「それでは、席について。世界史の授業を始めます。」
「起立、礼」
「はい、今日は、いよいよ文明の誕生の単元だね。」
先生は、狩猟・採集、農耕・牧畜と書いて
「この二つの違いは何かな?志村くん。ゲームのたとえで答えてもいいよ。」
と聞く。
「えっと、狩猟・採集は、たとえばモンスターなり動物を狩るとか木の実を拾ったり、きのこ狩りをしたり自分からつくりだすことはしないですが、農耕・牧畜は、作物や動物を育てるので、ゲームでいえばファーマー職に似てます。」
「そうだね。狩猟・採集は、獲得経済、農耕・牧畜は生産経済と言い換えることができるよね。」
「それじゃあ、綾野さん、農耕・牧畜はどこからはじまったかな?教科書に書いてあるね。」
「え?わたしですか…先生わたしを知恵熱で入院させるつもりですか?」
「アコ、教科書の真ん中くらいに書いてあるよ。そのまま読めばいいから。」
「アコ、地図があるよ。わかるだろ。」
小声で志村と水瀬が綾野に対してささやく。
「私語は禁止だよ~。」
「先生、私語じゃないです。アコが困ってるみたいだから。」
「それじゃあ、綾野さん、農耕・牧畜はどこからはじまったか教科書を読んで。」
「えっと、イラン南西部からアナ…アナトリア高原南部をへてギリシャの半島部って書いてあります。アナトリアってどこですか?」
「地図をよく見て。今のトルコの位置にあたります。」
「じゃあ水瀬さん、それはいつごろのことかな。」
「紀元前7000年で、今から約9000年前です。」
「はい、ありがとう。ただ始まったばかりの農耕は、雨頼みで肥料を使わなかったから移動しなければならなかったの。そういうことだと大きな村はできないよね。じゃあどうすればたくさんの人が暮らしていけるようになるのかな?」
「水をひっぱってこなければならない。」
「肥料をまかなければならない。」
「そうだね。それじゃあ地図を貼るよ。この地図から見て何かわかることはないかな。おっと、ここも川を書かなきゃ」
先生は、メキシコ湾岸から川を書き、「ウスマンシタ川」、ユカタン半島の付け根からも川を書き、「モタグア川」と貼った。南米のアンデス北部にも川を書いて「モチェ川」と貼る。
「大道さんわかりますか?」
金髪ボブヘアの少女が立ち上がる。
「えっと川の近く?」
「正解だね。ありがとう。魚を捕るためなのかな?二葉さん?」
指名された眼鏡をかけたリケジョ然とした上品な少女が立ち上がり、
「川の水を引いて灌漑ができる場所に文明ができた。」
はあ~とみんなからため息がもれ、さすがいう視線が向けられる。
柊木ちゃんはなぜか失敗したという顔をした。
「はい。正解です。ほんとはね、この地図には書かれてなかったけど貼ったように中南米のほうにも川があります。この教科書ちょっと問題があって、先生のころの教科書のように、中米のほうはメソアメリカ文明、南米のほうはアンデス文明にしないといけないけど、受験に出るのは、テオテイワカン、マヤ、アステカ、インカになっちゃうから仕方ないね。」
「二葉さんが言ったとおり、川から水を引いて灌漑農耕を行えば農作物が十分にとることができます。農業の実りの豊かさを神に祈り、川から水を引く指導をする人間、そして多くの人を統一的に支配する必要が出てくる。多くの人々も指導する力をもつ人間を求めるようになります。さて何が生まれるでしょうか?」
「国?」
「そうだね。じゃあ国を治める仕組みを作る必要がある。なにをしないといけないかな。」
「ルールを作る?」
「藤本君、いいよその調子」
「珍しいなお前」
「まあな」
「真田君、話してるようだけどルールって具体的に何のことかな」
「法律です。」
「そうだね。」
「法律を作ったりするためには、何が必要かな?志村くん」
「文字?」
「そうだね。それじゃあ文字を作れば法律以外にもいろんなことができるね。なにかなあ。」
みんなが考え込んでいる。
「じゃあヒントをあげる。綾野さん?眠りかけちゃだめだよ。ゲームを始めるとき、何を読むかな?」
「攻略本?」
「何やってるのよ、亜子、規約でしょ」
「はい、水瀬さん、規約って何かな?」
「う~ん、ゲームをする際のルール?」
「えっと、ゲームをする場合の条件だよね。最後に裁判所について書かれてることもある。二葉さん?」
「契約です。」
「はい、正解です。規約というのは契約の一種なの。それから綾野さん、武器やアクセサリーを買うよね?そのとき何を使う?」
「お金」
「そう。農業が発展して食糧が十分に確保されると、食糧が商品になったり、給料になったりする。日本でいえば大名の領地は収穫量で領国の豊かさが表現された?篠沢君、何制かな」
「石高制です。」
「はい、ありがとう。食糧が十分に確保されるならほかの職業で物をつくって食糧と交換するようになるけど、そのたびに交換する量が変わっていたのでは、不安になる。それで一定の基準をあらわすものが必要になる。それが貨幣、お金と商業の発生だね。」
「商業が発生すると市場ができ、やがて交通の便利な場所に市場が固定的に開かれ、商人がそこに住むようになる。商人に商品を売るため、職人も市場の近くに住むようになり、大規模な集落ができる。治水や実りの豊かさを祈る宗教や交易の中心になる大規模な集落はなんというのかな?水瀬さん」
「都市です。」
「ありがとう。最初は土器だけ作っていたのが、高温で金属が溶けることが発見されると、工房ができ、武器や工具、農具をつくる職人が現れる。溶かした金属でできる道具のことを一般的になんというかな?志村君」
「金属器です。」
「はい正解。それでは、次のページへ行きます。古代オリエント文明とその周辺です。それでは、綾野さん、読んで。」
「はい。」
綾野亜子は教科書を読み上げる。
「さて今度は、別の地図を貼るね。」
「ポイントがいくつかあるね。オリエントってどういう意味だろう。綾野さん?」
「東方、日が昇るところという意味です。」
「はい。ありがとう。例えばスペイン語でorienteは東であるように、祖語にあたるラテン語で東方、日が昇るところという意味で、今の中近東をさします。そこには、何があるかな?浅沼君」
「ティグリス川とユーフラテス川です。その間の土地をメソポタミアといいます。」
「ありがとう。メソポタミアは、周囲からインド=ヨーロッパ系の遊牧民やセム語系の人々が入ってきました。セムというのは、ノアの箱舟で知られるノアの子セムに由来しています。余談だけど、へブル人は、エジプト人をノアの子でセムの兄弟ハムの子ミツライムの子孫と考えていたようね。それはともかく、メソポタミアからエジプトの手前、シリア・パレスチナとつながる地形は、三日月のように見えるので「肥沃な三日月」地帯とよばれていたの。さてオリエントは、東のチグリス・ユーフラテスでは大規模な治水や灌漑が行われていた。そういった工事を行うには、強力な権威をもつ体制が必要だった。将来の実りを祈る意味での宗教的な権威が。教科書になんて書いてあるかな。高崎君」
「神権政治でいいですか?」
「はい。正解。」
「中国の歴史書の『史記』におもしろい話があって、治水について、鯀という人物が「湮」(ふさぐ)という方法をとっていつまでも川の氾濫をおさめられなかったものを、夏王朝の創始者になった禹という人物が、「導」(みちびく)と「疏」(ながす)という方法によって、川の流れをおさめて、王様から位を譲られて王になったという話があるよ。それに旧約聖書サムエル記に、預言者の言葉をきいて神権政治を行っていたイスラエルの民は、強大な軍事力をもつ他国に倣って王を求めたという話がある。そんなふうに神の代理人、治水ができる有力者が選ばれたのかもしれないね。それじゃあ、時間かな。」
篠沢が「起立、礼」
と号令をかけた。
「それでは、世界史の授業を終わります。」
「お疲れさまでした。」
「あ~、社会科係の人、真田君だっけ?次の授業の準備があるからあさっての放課後にきてください。」
「はい。」
俺は柊木ちゃんに呼ばれてうれしかった。