食器の擦れる音に、少女達の談笑の声。
懐かしさに包まれながら、私は目覚め───
「……うわっ!?」
「起きた!」「おはよー!」
目にしたものは、黒髪の少女達。
寸分違わぬ容姿の彼女達を、私は知っている。
上体を起こし後ろを見やれば、談笑の主も目に入る。
つまり、ここは。
「おはよう。よく眠れた?」
優しげな声で問いかけてくる、かずみ達の一人。
眼前の二人と違い、その手には指輪が光っている。
彼女に誘われテーブルへと来てみれば、そこには色とりどりの料理が並んでいた。
「これは一体……」
「歓迎会よ。12人のかずみ達による、
かずみへとサラダを取り分ける手をそのままに、御崎海香がそう告げる。
歓迎会という割には、私を抜きにして既に楽しんだ後らしく、よく見ると卓上には片付いた皿がいくつも重なっていた。
テーブルを囲む少女達は、やってきた私を拒む事も無く、好き勝手にパーティを続けている。
ユニを掲げて自慢げな牧カオルと、目を輝かせて話に聞き入るかずみがいる。
若葉みらいとかずみに挟まれ、腑抜けた顔をした浅海サキがいる。
泣いて謝り倒す宇佐木里美と、それに泣いて謝り返すかずみがいる。
そして……膝の上にジュゥべえを乗せ、それにかずみと共に食事を与える神那ニコが、いる。
「驚いた?」
心の内を読んだかの如く私に語りかけてくる、指輪のかずみ。
外道姉妹らに連れ去られ、いずこかへと消えた筈のニコの姿を見て、私の胸には安堵とも困惑ともつかない感覚が去来していた。
感情を処理できず呆然と立ち尽くしていると、ふと肩を叩かれ、聞き覚えのある声が背後から響く。
「あんたも複雑な心境かい、黒幕さん」
二つに分かれた金髪の持ち主、杏里あいり。
かつて互いに、目的の為に利用し合った相手。
やけにボロボロなその姿は、傷だらけの身体だと言うのに穏やかな雰囲気を醸し出していた。
「話はかずみから聞いたよ。自殺未遂たぁバカな真似をしたもんだ」
そう言いながらケタケタと笑う彼女は、かずみと共に事の顛末を語って聞かせた。
曰く、自殺を試みた私が気絶させられた後、いくつかの事件があったらしい。
1つは、4番目のかずみの失踪。
混乱の最中という事もあり、あわや大捜索に発展しかけたが、御崎邸からある物が発見された事で終息となった。
イチゴリゾットのレシピと、それに挟まった一通の手紙。
「礼を言いに」とだけ走り書きされた手紙だったが、指輪のかずみはそれで行き先を察したらしい。
そして、もう1つの騒動というのが。
「……この乱痴気騒ぎなのか」
「正確に言うと、その前の決闘も込みね」
手紙を見た指輪のかずみが最初に取った行動は、なんと歓迎会の企画だった。
どうにもズレた感性に思えるが、かずみにとっては重要らしい。
その手始めに着手したのが、ニコとあいりの復活だった。
「海香たちから、話は聞いてたから。私たちの再出発には、あいりが必要だって思ったの」
かずみは再生成の魔法を用い、二人に肉体を与え直した。
当然ただそうしただけでは、あいりが再び凶行に及ぶだけだろう。
それを承知で決行したのは、かずみにある秘策があったからだという。
「……まさか、それが決闘なのか? 少年漫画でもあるまいに」
「まあ結局、私が負けちゃったんだけどね」
「本気で殺しにこないヤツを殺す気になんかならんわ、バカめ」
バカって言う方がバカだもん、と舌を出すかずみにじゃれ返すあいり。
妹に向けるようなその視線は、確かに殺意とは無縁のモノだった。
しかしじゃれ合いが一段落着くと同時、その視線は私がよく知るソレへと変わる。
「だからといって、私の復讐を終わらせるつもりはないがな。ようやく憎むべき
「全くその通りだ。私たちの戦いも何一つとして終わってはいない」
そう割って入る声はサキ。
若葉みらいとかずみ達を引きずりながら、格好つけた様子で続ける。
「黒づくめの少女の行方、海香の見たジェム浄化の謎、レイトウコの少女達の処遇、『箱庭』の今後。解決せねばならない課題は山積みだからな
……どうしたみんな?」
「……にやつきが収まってないぞ、お前」
慌てて口元を隠し、赤面するサキ。
全く締まらない腑抜けた姿を見ていると、あいり同様、私も今までの殺意が馬鹿馬鹿しく思えてきた。
……本当に、何故あんな事をしてきたのだろう。
結果として誰も死なずに済んだものの、人を殺そうとした事には変わり無い。
一つでも何かが違っていたら、私は……。
「カンナ。これが終わったら、カンナの家に連れてってよ」
罪悪感に沈みかけた私に、かずみがそっと手を差し伸べる。
しかし私は、その手を取るべきか分からなかった。
果たしてそこは今の私が、帰っていい場所と言えるのだろうか。
「きっと
「かずみ……」
かずみはいつも、こうなのだろう。
誰かの悩みをたった一言、一瞬にして消し飛ばす。
他者の心の戒めを、それ自身の手で破らせる。
その有り様は、正しく破戒。
きっと私の次の言葉も、そんな彼女が言わせただけだ。
きっと今は、それでいい。
「嫌だ」
「えっ」
「1人では、嫌だ。
視界の端でびくりと肩を震わす彼女。
聞こえているなら続けて告げよう。
彼女にとっての、破戒の台詞を。
「家族に顔くらい見せなよ、ニコ」
■■■
何かがおかしい。
そう気づいたのは、あの戦いの直後だった。
「あはは、みんな薄汚れちゃってるねぇ」
ヤケに急いだ萌香の様子で、何となく察した通りだった。
戦いを終えて見渡せば、酷い有様が目に入る。
誰もが魔力を使い果たし、お世辞にも美しいジェムとは言い難い。
となれば残りの標的は、空中で踊る黒と白のみ。
魔女使いも居るには居るが、アレでは成果にならないだろう。
私はそれらを把握して、期待を込めて萌香に問うた。
「ねぇねぇ、次の仕事はなぁに? やっぱり2人を仕留めにいくの?」
それなら私もついて行こう。
今の私は萌香の
お姫様ごっこもスキだけど、ルカの趣味だって悪くない。
つぶらな翡翠の瞳を見つめ、
けれどそれは耳に届かず、代わりにこの目に飛び込んだのは───
プレイアデスの1人に触れ、その傷を少しばかり癒す萌香。
「……? あな、たは……」
彼女の意識を確認すると、萌香はジェムを手に取って、その目の前で浄化を始める。
……何の為にそんな事を?
そんな疑問も浮かんだが、それは直後の光景にかき消される。
『これはっ……ジェムが、剥がれ……!?』
なんと浄化を続けた後に、濁りが消えるとジェムはヒビ割れ、穢れを再度晒したのだ。
冷静沈着なルカですら、その様子に驚きを隠せない。
ジェムの持ち主も同様らしく、眼鏡の奥の目を見開き、萌香の事を見上げていた。
唯一動じていないのは、行為者である萌香だけ。
萌香は少女を一瞥し、再度の浄化を試みる。
今度はジェムは姿を変えず、通常通りに浄化が済んだ。
美しく輝く青い
数瞬前の濁りようを知らなければ、間違いなく私たちのコレクションに加え得る逸品だ。
そして私は理解した。
萌香の行動はこの為か、と。
これ程美しい
私たちもこれからは、浄化してから見定めようか。
萌香とルカと3人で、魔法少女と魔女を狩る日々。
戦いが少し増えるとしても、一緒ならきっと楽しいよね?
そんな儚い妄想は、他でもない萌香にかき消された。
その手に握った穢れなき
それを一目確認すると、萌香は持ち主に
「さぁ、行きましょう? 彼女以外に見られては困るから」
踵を返し、素っ気なく呟く萌香。
予想外に過ぎる行動に、驚きの言葉も出なかった。
だって、おかしいじゃない。
私たちは何しに来たの?
なぜ目の前のそれを手放すの?
何の為の浄化だったの?
私たちと同じ趣味じゃないの?
……私たちの
混乱と疑念に呑まれた私に、ルカがすぐさまフォローに入る。
『……あやせ、気持ちは分かります。ですが一旦帰還しましょう。彼女の考えは、その後でも聞けるハズです』
『…………そう……だね』
ドレスの端を引っ張って、抱擁を求める萌香。
小さな彼女を抱えると、思わず心が締め付けられる。
あまりに軽いその身体。
けれど感じる確かな重みが、その存在を突きつける。
たった2人きりだった私たち。
そんな世界で出会ってしまった、私たち以外の理解者。
私たちを求めてくれた、王子さま。
そんな大切な王子さまが……本当は
欲しいモノが手に入らない事は、とても辛い。
それを手に入れる為ならば、魂を差し出せる程に。
けれど、得てしまったモノを失う事は、もっと辛い。
それを守る為の対価は、既に支払ってしまったから。
だから私たちには、願う事しかできない。
妖精による確約も、魔女による反転もない願いを。
ねぇお願いだよ、王子さま。
どうか2人ぼっちの私たちを、裏切らないで。
■■■
『マギレコ』ルートにおける『かずみ』ルート攻略のワンポイントアドバイス。
全てが終わっても安心なさらぬようお気をつけを。
通常『かずみ』ルートはヒュアデス討伐と同時に終了しますが、『マギレコ』ルートの場合はその後もガッツリ続きます。
特にイベントも無いので走者は先に進みますが、ルート終了までのケアが雑だと死人が出る事があります。
その内の1つが、魔女化による死亡。
ジュゥべえによる浄化の欠陥を誰かに悟らせておかないと、最悪全員お陀仏です。
よって今回はUMK姉貴に浄化を披露し、ヒントを与えておきました。
彼女やニコカンは賢いですから、この内1人に見せておけば、後は自力で何とかするでしょう。
終わりっ!閉廷!……以上!皆解散!
だから姉妹早く離脱して!
誰かに見つかると問い詰められて面倒なんだよォ!
■■■
あの時萌香を運び込んだ、同じホテル、同じベッド。
なのに全てが正反対だ。
萌香の身体はボロボロだけど、愛おしさでいっぱいだったあの時。
萌香は安らかに落ち着いているのに、不安で押しつぶされそうな今。
ここを出る時預かった
あんなに心強く思えたお守りが、どうして今はこんなにも、私たちの心をかき乱すのか。
『萌香の考えは、後で聞ける』?
そんなの、全然ウソじゃない。
私もルカも怯えたきりで、言葉は一つも出てこなかった。
無限に続くかの如き沈黙。
それを破ったのは、やはりと言うか、萌香だった。
「2人とも」
「? 何……って───!?」
俯いていた顔を上げると、そこには視界いっぱいの萌香。
いきなりの出来事に、処理が追いつかず脳が沸き立つ。
しかしそれが幸いしたか、今まで開かなかった口が、熱を逃すかのように動きだした。
「なな、なんでこんな、近っ」
「2人のお陰で、目的は達せられた。何かお礼をしようと」
目的。
意図せず出てきたその単語が、私の思考を急速に冷やす。
聞くならきっと、今しかない。
私は意を決し、萌香の翡翠の瞳を見据えた。
「お礼の前に、聞きたいの。
……萌香にとって、宝物ってどんなもの?」
意を決したのは、嘘じゃない。
けれど臆病な私では、婉曲に問うのが精一杯。
正面から切り出すなんて、そんな勇気はとても無い。
その心境を知ってか知らずか、萌香は静かに間を空けて、私たちに答え始める。
「手元に置いて、手放さない。
「えっ……」
不意に返された言葉で、私は困惑してしまう。
確かに私は、狙った
そういう意味で、「手元に置く」のは合っている。
でも「手放さない」というのは違う。
濁ったジェムならすぐに捨てるし、その後の事など気にもしない。
ここまで考えて、私は気づいた。
(……そっか。
私たちにとって、
けれどそれら全てが宝物、という訳では無い。
私たちにとっての宝物は、私たち自身の
穢れようとも捨てられない、唯一のもの。
それこそが、萌香の言う宝物。
手に入れなかったあの
濁れば捨てるだろうから、私たちにとっても当然違う。
そして後半の言葉の意味は───
「もう、じれったい」
「わっ!?」
思考の海に沈んだ私は、萌香に無理矢理引き揚げられた。
気づけばベッドに押し倒され、小さな身体がしなだれかかる。
「
そして萌香は小さなその手で、グリーフシードを見せびらかす。
その言葉で漸く、私たちは確信する。
お礼は浄化。
それは即ち、萌香と共に戦った、思い出の証を消し去る事。
そしてお別れ。
過去の繋がりを消すのと同様、今の繋がりを断ち切る事。
『……試されていたのは、私たちの方でしたね』
さあ手に取ってと微笑む萌香。
その真意に気づける者が、果たして他に居るのだろうか。
きっと今の私の顔は、過去最高にだらしない。
ああ、こんな彼女に答えるならば。
捻くれた愛に、応えるならば───
私たちもまた、歪まなければ。
「……そういう冗談、
そしてその手を
「───客人ね」
睦言の時は、終わりを告げた。