校舎四階東側の日常   作:煎煎

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全部、きみのせいだから

 

 

事件は、放課後を告げる鐘の音に重なった。

 

「あッ」

「えっ?」

金の校章が刺繍された紺のブレザーの、衣()れが響く。 それは状況を確認するためにファインダーから目を離した少年の、どこか幼さの残る甲高い声に連なる。

それ以前に。 少年の視界に映った暗幕の向こうから、何かまずい事が起こったかのような、短い、少女の悲鳴が響いていた。

「あぁあああ…」

「せ、センパイ? 何が…」

「何が、だぁ?」

こもる声が少年に聞こえ、暗幕が勢いよく、ばりぃっ、と開け放たれた。

「印画紙が、やられたんだよ!」

「え? あ!」

「きみはものを考えてカメラを構えなさい! ストロボの強い光を浴びたら、この『簡易暗室』がどうなるか分かるだろ!?」

「す、すみません、すみません! れ、レンズを新調したものですから、試し撮りがしたくて…」

「だから、被写体を考えなさいって言うの! 窓の外でも良かったでしょう!」

「た、たしかに、桜が咲いていて、良い被写体なんですが…、その…せ、センパイを」

「ったくもう! 印画紙も高いんだから、気をつけてくれないと困るの!」

「は、はい、すみませんでした…」

怒涛のまくし立て、たじろぐ少年。

『センパイ』と呼ばれた少女は、話は終わった、と『簡易暗室』に戻った。

内側から、ぴりぴりぴり、と小さなプラスチック同士が噛み合う音が聞こえた。 いわゆるマジックテープであり、暗幕の寄せ集めを暗室たらしめている肝でもあった。

「…はぁ…」

詰まった息を、少年が吐き出した。 まくし立てられるとこうなる。 息をつく暇もない言葉の羅列を飲み込むのに夢中になって、まともな呼吸を忘れるからだ。

 

ここは、とある無名な県立高校の、しがない写真部の部室である。

放課後の鐘とともに部活は開始されるが、部屋には『センパイ』と少年の二人だけであった。

ご覧の通り、である。

二人しか部員のいない弱小文化部。 ディジタルカメラや携帯電話の内蔵カメラで撮影ができる、画像データ全盛期の今日(こんにち)にも、伝統を重んじて『光画(こうが)』としての、アナログな写真を主として取り扱う、今時珍しい部活動であった。

ただしそれを揶揄するように、写真部ではなく『光画部』と呼ばれる、一風変わった生徒が集まる部としても、この高校ではローカルに有名であった。

今代の部員の二人もまた、変わり者扱いの(てい)を甘んじて受けている。

四月も二週目と言うのに新入生の一人も見学に来ないのは、加えて光画部を率いる担任と部長である『センパイ』に、新入歓迎をする気が皆無だからでもあるのだろうことは想像できた。

 

そのような背景がある。その中で、変人と呼ばれる集団…二人であるが…その内の一人、この少年は至って一般的で善良な、普通の感性を持つただの二年生の男子であるのだが、それでもこの光画部にいるには理由があった。それは、誰の目にも明らかであった。

 

「……よーしよし……」

暗室の中から聞こえるつぶやきを背に、少年は一葉の写真を懐から抜いた。先程から『簡易暗室』の中で、『センパイ』は写真を現像している様子である。 すでに十分(じっぷん)は経った。

少年が見つめる先、その中に写るのは、ひとりの少女であった。

まず髪が長い。 烏の濡れ羽色、背の中程まであろう髪を、後頭部の高い位置に束ねている。 前髪は短く、銀縁の細い眼鏡をかけており、その奥の目は、いわゆる吊り目である。 体つきは華奢で、この学校の制服である深緑色のセーラー、スカート、セーラー服の上からクリーム色のセーターを着ていた。

一般的判断として、可愛い、と表せる女子高生の姿がその画の中には現れていた。 椅子に座り、(はす)から写した、お見合い写真のような姿。 少年が見とれているのは、実に自然なものに写るであろう。

静かに、内ポケットに写真をしまい込んだ。

「…はぁ…」

再び、ため息をついた。

 

「あああああああ!」

「ふおっ!?」

何事かと少年が振り返ると、同時に暗幕が、ばりぃっ、と開く。 既視感を感じるだろう。

「だめにした!」

「何を」

「印画紙!」

食い気味に答える『センパイ』が、額に手を当てた。

背後にはセーフライトの濃緑色をした暗室が見えた。

「こ、今度はどうしたんですか。」

「ライトだよ。 …セッティングをミスったかなぁ…」

「え、だって、セーフライトなんじゃ…」

「光が強すぎて感光しちゃったの!」

「あぁ…、何というか、ご愁傷様です」

「きみのせいだかんね。」

「え。」

「ストロボ焚かれてから調子狂ってる。 だから全部、きみのせいだから!」

「えぇ!?」

理不尽なことを言うものだ、と少年は面食らった。『センパイ』は、続けて言う。

「少年!」

「は、はい。」

「今日の部活の内容を決めた。」

「はい。」

「被写体を探しに行く。」

「…はい?」

「試し撮りをしたいんでしょ。」

「はいっ。」

「なら桜よ。 桜を撮りに、散歩。 これを今日の部活動にします!」

「はっ、はい!」

半ば『センパイ』のやけくそに、『少年』は付き合わされることになったのである。

ひいてはそれが、今日の『光画部』であった。

『簡易暗室』はいつ直すのだろう、とは、どうも誰の頭からも抜けていたようである。

二人だが。

 

「いまいち。」

「え、きれいでしょう?」

「うーん、なんというか、お誂え向き、なのよね。」

靴を履いて、校庭に出て、準備運動に取り組む野球部や蹴球部を尻目に、校庭入り口から奥に一列、まるでグランドの柵に沿うように並んだ桜を見て、早速『センパイ』はいちゃもんを付けたのであった。

「なにが気に食わないんですか、センパイ。」

「今言ったわ少年。 誂え向きすぎるのよ。」

「?」

「ほら、ポーズ決められて撮るより、まさに『瞬間を切り取った』っていう、…なんていうかな、『動き』がわたしは欲しいの。」

「はあ…」

情けないような曖昧な返事をする『少年』に、『センパイ』は眉根を寄せた。

春の陽気な風が通り抜けて行く。 『少年』の髪がわずかに揺れた。 『センパイ』のスカートと、ポニーテイルが風に靡いた。

「裏手に回りましょう。」

「裏手、ですか。」

「川沿いなら、何かあるかも。」

そうして、グランドはあっさりと見切りをつけて、『センパイ』は言ってしまった。 川沿いの道に出るには、学校から坂を下りなければならない。 その坂に、『センパイ』はすでに足をかけていた。

動きの速い人である、とは少年でなくても思うに違いない。

ただ、『動き』に拘泥しない『少年』は立ち止まった。 なんだよきれいではないか、と心に思ったまま、ぱちり。

それは、グラウンドに立つ白い野球部のユニフォームと、蹴球(サッカー)部の学校ジャージと、背後に散り始めの桜が見える、悪いと思えない写真になった。

カリカリカリ、と手元でフィルムを巻いた。

 

胸元にぶら下がる一眼を抑えながら、坂を駆け下りた。

『センパイ』はずんずんと先に行く。 お怒りのように感じるかもしれないが、一年二人で部をやってきた『少年』には、それはすこぶる普通の事象として見えていた。

さて、『センパイ』が立ち止まった。

おもむろにカメラを構えた。 ぱちり。

何を撮ったのか気になって、追いつくなり少女の背後を取った。

「…、バイクだよ。」

よく見れば、数百メートル先にオフロードバイクが見えた。

『動き』というのは、ああいったものだろうか。

少年は気になって尋ねた。

「やっぱり、違うな。」

「何を写したいのでしょう?」

「動きのあるもの、かつ…」

「かつ?」

「心に響くもの。 背景のあるもの。」

「?」

ま、難しいよね、と『センパイ』は苦笑した。

心に響くものは目の前にあるのに、と少年は思った。

 

さらに河原に近づく。 土手に上がる。

ふと少年は、一葉のブロマイドを取り出していた。 苦笑とはいえ、笑顔がなかなか見れない人物である。 穏やかに微笑んでいる写真を見て思い出そうとする魂胆があったかもしれない。

しかし、突然に『動き』はくる。

一葉の写真が、突然の春一番に煽られた。

「あっ」

先を行く『センパイ』の肩を抜け、河原側の土手の坂道、芝生に不時着した。

「なん、なんだ!?」

たまには『センパイ』も驚くんだな、とは少年には思う余裕もなかったろう。

 

夢中で一葉を追いかけ、転びそうになりながらも矢のようにかけ、少女を追い越して三秒後、その手に写真をつかんでいた。

 

「な、なにをそんなに必死に追いかけたの?」

「何でもありませんよ。」

「隠すものかい?」

「……本人に見せるわけには……」

「なんだって?」

「何でも!」

首をかしげる『センパイ』に、懸命に誤魔化す『少年』。 鈍感なのは当事者だけ、というのは幸か不幸か。

 

だからだろう。 先に気づいたのは『少年』だった。

「あぁ、センパイ!」

「何?」

「…センパイの『動き』のある光画、題材にあれなんかどうです?」

「あれ、…あ! あれいいね!」

 

息急き切ってかけるのも珍しい歳である。 その光景には、つまりそれだけの価値があった。

まだ四月の第二週。 例年よりも早い桜に、今年は間に合わないと言われていた光景が、光画部の目の前に広がっていた。

要するに。

『川にかかる鯉のぼり』と『桜並木』の組み合わせ。

通常この桜並木は、四月の終わりに散り始めるのが通例であり、橋のようにかかった、ロープに吊るすタイプの鯉のぼりとの共演が、この川のイベントであった。

 

今年は三年ぶりの組み合わせ。

『センパイ』には、十分な背景を持った、心に響く、動きある光景であったのだ。

 

橋の欄干(らんかん)から身を乗り出して、ひたすらに少女は撮影した。 普段はかけてる眼鏡を額にずらして、本気でファインダーを覗きながら。

少年にとっても、いい景色であったことは想像に難くないであろう。 撮りたいものを見つけた時の部長の顔は、何より映える光画に写る。

 

「良い。」

「…ええ。」

「感謝しようかな、少年に。」

「え。」

「外に出たのも、この画が撮れたのも。全部、きみのせいだからね。」

「…は…、はい。」

…それを言うなら『きみのおかげ』であろうと思ったが。

その表情の前では無粋であろうと、少年は台詞(せりふ)を胸にしまった。

 

部室に帰ってから現像だ、という言葉を最後に、長い散歩は終わりを告げた。

 

「充実してたね!」

「とても写真部していました。」

「『光画部』よ。」

「はい。」

「また明日ね!」

「ええ。 また部室で。」

 

 

『コイする桜川』。

そう題されたパネルは、それからすぐに、部室の壁に掛かった。

 

 





いかがでしたでしょうか。
初めてこの短編を執筆したのは、2018年のことです。

本サブタイと同名のネットプリント企画のために書き下ろし、一時期ネットプリント可能な短編として公開していたのですが、しばらく世に出していない文章となっていました。

この度、『校舎四階東側の日常』として再編成するにあたり、一番初めに同じ背景設定で書いた本作を、多少の推敲を施して、こちらに上げさせていただきました。

『光画部』として写真部を描いたのは、バシバシ写真が撮れる現代の技術に対して、一枚一枚を狙い澄まして撮らなくてはならなかったフィルム撮影のカメラに、趣を感じていただきたい。 そのように思ったからです。 制限があるからこそ、さまざま考えて、たった一枚を撮る。 そしてその一枚を、後生大事に抱える。 その「あはれ」を感じていただければ幸いです。

それでは。
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