白状してしまうと、穂波さんに
私とあやせの趣味は少々異なりますが、根っこの部分は同じですから。
ですから彼女が本当に、私たちを好くが故に今までの行動をとったのだとしても、それは不思議ではありません。
ですがなればこそ、やはり彼女は信用ならなかった。
私たちの事を本当に好いているなら、何故
それに彼女には、謎が山積みでした。
なぜ私たちの名前や趣味を知っているのか?
いつの間に私たちの
これから私たちに何をさせようと言うのか?
どうしてこんな彼女の事を、信じる事などできましょう。
私はあやせに警告するつもりでした。
彼女には何か裏が有る。
彼女に従うべきではない、と。
しかしそんな私の理性は、彼女のくすぐったい言葉ですぐさま揺らいでしまいました。
「じゃあ、抱いて?」
「…………はっ!?」
一瞬、頭が凍りつきました。
きょとんとするあやせを押し除け、詳しく話を聞いてみれば、単に移動時に運んで欲しいというだけの事だったのですが。
当たり前の話です。
彼女はどう見積っても齢10程度。
抱くという言葉が持つ夜の意味など、知っている訳が無いでしょう。
だと言うのに私は、彼女の超然かつ、妖艶とした雰囲気のせいか……。
しかしそれは、私があやせを説き伏せてまで、彼女を抱いて朝焼けの街を駆けたのとは、何の関係もありません。
それは彼女が怪しかったからで、あやせに近づけるのは危険だと、そう考えたからに過ぎないのです。
決して私の夢が、想い人を我が胸に抱き逃避行を演じる事であるのとは、何の関係も無い、ハズなのです。
私は彼女を信用しません。
私が彼女に同行するのは、単にあやせの身を案じてです。
それ以外の意味など、ありません。
■■■
双樹姉妹を仲間に引き入れたら、早速ニコちゃん救出作戦について説明しておきましょう。
作戦内容は、
「自分がニコを広場に誘き寄せる」
「あやせが近くの建物の屋上から狙撃」
「SGを奪う前にニコの身体を焼き尽くす」
この3点さえ伝えておけばOKです。
実際には途中に色々あるのですが、そこは彼女達が自力で判断してくれるでしょう。
これ以上詳しく説明しようとしても、ホモちゃんは知力が低いので言葉足らずになってしまい、「雰囲気で」「それっぽい」発言しかできませんしね。
それから折角仲間ができたので、今後移動の際は彼女達に運んで貰うようにしましょう。
その方がスピード面で効率的です。
ホモちゃんの年齢を10才にしておいたのは、この為でもあったんですね。
尚、運んで欲しいと伝えたらルカさんにめちゃくちゃ警戒されましたが、私は元気です。
何故か背負われるのではなくお姫様抱っこされる形になり、場合によってはこのまま投げ捨てられるんじゃないかとビビりましたが、私は元気です。
■■■
あの女が、穂波さんが狙う魔法少女……。
確かにそのジェムは美しい。
ですが、私たちのモノほどでは無いですね。
一体何が、穂波さんをそこまで駆り立てるのでしょう?
『ねぇルカ、本当にこれでいいのかな?』
屋上から神那ニコを睨む私に、再びあやせはそう問いかけてきました。
『重ねて言いますが、私は穂波さんを信用しきれていません。まずは神那ニコとやらが、どんな相手なのか見極めてから。彼女に従うのは、それからでも遅くは無いハズです』
拗ねて黙り込んでしまうあやせ。
だってそうでしょう?
「自分が囮になる。あやせは上から撃つだけでいい」。
そう言われても、あまりに不明瞭が過ぎます。
それに何故、わざわざあやせを指名するのか?
遠距離から攻撃する手段は、私にだって無いワケではありません。
ですから屋上で待機するのは、あやせでなく私でも、何の問題も無いハズなのです。
「全く、彼女は一体何を考えているのやら……」
「私も是非知りたいね」
───刹那。
背後の気配に刃を突き立てようとする私、手を自ら切断し距離を取る襲撃者。
危なかった。
襲撃者の手は、私のジェムに触れる寸前だった。
とっさにその手ごとジェムを凍らせていなければ、次の瞬間には引き抜かれ、私は地に伏していたでしょう。
振り向き様睨み付けた先には、珍妙な格好をした女が一人。
「参ったな……今ので決まらないのか」
発言とは裏腹に、涼しい顔で対峙する隻腕の魔法少女。
広場をチラリと見やると、彼女が先程までいた位置には人形が。
……なるほど、あちらは囮でしたか。
「神那ニコと、お見受けします」
「よくご存知で」
そう答える彼女の顔は、むしろ挑発的にも見えるほどに無表情。
「……私としては、特に争いたくは無いんだけど」
そう言いつつも彼女は、ジリジリと、間合いをはかるような振る舞いを見せる。
「いとをかし。先手を打ったのはそちらでしょうに」
この類の相手は好都合。
足元から氷を這わせ、釘付けにしてしまいましょう。
「本当さ。ただ少し話が聞きたかったんだよ、君のボスについて」
気づかれないよう、少しずつ。
無駄話に付き合うのも、今だけです。
「ボス? はて、何のことやら分かりかねます」
彼女が仕掛けるその間際。
その一瞬で、確実に仕留め───
「うん、この様子じゃ期待外れみたいだ。君はどう見ても下っ端だもの」
「……今、何と?」
「頭の方は鈍いなぁ。『イザとなればちょん切られる、トカゲの尻尾にしか見えない』って言ったのさ」
……やはり私たちは、そう見えるのか。
穂波さんに利用されるだけの、傀儡に?
「その口、閉じろッ!!」
慎重さをかなぐり捨て、瞬時に胸元まで凍り付かせる。
その忌々しい首を切り飛ばそうとした矢先
「……ッ!?」
耳元で鳴り響く切断音。
私の肩は宙を舞い、それがあるハズの位置にはギロチンのような刃物。
これは───
「プロルン・ガーレ」
「ぐぅ……ッ!?」
無数の弾丸を撃ち込まれ、私は思考する間も無く広場へと叩き落とされる。
『ルカ、しっかりして! ルカ!!』
ジェムの付いた私の肩を
その様子でようやく、敵の能力に気づきました。
再構成。
恐らく、切り離した腕はギロチンに、全身の氷は弾丸に変じ、そして腕も同様に氷から造ったのでしょう。
『相性が、悪過ぎますね……』
時既に、遅し。
『……大丈夫、ルカ。後は私が』
いつもならそう言われれば、すぐにあやせを送り出すのです。
しかしこの時の私は、何かがおかしかった。
『っ待つのです、あやせ!』
私が制止するより先に、近づいた相手の不意をつき、変身するあやせ。
抱えられた私の腕をサーベルの背で弾き飛ばすと
「アヴィーソ・デルスティオーネッ……!」
轟音と共に火球が放たれ、神那ニコを弾き飛ばす。
爆煙の晴れた後には、ただ物言わぬ炭塊のみ。
『……一撃、ですか……』
きっと穂波さんは、この事を把握していたのでしょう。
氷を扱い、敵に素材を与えてしまう私は相性が悪く。
炎を扱い、敵の周囲を焼き尽くせるあやせは相性が良い。
わざわざ広場に誘導したのも、敵の武器に変わるモノが少ない場所を用意する為。
穂波さんはここまで考えて、私たちに指示を与えたというのに。
にも関わらず、私はその言葉を無視して私情で動き、あやせの身まで危険に晒してしまった。
私はこの事を不甲斐ない、情けないと思うと同時、何故か……あやせに対して、悔しいとも思っていたのです。
「これで仕留めた……よね……」
そんな気待ちを誤魔化そうと、あやせに声をかけようとしたその時。
「……うん、用心に越した事は無いね」
背後からの声に驚き振り返ると、そこには───当然のように無傷で立っている、神那ニコ。
直後、視界の端の違和感に気づく。
いつの間にか消えていた、囮と思っていた人形。
そんな……最初から……本体は人形の方だった……?
「トッコ、デル、マーレ」
呆けた一瞬にあやせのジェムを奪われ、一人残される私。
今まで感じた事が無い程の、空虚。
私は、あやせがいないと……こんなにも、空っぽなのか。
「さて、まずは何から聞かせて貰おうか」
今までと変わらぬ無表情で、こちらを眺める神那ニコ。
その時の私には、その表情が余裕ではなく、無関心を示すように思えてなりませんでした。
「……いや、もう君は
びくり、と震える私。
「……要ら……ない……?」
穂波さんには求められず。
神那ニコに勝つ事もできず。
果てに、半身のあやせすら失った。
確かに今の私に、何の価値があるのでしょう。
絶望に呑まれつつある私を尻目に、振り返る神那ニコ。
「ヤな趣味だね、人のタイマンを覗き見なん……て……?」
その視線の先には、コロコロと転がる漆黒の宝石。
まさか……あの人の、ジェム?
次の瞬間、何かが肉に突き刺さる音の連続。
見上げた先に写ったのは、信じがたい光景でした。
神那ニコの首元に組み付く少女。
その全身に食い込んだ、数十の骨。
よく見ればそれは、神那ニコの背から飛び出ていて……。
余りに惨いその光景に、私は思わず叫んでしまう。
「穂波さんっ!」
崩れ落ちる神那ニコ。
食い込んだ骨を外し、抜け出ててきた穂波さんは、そのままふらりと倒れ込む。
「そんなっ……!」
その痛々しい姿はまるで、彼女に従わなかった私への罰のようで。
ありもしない両腕で、とっさに抱きとめようとせずにはいられませんでした。
案の定受け止めきれず、私の身体にぶつかるようにもたれる穂波さん。
ぶつかった拍子に血反吐を吐き、もがき始めてしまいます。
きっと口に絡んだ血痰で、呼吸もままならないのでしょう。
「お気を確かに! 今、止血をっ!」
身体中から流れる穂波さんの血に濡れながら、片腕でそっと彼女を寝かせ、傷口を凍らせる。
けれど簡易的な止血を終えて尚、その息遣いは荒いまま。
このままでは、穂波さんが。
私のせいで、私たちの……
「……穂波さん、必ず、助けてみせます」
私は意を決し、穂波さんに口付けをしました。
そして喉から血を吸い出し、人工呼吸を試みたのです。
彼女を救いたい、その一心でした。
早く、早く、早く!
目を覚まして、穂波さん……!
静かに蘇生を続ける事、数分。
私には無限と思えたその時は、彼女が咳をしだすとともに、終わりを告げました。
「……ル……カ……?」
「……ああ、良かった……良かった……!」
天に祈りが届いた。
私は本気でそう思ったのです。
こんな私にも、できる事があった。
そう考えただけで、涙が溢れて溢れて、止まりませんでした。
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生きてる^~↑ああ^~生きてるよぉ~!(ONDISK)
いや、ホントに、死んだかと思いました。
姉妹に作戦を伝えた後、実はホモちゃんにも仕事がありました。
その仕事については、まあ、次回あたりに解説するとして。
とにかくその為に広場から離れていたのですが、あやせちゃんの戦闘時特有のド派手な爆音がなかなか聞こえず不思議に思い、戻ってみると……。
そこには何故か、ニコちゃんに敗北寸前のルカちゃんが。
なんで?(殺意)
本来ならここは、あやせちゃんが辛くも余裕勝ち(一行矛盾)している場面。
この時点で明らかに大ガバが発生しつつある事は確信しましたが、これは変幻自在にして無形不定の『マギレコ』ルート。
「ワンチャン短縮になったりするのでは」という誘惑の声があり、結果、ホモちゃんは突発的にRTAの続行を決意してしまいました。アホかな?
しかし実際、突破法は有りました。
方法は至って単純、ニコちゃんの有能さを逆手に取るんです。
ニコちゃんがホモちゃん探知アプリを開発した事は、皆さんご存知の通り。
そしてこの探知アプリ、何を基準に探知しているかと言えば、魔力源であるSGなんです。
これを利用すれば、SGをニコちゃんに近づけてあえて探知させる事で、ニコちゃんを誘き寄せる事ができます。
更にその後身柄を発見される前に、SGだけを探知範囲外にブン投げてしまえば、ニコちゃんからは急速で相手が行方をくらましたように思えるワケですね。
つまり逆に、SGだけを先にニコちゃんの後ろに投げてやれば……簡単に背後が取れるって寸法よ!
ええ、まあ。
結果はご覧の通りなんですけどね。
だから言ったんですよ、ニコちゃんのSGは単独ではスれないって。
どうしてこうなった(諦観)