戦争はいりませんか?今ならお買い得ですよ。セットで人形もおつけしましょう!【完結】   作:畑渚

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商人として生きる

 最初の商談後も、僕と九美さんはコツコツと商売を続けた。持ち金の一銭すら、僕にとっては大事な商売道具だった。

 

 ある日は街のチンピラに銃を売った。安いわりにはよく撃てたらしく、次の日の新聞に彼らは遺影が載った。

 ある日は富豪の息子に売った。隠蔽がしっかり指定されていて、その分金額もはずんだ。彼は有望な投資家として数年後に社会デビューすることになるだろう。

 ある日は明らかに軍事組織の関係者である何者かに頼まれ、小銃を仕入れた。さすがに組織相手は初めてで、その日の煙草の消費量はここ数年でも群を抜いていた。

 

「ただいま戻りました」

 

「おかえりなさい、ナオ」

 

 こうして僕たちはホテルを転々としながら、商売を続けた。最初は小さかった利益も次第に大きく膨れ上がり、そして仕入れた在庫もそれに比例して増えていった。

 

「さすがにここでも手狭になってきましたね」

 

「大口注文が重なっちゃったからねぇ」

 

 ホテルにこっそりと搬入した銃器類のせいで、二人で生活するには手狭になっていた。特に最近は、ベッドの片方を荷物置きに使い始めたためシングルベッドに二人で寝転がる羽目になっていた。

 

「そろそろ、倉庫代わりの何かを考えますか」

 

「家でも借りる?」

 

「流石にお金がないですね。それに床や壁を傷つけないように神経を尖らせる生活は終わりにしたいです」

 

 ホテルの部屋から撤収するときなどは、痕跡を残さぬよう3度は見直すようにしていた。しかし自分の倉庫があればその心配もなくなる。

 

「探しておきますか」

 

「じゃあフロントでパソコンを借りてくるね?」

 

「ええ、お願いします」

 

 九美さんは外へと出ていった。僕は扉が閉まったことを確認してから、プリペイド契約の携帯電話に手をのばす。打ち込む番号は、記憶しているなかで最も使ったものだ。

 

「ああ、僕。ナオだよ。母さんは元気?僕は大丈夫だよ」

 

 鏡に映る自分から目をそらして、夜空を見上げた。

 

「今?南の方かな。暑くて暑くて、たまらないよ」

 

 僕は冷たい夜風に震えながら、そう答えた。

 

「うん、そっちも冷えてきた頃でしょ?暖かくしてね。こんどまた入金しとく。父さんの容態は……そう、安定したの。そりゃよかった。それじゃあまたかけるね」

 

 つーつーという通話終了の音が聞こえる。僕はため息をつきながら携帯をベッドに放り投げた。

 

「家族に電話?」

 

「ええ、僕は家族思いですからね」

 

「南の方ってなに?」

 

「聞いてたんですか……」

 

 僕はあははと苦笑いをする。その反応が不満だったのか、九美さんはノートパソコンを片手に僕にずいっと迫ってきた。

 

「嘘ばっかりついてると家族からも見放されるよ?」

 

「バレなければいいんです」

 

「いつかバレるよ。それこそ妹さんとか有能そうだし」

 

「妹ですか……。まあ彼女なら気づくでしょうね。けれど、僕が何を思っているのかまで彼女ならわかってくれるはずです」

 

「そういうものなのかなぁ」

 

 九美さんはそっと僕の胸元に手を伸ばしてくる。僕は両手を上げて、降参のポーズをとった。

 胸元に伸びた手は、そのまま胸ポケットを探り始める。出てきたのは煙草の箱だ。

 

「ついでに私にも嘘はついてほしくないかな~」

 

「……煙草くらい許してくれませんか?」

 

「許したいのはやまやまなんだけどね……。早くに死んでほしくないし」

 

「何て言いましたか?最後がうまく聞き取れなかったのですが」

 

「なんでもないよ!それより明日も早いんだし今日はもう寝よ?」

 

「いえまずはコンテナを見繕って」

 

「寝よ」

 

「……はい」

 

 あまりにも無表情で怖かったので、今日のところは従うことにした。それに今日も商談で疲れもある。

 

「あれ?九美さんはまだ寝ないんですか?」

 

「うん、私はもう少ししてから寝るよ」

 

「それではお先に。おやすみなさい」

 

「うん、おやすみ~」

 

 思った以上に疲れていたのか、僕はすぐに意識を手放した。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

 次の日、枕元の電話の音で跳ね起きる。急いで電話を取れば、フロントからのモーニングコールサービスだった。

 

「あれ、もうそんな時間?」

 

「九美さん、おはようございます」

 

「うん、おはよ」

 

 僕らは起き上がると身だしなみを整え始める。今日は午前も午後も、このホテル内で商談だ。僕らが請け負うのは搬入引渡しまで。搬出という厄介な作業には関わらなくてい。美味しい話だった。

 

「それじゃあ、行きましょう」

 

 ビジネスバッグに書類をつめこみ、僕らは部屋を出る。途中いた従業員にベッドメイク不要と伝え、エレベーターに乗る。

 

「今回は煙草はいいの?」

 

「吸ってもいいのかい?」

 

「いいって言うわけないでしょ……」

 

「ですよね……」

 

 エレベーターの扉が閉まり、上昇を始めた。僕は肩をすくめて、ビジネスバッグを握り直した。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

「始めまして。私連絡差し上げましたナオ・ハルロフです」

 

「これはどうも。お世話になります」

 

 部屋にいたのは、依頼内容からは考えられないほど小綺麗な青年だった。金払いがいいのも頷ける。しかし、東側諸国の時代の装備を大量注文するのは少し疑問符を出さざるをえなかった。

 

「失礼します」

 

 部屋に入ってきたメイド服の少女は、机にコーヒーカップを置いた。匂いからしてそれが、代用ではなく本物のコーヒーだとわかる。そして、目の前を通り過ぎた少女からは独特な匂い――自律人形の匂いがした。

 

「これはこれは、ありがとうございます」

 

 僕は少女に笑顔を向けて礼を言う。少女は表情を動かさずに、会釈を返してきた。

 コーヒーカップをかたむけて、一息つく。これからが本題だ。

 

「それで、仕入れのほうはどうでしたか?」

 

「ええ、問題なく」

 

 ビジネスバッグから書類をとりだす。今回の品物リストだ。目の前の青年はパラパラとそれをめくり、大きくうなずく。

 

「よし、それじゃあ今回の代金です」

 

 青年はアタッシュケースを机の上に置いた。開かれたそれには、きれいな札束がギッシリと整列していた。明らかに年齢に見合わぬ額だ。

 

「一つ、お聞きしてもよろしいですか?」

 

 僕は営業スマイルを壊さないままアタッシュケースを閉じた。

 

「ええ、なんでしょうか」

 

 青年はなんだか複雑そうに笑う。どう考えても怪しかった。この条件も、この取引も、そしてこの無駄に綺麗な金も。

 

「この大量の武器を使って何をするおつもりですか?」

 

 僕はタブーに触れる。こういった好奇心は武器商人を殺しかねない。だが、僕はあえて聞いた。

 

「わかっているでしょう?私たちには力が必要だった。権力に抗う力が」

 

 青年は静かに語る。先程の爽やかさは鳴りを潜めている。

 

「そうですか。それだけ聞ければ満足です。ああそれと、今回はこれをサービスしておきましょう」

 

 僕は胸ポケットから封筒を差し出す。受け取った青年が中を開けると、追加の納品書が出てくる。

 

「コレは……閃光手榴弾ですか。でもこれだけの数、そうとう値が張るのでは?」

 

「初回特典とでもお考えください。それではまたのご利用をお待ちしています」

 

 僕は驚いた顔でこちらを見る青年と無理やり握手をしてから、部屋を出る。そしてまっすぐエレベーターでフロントに降り、外出してくると述べて泊まった部屋の鍵を預けた。

 

「こんなところで大丈夫かな」

 

「大丈夫ですよ。あっでももし銃弾が飛んでくるようでしたら九美さんが掴んで止めてください」

 

 数分後、僕は先程のホテルからほど近いカフェのテラス席にいた。照りつける太陽が眩しくも感じたが、ここが特等席であった。

 

「時間的には……そろそろですかね」

 

 そう呟いたところで、ホテルから大量の人が出てきて辺りが騒がしくなる。数分後には警察がバリケードをつくり、特殊部隊まで飛ぶようにやってきた。

 

「それでは行きますか」

 

「結末は見なくていいの?」

 

「ええ、興味ないですし」

 

 僕はカプチーノを飲み干すと、席から立ち上がる。手荷物は、先程のアタッシュケースのみだ。

 

「そう言えば九美さん、貸し倉庫はどうでしたか?」

 

「あんまり探せてないや。それよりどこかで休憩しようよ。ナオも少し疲れた顔してるよ?」

 

「おっと、見抜かれてしまうとは僕もまだまだですね」

 

 いつものように、僕は口角を上げて道をあるく。後ろの喧騒は、まったくと言っていい程、気にならなかった。




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