これは、罰だ。
禁忌を犯し、生命を弄び、故人の尊厳を蔑ろにした私たちへの、罰だ。
レイトウコでかずみに過去を見せてからしばらくして、御崎邸に居た私のもとに、ニコからある報せが届いた。
「里美が乱心した」。
とうとうこの時が来てしまった、と最初は思っていた。
恐らく
私はニコに足止めを頼み、他の聖団に知らせずに里美の説得に向かった。
里美達がレイトウコから出る前なら、まだ間に合う。
里美を説得し、かずみ達を落ち着かせれば、全ては今まで通りのままだ。
今まで通り、
この考えが、迂闊だった。
レイトウコに辿り着いた私が見たのは、里美を磔にするかずみ達と……ニコではない、誰かの姿だった。
その後の記憶は朧げだ。
いつの間にか私は地に伏していて、身体はピクリとも動かなかった。
すぐには状況が飲み込めなかったが、意識がはっきりしてくるとともに、私たちは今「終わり」の最中にいるのだと気づいた。
周囲を見渡して目に入るのが、私たちの絶望を示すものばかりだったのだ。
地面に散らばって尚蠢く、かずみ達の手足。
互いを庇うようにうずくまる、海香とカオル。
満身創痍の身体で、怒声を上げてかずみ達と戦い続けるみらい。
虚ろな目で、磔にされたままの里美。
それを監視するように立つかずみ達と、ニコに似た誰か。
そしてその手の中に握られた、瓶詰めのかずみ。
星一つ見えない曇天の下には、みらい達が鍔迫り合う音と、ニコに似た誰かの笑い声ばかりが響いていた。
「気分はどうだ、プレイアデス!? お前達の大好きなかずみに殺される気分はさぁ!」
どこか芝居がかった、しかし隠しきれない憎悪の滲む咆哮が耳に飛び込むと同時、みらいが押し負け、腕を切り飛ばされる姿が見えた。
そのまま弾き飛ばされ、みらいは壁にめり込み動かなくなる。
とっさにみらいの名を叫ぼうとするが、喉が潰れているのか声も出ない。
ただひゅう、と空気の通り抜ける音がするばかりだった。
何なのだ、この光景は。
一体どうして、こんな事に。
「どうして、だと!? まだ分からないのか、浅海サキ……いや、お前はさっきまで洗脳されてたっけ」
まあいいや、と吐き捨てると、彼女は手にしたかずみを私たちに見せつけるようにして、演説を始める。
「これは復讐なんだよ、身勝手に生命を生み出すお前達へのさ。お前達はかずみと私、自分達が造り出したモノに殺されるんだ」
かずみと……私?
それはつまり、彼女もまた、聖団の誰かに造られた存在という事なのか?
「
……そうか、
ニコだけは、私たちの誰にも願いを明かさなかった。
恐らく聖カンナは、そんなニコの願いの産物。
まさか、その願いの主は、今……。
「そのまさかだとも。尤も、あいつを仕留めたのは───」
その瞬間演説は途切れ、聖カンナの意識は空へ向いた。
私にも分かる。
この気配は、あの時の。
杏里あいりを消し、ニコを襲ったというあの気配。
───爆音。
唐突な空からの攻撃で、かずみ達が吹き飛ばされていく。
土煙の晴れた後に現れたのは、半身を純白、もう半身を真紅で彩られた、ドレス姿の魔法少女。
「……主役抜きでパーティなんて、せっかちが過ぎないかな?」
「主役は私さ。題目は『ヒュアデスの暁』、お前達はその端役にして……生贄だァ!」
聖カンナの号令で、かずみ達が一斉に突進し襲いかかる。
ドレスの襲撃者は炎を吹き上げつつ跳躍して躱すと、かずみ達を一瞬で凍り付かせ───
「ピッチ・ジェネラーティ!!」
煌びやかに輝く光線を放ち、氷漬けのかずみ達を砕いていく。
巻き上がる血飛沫と蒸気。
その最中で笑う襲撃者はさながら、炎の光を氷の反射で集め、スポットライトを浴びるが如しだ。
「ッッ……このハデ好きクソ外道があああ!!!」
……アレが、私たちが恐れていたものの正体。
想像との乖離の激しさに、私の混乱は更に加速していく。
今まで影に徹し暗躍してきたと思われたソレは、いざ目の前にすれば、むしろ強すぎる存在感で気が滅入る程だ。
半身や頭部を失いながらも攻撃を続けるかずみ達を翻弄するその姿は、舞台上で踊るかのように軽やかですらあった。
『ねぇ、あなた』
そんな襲撃者に意識が向いていたからか、その消え入るような呼びかけは幻聴のように思えた。
いや、実際のところ、幻聴だったのかも知れない。
声に気づいて見上げた先に立っていたのは、宵闇との境目すら曖昧な、幼い少女。
そこにいる事を意識しなければすぐにでも見失いそうなその姿は、魔法少女のようでありながら、しかしジェムの類も見当たらない、訳の分からない出で立ちだった。
(……幻覚、なのか)
もはや私の意識は正常では無いのかも知れない。
あらゆる出来事がいきなり過ぎて、その時の私にはそれ以上の考えが浮かばなかった。
しかし幻覚にしては驚く程鮮明な声で、少女の影は口一つ動かさず、私への語りかけを続けたのだ。
『かずみを助けたい?』
その名を聞いて、私の思考は少しずつ、現実に戻ってくる。
そうだ、かずみ。
もはや他の何も分からないが、これだけははっきりしている。
かずみを、助けなければ。
しかし、そんな方法が一体どこに?
答えを求めるように再び少女の姿を見据えると、こんな言葉が続いた。
『コレを持って、まっすぐ北へ、市の外まで。答えはかずみが見つける』
コレ。
そう言って少女が差し出したのは……幽かな息が続くのみの、かずみ達の1人の頭部。
虚な目とだらしなく開いた口からは血が溢れ、未だに生きている事が信じがたい程の有り様だった。
いよいよもって、気が触れたか。
幻覚の少女は死にかけのかずみを見せつけ、倒れた私に救済を説く。
これ以上に変哲な状況が有るだろうか。
しかしもはやこの惨状では、そこにしか頼るあては無い。
決意と共に立ち上がろうとすると、私の身体が驚く程軽い事に気づく。
これは……身体中の傷が、治っている?
戸惑う私をよそに、彼女はかずみを私の腕に収めると、かずみの耳元でこう囁いた。
「ねぇ、おなか、空いてる?」
───瞬間、私は電撃的に思い出す。
その台詞は、確か。
ミチルの祖母がその死の間際、ミチルに伝えたというあの台詞。
それに続く言葉は───
『行って!』
その言葉で反射的に、私の身体は雷となって飛び出していく。
「まっすぐ北へ、市の外まで」。
確か少女はそう言った。
そこに何が待っているかは分からない。
だが今は、これに賭けるしか無い。
疾走の果て、私がたどり着いた先に待ち受けていたのは、思いがけない……いや。
私には
「やあ、久しぶりだね。待っていたよ、プレイアデス」
「お前は……キュゥべえ、なのか……?」
キュゥべえ。
魔法少女を生み出す妖精。
全ての元凶にして、
私たちが、殺したハズの存在。
……思い出してきた。
今まで私たちが何をしてきたのかを。
こいつに何をされてきたのかを。
こんなものが。
こんなものが、救いだと言うのか!?
「その様子じゃ、意図を理解しているのはかずみの方だけみたいだね」
「……何だと?」
その言い草に引っかかり、腕の中のかずみを見てみると……かずみは今までの様子が嘘のように、しっかりと前を見据えていた。
どういう……事だ?
かずみは何故、こんなにも意志の強い目つきをしているのだ?
「かずみは契約の為にこの場に来たのさ。願いを叶え、魔法少女になる為にね」
「契約、だと? 魔法少女の
「私は……ミチルじゃ、ない……よ」
途切れ途切れで掠れている、しかし確かな決意を伴う声が、腕の中から聞こえた。
ミチルじゃ、ない。
……ミチルじゃ、ない?
私がその意味を理解するより先に、キュゥべえはかずみに問いかける。
「かずみ、キミはどんな祈りでソウルジェムを輝かせるのかい?」
「私、は……生き、たい。……ううん、
その宣言と共に、眩い輝きが私の眼前に満ちる。
目が眩み、思わずかずみから手を離してしまうが、かずみの
「契約は成立だ。君の祈りはエントロピーを凌駕した。さあ、その新しい力を解き放ってごらん、
口上の終わりとともに輝きは落ち着き、私の前には……ミチルの姿にそっくりの、かずみが凛と立っていた。
ああ、これか。
少女の言っていた、救いというのは。
余りにも急な展開に、私は実感の湧かぬまま、ただ目の前の出来事をそう認識した。
「さて、早速だが初仕事だよかずみ。伝言を預かっていてね、それを果たして貰いたいんだ」
救いの喜びを噛みしめる間も無く、キュゥべえは話を先に進める。
「僕との契約が必要になる存在が、あすなろ市にはもう1人居る。その為に君には、『箱庭』を壊して貰いたい」
「……『箱庭』を、壊すだと!?」
あすなろ市を出た今ならば、私にもその意味が分かる。
それはつまり、キュゥべえの侵略を許すという事。
私たち聖団の、魔法少女システムの否定が、無に帰すという事。
そんな凶行を見逃すワケには行かない!
抗議の意を浮かべた私の顔を見て、キュゥべえは何を履き違えたのか、頓珍漢な解説を始める。
「心配の必要は無いよ。かずみは『箱庭』同様、プレイアデスの6人で造り上げたんだろう? 加えて、かずみの魔法の性質は破戒。出力・相性の両面から見て、成し遂げるのは造作も無いだろうね」
そんな解説を聞くまでも無く、既にかずみは杖を天に掲げ、魔法を放つ直前だった。
「待ってくれ」。
……その一言を発する事すら、出来なかった。
かずみの目の、意志の輝きに圧倒されて。
「───
天に光が上り詰めると、破戒の轟音が降ってきた。
「箱庭」が崩れ落ちているのだ。
それは同時に、私たちの叛逆の崩壊も意味する。
ああ、終わった。
そんな虚無感に支配されてもおかしくない状況だというのに、私は。
「……行こう、サキ!」
かずみに手を差し伸べられただけで、何故か救われたように思えてしまうのだった。
かずみ、そしてキュゥべえと共に戻った先で、私は新たな驚きに出くわした。
周囲には先程まで散らばっていた手足はどこにも見当たらず、代わりに五体満足の
その顔は、つい数分前まで激戦の当事者であったとは思えない程に、皆穏やかだった。
その様子を受けて、苦々しそうな顔を見せる者が一人。
聖カンナだ。
彼女は襲撃者と、そして瓶から抜け出したらしいかずみの前で、膝を突いて唸っていた。
「……カンナ。やっぱり私は海香やカオル、トモダチのいない世界なんてイヤだよ。だから───」
「だから、何?」
かずみの発言を遮って、ケーブルのようなモノを展開する聖カンナ。
そのケーブルの向かう先は───
「っこいつ、グリーフシードを!」
襲撃者の懐から次々と湧き出るグリーフシード。
聖カンナはそれを上空に集めると、かずみを突き飛ばし絶叫する。
「お前が悪いんだかずみ! お前が払いのけたこの手で……!!」
「違う、カンナ! 私は払いのけてなんか……!」
「黙れえええ!!!」
集まったグリーフシードから瘴気が溢れ、一つの形を成していく。
瘴気の噴き出る勢いで、跳ね飛ばされる私たち。
「カンナッ……!」
「私はお前の
跳躍し、完全に形を得た魔女に飛び乗る聖カンナ。
その魔女の姿はまるで、いつか伝え聞いた最強の舞台装置。
「なるほど、彼女が魔法で魔女達をつなぎ変異させたのか。名付けるならそう、『ワルプルギスの夜』に擬えて」
ヒュアデスの、暁。
「……みんなは、ここで待ってて」
「えっ……」
言うが早いか、魔法少女のかずみが飛び出し、ヒュアデスの暁に向かっていく。
「待って、私も!」
「ダメだかずみ! 今の君では……!」
引き留めようとする直前、衝撃音で怯むかずみと私。
音のする方を見れば、魔法少女のかずみがタワーに叩きつけられ、額から血を流す様子が写る。
それでも尚立ち上がり、ヒュアデスと対峙するかずみ。
「そんな……!」
「仕方ないよ、彼女1人では荷が重すぎた。
何の感慨も無さそうに、そう呟くキュゥべえ。
私は冷徹なその言い回しに、言いようもない不快感と怒りを覚えた。
「どの口が、仕方ない等と……!」
そんな私を意に介する様子も無く、かずみの方に向き直るキュゥべえ。
そしていつも通りと言わんばかりに、お決まりのあの台詞を出力し始める。
「でも、
「……そうか。あなたが来たのは、この為ね?」
……まさか。
そう思い至った時には、もう遅かった。
先程と同じ、あの目つき。
有無を言わせぬ意志の輝きが、既にその目には宿っていた。
「私はトモダチを……みんなを、そしてカンナを助けたい。だから私に、その為の力を!」
「───契約は成立だ、2人目の
(かずみシリーズやレイトウコの魔法少女達も含めた)全員生存ルートです。