戦争はいりませんか?今ならお買い得ですよ。セットで人形もおつけしましょう!【完結】 作:畑渚
「ナオさん、終わりましたよ」
施術室から男が出てきたのを見て、僕も立ち上がる。
「連れの秘書の方は?」
「ああ今、化粧直しに少し」
「そうですか。では商品の引き渡しを」
そういって施術室へと案内される。
「施術は無事に成功。烙印の定着率も安定。申し分のない出来かと」
「ありがとうございます」
「しっかしこれほど状態の良い人形はどこで?」
ポロっと言葉を漏らしたのだろう。無駄口は首を閉めることにしかならない。彼はしまったとすぐに顔色を変えた。
「知りたいですか?」
「いえ、結構。それよりお代の方は」
冗談交じりにそう言えば、心底安心したかのように息をついた。
「ええ、今から口座に」
僕はタブレットを取り出して振り込む。
「3種の口座に2:3:5の割合で、間違いなかったですよね」
「ええ、そのように」
面倒な手順ではあるが、それだけの額が動く。この商売はこうでもしないとすぐに目についてしまうのだ。
「それと、これはほんのお気持ちです」
「まさか!おおありがたい」
僕は懐から封筒を取り出した。ほんの1束であるが、これがあるのとないのとでは天地の差がある。
「まいど。今後もご贔屓に」
「ええ、お世話になります」
気味悪く笑う彼と力強く握手をして、それではと部屋を出ていく。
「ナオ!終わった?」
部屋の外では、頼み事を終えたであろう九美が待ってくれていた。
「ええ。九美さんのほうはどうでしたか?」
「バッチリ!報告を楽しみにしといて」
「そりゃなによりですね。では帰りましょうか」
バルソクに連絡し、入り口まで車を持ってきてもらう。
「ふたりとも、おつかれさん」
「ただいまです。では、残り二人も拾ってから帰りましょうか」
車は静かに発進し、スムーズに敷地内を走る。
「そういや九美は何をしてたんだ?」
「ん、私?」
「ああ、ナオからなにか頼まれてたんだろ?」
「えーっと、言って良いのかな」
僕はどうぞと返す。わざわざ隠すまでのことでもない。
「I.O.Pで情報収集かな。主に人形のほうからね」
「なるほど、それで人形の九美をってことか」
九美の言う通り、中で情報収集をしてもらっていた。特に人形の間での噂話の方だ。
何かしら類似点があると、人は心を開きやすい。それは人形にも言えることであって、人間の僕では聞き出せないような話がないかを探ってもらっていた。
「すごかったよ。みんな着任前だからか口が軽かったし」
「そりゃなによりだ……、っと」
入ってきた検問所の前で、いったん車が停止する。
門がゆっくりと開いていく。入るときのようなゴタゴタはなかった。
「そうだ。二人はどこで拾えばいいんだ?」
「そうですね、連絡してみます」
僕はG36のもつ携帯に電話をかける。数回のコール音の後、落ち着いた声が聞こえる。
「G36さん、いまこちらの用事が終わりまして、合流したいのですが」
『ナオ様、すみません。いますこし問題がおきてます』
「なんだって?大丈夫かい?」
『重大なものではないのですが、ナオ様に来てもらう必要がでてきまして』
「わかりました、そっちに向かいます。いまどこですか?」
返ってきたのは街の中のカフェだった。
『私がいながら申し訳ありません』
「気にしなくていいですよ。ちょうどコーヒーでも飲みたかったところですし」
携帯を切ると、バルソクにカフェの場所を伝える。バルソクが車線を急に変えて進路変更するのを見ながら、ふう、とため息をつく。
「まあ、ちょうどおやつ時ですし良いタイミングということにしましょう」
そうでもしてないとキリキリ痛む胃に耐えられそうになかった。
=*=*=*=*=
「というわけで今からナオ様が来てくださるそうです」
G36が席に戻ると、ピシッと背筋を伸ばした57がビクリと震える。
「はあ、もう怒ってないですからそんなに緊張しなくてもいいですよ」
「ほんとに?よかったぁ」
「ですが、わざわざナオ様を呼ぶはめになったのはあなたのせいであることは忘れないように」
「ハイ」
再びピシリと姿勢を伸ばす57を見て、G36はため息が止まらなかった。
「わがままを言ってしまい申し訳ありません」
「いえいえ、これもすべてこちらの57が口を滑らしたのが発端ですから」
57の対面に座る美女に、G36は慌てて謝った。
話はG36たちがナオと別れたころに遡る。
「ねえG36、あの店に入ってみようよ」
「ええ、どうぞ」
「もう。少しは楽しそうな顔したら?せっかくの綺麗な顔が台無しよ?」
「これがデフォルトですから」
「かっちこちねぇ。まあ、そういう堅いところも好きよ」
「それはありがとうございます」
「あっ今、照れたでしょ」
「照れてません」
「は~あ、かわいい。あっ、あそこのカフェなんて良さげじゃない?」
57は有無を言わさずにG36を引っ張っていく。G36は諦めたかのように引きずられてカフェへと入っていった。
「ねえ、一口ちょうだい?」
「はぁ、どうぞ」
G36がパフェを差し出すと、ノンノンと言わんばかりに57は指を振った。
「あーんして」
「いらないんでしたら初めからそう言ってください」
「いけず~」
外は雨が降り出していた。今朝の新聞では予報されてなかったはずだとG36は思い出す。案の定、30分もせずに雨は止んだ。
カランカラン
止んで数分後、カフェの入り口のベルが鳴る。新しいお客であろうとG36は目すら向けなかったが、57はすばやく立ち上がった。
「ちょっとマスター、タオルかして!」
マスターからタオルを借りると57は入り口でたたずんだままの美女にかけよった。さきほどの雨で濡れたらしく、雫が滴り落ちている。
「ほらもう、風邪をひくわよ」
そこでG36は改めてその美女に目を向ける。
真っ白な肌に髪。喪服のような黒い服の上からでもわかる整ったスタイル。そして大きな花の髪飾り。アンバランスなように見えて、そのすべてをトータルすれば美しいの一言に集約される。
「どうもありがとう」
「ほら、髪飾りも拭くから外して?」
「いえ、これは自分でします」
キョロキョロと席を探す彼女を、57は自然にカウンター席へと誘った。
「それで、何があったのよ」
「いいえ、話すようなことは何もありませんわ」
「何もないなら雨に濡れながら泣くわけがないでしょう?」
そういいながら、57は彼女の涙を拭った。その涙は、まるで花の蜜のような琥珀色であった。
「これは……涙ではありません。ただの目の故障ですから」
「まあ無理して言ってもらうのも違うか」
57はコーヒーを二杯頼む。マスターは寡黙なまま、メーカーに豆をセットし始めた。
G36の手元にあるコーヒーが、カウンターの上に置かれる。湯気を出してアロマを存分にだすコーヒーを、彼女は手にとった。
「実は……、大切な人を亡くしました」
「そう、それは悪いことを聞いたわね」
「いえ、お気になさらず。私も決心を付けなければいけないことですから」
「どんな人だったの?」
「まっすぐな人でしょうか。まるで父親のように、私たちを引っ張っていってくれる、そんな存在でしたわ」
悲しい声は出ているが、涙はまるで枯れてしまったかのように乾いたままだ。
「でもある日、突然死んでしまいました。ただの事故でしたわ。すべてを残したまま、急に」
ポツリポツリと呟くように、そして思い出すかのように彼女は語る。静かなカフェの中では、コトコトとなにかを煮込む音以外に彼女の声を遮るものはなかった。
「行く宛もなく、私たちは離ればなれに。そして故障が見つかった私は、廃棄へと話が纏まりました」
「廃棄?」
「ええ。けれど、私はまだ墓参りにすら行けてなかったものですから、こうやってみっともなく逃げて、そうしたらここにたどり着いたという訳ですの」
「ふ~ん」
57はしばらく目を閉じて、なにか考えを巡らせる。そして、彼女の手をとる。
「じゃあ私がそのお墓まで連れて行ってあげる」
「ここからでは距離が」
「かまいやしないわ。うちには優秀な足がいるもの」
「私は追われる身ですわ」
「私たちも似たようなもんよ」
じゃあ決まりと手をたたいて、57はにっこり笑顔でG36の方へと振り向く。
「というわけでナオに連絡をよろしく!」
57はいい笑顔で、そうサムズアップした。
しかし、その笑顔はだんだんと崩れ、そして青ざめていく。
G36が怒った顔をしているからではない。むしろ笑顔だ。これまでにないほど、口角が上がっている。
笑顔と言葉の圧で57が姿勢を正すまで、そう時間はかからなかった。