「よく働くわねぇ…」
ここ、『ルーセルナ孤児院』は妖精郷アヴァロフの外れにひっそりと存在する。
施設長であるところのアイン・ミューリィは最近従業員の拾ってきたレプラカーンの男を事務所の窓から眺めていた。
彼の名前はオーガスト。
ここへきた当初は、それはもうひどい有様であった。
髪はボサボサ髭は伸び放題、服には穴だらけでまるでホームレスといった風態であった。
アインも長い金髪をろくに手入れしていないため、ある程度の痛みはあるがその比ではなかった。
「いやぁポチはよく頑張ってますぜ」
したり顔でアインの独り言に答えたのが、拾い主であるところの『アルマ』。
事務員兼子供の相手役としてこの施設で働いているが、買い出しも彼女がこなしている。
その折、彼女は買い物のついでに人も拾ってきた。
ジョークを言うための口から生まれてきたような彼女だが、彼女はいわゆる"ほっとけない"タイプである。
割合シビアなアインと2人でバランスは取れているが、いかんせん人を拾ってくるのはいかがなものかとアインは考えていた。
「結果的に頑張ってくれてるからいいけど…もう次は無しよ?ここは教会じゃないんだから」
「わーかってますよ!もちのろんでございますわ」
絶対次もやるなぁこれは、と思いながら再び書類との格闘を始める。
ここ、ルーセルナ孤児院は森の中という立地のためか雑草や落ち葉などの掃除が非常に面倒だ。
実際、アインとアルマが2人でやりくりしていた頃はこれを魔法で解決しようとして施設を少し燃やしたり窓を割ったりしていた。
オーガストはそのあたり非常に貴重面である。
魔法は自身に使い、作業の効率化のために簡単な道具を自作するなどしてあくまで手作業である。
半径100mに及ばない程度のそう大きくない施設ではあるが、1人でやるには些か重労働かと思われた。
だが、彼はそんな作業を何も言わずに1週間昼夜問わず続け、完遂しようとしている。
「お疲れ様、水持ってきたわよ」
「あぁ、すいません。」
アインは当初、素性の知れない彼をここで働かせることに反対であった。
もし、子供へ害なす存在だったら?
そう思うと彼を受け入れることは非常に難しかった。
しかし、彼を拾ってきたアルマの目は決して節穴ではない。
だから、一度だけと彼女の願いを聞いた。
「少し休憩しましょうか、魔法はあなたの傷や疲れを癒すかもしれないけど、心の疲れまでは取ってはくれないから」
「そう、ですね…わかりました、お言葉に甘えます。」
その気になればアインは魔法で彼の心を縛ることが出来る。
だが、そうしないのはアルマへの信頼と彼の頑張りを評価してのことだろう。
「あんなに汚かった庭があなたのおかげで綺麗になったわ、お疲れ様」
「いえ、まだ終わりではありません」
「え?そうかしら?」
見た感じでは、あらかたの掃除は終わっていてそう多くの作業が残っているようには見えない。
アインの心は既に、集まった落ち葉と枝で酒のつまみを焼く方向へシフトしかかっていた
「端に、花壇を作ろうかと思いまして。裏手の焼却炉のあたりにいい粘土質の土があったので…勝手ながら煉瓦を作らせて頂きました。ちょうど、端の方で…ほら、あそこで干しているものです」
「へぇ、驚いたわ。あなた花とか好きなの?」
オーガストは、ほんの少し顔を曇らせた。
過去は詮索すべきじゃなかったかしら、など思っていると。
「妻と、子供が好きだったんです。」
「あら、いいじゃない。今度紹介しなさいよ」
「ははは、それは無理な相談ですね。なにせ、もう遠くへ行ってしまいましたから」
そこまで聞いてしまってから、アインは己の浅はかさを呪った。
表情から察するべきだったのだ。
だが、安易に深く聞いてしまった。
そして、その思考が表情に出ていたのだろう。オーガストは慌てて付け加えた。
「あ、いえいいんです。もう決めましたから、少しでも前を向いていくって、無くした分はこれから頑張ろうって。」
「あなた、強いわね。」
かくいうアインも故郷を丸ごと失っている。
そのトラウマを、アインは師匠に救われることで克服することができた。
彼は、1人で努力して今前を向こうとしている。
「いえ、アルマさんに拾っていただいて、アインさんに使って貰えたおかげです。ありがとうございます」
そう言ってオーガストは笑った。
まだぎこちなく見えるが、嘘偽りのない人としての強さが垣間見えた。
「そう、じゃああと少し、頑張りましょう。ホラ立ちなさい」
アインは手を差し伸べて、オーガストを立ち上がらせる。
「私はなにからやればいい?花壇の作り方なんてわからないのよ…ホラ!アルマも見てるんでしょう!?出てきて手伝いなさい!」
そう言って施設とは逆の庭へと歩いていく。
その後を「うげぇバレてたぁ」とアルマもついていく。
「そんな!僕が好きでやってることで…アインさんに迷惑は……」
慌ててアインを追いかけてそう言った、が
「うるさい、手伝わせなさい。アンタもここで働くなら迷惑とか考えないこと!」
「そんで、終わったら芋でも焼いてお酒飲みましょ?」
「はい!」
続きます