戦争はいりませんか?今ならお買い得ですよ。セットで人形もおつけしましょう!【完結】   作:畑渚

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初めての商談

 ホテルの一室にて、僕は入り口と窓際とを行ったりきたりしていた。

 

「少しは落ち着きなよ~」

 

「ええまあそれができれば苦労はしないんですがね」

 

「ほら深呼吸して?」

 

「ひ、ヒッヒッフー、ヒッヒッフー」

 

「それはラマーズ法だよ!」

 

 どうやら久しぶりの商談でアガりきっているらしい。

 

「すまない、一服してきますね」

 

「はいは~い。遅れないでね」

 

 僕はベランダに出ると、煙草に火を付ける。紫煙で少しむせ、雑念も一緒に吐き出す。少しは落ち着きを取り戻せた。

 

「少しは落ち着けた?」

 

「なんとかね。煙草くさいですか?」

 

「んー、まあ気になるほどではないかな」

 

「そりゃなによりです。さて、そろそろですかね……」

 

 すると、ベッド脇の電話がなる。フロントから来訪者の連絡だ。すでに話をとおしていたため、時間をかけずに扉がノックされた。

 

「ナオ、準備はオッケー?」

 

「ええ、それじゃあよろしくおねがいしますね」

 

 九美さんが覗き窓から外を見たあと、一度こちらに振り返る。どうやら招いた客のようだった。

 

 がちゃりという音とともに、扉が開く。姿を現したのは、いかつい髪型をしたスーツに身を包む男だった。

 

「おまえがナオか」

 

「ええ。始めましてシードルフさん」

 

「馴れ合いはいい。商品を見せてくれ」

 

「では早速」

 

 僕はソファに腰掛けてテーブルにアタッシュケースを置く。中には、一丁のベレッタがある。

 

「詳細の説明は?」

 

「いらん。それより状態を確認してもいいか?」

 

「ええ、どうぞ。発砲をしなければいくらでも」

 

 シードルフさんは慣れた手付きで通常分解をする。そして素早く組み上げ直し、サイトを覗き込む。

 

「中古で擦れているパーツもあるが整備はちゃんとされているみたいだ。及第点というところか」

 

「それは良かったです。弾はどうしますか?」

 

「いや、別の用意口がある。それより、これをもう一つ調達してくれと言われたら何日かかる?」

 

「もう一つですか……銃の調達から整備までとなると3日は」

 

 申し訳無さそうに手でろくろを回す。これは賭けにも近かった。

 

「遅すぎる。明日までに頼む」

 

「明日……ですか。無理ですね。整備にも時間がかかります」

 

「そうか……」

 

 シードルフさんは何処からともなく弾を取り出すと、マガジンに一発こめる。マガジンを装填するとスライドを後退させ、手を離し、引き金に指をかけた。その銃口は、僕の額に向いている。

 

「やるかここで死ぬかだ。どうする?」

 

 僕は動きだそうとしていた九美さんを目で制する。ここで暴力に出ては負け、商売人の名折れだ。それに、シードルフさんは撃たないという確信もあった。

 

「わかりました。全力を尽くしてみましょう。詳細の期限と受け渡し方法を教えてください」

 

「よし、明日の夕暮れまでに○番通りにいる黒いフードの男に渡せ」

 

「わかりました。善処します」

 

「銃自体は気に入った。期待している」

 

 そう言ってシードルフさんは銃をポケットに無造作に入れ、部屋を出ていった。

 

 

 正直なところ、僕はその扉が閉まりきるまで息をすることすら忘れていた。

 

「ぷはぁっ!はぁ、はぁ」

 

「大丈夫?」

 

「ええ、なんとか終えましたね」

 

「でも驚いたよ。まさか銃を向けられても笑顔を保っていられるなんて」

 

「あはは、難しいことじゃないですよ。それに足は若干震えてましたし」

 

「それでもすごいよ」

 

「ふふふ、そう言われるとなんだか、落ち着きますね。ちょっと一服してきますね」

 

 ベランダに出て震える手で煙草をとりだす。紫煙を肺に吸い込んで、やっと嫌な汗が止まった。

 

「ねえ、ナオ」

 

「えっ何ですか?」

 

 九美さんがベランダに出てくる。煙草を吸いに来たというわけではなさそうだった。

 

「やめない?煙草」

 

「しばらくは無理そうですね」

 

 震える手で煙草を口に持っていく。吐き出した煙は風に乗って、空に飛んでいった。

 

「まあ、無理だよね……」

 

 九美さんはそっと風上に移動して、僕に近づいてくる。僕は顔をそむけながら、紫煙を吐き出した。

 

「いつか、やめられるといいね」

 

「道のりは遠いですよ」

 

「じゃあ私はそれに付き添うだけだよ」

 

 どうしてそこまで、という言葉は飲み込んだ。彼女の顔を見て、それを言うのはやめた。

 

「まあ、その無愛想が直るまでは一緒にいますよ」

 

「また笑顔。ナオはいつも笑ってるよね」

 

「そうですか?自覚はないんですけどね」

 

 言われてみても、ピンとはこなかった。確かに商談中は笑顔を心がけてはいるけれども、普段の生活では気にしたことはない。

 

「素敵だよ?」

 

「ありがとうございます」

 

「もう、嘘じゃないのに」

 

 頬を膨らます九美さんを見て、軽く笑ってみる。

 

「よし、それじゃあ行きましょうか。今日は初取引のお祝いです」

 

「それじゃあビールで乾杯だね!」

 

 その日はパブで飲んでから、先程のホテルで一泊する羽目になった。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

 ガサゴソという音がして、目が覚める。確か昨日は九美さんの肩を貸し合いながら帰ってそのまま寝たはずだった。

 

 久々に飲む酒は止まらず、少し二日酔いの気もある。予め買っておいた水を取ろうとして、柔らかいものに遮られる。

 

「んん……んぅ」

 

 僕の隣には、ワイシャツ一枚の九美さんが寝息を立てていた。

 

 頭から血の気が引いていく。おかしい。確かに量は飲んだが、過ちを犯すほどではなかったはずである。現に僕の記憶では、部屋に入った瞬間に自分のベッドに飛び込んでいく九美さんが残っている。そんな姿を眺めながら僕もネクタイを外し、ベッドに倒れ込んだところまでは覚えている。だから決して彼女と一線を超えた仲だとかそんな――

 

「ん……あれ、おはよ」

 

「お、おはようございます」

 

 いろいろと考え事をしているうちに九美さんが起き上がる。まだ起動しきれていないのか、状況を把握しようとキョロキョロしていた。

 

「ぼ、僕シャワー浴びてきますね!」

 

 僕はバスルームに逃げ出すことにした。

 

 

 

 

シャワーを浴びていると、ノックが聞こえる。バスルームの扉を叩く音だ。

 

「ナオ、その言いたいことがあって」

 

「ん、何ですか?」

 

 僕はシャワーをとめて、声に耳をかたむけた。

 

「その……ごめん!昨夜のことは忘れて!」

 

「……、昨夜?」

 

 湯冷めしかけて少し冷えてきた身体から、サッと血の気が引きかけた。

 

「その……覚えてない?」

 

「い、いえ。覚えてますとも。いいですよ。水に流しましょう。はい、ええ」

 

「もしかしなくても覚えてない?」

 

「……、はい」

 

「良かった~」

 

「いや待ってください僕が良くないんですが!僕なにかしちゃったんですか?」

 

「えっ?いや私が一方的に、……あっ今のは無し」

 

「待ってくださいほんとに何があったんですか!」

 

 その後、九美さんが一方的に脱いで潜り込んできたという情報を手に入れるまで、明日の晩ご飯まで交渉に使い切ったのだった。情報は手に入れたけれど、何故か負けた気がするのは気の所為であってほしい。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

 封筒を片手に、僕は街を歩く。耳につけたヘッドセットは、九美さんと常時連絡が取れるように繋がっている。

 

『つぎの角を右。指定された場所はそこだね』

 

「ありがとう九美さん。それじゃあ口座の確認もお願い」

 

 僕は路地に入ってまっすぐ歩いていく。すると建物から、黒いフードをかぶった男を視認する。

 

「約束のものです」

 

 僕が封筒を差し出すと、男はひったくるように受け取る。そして音もなく取り出したナイフで封筒を開き、中身を確認した。

 

「金額は」

 

「割増料金となっております。一括でお願いしますね」

 

「わかっている。口座を教えろ」

 

「こちらです」

 

 名刺の裏に書いた口座を渡す。男はその場で端末を開き手続きを完了させる。

 

『ナオ、振り込みが確認できたよ』

 

「よし、それではまたのご利用をお待ちしておりますね」

 

 深々と礼をして僕はその場をさる。

 

「まあ待ちなよ商人」

 

 男は何かを投げ渡してくる。それは煙草にそっくりのなにかだった。

 

「見たところ煙草はヤるんだろ?吸ってけよ」

 

『だめ!ナオ、それは絶対にだめ!』

 

 ヘッドセットからは悲鳴にも近い声が聞こえる。僕はヘッドセットを外した。

 

「それでは少し、お付き合いしておきましょうか」

 

 僕は受け取ったものを口に咥えて、ライターを胸ポケットから取り出す。そしてライターの火を点け――

 

 その瞬間、パトカーのサイレンが空気を切り裂いた。

 

「クソっ!」

 

 男は悪態を付きながらどこかへと走り去っていった。僕はその様子を眺めながら、口に咥えているものを吐き出してミネラルウォーターでうがいをした。

 

『これも計算通り?』

 

 再びつけたヘッドセットからは、腑に落ちないと言わんばかりの声が聞こえる。

 

「まさか、これも僕の悪運というやつですよ」

 

 吐き出したゴミをゴミ箱の奥底にねじ込んでから、僕は表通りへと出る。そこでは、さきほどの男と警察の銃撃戦が繰り広げられていた。

 

「まったく、僕は運が悪い」

 

 あらかじめ頭に叩き込んだ地図から、安全な道を探して歩いていく。

 

「ただいまです」

 

 そう言ってホテルに戻ってきた僕を迎え入れてくれたのは、暖かなコーヒーと無表情の九美さんだった。

 




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