ないんです…。
「逃げてっ!」
それが私が聞いた、奏遥香の最期の言葉だ。
突如現れた「キリサキさん」にあっけに取られ、対応が遅れた私に対して、彼女の行動は迅速だった。
何らかの魔法を「キリサキさん」にかける仕草をしつつ、私に目で撤退を促す。
後で分かった事ではあるが、同時に仲間への念話までしていたらしい。
それらを一手にこなす程に優秀で、チームに入ったばかりの私をも目の前の敵から庇えるような、優しい人。
そんな人がたった今、私の目の前で、命を落とした。
あまりに一瞬の出来事過ぎて、正直すぐには飲み込めなかった。
気づいた時には「キリサキさん」の姿は無く、血溜まりに横たわる彼女が残るばかり。
胸元を縦に大きく裂かれたその身体は明らかに、
「は……はは……嘘、でしょ? 遥香がこんなドッキリなんて、らしくないわよ……」
乾いた笑い声に振り向くと、そこに居たのは成見亜里紗だ。
奏遥香が送った念話から、ここへと辿り着いたのだろう。
その顔は笑ってこそいたが、引きつったその様は明らかに、動揺の表れだ。
彼女はゆっくり近づくと、奏遥香の遺体を抱き寄せ、首に手を当て脈をはかる。
そして……しばらくして手を離すと、その手を握りしめて私に問うた。
「……どっちへ行った?」
「えっ……」
「アイツがどっちへ行ったかって聞いてんのよ!」
凄まじい剣幕だった。
握りしめた手からは血が滲み、鬼の形相を浮かべながらも、その目は潤んでいた。
「アイツはどっちへ行った」。
「キリサキさん」の行方を聞いているのだろうその質問に、私は答えられなかった。
純粋に行方が分からないというのもある。
しかし同時に私の中で、別の答えが見つかってもいた。
「キリサキさん」とは、私自身だ。
奏遥香を切りつけた「キリサキさん」でこそ無いものの、彼女の死の遠因は間違いなく私にある。
何故ならあの「キリサキさん」は───
「……そこまでになさい、亜里紗」
成見亜里紗が今にも私に掴みかからんとする最中のその声は、詩音千里のものだった。
そして彼女の背後からは、困惑した様子の日向茉莉が顔を出す。
「鈴音さん、固まってしまっているわ。それじゃ分かるものも分からないでしょう」
詩音千里がそう言うと、成見亜里紗は不服を顔に表しつつも、静かに手を下ろす。
それを確認した詩音千里は、彼女に代わり改めて話を切り出した。
「驚かせてしまってごめんなさい。まずはゆっくり落ち着いて。その後で、もし分かる事があれば教えてくれる?」
私にとって、その言葉はとても困ったものだった。
人の死自体は見慣れている。
もはや取り乱す事もない程に。
だがその質問に対しては、
私は既に知っている。
「キリサキさん」の正体も、何故私たちの前に現れたかも。
唯一分からない事は、何故私を狙わなかったのかという点くらい。
だがその疑問の答えすらも、私が当たり障りのない返答をする内に、明らかになっていってしまった。
「一直線に遥香を狙って……?」
「それに魔法をかける仕草、って事は……」
「……『
『
『魅了』の魔法を持つ奏遥香は、どうやら他者の注意を引きつける事ができたらしい。
話を聞く内にはぐらかされたが、文脈からしてそれで間違いないだろう。
はぐらかす理由も察せられる。
それは即ち、「彼女は私の代わりに死んだ」という事実を突きつけるのに他ならない。
彼女達は私に責任を感じさせぬよう、とっさに誤魔化そうとしたのだろう。
実際の所は既に、勘づける程度には情報が揃ってしまっていたが。
重苦しい空気が場に漂う。
仲間の死に直面したのだから、当たり前の事ではある。
ただ今回は、単にそれだけとは言えない事態が起きたのだ。
チームを引っ張るリーダーだった魔法少女が、死んでしまった。
それも今日出会ったばかりの、新入りを守る為だけに。
「キリサキさん」の正体だとか、そんな事を抜きにしても……奏遥香の死の責任は、私にあるとしか見ようがない。
だと言うのに彼女達には、私を責める気配は微塵もない。
それどころか、こんな台詞まで飛び出す始末だ。
「鈴音ちゃん……怖かったよね。辛いよね。でも大丈夫、茉莉たちが居るからもう、大丈夫だから……」
そう言って私を優しく、それでいて力強く抱きしめる。
おかしい。何かがおかしい。何がおかしい?
そんなの決まりきっている。
彼女の死の元凶が、こうして労られている事が、おかしい。
「……ねえ茉莉。あなたの魔法で『キリサキさん』を探せない?」
ふと、詩音千里がそう問いかけた。
日向茉莉はそれに対し、戸惑いながらこう返す。
「茉莉のは戦う時のサポート用だから、人を探すのとかとはちょっと違うけど……でも、何でそんな事……?」
「そうか、アイツを探して取っちめようって事ね!?」
興奮気味にそう言いだす成見亜里紗。
詩音千里はその発言を、顔を伏せたまま強張った声で否定した。
「いえ、逆よ。『キリサキさん』から逃げる為に、彼女の気配の無い場所に行くの」
「なっ……アイツは遥香の仇なのよ!?」
猛る成見亜里紗にとって、その発言は相当に意外なものだったらしい。
数瞬前の勢いのまま、今度は彼女へと掴みかかった。
しかし彼女は怯む事も無く、無抵抗でそれを受け入れる。
その様が癇に触れたのか、成見亜里紗は更に激しさを増して続けた。
「ビビって尻尾巻いて逃げようっての!?」
「そうじゃないわ。ただ、彼女とは戦うべきじゃない」
「あんた遥香に憧れてるって言ってたじゃん! それなのに死んだらもうどうでも良いって訳!?」
「違うっ!!!」
叫び声の後、再び訪れた静寂の中で顔を上げ、しっかりと前を見据える詩音千里。
その目は成見亜里紗と同様に潤んでいながらも、単なる怒りや殺意とは違う、強い決意を灯していた。
「……先輩は鈴音さんを庇って亡くなった。けれど隣に居たのが鈴音さんじゃなく、私たちや……他の誰かだったとしても、先輩は同じようにしたでしょうね」
声を小さく震わせつつも、力強くハッキリと言葉を紡ぐ彼女。
その姿は、まるで……。
「だから私たちは、何としてでも生き残らなくちゃいけないの。先輩の死を、無駄にしない為にも」
彼女自身が、「私が
ねえ、椿。
私は誰かにあんな悲壮な決意をさせる為に、こんな事をしてたんだっけ……?
■■■
「あははっ! ちょっと無用心じゃなぁい?」
ホオズキ市の市外にある、寂れたホテルの一室にて。
私の目の前で立ち尽くす、3人の魔法少女たち。
炎を操る魔法のあやせに、再生成の魔法のスバル。
そして、2人のところまで導いてくれた佳奈美ちゃん。
さっきまで敵だった魔法少女も、私にかかればこんなモノだ。
今や3人全員が、私に忠実なしもべたち。
後は残った最後の1人、穂波萌香を始末するだけ。
どこかに逃げちゃったみたいだけど、見つけ出すなんて難しい事じゃないもんね。
ただその最後の1人だけは、確実に仕留めておかなくっちゃ。
恐らくは穂波萌香こそが、佳奈美ちゃんをイジった犯人。
それがどうして分かるかと言えば、カギは佳奈美ちゃんの記憶にある。
茉莉のチームのリーダーが斬り殺されたのを見届けた後、私は佳奈美ちゃんを呼び寄せて、改めて暗示をかけた。
佳奈美ちゃんがどこから来て、誰にイジられ、何故あんな事をしていたのか。
それを調べあげる為にね。
残念な事に記憶の復元はできなかったけど、それでも情報は手に入った。
魔法少女の固有魔法は、1人につき1種が基本だ。
もちろん固有魔法を応用したり、追加で魔法を覚える事は、やろうと思えば誰でもできる。
ただ、それでやれる事には限度があるのだ。
炎の魔法単体じゃ、どう使っても氷は出せない。
モノを作り出す魔法だけじゃ、逆立ちしたってヒトの
となれば残った可能性から、自ずと答えは見えてくる。
「隠密魔法で姿を消す」なんて、私の魔法とソックリだよねえ?
そんな魔法を応用すると一体何ができるのかは、
さてと、じゃあこの推論が正しいか、早速教えてもらおっかな。
そう思ってスバルの頭に手を伸ばし、私は『暗示』を試みた。
「キミが知ってる穂波萌香、ぜーんぶ私に教えてよ?」
当然スバルは抵抗も無く、自身の口をゆっくり開き、答えを紡ぎ出そうとする。
私はその声が届くのを数瞬だけ待っていたけれど、直後とんでもない思い違いに気付かされた。
私の耳に届いた音が、スバルの声でも萌香の情報でもなくて……2人の魔法少女が、昏倒する音だったから。
ああ、そっか。
私に似てる魔法を使って、私と同じ事をしてるなら、判断が私に似ててもおかしくない。
私だって手駒を他人に盗られるくらいなら、
「っ……佳奈美ちゃん、警戒して! 動くモノがあれば殺してっ!」
とっさに彼女にそう命じ、背を合わせ臨戦態勢をとる。
どうして気づかなかったんだろう。
このホテルの守りの薄さは、無用心だからなんかじゃない。
最初から、守る気なんて更々無かったって事なんだ。
私は『暗示』で他人の意識を自由自在に操れるけど、
私に手駒を取らせないなら、これ以上の手は無いだろう。
私の考えが正しければ、萌香は既に近くに居る筈。
倒れた2人のソウルジェムは、確かにバッチリ砕けている。
これが暗示って可能性も無くはないけど、同じ魔法の使い手である私なら、かけられた事ぐらいには気づけるだろう。
全く、つくづくナメた真似してくれるよね。
こんな近くにまで寄るなんて、「直接対決に持ち込めば自分が負けるワケ無い」って言ってるようなものじゃない?
だったらその勝負ノッてあげる。
かかって来なよ、穂波萌香。
私に触れるその直前、頭の中メチャクチャに掻き回して魔女にしてやる……!
……そして数分の間、ホテルの雑踏を伺える程の静寂の時が流れた。
よく言うもんね、こういう対決は先に動いた方が負け、って。
私は気が短いって事、正直自覚してはいるけど……流石に少し、待つ時間が長すぎない?
もしかして、こうして消耗を待つ作戦?
そうじゃないとすればそれは……逃げる時間を、稼ぐ為?
「しまっ……佳奈美ちゃん!」
気づいた時には遅かった。
実際のところ萌香は逃げた訳じゃなかったから、「気づいた」というのもおかしいけれど。
とにかく、咄嗟に振り向いた時にはもう……佳奈美ちゃんは、私に切り掛かっていた。
「っ……なんで、なんでなんでなんでなんでッ!」
遮断し損ねた痛覚が、切り飛ばされた肩から襲い来る。
久しく感じていない痛みで、頭に血が昇るのが分かる。
呼吸はどんどん荒くなり、足元さえも覚束ない。
してやられた、と思ったけれど、でも今一番腹が立つのは。
「なんで、勝手に死んでるのさ……萌香ァ!」
張本人の穂波萌香が、私の目の前で既に事切れてるっていう事実。
振り向き様に切り掛かってきた佳奈美ちゃんだけど、その狙いは私じゃなかった。
あの子の刃の切っ先は、私に忍び寄る萌香の方を向いていたんだ。
多分萌香は、佳奈美ちゃんの居ない側から私に近づこうとして、見つかって切られたのだろう。
置き土産と言わんばかりに、私の片腕を道連れにして。
ああもうサイアク、殺す時には思いっきり楽しんでやろうと思ってたのに。
今の萌香にはただ「立て」と命じる暗示すら効きやしないし、表情さえも吹き出す血に濡れて分からない。
こんな近くまで寄っていたのに全く気配もしなかったなんて、私の方が負けたみたいじゃん……!
「どうしてくれる訳、佳奈美ちゃん……?」
ソレもコレも、全部佳奈美ちゃんが鈴音ちゃんにちょっかいかけたのが始まりだ。
この子さえいなければ、こんな事にはならなかった。
だったらもう、佳奈美ちゃんに全部の責任とって貰うしかないよねえ?
茉莉のチームなんかどうでもいいし、殺すだけなら私一人で十分だし!
とにかく今は誰でもいい、メチャクチャにしなきゃ気が済まないッ!
「代わりに佳奈美ちゃんがさぁ! 魔女になっ……てよ……?」
残ったもう一本の腕を、佳奈美ちゃんに突きつけた……つもりだったのに。
目の前の佳奈美ちゃんは既に、
確かに佳奈美ちゃんのジェムなんて一度も気にして無かったけどさ、よりによって今なんて……!
予想外続きで溜まりに溜まった苛立ちに任せ、そこら中を蹴りつける。
それでスッキリする訳無いなんて、分かってはいたけれど。
「タイムリミットを覚えているかい? 日向華々莉」
でも蹴り飛ばされて転がった腕の影から、
(誰も死んで)ないです。(ネタバレ)