夢を見た。
少し久しぶりに見た夢だった。
ここ暫く会っていない、おばあちゃんと話す夢。
その顔は相変わらず黒塗りで、何を言っているか分からない。
懸命に話しかけても、ふっとどこかへ逃げてしまう。
駆けずり回って探しても、見つけたと思って捕まえても、またすぐどこかに消えてしまう。
そのうちおばあちゃんは影も形も無くなって、結局いつも最後には私が一人残るだけ。
なんて、後味の悪い夢。
こんな夢を見るのはいつも、決まって悪い事があった後だ。
思い出してきたかつての記憶。
笑顔が似合う銀髪の少女。
彼女と名前を教えあい……直後、目の前で閃く刃。
そして私は確信した。
(……ああ。私、死んだん───「おっきろーッ!!!」
「ひゃああああッ!?」
天地がひっくり返るとは、まさに今のような事を言うのだろう。
沈みかけた意識は急浮上し、ベッドの上の身体に叩き込まれる。
目を瞬かせ見てみれば、そこにはどこか見覚えのある、黒髪の少女の姿があった。
「おはよう。よく眠れた?」
「えっ……と、アレ、私……?」
「ふふ、まずは朝ご飯の時間だよ」
そう言われてみるとふと、甘い香りに気がついた。
その方向に視線をずらせば、そこには既に先客が二人。
長髪を後ろで纏めた少女が、膝に乗せた幼女の口元に、食事を運ぶ最中だった。
「ああっ、穂波さん暴れないで!朝食は逃げたりしませんからっ」
「ならもっと早く、次を頂戴」
忙しなく食器を動かす少女に対し、膝上の幼女はすぐさまフレンチトーストを飲み込んで、矢継ぎ早に催促をかけていく。
まるで姉妹のような微笑ましい光景に、私の気持ちは少しずつ和んでいった。
すると緊張が解れるにつれ、次第に何かが自分の中で、形を得て蘇っていく。
それは昨夜の、本当の記憶。
……そうだ、黒髪の彼女は確か。
私の生命を救ってくれたのだ、と。
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はい、お察し頂けますように早速ガバです☆
本来のチャートでは鈴音ちゃんの一閃に合わせ、佳奈美ちゃんのSGをスるハズでした。
そうする事で佳奈美ちゃんを死んだように見せかけつつ救助し、今後の動きをやり易くする手筈だったんですね。
あれ、なんで失敗したんでしょうね?
ここちょっと(思考から)消えてますね、4番という魔法少女がいたんですけど。
まあ、そういった経緯で、とりあえずプランB発動です。
あ?ねぇよそんなもん、との事なので、その場で作成しました。
何故か飛び出したよばんちゃんに加え、なし崩し的に姉妹も投入。
2人がかりの戦力で、鈴音ちゃんを圧倒します。
またこの時、姉妹のSGを預かって不死身にしておきました。
これによりこちらが魔法少女の真実を知っている事を悟らせつつ、鈴音ちゃんを牽制。
どうにか彼女を撤退に追い込んだら、一先ずミッションコンプリートです。
深追いしてこの場で鈴音ちゃんのSGをスる事はしません。してはいけません。
そうした場合、とある理由でなんやかんやありホモは死にます(5敗)
詳細は追って説明するとして……さて、この後どうしよっかな(痴呆)
一応手は打ちましたけど、上手くいくかは……ナオキです……。
ていうか姉妹、いい加減食事の度に拘束するの止めて貰えません?
毒でも盛ってんの?(疑心暗鬼)
よばんちゃんもさぁ……笑って見てないで止めるとかさぁ……。
彼女が居てもガバが増える一方ですし、加入させた意味どこ……?ここ……?
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迂闊だった。
まさか彼女に、あんなに仲間が居たなんて。
結界付近で待ち構え、誘き出された魔法少女を狩る。
いつも通りのその作業、変わった事は無かった筈。
それなのに突如現れた、二人の手練れの魔法少女。
黒い帽子と、白いドレス。
決意を秘めた眼差しと、戦いを楽しむ緩んだ口。
受ける印象は正反対の二人だったが、どちらも実力は本物だ。
荒れ狂うような炎の波は確実に私を後退させ、多彩な魔法を放つ杖は私の反撃を的確に潰していく。
攻撃に殺意は見えなかったが、手加減という訳でも無いらしい。
撤退こそ成功したものの、むしろ意図的に逃されたようにすら感じられる。
兎角、厄介な事になってしまった。
あれだけの数が居たというのに、全く気配に気づけなかった。
大方、「陽炎」のような隠蔽魔法の類いだろう。
もし向こうから奇襲を受けたら、対処できるかは分からない。
加えて恐らく彼女らは、真実について知っている。
ドレスの少女の身体には、ジェムが全く見当たらなかった。
帽子の少女の立ち回りも、耳元のジェムを意識したそれに違いない。
魔女化まで知っているかは不明だが、その可能性もあり得るだろう。
だがそれだけならば、大きな懸念にはならなかった。
例え相手が強者だろうと、真実を知る者であろうと、私がする事は変わらない。
しかし顔すら見せぬ相手が居るとなると、少し事情が変わってくる。
『───あなた一人では勝てない。手を引きなさい』
戦いの最中、突如として響いたその念話は、終始私に撤退を求め続けた。
単にそれだけだったならば、私は声の主の事を、彼女らの仲間の一人と考えた事だろう。
そう、その念話があんな事を言い出さなければ。
『一人で立ち向かっては駄目。日向茉莉を利用しなさい』
『!? それは、どういう───』
私がそう聞き返して以降、声はピタリと止んでしまった。
日向茉莉。
現在私が通う中学の、クラスメイトにあたる少女だ。
彼女を利用しろというのは、一体どういう意図なのか。
目の前にいる少女達と、何か関係があるというのか?
そもそも声の主は何故、彼女の事を知っている?
その時は戦闘に気を取られ、それ以上深く考える事もままならなかった。
そして、翌日。
私はその声の意図の一端に、触れる事になる。
日向茉莉を観察し、ある事実に気がついたのだ。
1つ目の発見は、肌身離さず着けた指輪。
見慣れた装飾が彩る腕部に、緑の宝石が嵌っている。その異様な煌めきは、彼女の正体を示すモノだ。
2つ目の発見は、時折見せる謎の態度。
突如虚空を見たかと思えば、コロコロ表情を変えてみせ、身振り手振りをしさえする。
まるでそこにいる見えない誰かと、会話でもするかのように。
これらを合わせて考えれば、自ずと答えは見えてくる。
そう、彼女は魔法少女なのだ。
それも集団で活動する、チームの魔法少女。
指に嵌めたソウルジェムと、隠す素振りの無い念話の仕草がその証。
その事に気がつけば、彼女が名指しされた意図はすぐに分かった。
彼女はどうにも、人が良すぎる。
「クラスのみんなが友達だ」等と、きょうび小学生でも言わないだろう。
けれど彼女はそのフレーズを、現実のものとしつつあった。
転校したての私にも、一番に話しかけたのは彼女なのだ。
そして彼女の会話からは、いつも人との繋がりが見てとれた。
観光先で出会った少女とその日の内に仲良くなり、そのまま自宅にまで招かれるなど、他に誰ができるだろうか?
そんな彼女の目の前に、一人で戦う魔法少女が居たとしよう。
彼女はその魔法少女に、どうやって接する事だろう。
答えは出たも同然だ。
あの声は暗にこう言ったのだ。
「彼女に取り入り、仲間を利用し、殺人に加担させなさい」と。
そうと分かると、私の行動は早かった。
放課後に彼女を呼び出して、
果たして彼女の反応は、予想以上のモノだった。
私の手を屋上へと引き、笑顔で仲間の下へ駆けていく。
引き合わされた仲間達も、快く私を迎えてくれた。
「魔法少女は助け合いでしょ?」
そう言って私の手を、魔法少女殺しの手を握る。
魔法少女は助け合い。
確か椿も、似たような事を言っていた。
だから私も助けているのだ、真実を知らぬ者達を。
魔女と化し人を呪う前に、苦しまないよう眠らせる。
例えそれで、誰かの生命を散らせようとも。
例えそれで、誰かの仲を生と死で引き裂こうとも。
例えそれで、私に向けた笑顔が、二度と咲く事が無くなろうとも。
それが私の、使命なのだ。
声の主の真意とやらは、まだ私には分からない。
だがそんなものはどうでも良い。
結局彼女も最後には、私がこの手にかけるだろう。
今しばらくはここに潜んで、機が熟すのを待つ事だ。
その時までは彼女の策に、便乗するのも悪くない。
日向茉莉のチームの事も、それまで存分に利用させてもらうとしよう。
「……改めてこれからよろしく、日向茉莉さん」
「うん、よろしくね鈴音ちゃん! これでもう茉莉たち、友達だね!」
そんな思惑の私に対し、彼女は満面の笑みでそう返した。
単なる協力関係、という程度で話したつもりの私にとっては、少し意外な返答だった。
どうやら底抜けに明るい彼女にとっては、単に
私が久しく聞いた覚えのないその言葉を、彼女は容易に語りかける。
そのフレーズを耳にして、嬉しいと思う自分も居たが───そんな半端な感情は、すぐさま消えて無くなった。
もし彼女が私の真意や、してきた事を知ったとしたら、きっと「友達」とは呼ばれない。
もう一度、目の前の少女を見る。
明るく元気で、友人がいて、愛されている彼女の事を。
幸福を体現したようなこの少女に、私と正反対のこの少女に、私は何をしようとしている?
友人達を巻き込ませ、殺人の為に利用した挙句、その子達さえも殺そうとしている。
これが「友達」のする事だろうか?
そうであって良い筈がない。
私は彼女達を殺し、彼女達は私を恨むだろう。
それが訪れる未来の姿だ。
使命の為なら、やむを得ない。
私は正しい事をしている。
後戻りはとうの昔にできなくなったし、今更するつもりなんてない。
そう、
私の決意も、行動も、間違ってなどない筈だ。
……間違ってないよね? 椿……。
■■■
落ち着きを取り戻した私の前には、温かな食事が並んでいた。
トーストに半熟の卵が乗ったコレは、エッグベネディクトと言うらしい。
一緒に淹れてもらったコーヒーは、バターをひとかけ溶かし入れるのがコツだそうだ。
見慣れないものばかりだったけど、どれもとってもおいしくて、黒髪の彼女にお礼を言わずにはいられなかった。
「そう言ってもらえると嬉しいな。他の二人も食わず嫌いせずに食べてくれるとありがたいんだけど……」
「だって甘いモノの方が美味しいもん。ね、萌香?」
「チョコが食べたい……」
軽い会話を交わしながら、長髪の少女は膝元の子の口を拭う。
賑やかな朝の家庭の一幕、といった雰囲気だ。
見る人の気持ちをも明るくしそうなやり取りに、思わず私も笑顔が溢れる……と、そう言えたら良かったけれど。
私はこういう団欒が、ちょっとばかり苦手だった。
失ってしまったあの時間。
守れる筈だったモノを、守れなかったあの願い。
それらが勝手に這い出てきては、陰から私を責めたてる。
そんな気持ちが付き纏うから、ほんの少し、苦手なのだ。
「……そういえばまだ、名前聞いてなかったよね?」
ふと気づくと、黒髪の少女がこちらを覗き込んでいた。
暗い気分が外に漏れ出て、気を遣わせてしまったのだろう。
その顔は少し困ったような、複雑な笑みを浮かべていた。
慌てて取り繕おうとする私だったが、彼女は「無理はしなくていいよ」と言って、そっと私に手を差し伸べた。
「人に聞く前に、先に名乗らなくちゃだよね。私は
そう言って奥を見やれば、あやせと呼ばれた少女は笑顔で手を振ってくる。
萌香という子の方からは特に何も無かったけれど、少なくとも拒絶はされていないらしい。
私は二人に一声かけると、スバルに握手を返す為、手を差し出そうと動かした。
すると手と手が触れる直前───
『アナタノナマエヲオシエテ?』
「っひっ……!?」
「ど、どうしたの? 大丈夫!?」
……私の脳裏を支配したのは、閃く刃の幻影だった。
手を差し出して、名を名乗る。
たったそれだけの行動が、何故かできなくなっていた。
手足が震え立てなくなり、目眩と頭痛と腹痛がゆっくりと襲いかかってくる。
呼吸が荒く乱れると同時、思考が白く塗り潰される。
スバルの腕に抱えられ、しばらく経ったその頃には……私の中から、
おばあちゃんから貰った筈の、一番大事な贈り物。
「……どうしよう……私……名前が、分からない……」