戦争はいりませんか?今ならお買い得ですよ。セットで人形もおつけしましょう!【完結】   作:畑渚

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情報を制する者は——

 その日は記録的豪雨だった。喫茶店の軒先で雨宿りをしていると、同じように雨の中を女性が走ってくる。そして僕の隣に立つと、水気を払う。

 

「もう、最悪」

 

「大変ですね」

 

 ハンカチをさしだすと、ありがとうと言って濡れた箇所を拭き始める。

 

「お兄さんも雨宿り?」

 

「そんなところですね。この雨の中を帰りたくもないですし」

 

 今日は護衛を付けていなかった。比較的治安の良い地区にいるのもあったし、他のメンバーが仕事に追われているというのもあった。かくいう僕も商談の帰りであり、ゲリラ的に降ってきた豪雨にひいひいと悲鳴をあげながらこの場所にたどり着いたというわけである。

 

「災難でしたね。まったく運がないものです」

 

「そうだ、せっかくだし店でなにか奢らせて」

 

「奢りだなんてそんな。でもお茶のお誘いには乗ることにしますかね」

 

 喫茶店の扉を開くと、チリンチリンとベルがなる。席に案内され、適当にコーヒーを二杯頼んだ。

 

「そういえばお名前を伺っても?」

 

「あら、こういうのは普通そっちから名乗るものじゃないの?」

 

 クスクスと笑う彼女は、控えめに言っても美人な女性だった。

 

「これは失敬。僕はこういうものです」

 

 偽装用の名刺を女性に渡す。名前こそ本物だが、ダミー会社のいち社員ということになっている。

 

「ナオっていうのね。私は——」

 

「当てて見せましょうか?」

 

「聞こうじゃないの」

 

 というよりも、すぐに分かってしまっていた。人目彼女を見た時から、名前と職業を。

 

「Five-seveN、どこに所属かは知りませんが戦術人形ですね?」

 

「あら、随分と見る目があるじゃない。この名刺は嘘?」

 

「いえいえ、これは趣味の範疇ですよ。こう見えて銃など好きなもので。そしてそのように銃を携行するのは戦術人形という可能性が高いですからね」

 

「ふふふ、私、あなたのこと気に入ったわ」

 

「それは光栄ですね」

 

 コーヒーが運ばれてきて、一度会話が途切れる。

 

「そういえばなんだけど……」

 

 あらためて57(Five-seveN)がそう切り出す。

 

「あなた、武器商人でしょ」

 

「武器商人ですか?」

 

 目立った動きを見せたつもりはなかった。背筋に冷や汗が流れる。

 

「ええ、いやまあこれも簡単な推理なんだけどね」

 

 そういいながら57は、一枚のメモを机の上に置く。

 おそるおそるそのメモを手に取り、開く。

 

 そこには、僕の詳細プロフィールが羅列されていた。あきらかに一般人では知り得ない情報だ。やはり、警察か軍などの所属か……。

 

「まあ待って。どうやら誤解されてるみたいだから言うけれど、私は別に警察とか軍の人形じゃないわよ?」

 

「ではこの情報はどこで?」

 

「私の技術というところね。どう?」

 

「どうって……、これが個人のリサーチだと言うのなら素晴らしい能力だと思いますが」

 

「そう!それは良かった。ねえ、私と組まない?」

 

 そういいながら、57は僕の手をとる。

 

「組むですか?」

 

「そう、このリサーチ力を買わない?」

 

 こういったときに打算的に考えてしまうのが僕の悪いクセだ。

 

 もし57がどこかの所属だった場合、一緒に行動すれば僕の居場所は筒抜けとなる。そうなればいつ暗殺されても文句は言えない。

 

 逆に57が本当にフリーだった場合、こちらのほうが恐ろしい。僕と絡むメリットはないはずだ。僕は金払いが悪くはないと自負しているが、これだけの能力があればフリーのままの方が稼げるはずである。行動原理がわからないというのは、それだけで不安要素だ。

 

「ねえ、どう?」

 

 あざとく首をかしげる彼女に、僕はこほんと咳払いをする。

 

「考える時間はくれますか?」

 

「ええ、もちろん」

 

「では後日、連絡させてもらいますね」

 

 手を離してもらうと、僕は伝票を持って立ち上がる。

 

「もう帰るの?まだ雨だけど」

 

「どうやら迎えが来たみたいなので」

 

 外には見覚えのあるセダンが停まっている。バルソクが運転席で暇そうにしているのが窓越しに見えた。

 

「私も乗せてってくれればいいのに」

 

「車に発信機でも付けられたら敵わないのでね」

 

「ケチ」

 

「おお、目線が痛いですね。では、失礼しますね」

 

 レジで二人分の会計を終わらせて店を出る。外に出ればバルソクがこちらに気づいて車を寄せてきた。

 

「ナオ、おかえり」

 

「ありがとうございますバルソクさん」

 

「ん?迎えにくるのがワタシの仕事だろ?」

 

「いえ、そうではないんですが。とにかく助かりましたよ」

 

「よくわかんないけど、どういたしましてだな」

 

 バルソクは軽快に車を発進させ、道を移動する。

 

「ああ、先に寄るところがあるんですが、次を右に曲がってもらえますか」

 

「りょーかい」

 

 その後もてきとうに指示をして、橋の上に停まってもらう。

 

「まったく、油断も隙もないですねあの人は」

 

 僕は袖口をまさぐり、そして小型の機械を取り外す。

 

「ナオ、それは?」

 

「かわいい子うさぎのいたずらです」

 

「なんだそりゃ」

 

「気にしなくていいですよ」

 

 僕は窓を開けると、川にその機械を投げ込んだ。

 

「まあいいか。じゃあ帰るぜ」

 

 そういって今度こそ、拠点への帰路についた。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

「あの、九美さん」

 

「ん?なにかなナオ」

 

「その、これは違うんですよ」

 

「へ~。じゃあ何が違うのか聞いてもいいかな?」

 

 僕がホテルに戻ると、俵巻にされている57が僕のベッドの上に転がっていた。

 んーんーと唸る彼女は、必死に僕の方へ助けの手を求めている。

 

「私、てっきりナオのお客さんかと思ったからあげたら突然要警戒名刺だされるし、個人情報完全に抜かれてるし、しかもナオの匂いがするし、てっきり敵かと思ったんだけど?」

 

「彼女は……そのなんというか、喫茶店で知り合った仲ではあるんですが」

 

「ふ~ん」

 

 いつもより目を細めている九美はすこし怒っているように見えた。

 

「とりあえず敵という認識は間違っているので離してやってくれませんか?」

 

「まあナオがいうなら……」

 

 縄をほどかれた57は、しゅんとしながらベッドの上で正座になる。ああでも僕の枕を抱いているのはどうにかしてほしい。

 

「それで、あなたは?」

 

「9、自己紹介は必要?」

 

「九美ってよんで」

 

「じゃあ九美、自己紹介をもう一度した方がいいの?」

 

「ねえナオ——」

 

「わかった!わかったからその手に持ってる縄をおいて!?」

 

「九美さん、まずは話を聞きましょう?」

 

「ナオがいうのなら」

 

 そういって九美は縄をベッドに放り投げた。

 

「それで、後日連絡をするつもりだったのにどうして今ここにいるんですか?」

 

「いやだって本人を落とせないのなら外堀からと思って」

 

「……、こちらの九美さん、何者かご存じですか?」

 

「UMP9のダミーモデル、ナオのチームの唯一の戦術人形で違法人形ってところ?」

 

「大正解です。そしてどうしてそれを知ってながら戦闘を仕掛けたんですか?」

 

「戦闘なんて仕掛けてないわよ!ただナオの知り合いだっていったら突然有無をいわさず——」

 

「九美さん?」

 

 真意を確かめるために九美の方へと視線を向けると、後ろめたいかのようにサッとそらされる。

 

「はあ……、こっちの不手際のようですので謝罪しましょう」

 

「でもナオ!」

 

「九美さん。早とちりは致命的ですよ」

 

「……、ごめんなさい」

 

 真顔で頭を下げるものだからとどうかと思ったが、どうにも57はそれで十分だったらしい。ムスッとしていた顔がにこやかになり、それじゃあと話を切り出す。

 

「私をこのチームに加えてよ」

 

「却下」

 

「無理です」

 

「どうしてよ……」

 

 ホテルの一室に、悲しいそうな声が響く。

 

「ナオ様」

 

「G36さん」

 

「一つよろしいでしょうか?」

 

「はい、なんですか?」

 

 それを見かねたのか、扉の前で待機していたG36が動いた。僕の横を通り過ぎて57のもとへ行くと、耳元に口を近づける。そして僕らには聞こえない声で、何かをささやき始めた。

 

 最初こそは普通に耳を傾けていた57だったが、次第に、顔から血の気が引いていく。思えばここまで表情豊かな人形は初めてかもしれないなどと感心していると、話がおわったらしい。

 

「ナオ様、こういったのは手綱を握っておくのも一手かと」

 

 なにやらブルブルと震える57を横目に、G36の言葉を検討してみる。

 いままで、そういった情報収集担当はG36の仕事だった。しかし、彼女自体は家事などもしてくれている。彼女の負担を減らしてあげたいとは前々から思っていたことの一つだ。

 

「そうですね。G36さん、君の下につかせるという形にはできませんか?」

 

「ナオ様がそう言うのであれば、一人前駒として扱ってみせましょう」

 

「よし。57さんもそれでいいですか?」

 

「はい、よろしくおねがいします」

 

 57が深々とDOGEZAを決めているのを見て、僕は今後に不安を抱かずにはいられなかった。




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