲げて上を向く。どこからか聞こえてきた壮大なBGMに、一体何だろうかとペコリーヌは疑問を覚える。
「……キャルちゃん?」
「──やったぜ。投稿者、変た」
「やめてくださいまし!(建前)やめてくださいまし!(本音)」
ペコリーヌの妙案に光明が差したかと思われたが、キャルの口からは無駄に荘厳な声と、まるで宇宙の独裁者のような雰囲気が響いて来た。コッコロの必死な説得(平謝り)によってそれは未然に防がれた。
ちょいちょい、とペコリーヌの肩を騎士少年がつんつん指で突く。
「どうしました? え、聞いたことがある?」
こくり、と頷く騎士少年。
とても聞き覚えのあるフレーズだ、と言う。
「うせやろ?」
「……キャルさまはつまり、思考は変わりませんが言動がおかしくなっているのですね」
「そうだよ(便乗)」
今もなおホモビデ──ではなく、同性愛の尊さを訴えるLGBTに適した作品の音声を垂れ流すキャルを横目にコッコロはこれまでの情報をまとめる。
何とか男性の声(所々女性の声も混じっている)と独特の台詞の言い回しを解読した結果。
『私だってね、おかしいと思ったよ?(今のこの状況が)。もうこれわかんねぇな……(でも自分じゃわからない)』
・意思疎通は可能。
・本人も何が起きたか理解していない。
・何故か言動が、その、下品(相対的)になっている。
「なるほど──意味が解りませんね」
「ふざけんな!(憤怒)」
バァン!(大破)、と机を叩く。ギルドハウスの机に並べられた朝食(騎士くんは一人で食事を摂る事が出来ないので要介護されている)はとうに食べ終わっており、まあ何かが落ちる事も無いが、キャルはそっと揺れた食器を元に戻した。
「ドウスッペ……」
「うーん、取り敢えず病気とかそういう方向で調べてみませんか?」
インターネットスラングしか話せなくなる病気とか聞いたこともないんですがそれは……と騎士くんは言いかけて、その言葉をぐっと堪えた。幼い(精神のみ)彼ではあったが、直感は衰えていなかった。これを言ってしまえばマズイ事になる、と理解したのだ。さすが主人公!
「そうですね、呪いの方面で調べてみましょう。……聞いたこともありませんが」
「あああもおおおあやだあああああ!!(発狂)」
「暴れないで下さい……!暴れないで下さい……!」
コッコロの呟きに絶望を浴びたキャルが暴れ出す。それを王家の装備フルパワーで抑え付けるペコリーヌ、この様子ではキャルが街中で突然叫ぶ不審者になる日も遠くはなさそうだ、と騎士くんは割と酷いことを内心で思っていた
そう、
「…………ヌウンッ!」
「──やばいですね☆コッコロちゃん、騎士くん、耳を塞いで下さい!」
ペコリーヌの言葉に、二人が耳を塞ぐ。
そして、キャルが壊れた人形のような動きと共に──顔を(≧Д≦)から変化させ、目を大きく見開く。その眼力だけで、他者に喧しいと認識させそうな表情だ。
「ヌゥン!ヘッ!ヘッ!ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ア゛↑ア゛↑ア゛↑ア゛↑ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!!!!ウ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ!!!!!フ ウ゛ウ゛ウ゛ゥ゛ゥ゛ゥ゛ン!!!!フ ウ゛ゥ゛ゥ゛ゥン!!!!」
この日、ランドソルに世界を滅ぼす魔物が目を覚ましたと噂が流れたり流れなかったりした。
「うう……お労しや、キャルさま」
何やら信じられぬものを見てそうな感想を述べたコッコロ。その視線の先に──口を包帯でぐるぐる巻きに、腕と足を椅子に括り付けて目を閉じるキャルの姿。
一体何があったのか──単に錯乱したキャルを封印しただけである。流石にここまでするつもりは無かったが、口を塞げば腕で、腕を塞げば足で、全身を封じてじたばた暴れて──手に負えないので最終的にこうなった。ん゛も゛ー、ん゛も゛ー!と文句を言い続けるキャル。どうやら納得はしていないらしい。
「ですが、これもキャルさまを守るため仕方のないこと……」
「む゛ー!!」
ガタガタと椅子が揺れる。涙を一粒流して悼むコッコロを遠目で見つつ、一先ず暴れまわったことでぐちゃぐちゃになったギルドハウスの中を掃除する。
「あーもう滅茶苦茶ですね……」
キャルの大声で吹き飛んだ食器を回収してきたペコリーヌが、腕一杯に荷物を抱えてギルドハウスに戻って来た。ちなみに拘束をするにあたって無理やり押さえつけたのはペコリーヌである。
「よいしょっ、と……あ、キャルちゃん。ごめんなさい、私達じゃ今はどうにもできないんです……」
「む゛う゛ー!」
目を見開き、拘束されてるにも拘らず暴れようとするキャル。(≧Д≦)に顔はなっているのだろうか、少なくとも目元はそうなっている。これで口を塞いでいなければまた叫んでいたのだろう──思ったより被害が大きい。
「本当にどうしましょうか。私は今街に入って堂々とできる身分じゃないですし、村とかなら回れますが……」
「そうですね……なにより、このままという訳にはいきません」
キャルがこうなった原因は分からないにしろ、このままでは一生外を出歩けない。ギルドハウスに幽閉され、キャルが唯一慕う王様(笑)に救出されるのを待つしかない──いや、救わない気がする。かわいそう。
裏切者の獣人め……!咎人には都合のいい終焉だ。
冗談はさておき、現状美食殿では解決策が見当たらない状況にある。
病気や呪いを探ろうにもペコリーヌはお尋ね者状態、コッコロはまあ探ることは出来るが、そう言ったものに詳しくない。口を開けば野獣先輩、拳を握れば淫夢くん(獣)のキャルを外に連れ出すわけにもいかず……あれ、詰んでないか?
「む゛う゛う゛う゛ぅ゛…………うぅ」
流石に弱気になったのか──普通の人間なら(キャルは獣人だがここでは亜人も純人間と変わらない扱いとする)自分の言動が全てホモビデオの音声と意味不明な怪文書を勝手に垂れ流すようになってしまったら気が狂う。私なら気が狂う。
ぽとぽと閉じた目から涙を流し始めたキャル、縛られて自分で涙も拭うことが出来ないのでなんとも哀れである。もし仮にこれで縛られていなかったらうどんを泣きながら啜っていたかもしれない。
「う…………」
しかし、そんな例のアレ事情なんて知らないペコリーヌは素直に可哀想だと思い拘束を少しくらい緩めるべきではないだろうか、と思ってしまった。チラ、と騎士くんの様子を伺えば顔を悲壮に歪めている。幼児化している弊害(前世で色々あった。詳しくは本編を見てください)により彼はありとあらゆるものを未知──要するに赤ちゃん状態。自分より年下のコッコロにご飯を食べさせてもらう、お金を口に入れる、その他彼がやらかした悪行の限り*1は数知れず。
そんな彼も、美食殿という輝かしく大切な友人を作り、徐々に成長した。今、くそどうでもいいインターネットスラングの事はさておいてキャルという仲の良い友人のあまりにも悲壮感溢れる姿に心を痛めているのだ。
キャルちゃん、と騎士くんは声を出した。
む゛う゛、と泣きながら声を出したキャル。
大丈夫、何とかするから。
そう言いながら、騎士くんはキャルの涙で濡れた顔を……失礼。鼻水でもビシャビシャだった。それでも騎士くんは躊躇わず、キャルの顔を綺麗な布で拭った。
「ふぶ、ふ……む゛く゛う゛う゛う゛う゛ぅ゛ぅ゛!!」
瞳から大粒の涙を流して、慟哭するキャル。まるで感動シーンみたいだぁ…………。
「──こうしてはいられません!キャルちゃん、絶対に元に戻してあげますから!」
「その通りです、キャルさま。私たちが必ず原因を発見します」
「
「……極めて何か、生命に対する侮辱を感じました(静かな怒り)」
口を塞いでも飛び出してくる酷い汚染に思わずコッコロが顔を顰める。齢二桁になったばかりの少女にあまりにも酷い罵倒であるが、キャルは故意で言っている訳では無い。そう言う風に変換されてるだけである。
「まあまあコッコロちゃん、キャルちゃんも言いたくて言ってるわけじゃないですし……」
「もう許せますよオイ!」
割と怒りに溢れているコッコロをペコリーヌが王家の装備によるバフで押さえつけ、互いの距離を引き離す。タドコッコロ、違ったコッコロはその『タドコロ』の意味は分からなくてもなんとなく侮辱だと感じ取ったのだ。全世界のタドコロさんに謝って欲しい。
ガクガク震えるキャルに、とりあえず寄り添っておく騎士くん。さっきはイケメンな事を言っていたがコイツも本質的にはヤベー奴側であることを忘れてはならない。これが主人公なんだよなぁ……。
──大丈夫、謝れば許してくれるよ。
そう言いながらキャルの口を塞ぐ包帯を解く騎士くん。その行動をみて、ペコリーヌはさぁっと顔を青くする。この後に起きる事を正しく認識できたのはペコリーヌだけであり、そのヤバさを理解していたのは騎士くん以外の三人。つまり大体騎士くんが悪い。
スウウゥ、と息を大きく吸って──キャルは口を開いた。
「──お、お〇んこ^~(気さくな挨拶)」
「──オメェ殺されてぇかぁ!?」
最後の言葉はタドコッコロちゃんです。