「世界史の授業始めます。秋川さん、お願い。」
「はい。起立、礼」
「さて、すこし時代をさかのぼって、紀元前9世紀ごろ、デリー北方のクルークシュトラ平原で戦われた戦争は、本当はそれほど大きな戦いじゃなかったようなんだけど、マハーバーラタ戦争とよばれ、インドの二大叙事詩のひとつの題材になったの。バーラタ族の歴史叙事詩という意味の『マハーバーラタ』の物語は要約すると、バラタ族に二人の王子がいて、お兄さんは目が不自由で弟さんに王位を譲ったものの、弟さんがすぐに亡くなったのでお兄さん自身が王様になった。自分の子である百人の王子と弟の子である5人の王子を分け隔てなく育てたの。百人の王子はカウラヴァ一族、五人の王子は、パーンダヴァ一族と呼ばれた。五王子のほうが武勇と人望にまさっていたので、百人王子のほうが、五王子のィ貯番目のお兄さんをいかさま賭博でだまして財産や領土をうばい、そして五王子の奥さんすらも奪った。王様は、五王子を追放したけれど一年身を隠すように伝え、そうすれば領土を回復できると約束したが、十三年後、百王子側は納得せず、クルークシュトラ平原で戦うことになった。全インドの王たちはそれを聞いてそれぞれの陣営に加わった。戦いは、パーンダヴァ五王子側が勝利し、百王子側はすべて戦死、五王子の一番目のお兄さんがハスティナープラに入場し、王となったの。もう一つの叙事詩は何かな。」
「『ラーマーヤナ』です。」
「『ラーマーヤナ』とは、ラーマ王子の行状記という意味で、王様が一番かわいがっていたお妃が自分の息子を王位につけようとして、ラーマ王子は、ヒマラヤ山麓の森に追放されてしまうの。王子は、森にいた悪魔を討伐すると、羅刹の王ラーヴァナの怒りを買って、奥さんのシータ姫がさらわれてしまう。ラーヴァナは、自分の居城のあるランカ島、現在のスリランカだね。にシータを連れて行ってしまう。ラーマは、その間苦境にあった猿王を救い、その恩返しに猿王の軍勢の助けを借りてラーヴァナを追ってランカ島に攻め入り、この魔王をたおし、シータを救出した後、都に戻って王に即位するという話なの。この二つの叙事詩の特徴はなんだと思う?ヒントは、王子ってヴァルナ制でどの身分なのかな?」
「クシャトリアです。」
「そう。王族、貴族、武人層の地位向上を反映しているの。そしてガンジス川流域を中心に十六国と呼ばれる王国が割拠する時代になる。教科書に代表的な国の名前が載っているね。何かな?高崎君」
「マガダ国とコーサラ国」
「ありがとう。『ブッダ』の漫画は読んだかな。マガダ国の王様は二人いたね。父親のほうは?浅沼君」
「ビンビサーラです。」
「そうだね。コーサラ国から王妃を迎え、富国強兵に努めた。しかし、息子に殺されて、その息子が王様になってアジャーターシャトル王と呼ばれる。アジャーターシャトルは近隣の4か国を支配下に入れ、コーサラ国から王妃を迎えた。ビンビサーラとアジャーターシャトルの王朝は、シシュナーガ朝と言われるけど異説があるの。シシュナーガ朝は、紀元前4世紀中葉にシュードラ出身のマハーパドマという人物に滅ぼされる。
そのころアレクサンダー大王がギリシャからインドの近くまで攻めてくるの。当時のギリシャ人の記録にインドはパータリプトラの一人の王によって治められているという記録があって、いかにナンダ朝が強力だったか物語っている。でもそのナンダ朝もインド北西部から挙兵したチャンドラグプタ・マウリヤによって倒されるの。チャンドラグプタは、インダス川流域のギリシャ人勢力を一掃して、デカン高原にも進出したの。チャンドラグプタの孫について教科書に書いてあるよね。だれかな?」
「あそーか王ですね。先生」
「藤本くん...ありがとう。ちょっと発音が^^;アショーカ王は、現在のオリッサ州あたりにあったカリンガ国と対決して、大きな犠牲を出しながらこれを滅ぼしたんだけど、それからどうしたのかな?秋川さん」
「仏教に深く帰依して、ダルマに基づく統治と平穏な社会を目指しました。」
「そうだね。具体的に言うと父母に従順であれ、親族知人に礼儀をつくせ、バラモンや出家者に敬意をはらって布施を怠るな、年長者や恩師を敬愛し、奴隷や貧者を公平に扱え、常に自己反省し、他人の立場を尊重せよ、動物を含む殺生をするなといったもので、宗教を超えて一般道徳的なものなの。王自ら実践して、宮中料理の動物の量を制限して、裁判の公正、刑罰の軽減、人間と動物のための病院の設置、薬草、果樹の栽培促進と街路樹と井戸、休憩所の設置を行ったの。そのときの崖に刻んだ碑文、磨崖碑や石柱がインド各地に残されている。
そのときの石柱はあちこちで見つかっていて、教科書の写真にあるものはサールナートのものだけど世界遺産であるサーンチでもそっくりなものが発見されている。
今は外観は2世紀のシュンガ朝のものだけどもともとマウリヤ朝時代に半分くらいの大きさのレンガの仏塔があった。
インド亜大陸南端のケララ州とタミル・ナードゥ州をのぞくインドの大部分を統治する帝国を築いたの。それから仏典の結集や布教を推進した。しかし、これほどの大帝国を築くための官僚組織や軍隊を維持するのは大変で財政難をまねき、また仏教を保護したことで、バラモン層の反発を招いた。仏教側の史料ではマウリア王家は、クシャトリアの出身、バラモン教の史料では、シュードラ出身と書かれているのが象徴的だよね。」
「アショーカ王の死後は、王朝が分裂した可能性があり、王様の記録に混乱があるの。その後ギリシャ系の勢力とイラン系の遊牧民が西北インドに侵入してきた。ガンジス川流域はあいかわらず分裂していた。紀元後1世紀には、中央アジアの一部、パキスタン、アフガニスタン、西北インドを支配するクシャーナ朝ができたの。さてその全盛期の王様の名前が教科書にあるね。ん、藤本君?」
「カーニカニ、シーカシカ」
藤本が両手でチョキを揚げて、その次はやはり両手で鹿の角をあらわすしぐさをする。
「印象に残る覚え方だね。」
柊木ちゃんは苦笑する。
「この曲知ってる?」
そーこゆーけばー♪どんなゆーめもかな~うというよ~♪
「お父さんやお母さんが子どものころ、NHKのドキュメンタリーのシルクロードや西遊記のドラマや人形劇などがつくられたんだって。そのころゴダイゴという作曲家がつくって一時期ヒットした曲なの。ガンダーラ美術は、ギリシャの影響、ギリシャ人の自称はヘレネスだからヘレニズム文化というんだけど、その影響を受けて世界最初の仏像ができたの。」
「それからクシャーナ朝は、ローマとの貿易で栄えて、ローマ貨幣の真似してこのような貨幣をつくった。
ギリシャ文字が刻まれているでしょ。後ろのほうは、ΚΑΝΗϷΚΙ ΚΟϷΑΝΟ(カニシュカ、クシャーン王家)と読める。こっちはカニシカ王の立像。
※カニシカ王立像
遊牧民ぽいコートとベルトをした服装。それじゃあ、篠原君、教科書読んでくれるかな。」
「はい。」
ローマとの交易による金の流入、金貨発行、大乗仏教、菩薩信仰、ガンダーラ美術、ナーガルジュナ(竜樹)、空の思想...
「じゃあ最後に、次回もさきどる形で板書するね。重要な王朝名と王様の名前はテストに出ます。時代と王朝にながれをつかんでね。」
紀元前4世紀 マガダ国ナンダ朝のもとで強盛
紀元前4世紀末 チャンドログプタ・マウリヤがナンダ朝を倒しマウリヤ朝建国
東;ガンジス川流域
西;セレウコス朝などギリシャ勢力を退ける→現アフガニスタンまでを版図におさめる。
紀元前3世紀 アショーカ王(位ca.268~ca.232)
南インドを除く全域を支配 王朝全盛
仏教への帰依←カリンガ戦争(現オリッサ州)の惨劇が契機
(1)ダルマの政治(統治の根本精神)→磨崖碑、石柱に法勅刻み、実践
(2)仏典結集の実施、仏教の布教を推進
→王子マヒンダを遣わしセイロン(スリランカ)布教を行う。
→南方仏教の中心地へ
(3)仏教(平等=反カースト的)
→統一国家の統治に適するがバラモン層に不満
<北インド>
紀元1世紀 クシャーナ朝建国
紀元2世紀 カニシカ王の時全盛
西北インド(ガンダーラ地方)が中心~首都プルシャプラ
西のローマ、パルティア、東の中国(後漢)との中継貿易で繁栄。
金の流入→金貨発行
仏教に帰依、教義の整理と保護と布教
仏教の発展
a.初期の仏教~個人の修行重視→羅漢を目指す(上座部仏教)
b.-1菩薩信仰(出家せず、修行し、教えを伝える)世界宗教的な性格
2ナーガルジュナ(竜樹)により、教理大成~空の思想
ガンダーラ美術 a.ヘレニズム文化の影響を受け、
仏像中心の仏教芸術の発展
b.大乗仏教とともに中央アジア、中国、朝鮮、日本に伝播
紀元3世紀 西からのササン朝ペルシャの侵入により事実上の滅亡。
<南インド>
紀元1世紀~3世紀 ドラヴィダ系のサータヴァーハナ朝(アーンドラ朝)、
ローマとの海上交易で繁栄。
季節風貿易「ヒッパロスの風」『エリュトラー海案内記』
紀元4世紀 グプタ朝(ca.320~ca.550);チャンドラグプタ1世により建国
首都パータリプトラ
チャンドラグプタ2世(超日王)の時全盛
インド古典文化の成立
ヒンドゥー教の盛行
(1)バラモン教と民間信仰の融合、開祖、特定の教義、経典なし。
(2)インド人の思考様式、生活様式、社会習慣を反映
(3)宮廷や社会各層へ浸透~インド人の宗教の主流となる。
(4)シヴァ神、ヴィシュヌ神を崇拝
(5)マヌ法典の完成 宗教的義務、日常生活の規範、
ヴァルナ制度(カースト)
仏教(1)教義研究が盛ん。ナーランダ僧院(5世紀に建設)
(2)4世紀;東晋の僧、法顕来印『仏国記』
(3)7世紀前半;唐の僧、玄奘 ナーランダ僧院で学ぶ『大唐西域記』
(4)7世紀後半:唐の僧、義浄 ナーランダ僧院で学ぶ。
帰路に東南アジアも歴訪 『南海寄帰内法伝』
仏教美術 a.グプタ様式~ガンダーラ様式を脱却し、純インド的美術の確立
b.アジャンター石窟寺院の壁画~インド芸術の至宝
サンスクリット文学
(1)「マハーバーラタ」「ラーマーヤナ」~マウリヤ朝期に原型成立→完成
(2) カーリダーサ「シャクンタラー」
その他 (1)数学~代数・幾何学、ゼロの概念
(2)薬学、天文学、暦法など
7世紀前半 ヴァルダナ朝、北インド統一、ハルシャ・ヴァルダナ(戒日王)
a.仏教、文化の保護、玄奘来印
b.首都カナウジ(カーニクブジャ)
~玄奘、曲女城として記載しその繁栄ぶりをたたえる。
8世紀~11世紀
<北インド>ラージプート諸侯(ヒンドゥー教を奉じる)の抗争
プラテイハーラ朝(8~10世紀)~北インド支配、イスラム勢力からの防波堤
チャンデーラ朝(10~11世紀)~カジュラホ(世界遺産)
パーラ朝(8~10世紀)~仏教の保護、ナーランダ僧院、仏教美術(パーラ仏)
<南インド>
ラーシュトラクータ朝(8~10世紀)~エローラ石窟カイラーサナータ寺院(世界遺産)
チョーラ朝 a.ドラヴィダ系(10~11世紀)
~タンジャブールなどに大チョーラ寺院群(世界遺産)
b.灌漑施設による農業生産充実
c.「海の道」による交易により繁栄。セイロン、スマトラ遠征
「次回は板書の説明をしてから、小テストをします。板書と解説を覚えていれば簡単に答えられるのでそんなに心配しなくていいよ。それでは、秋川さん」
「はい。起立、礼」
「お疲れさまでした。」
昼休み、世界史準備室で弁当をつつきながら
「今日もおいしいですね。」
「ありがとう。」
柊木ちゃんに「唐揚げ飽きた」を「わたしに飽きた」と勘違いされて一悶着あったものの誤解が解け、照り焼き、ウインナー、ほうれん草ベーコン、キャベツの千切りなどがバランスよく入っている。
「先生、前の授業だけど、流れ図にすれば覚えやすいね。」
【挿絵表示】
「そうなの、よく気がついたね、ってか二人の時は先生じゃなくて春香さんでしょ~。」
「学校の中じゃ無理だよ」
「ん、そうだね。つまりはそういうこと。いつどの時代にどの王朝がいてどの王様がいたか図式化すれば覚えやすい。インドのあとは中国史だけど、中国の場合は北方遊牧民との関係まできちんと図にしておけば困らないの。あと白地図に書き込んでもらうとか。たとえば2世紀とかこうなるよね。
【挿絵表示】
中国史で唐までやったら中間テストかな...」
※カニシカ王立像 CC-BY-SA3.0 UserGangulybiswarupによる。