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聞いた事がない筈の懐かしい声を耳にした直後、全ての幕は下ろされた。
夕暮れ刻のカフェでの談笑、和やかで落ち着く平和なひととき。
その最後の瞬間に気づく間もなく、私達は夜天の下、薄暗い路地に放り出され、呆然と立ち尽くしていた。
「自分に何をされたか分からない」不愉快な感覚と、「
「……あはっ。思ったより効いてるみたいだねえ?」
路地の奥の闇から響く笑い声。
数瞬前なら意味不明だったろうその発言を、私はしっかり聞いてしまった。
脳裏にこびりついて離れない、知らない情景、知らない感情。
そして知る筈のない、声の主。
「お姉……ちゃん……?」
「……久しぶりだね、茉莉」
青い顔をして呟く日向茉莉に、姿を見せた声の主……日向華々莉が微笑みかける。
「ホントはもうちょっと遊びたかったけど、なんか急かされちゃってさぁ。
口では悪態を吐きつつも、その表情は変わらない。
にやにやと満足げな口元のまま、じっと私を射殺さんばかりに睨んでいる。
その目つきはまるで……いや、まさしく。
親の仇に向けるソレだ。
「……ちょっと、どういう事よ、コレ……?」
「今のは一体……頭の中に、映像が……?」
困惑の様子を隠せない、成見亜里紗と詩音千里。
そんな二人を嘲りながら、日向華々莉は更に続ける。
「キミ達まだ分かんないの? せっかく鈴音ちゃんと私の記憶、見せてあげたって言うのにさぁ」
「記憶、ですって……?」
「そ。鈴音ちゃんがキミらに会うまで、どこで何してたかって記憶。ついでに
その言葉を聞いた瞬間、私の背筋は凍りつく。
それの意味するところはつまりこうだ。
「私が彼女らのリーダーを、奏遥香を死に追いやった」。
それを知られたという事だ。
「あ、『黙って聞いてて』ね、鈴音ちゃん」
「っぐ……!?」
思わず開いた私の口は、悲鳴も弁明もなく閉じられる。
それはいつかの昔、神浜で見た彼女の魔法によるモノだ。
(『暗示』の魔法……!)
気づいた後ではもう遅い。
口だけでなく手足すらも固められてしまった今では、日向華々莉を止める事も、3人を守る事もできはしない。
「……つまり、何? 『天乃鈴音はキリサキさんで、ヒトゴロシだ』って……アンタはそう言いたいの?」
「それに加えて、魔女の正体と……魔法少女の真実、ね」
静かな怒りの滲む声で呟く、成見亜里紗と詩音千里。
当然だろう。
奏遥香が守った私が、実際はその死の元凶だった。
しかも彼女以前に既に、幾人もの魔法少女を手にかけている。
とても許される事ではない。
第一に、私自身が許せない。
椿の死を受け止めきれなかったばかりか、作られた正義を振りかざし、無関係な人々を巻き込むなんて……正気の沙汰とは思えない。
「あはっ、信じられないでしょ? この子ってば、ヒトゴロシの癖してキミ達と笑いあってたんだよ? 魔女よりよっぽど『魔女』だよねぇ!?」
心底愉快そうに語る彼女の言葉に、間違った部分は一つもない。
私は魔女だ。
魔女になった魔法少女も、魔女になる前の魔法少女も、全て等しく殺しまわった。
身勝手な
そして残された人々がどうなるか、この目で、心で、知ってしまった。
絶望の連鎖を断とうとして、魔法少女を救おうとして……私自身が、絶望をもたらす側になっていた。
こんな私が、魔女そのものでしかない私が、彼女らに憎まれない筈が───
「ホント、信じらんないわ……
アンタの話、全部ねッ!」
「……ハァ?」
成見亜里紗のその声で、辺り一帯が静まり返る。
「その通りよ。今までずっと一緒に居て、私たちを害する素振りが一度もなかった鈴音さん。いきなり出てきたあなたと比べて、どちらが信用に足るかなんて事……」
「火を見るよりも、明らかってモンよ!」
言うが早いか、変身し日向華々莉に飛び込む彼女。
しかしその切先が届いたのは、日向華々莉の喉元ではなく……突如として現れた、黒い刃の壁だった。
「これはっ……」
「魔女!?」
「驚いた? 信じられないみたいだから、まずはショーコその1ね。『私の魔法は魔女すら操る』。鈴音ちゃんをお人形にするのもワケないって事!」
そんな反応は予測済みだ、と言わんばかりの日向華々莉。
彼女が呼び出した魔女は狼から刃が生えたような歪な姿でありながら、そのアンバランスさからは想像もつかないスピードで2人の攻撃を往なしていく。
神出鬼没なその動きはまるで出鱈目で、
「そしてコレがショーコその2。『鈴音ちゃんの被害者』ちゃんって、勿論覚えてるよねぇ?」
そう言って彼女が指を鳴らすと、魔女は合わせて立ち止まる。
改めてその姿を見てみれば、彼女の意図は自ずと分かった。
その背に生えた……いや、刺さった無数の刃は間違いなく、
何故そうなってしまったかなんて、今さら言うまでもない事だ。
誰だって唐突に生命を狙われれば、恐怖を感じない訳がない。
恐怖は心を蝕んでいき、疑心や不安を伴って、やがて絶望に行き着くだろう。
眼前の魔女は紛れもなく、
魔法少女を救おうとして振るった刃が、結局は魔女を生み出したのだ。
これで全てがはっきりした。
やはり私は間違っていた。
私の行いが魔女化を食い止めていたのなら、まだ言い分はあるかも知れない。
だが実際は真逆なのだ。
私が掲げ続けた正義は、ただのエゴによる殺人だった。
それを自覚してしまった以上、私にもはや価値は無い。
懺悔も謝罪も弁明も、する権利すらもないだろう。
そして実際今の私に、それらを行う術は無い。
だと言うのに……だと言うのに彼女達は、私を背にして並び立ち、こんな私を護り続ける。
「まさか……その魔女があの時の『キリサキさん』、とでも言いたいの?」
「それを信じさせたいんなら、変わる瞬間でも見せてみろっての。仮に信じてやったとしても、遥香を殺したのはソコの魔女でしょ? だったら仇は……アンタらなのよっ!!」
その言葉を聞いた瞬間、苦々しい表情に変わる日向華々莉。
成見亜里紗はその隙に、すかさず再び斬りかかる。
一瞬をついたその斬撃を食い止める
そのまま首元に当たる寸前まで鎌は振われ……
「っ華々莉、避けっ……!?」
そして、止まった。
何に阻まれる事もないのに、
「!? こンのっ……千里!!!」
「やろうとしてる、でも……!」
「あっは、バカじゃないの!? キミらの魔法、私が知らない訳ないじゃん! 『解除』も『探知』も、最初から使えないよぉ?」
勝利を宣言するが如く、そう断言する日向華々莉。
嘲笑的な表情のまま、その視線は彼女の妹……日向茉莉へと向けられる。
「それにしても茉莉ってば、『よけて〜』なんてカワイイ所あるよねぇ。こんなの当たる訳ないのにさぁ?」
「てめぇ……ッ!」
「じゃ、そんな茉莉からショーコその3」
「!」
途端、彼女の態度は打って変わり、まるで感情の読み取れない能面の如きものになる。
「茉莉は鈴音ちゃんとの記憶、本物だって分かってるでしょ? 二人に何か言ってあげなよ」
「何よ、仲間割れでもさせようっての!?」
……ああ、きっとそうなのだろう。
日向華々莉は試している。
彼女の妹、日向茉莉を……自分と同じ、
成見亜里紗と詩音千里に、その本当の痛みは知り得ない。
『暗示』で再現された記憶は、彼女達自身のモノではないからだ。
でも私と茉莉だけは違う。
椿を失った悲しみも、そこから生じた行動も、忘れていただけの本物だ。
「……うん。茉莉は小さい頃、鈴音ちゃんに会った事、あるよ」
「茉莉……!?」
だから彼女は2人と違い、直感的に分かる筈だ。
日向華々莉が見せた記憶の、その全てが真実だと。
私が犯してきた罪も、私が彼女に近づいた意味も、実感を持って知った筈だ。
「でも鈴音ちゃんがその後何をしてたかは知らないし、華々莉が言ってる事が本当か嘘かも分からないよ」
椿を殺したこの私が、殺人者であるこの私が、受け入れられる筈がない。
事実、日向華々莉はそうなのだ。
その妹である彼女なら、同じ怒りや憎しみを抱いていてもおかしくない。
こんな私がそばに居れば、許せないと思うのが道理だろう。
目の前で無防備を晒していたら、仇を討とうと思うだろう。
それが普通の反応だ。
それなのに、どうして彼女は私なんかに───
「だから茉莉に言えるのは1つだけ。鈴音ちゃんと茉莉は……ううん、茉莉たち皆は、鈴音ちゃんの友達だよっ!」
その手を、差し伸べてしまうのだろう。
「……よっく言った、茉莉ィ!」
「ええ、そうよ! 先輩が繋いでくれた生命、誰にも奪わせたりはしない……!」
「……あーあ、やっぱりそうなるんだ……
じゃ、もうどーでもいーや」
次の瞬間、3人の倒れる音が響いた。
「っ……何よっ……コレ……?」
「力が……入らな……」
「あーおっかし……随分張り切ってたモンだよねぇ? キミら全員、暗示に嵌った時点で詰んでるっていうのにさあ……」
無感情な雰囲気のまま、淡々と語る日向華々莉。
無力化された彼女達を、わざとらしく踵で踏み躙りながら踏み越えて、ずかずかとコチラに歩んでくる。
「さっき言ってた事だけどさあ……『その瞬間を見たら、信じるしかない』んだよねえ?」
そう言いながら私の額に手を伸ばし、『暗示』をかける……事はなく、踵を返してこう続けた。
「『魔女の口づけ』ってあるよねぇ。人間達を絶望させて、結界に誘いこんじゃうアレ。弱りきった魔法少女が食らったらどうなるか、見てみたいって思わない?」
「て……めぇ……!!」
きゃらきゃらと幼児のように笑いながら、彼女は転がる成見亜里紗を蹴りつける。
まるで上手くいかないゲームを壊して、鬱憤を晴らそうとするかのように。
その狂気的な姿を目にして、ようやく私は確信した。
今のコイツは、
絶望して魔女と化した、私自身の手を使って……!
「あはっ、その顔最ッ高かも! その目で確かめさせてあげる! 単に狂って自殺するのか、醜い魔女に変わるのかをさぁ!」
だが彼女の意図が分かっていようと、もはや誰にも止められない。
ああ、どうしてこうなった。
罪を犯した私だけが、孤独に死ぬならまだ良かった。
私を信じ、護ってくれた彼女達まで、それに巻き込んでしまうなんて……そんな理不尽、あって良い筈がない。
せめて最期に……
「さあ佳奈美ちゃん、時は来たよ……キミの鈴音ちゃんへの想い、全部まるっと吐き出しちゃえ!!!」
■■■
『……佳奈、ちゃ……たす……』
始まりは一本の電話だった。
下校途中、焼き芋屋さんに寄っていた時にそれは鳴り……そして、一人の命が終わった。
「おばあ……ちゃん……?」
心筋梗塞。
何もしなければ発症から1時間以内に死に至る上、激しい痛みや呼吸困難も伴うという、恐怖の病。
それがおばあちゃんの死因だった。
絶望しかなかった。
おばあちゃんしか身寄りがなかった私にとって、それは全てを失った事と同じだった。
遺産も住所も残っていたし、学校の友達皆で慰めてくれもしたけれど。
私の心の大きな穴は、それでは埋まってくれなかった。
もうおばあちゃんと料理はできない。
もうおばあちゃんの笑顔は見れない。
もうおばあちゃんには、二度と会えない。
それらがもたらす悲しみが、他の全てに勝っていた。
あの時電話を貰ってすぐに、救急車を呼んでいたら。
あの時寄り道なんかせず、まっすぐ家に帰っていたら。
あの時家に着いたらすぐに、心肺蘇生をしていたら。
あの時、あの時、あの時、あの時───!
「その願いは君にとって、魂を差し出すに足るものかい?」
ある日突然、その救いの手は現れて……私は当然、その手を取った。
そしておばあちゃんは亡くなった。
私が願いを果たし、おばあちゃんを助けた翌週、亡くなった。
今度は脳梗塞で、即死だった。
助けに入る暇もなかった。
医師に聞いた所によれば、考えられる原因は暴飲暴食、高血圧。
そして同様の理由で引き起こされる病の代表が、心筋梗塞。
つまりおばあちゃんの死の要因は、電話を貰うよりとっくの前に決まっていたのだ。
それを私は見逃した。
同じ食卓を囲んでいながら、おばあちゃんを大好きだなんて言っていながら……。
結局話は単純だ。
私は願いを間違えたのだ。
私の望みを果たすには、私の願いは遅すぎた。
■■■
華々莉が魔女に命じた直後、私はそこに立っていた。
そこは奇妙な空間だった。
ある場所は暖かい家庭の情景。
ある場所は暗く沈んだ病室。
そしてある場所は、息詰まるような狭い路地。
三つの場所が一つとなって入り混じるその舞台に、私と
「……だから私は誓ったんだ」
そう呟き、私へと歩み寄る穂香佳奈美。
彼女の両手は迷いなく、私の首へと伸びてゆき───そして力強く締めつける。
「私はもう誰かを死なせたくない。大切な人を失いたくない」
「私なんかの間違いで助けられる筈の生命を散らせるなんて、そんなのもう沢山なの」
「だからもし、私にも救える生命があるのなら……」
「
そう語る彼女の手足は震え、顔はぐしゃぐしゃに濡れていた。
けれど手に込められた力だけは、一切の加減も緩みもなく、確実に強さを増していく。
「私を殺して、これ以上の殺人を止めさせる」……そんな決意のこもった行動だった。
私と同じだ。
「魔法少女が居なくなれば、魔女が起こす悲劇も無くなる」。
そう考えたかつての私と、同じ道を行こうとしている。
そんな考えに至ったのは、やはり私が彼女を殺そうとしたからだろう。
これもまた一つの、魔法少女の悲劇の連鎖だ。
もし私が独りならば、この殺意を受け入れて魔女になる道もあっただろう。
本当はそうすべきだとは、今でも思う。
……それでも、私は。
(……椿?)
ふと目を横に向けると、そこに彼女の姿はあった。
優しく笑いかけた椿は、他に何をするでもなく、静かに私の手元を見つめる。
その目線の先にあるもの。
そして椿の、視線の意図。
(……分かったよ、椿。お別れはもう、済ませたもんね)
首を絞める手の強さに呼応するかのようにして、私の手も刃の柄を握りしめる。
魔女になった魔法少女を、元に戻す術はない。
故に魔女の救済は、その魂を消す事でしか叶わない。
だけど魂が消えた後も、確かに残るものがある。
今の私に必要なのは、椿との思い出じゃない。
今の私に、必要なのは───!
『お願い佳奈美……力を、貸して!』