「あなたは、生きるの。
生きてるって、ね。
きっと楽しいことなんだから__」
まだ幼い彼に少女はそう告げた。クローンの精神体でしかない彼女の意識は当然クローンの肉体が朽ちれば消えてしまう。自分に残された時間はもう僅かだということは解っていた。次の瞬間にはまるで泡のように溶けて自分という存在が消えてしまうかもしれない。だから彼女は、自分にとっては弟のようなそのポケモンへ、幻のポケモンミュウの睫毛の化石から作られた彼へ、ひとことづつ大切にするようにゆっくりと語りかける。しかし次第に視界が薄れて、話せなくなり、少女は消滅した。
「アイ、止まらないよ。ナミダ……どうしたらいいんだ。アイ!答えてよ」
身体の痛み以外、悲しみで人間だけが流すと彼女が言っていたそれがとめどなく幼い両目から溢れ出すが、しかし応える声はなかった。
ここはどこ
わたしはだれ
何もない空間に漂っている感覚がした。これが死後の世界なのか。それともこれから世界に生まれてくるのか。そもそもアイという少女のクローンとして生まれた命に死後があるのだろうか。魂というものが存在したとして、クローンにも与えられるのだろうか。
そんなことを思いながら、薄っすらと目蓋を開くと茶色い毛並みの小さくてつぶらな瞳が覗き込んでいるのが見えた。
「あなたは……イーブイ?」
生前少女はポケモントレーナーにはなったことなかったが知識として仔犬ポケモンのことは知っていた。
少女が目蓋を開ききると茶色い毛並みの小動物は元気よくどこかへ駆けて行く。「待って!」と彼女も起き上がり何も無い真っ白な空間で、小さなポケモンを追いかける。
突然ピタリと茶色と白のフサフサしっぽの後ろ姿が立ち止まり振り返ると、
___はじめまして!
ポケットモンスターの世界へようこそ!___
と不思議な声がした。しかし当然だがイーブイが言葉を喋っているわけではないようだ。
「あなたはだれ?」と問いかけても答える気は無いように、その声は続けた。
__この世界にはポケットモンスターと呼ばれる生き物がいたるところに住んでいます。そのポケモンという生き物を人は可愛がったり勝負させたりします。
それをポケモントレーナーと言います___
知っている。少女も、正確に言うと少女の元となったアイという少女も次の誕生日が来ればポケモントレーナーになっていた。少女自身もかつてはトレーナーになることをガラス管の中から夢見ていた。
___あなたの名前を教えてください___
「わたしの、名前」
アイ、と答えようと思ったが、わたしはアイであってアイではない。わたしを作った人は事実を理解していないのか、理解しようとしなかったのか自分の亡き愛娘としてわたしを呼んでいた。だが、たとえ複製体だとしても、二番目の「アイ」だとしても少女にとって自分は自分である。
「ううん、わたしはアイ・ツー。ワンじゃなくてツー」
少し考えて答えると「アイ・ツーさんですね?」という言葉に少女は無言であるが確かに頷いた。
それではアイ・ツーさん
これからあなたの冒険が始まります。夢と冒険とポケットモンスターの世界へ____
そう告げると、声が光を連れてきたように何も無い真っ白な空間が眩い光で包まれ、その輝きにかき消されるように少女の身体が自分で見えなくなり、やがて意識も薄らいでいった。
いかがでしょうか。