本当に欲しいもの   作:火の車

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”谷戸と雫”

谷戸「__知っていましたよ。そのことは。」

雫「!」

谷戸「ですが、私は賀川さんの告白を受け入れる事は出来ません。」

雫「っ!な、なんで......?」

谷戸「私と賀川さんでは、ともに時間を過ごせず、幸せになれないからです。」

雫「っ......」

谷戸「賀川さんは脆すぎます。だから、その気持ちは忘れてください。」

 そう言った、谷戸の姿は消えた__


最低でも好き。

 朝、俺は昨日と同じくらいの時間に目を覚ました。

 

亜蘭(夢、ではないんだな。)

 

 昨日の夜の出来事から、俺はまるで夢を見ているような感覚だ。

 

 現実感がない。

 

 今まで欲しいものは何でも手に入れてきた、でも、こんなに幸福感があったのは初めてだ。

 

 今すぐにでも大声を出して喜びたい。

 

亜蘭(そう言えば、なんだか圧迫感があるな。)

 

 ここのベッド、こんなに狭かったか?

 

 俺は自分の横に目線を移した。

 

燐子「すー......すー......」

亜蘭「」

 

 何という事だろう。

 

 何故か俺の横で燐子さんが眠っているぞ、それはもう穏やかな表情で。

 

 うん、とても美しく、可愛らしい、そうなんだが。

 

亜蘭(なんで、ここに?)

 

 俺は一応、布団の中を確認した。

 

 だ、大丈夫だ。

 

 そういう事ではない、大丈夫だ。

 

 一安心したところで、燐子さんを起こすことにした。

 

亜蘭「燐子さん?」

燐子「んっ......?」

亜蘭「起きましたか?」

燐子「......ぎゅー。」

亜蘭「!?」

 

 燐子さんは起きるどころか、抱き着いてきた。

 

 目が開いてない、寝ているのか?

 

亜蘭「り、燐子さん?」

燐子「あったかいです......亜蘭君......」

 

 これは由々しき事態だ。

 

 このままだと大変なことになる。

 

 そう判断し、俺は強硬策に出た。

 

亜蘭「......燐子さん、今日は三食セロリですよ。」

燐子「えぇ......!?って、亜蘭君......?」

亜蘭「おはようございます。燐子さん。」

 

 冗談のつもりだったのに、本当に起きるなんて。

 

燐子「え?なんで、亜蘭君が......?」

亜蘭「俺もそう思ってます。」

燐子(え?本当になんで?って、隣に亜蘭君が寝てるって事は......///)

 

 燐子さんは恐る恐ると言った感じで布団の中を見た。

 

 全く同じことをしているな。

 

亜蘭「俺も確認しましたが、そう言う形跡はなかった、と思います。」

 

 正直、俺も経験があるわけじゃないから無責任な事は言えないが。

 

 多分、ない。

 

亜蘭「り、燐子さんは、違和感などはないでしょうか?」

燐子「と、特には......///」

 

 よかった。

 

 首の皮が繋がった。

 

亜蘭「ともかく、起きましょうか。」

燐子「はい。///」

 

 俺と燐子さんはベッドから起き上がった。

 

亜蘭「__それでは、なぜこのような状況になっているかを思い出しましょう。」

燐子「あ、あの、一つ、確認をしたいのですが......///」

亜蘭「はい?」

燐子「私達は、お付き合いを始めたんですよね......?///」

亜蘭「はい。」

 

 改めて言われると恥ずかしいな。

 

 でも、言葉にすると、現実味が出てくる。

 

燐子「そ、そうですよね......///」

亜蘭「俺はまだ若干、夢を見ているようです。」

燐子「そう、ですね......。じゃあ///」

亜蘭「!」

 

 燐子さんは俺の手を握ってきた。

 

燐子「夢、じゃないですよ......?///」

亜蘭「はい。そうですね。」

燐子「きゃっ......!」

 

 俺は燐子さんを抱きしめた。

 

亜蘭「確かに、夢じゃないですね。」

燐子「亜蘭、君......///」

亜蘭「はい?」

燐子「んっ///」

 

 チュ......

 

亜蘭「!」

燐子「我慢、できなくなっちゃいます......///」

 

 燐子さんは恍惚とした表情で俺に縋り付いてる。

 

 これは、すごいな。

 

亜蘭(って、なんで今こうなってるか考えようと思ってたんだが。)

燐子「亜蘭君///」

亜蘭「もう少し、ゆっくりしていましょうか。」

燐子「はい///」

亜蘭(まぁ、いいかな。)

 

 それから俺と燐子さんは何と言っていいか分からないが、触れ合いをしていた。

 

 燐子さんは全体的にとても優しい感触だった。

__________________

 

 日も上がり、俺と燐子さんは朝食を食べにダイニングに来た。

 

あこ「あ!りんりん!」

燐子「あこちゃん。」

亜蘭「おはよう。宇田川さん。」

巴「おはよう!二人とも!」

モカ「おはよー。」

 

 ダイニングに行くと、宇田川姉妹と青葉がいた。

 

 どうやら、食事中らしい。

 

巴「早速二人で来るなんて、見せつけてくれるな!」

亜蘭「からかうのはやめろ。あ、どうぞ、燐子さん。」

燐子「ありがとうございます。」

 

 俺は燐子さんが座りやすいように椅子を引いて、燐子さんは椅子に座った。

 

 その後、俺も座った。

 

モカ「おー。」

亜蘭「どうした?」

モカ「ナチュラルに紳士なムーブ。」

亜蘭「なんだそれは?」

あこ「やっぱり、四宮さんなら安心できるね!」

燐子(あこちゃんがお母さんみたいになった。)

 

 少しすると、俺と燐子さんの分の食事も運ばれてきた。

 

あこ「そう言えば、りんりん?」

燐子「どうしたの?」

あこ「肝試しの後どこ行ってたの?部屋に帰ってきてなかったよね?」

亜蘭、燐子「!」

もか「あっ(察し)」

 

 まずい。

 

 宇田川さんは偶にとんでもない地雷を踏みぬいてくる。

 

燐子「き、気のせいじゃないかな......?」

あこ「違うよー!だって、鍵開けっ放しだったから覗いてもいなかったもん!」

燐子「っ......!」

亜蘭(まずい。助け舟を出すべきだが、ここで俺が割って入ればさらに面倒になる。)

 

 動こうにも動けない。

 

 まさか、宇田川さんは心理戦の天才か?(違います。)

 

巴「あー、あこ?」

あこ「なにー?」

巴「燐子さんは紗夜さんの部屋にいたんだぞ?」

あこ「え!?」

モカ「知らなかったのー?湊さんとリサさんもいたらしいけどー。」

あこ「あこ、聞いてない!なんで!?」

 

 青葉がこっちにアイコンタクトを送ってきた。

 

 助かった、っと、思ってた。

 

モカ(後で話聞かせてねー)

亜蘭「!」

 

 青葉は口パクでそう言ってきた。

 

 ぬかりないな、青葉よ。

 

亜蘭「ま、まぁ、早く食べてしまいましょう。」

 

 料理を口に運ぶと、体に衝撃が走った。

 

亜蘭「__!」

 

 まるで、嵐で荒れ狂う海に流されているような。

 

 大粒の雨が断続的に降り注いできているような。

 

燐子「!」

亜蘭「これは......」

モカ「どうしたのー?」

亜蘭「青葉たちは料理を食べても何ん感じなかったか?」

モカ「料理?モカちゃん達は結構前に出て来たけどー?」

巴「そう言えば、厨房の方から話し声が聞こえたような?」

あこ「あー、何か話してたね?」

 

 まさか、これは......

 

燐子「あ、亜蘭君......」

亜蘭「はい。料理でここまでの世界を表現できる人物は限られています。」

 

 俺は慌てて立ち上がった。

 

亜蘭「俺は厨房に向かいます。」

燐子「私も、行きます。」

モカ「どうしたのー?」

亜蘭「後で説明する。」

 

 俺と燐子さんは急いで厨房に向かった。

__________________

 

 厨房に着いた。

 

亜蘭(出来る事なら、俺の最悪の想定よ外れていてくれよ。)

 

 俺は厨房のドアを開けた。

 

 そこで、俺の目に写ったのは......

 

雫「......」

 

 涙を流しながら、包丁を振るう雫の姿だった。

 

亜蘭「雫!」

雫「......亜蘭に、燐子......?」

亜蘭、燐子「っ!」

 

 なんて顔だ。

 

 目は赤く腫れあがって、クマもひどい。

 

亜蘭「......何があった、雫。」

雫「何も、なかったんだよ。私は。」

燐子「ど、どういうこと、ですか......?」

亜蘭(やはりか。)

雫「私、谷戸さんにフラれちゃった。」

 

 やはり、か。

 

 俺の最悪の想像が当たってしまった。

 

亜蘭「......」

雫「まさか、こんなにショック受けちゃうなんてね。」

燐子「か、賀川さん。」

雫「ほんと、人生何があるかわかんな、ね__」

亜蘭「雫!」

 

 雫は倒れた。

 

 寝不足か。

 

亜蘭「燐子さん、雫をお願いします。」

雫「え?」

亜蘭「俺は少し、行ってきます。」

燐子「は、はい......!任せてください。」

 

 俺は厨房を飛び出した。

__________________

 

 俺は咲夜肝試しをした森に来た。

 

亜蘭「__谷戸、ついて来てるのは分かってるぞ。」

谷戸「おやおや。」

 

 近くの木の陰から谷戸が出て来た。

 

亜蘭「俺たちが厨房に行った時から付けていたな?」

谷戸「その通りでございます。」

亜蘭「なら、俺が言いたいことは分かるな?」

 

 俺がそう言うと、谷戸は少し暗い顔をした。

 

亜蘭「俺は別にお前を責める気はない。決定権はお前にある。だが、なぜ、雫では駄目だったんだ。」

谷戸「......」

 

 珍しく、谷戸は言い淀んでる。

 

 いつもははっきりものを言う方なんだが。

 

谷戸「......問題は賀川さんでなく、私にあります。」

亜蘭「なんだと?」

 

 谷戸に問題?

 

 そんなものがあるようには思えないが。

 

谷戸「年齢です。」

亜蘭「年齢、だと?」

谷戸「はい。ご存じの通り、私の年齢は24。今年には25になります。」

亜蘭「あぁ、そうだな。」

谷戸「それに対し、賀川さんは18。今年で19になると聞きました。」

亜蘭「知っている。だが、それのどこに問題があると言うんだ。」

谷戸「彼女と私では年が六つ離れてしまうのです。」

 

 六つ、確かにいささか離れているようにも感じる。

 

 だが、それは拒否する理由になり切るのか?

 

谷戸「私の父は私が幼いころにこの世を去りました。」

亜蘭「っ!」

谷戸「母も、その後を追い、自ら命を絶ちました。」

 

 そんな話、初めて聞いた。

 

 確かに、谷戸は頑なに自分の両親の話題には触れていなかった。

 

 まさか、そういう事だったのか。

 

谷戸「私はそれを見て、学んだのです。」

亜蘭「学んだ?」

谷戸「愛する者に残された、人間の脆さを。」

亜蘭「っ!」

谷戸「人間の精神はあまりにも脆すぎるのです。それにもかかわらず、普通の人間の愛はさらに人間を脆くしてしまう。」

 

 谷戸の言う事はももっともなのかもしれない。

 

 愛を一度得た人間は、それを失ったとき心にほころびが生まれる。

 

 俺も、そうだった。

 

谷戸「寿命を考えても、女性の方が長生きします。それに加えてこの年の差です。」

亜蘭「......」

谷戸「私は亜蘭様のように特別ではありません。必ず、先にこの世を去ります。私は彼女を幸せにすることは出来ません。」

 

 考えてみれば、そうなのかもしれない。

 

 科学で証明されてる情報を含めれば、谷戸の言う事は間違っていない。

 

 俺が普通とは違い過ぎることも認めよう。

 

亜蘭「お前の言った事は間違えていない。」

谷戸「左様ですか。」

亜蘭「だが、それは机上論でしかない。」

谷戸「......」

亜蘭「普通に計算すれば、お前の答えは合理的で素晴らしい答えだ。」

谷戸「なら__」

亜蘭「だが。」

谷戸「!」

 

 谷戸の肩が跳ねた。

 

亜蘭「誰が、お前が必ず雫より早く死ぬと決めた?」

谷戸「っ......」

亜蘭「誰も決めていないな?」

谷戸「......その通りです。」

亜蘭「しかも、その理論で行くと。お前は俺の執事の仕事を放棄する事になるが?」

谷戸「......」

亜蘭「言っておくが、俺はそんな事は承認しない。」

 

 俺は谷戸に少しずつ歩み寄った。

 

亜蘭「お前とはもう10年来の仲だ。俺としてもお前がいなくなると言うのは違和感を感じるんだ。」

谷戸「亜蘭様?」

亜蘭「だから、お前に生涯を通した命令を出す。」

谷戸「命令、ですか?」

亜蘭「命令だ。俺より、先に死ぬな。」

谷戸「!!」

 

 滅茶苦茶だ。

 

 正当性のかけらもない。

 

 いつから俺はこんな主人になったんだろう。

 

亜蘭「俺もお前が生き続ける限り、必ず生き続ける。100でも、200でもな。」

谷戸「......それだけ生きれば、大往生ですね。」

亜蘭「あぁ。」

 

 谷戸は少し笑ってそう言った。

 

亜蘭「それで、この命令。受けてくれるか?」

 

 俺はそう谷戸に問いかけた。

 

 すると、谷戸は少しだけ間を開けて......

 

谷戸「かしこまりました。」

 

 と答えた。

 

谷戸「その後命令、全力を持って遂行いたします。」

亜蘭「あぁ、頼むよ。」

 

 俺は少し頷きながらそう言った。

 

亜蘭「それじゃあ、谷戸よ。」

谷戸「はい?」

亜蘭「さっきの俺の命令を踏まえて、雫との向き合い方を考えるんだな。」

谷戸「......かしこまりました。」

亜蘭「今は多分、燐子さんがついてくれている。後はお前の判断に任せるよ。」

 

 俺はそう言って、建物に戻って行った。

__________________

 

 ”雫”

 

雫「__ん......」

 

 雫が目を覚ますと、外はもう夕方だった。

 

 カーテンの隙間から赤い日の光が差し込んできている。

 

雫(寝すぎた。頭痛い。)

 

 雫は痛む頭を押さえた。

 

谷戸「__お目覚めですか。賀川さん。」

雫「!」

 

 雫のベッドの横で谷戸は椅子に座り読書を嗜んでいた。

 

雫「......何しに来たの?」

谷戸「そうですね、賀川さんのお綺麗な寝顔を見に来ました。」

雫「っ!///」

谷戸「とでも言えば、満足でしょうか?」

雫「......知ってた。けど、あえて言うよ。最低。」

 

 雫はジトッと谷戸を睨んだ。

 

 その谷戸はまったく気にした様子もなく話し出した。

 

谷戸「お体の調子はどうですか?」

雫「......最悪。」

谷戸「左様ですか。」

雫「結局、何しに来たの?私の事を笑いにでも来たの?」

 

 雫は少し怒ったような口調でそう言った。

 

谷戸「笑いに来たわけでも、泣きに来たわけでもないですよ。」

雫「じゃあ、何しに来たの?」

谷戸「そうですね、一つ、ご報告に参りました。」

雫「報告?」

谷戸「私は亜蘭様の命令により、亜蘭様より先に死ぬことが出来なくなってしまいまして。」

雫「!?」

谷戸「まぁ、それだけです。」

 

 谷戸は静かにそう言った。

 

 雫は呆気にとられた表情をしている。

 

谷戸「それに加えて、亜蘭様に賀川さんとの向き合い方を考えろと言われまして。」

雫「......ふーん。私の事、好きになってくれたのかな。」

谷戸「いえ、それはないです。」

雫「うん。だよね。」

 

 雫は想定内と言った感じで答えた。

 

谷戸「私の事は昨夜お話しした通りです。」

雫「......」

谷戸「あれを聞いたうえで、賀川さんが昨日と同じ気持ちならば、私は拒むことは致しません。」

 

 谷戸は少し笑みを浮かべながらそう言った。

 

谷戸「判断は賀川さんにお任せいたします。」

雫「......」

 

 谷戸がそう言うと、雫がうつ向いた。

 

雫「......最低だね。」

谷戸「......」

雫「別に好きではないけど、告白は受け入れてあげるって、本当に最低。」

 

 雫は谷戸を軽くたたきながらそう言った。

 

雫「別に好きでもない相手に、無意識で優しくするのも最低。」

 

 もう一度軽くたたいた。

 

雫「いっつも、女の子の前で亜蘭の事ばっかり言うのも最低。」

 

 雫の叩く力が少しづつあがってる。

 

雫「結果が分かってる問いかけをわざわざしてきて、告白を引き出そうとするのも最低。」

 

 雫はそう言いながら谷戸の首に腕を回した。

 

雫「でも。」

 

 雫は優しく微笑んで、こう言った。

 

雫「それ以上に、谷戸さんが好き。」

谷戸「......そうですか。」

雫「受け入れてくれるんだよね?谷戸さん?」

谷戸「はい。」

雫「じゃあ__」

 

 チュ......

 

 雫は谷戸の頭を自身の方に引き寄せて、唇を合わせた。

 

雫「__私が、谷戸さんの始めてもらっても、良いわけだよね。///」

谷戸「おやおや。」

雫「......無理しなくてもいいけど。私の事、好きになる努力、してよね。///」

谷戸「かしこまりました。」

雫「これから、しつこいくらい、アピールするから。///」

谷戸「楽しみにしています。」

 

 いつも無表情な顔を赤くした雫といつも通り柔らかい笑みを浮かべた谷戸。

 

 その表情は二人の関係をこれ以上ないほどに表している。

 

 少し、異様なスタートラインに立った二人の行く先は、一体、どこなのだろうか。




 ”亜蘭と燐子”

亜蘭「上手く行った?みたいですね。」

燐子「あれは、成功と言ってもいいのでしょうか?」

亜蘭「......それはもう、この先の二人次第という事で。」

燐子「ふふっ、そうですね。」

亜蘭「はい。」

燐子「私も、長生きしますね?亜蘭君。」

亜蘭「......はい。俺も、頑張ります。」

燐子「ずっと、一緒ですよ。」

亜蘭「はい。」

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