戦争はいりませんか?今ならお買い得ですよ。セットで人形もおつけしましょう!【完結】   作:畑渚

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今年のクリスマスはソウルケズリマスでした


人形売買

 金髪の彼女に武器を売ってからというもの、僕らは一週間ダラケて過ごした。初めての長期休暇というものを経験してみたものの、はっきり言って無意味な時間だった。九美さんも最初はどこかに行きたいとワクワクしていたのに、結局はホテルの部屋でダラダラとしてしまった。

 

 しかし、時間が止まった訳ではない。この一週間でも様々なことが起きた。

 

 まず父がリハビリを始めた。病気は回復の方向に向かっており、良い医者にも巡り合えたようだった。母にも余裕が出始め、働く時間も減らしたようだ。そして妹は無事に進学を決定させ、今はバイトを始めたようだ。

 

 扉がガチャリと開き、九美さんが帰ってくる。

 

「ねえナオ、これ見て~!」

 

 そして九美さんも少し変わった。最近よく外出するようになった。随分と軽装なわりに、護身用のハンドガンは忘れずに持っていっている。何をしているのかは聞いていないし、聞く予定もない。

 

「これは……随分と界隈が荒れそうですね」

 

 九美さんが持ってきてくれた新聞には、とある企業の闇がつらつらと書き連ねられていた。先日死んだ御曹司は、これに対抗するヒーローだったとして大々的に報道されている。

 

「ナオ、すごい顔してる」

 

「そうですか?」

 

 僕は自分の顔を部屋の鏡で確認する。そこには、いつもどおり営業スマイルを浮かべる自分がいた。

 

「いつも通りだと思いますが」

 

「そう?うーん、でもなんだか……楽しそうだったよ?」

 

「楽しいですか……まあ否定はできないですね。それにこれはチャンスです。これから忙しくなりますよ」

 

「休養はばっちりとったから準備万端だね!」

 

「よし、それでは動き始めましょうか」

 

 九美さんはうなずいたあと、自分の服の匂いを嗅ぎ始めた。

 

「先にシャワー浴びてきてもいいかな?」

 

「ええ、構いませんよ。僕は自販機で飲み物を買ってきますね」

 

「は~い」

 

 九美さんは着替えを持つと逃げるようにシャワールームへと駆け込んでいった。僕はカードキーを持つと、フロントへと降りる。自販機を前にして、ふと入り口の方からコーヒーの香りが風にのって漂ってきた。

 

 そういえば向かいの店はコーヒーショップだったと思い返し、僕は自販機から金を取り戻した。車の流れが切れたタイミングで、僕は道路を渡り切る。コーヒーショップでコーヒーを2杯買って、僕は外に出る。一瞬の間だというのに、車通りがやけに多くなっていた。僕はコーヒーの片方を啜りながら、路地の壁に背中を預ける。

 

 

 

 

 カチャリ、という音がどこかから聞こえた。それは僕の足元からだった。目を向ければ、蒼い瞳がじっとこちらを見ていた。

 

「これはこれは、先日のお客様。その銃……G36の使い心地はいかがでしたか?」

 

 僕の言葉に対して、彼女はにらみつけるように目を細めた。

 

「ああ、あなたですか。ええっと……ナオ・ハルロフ様」

 

「名前まで覚えていてもらえたとは。それで、終わりましたか?」

 

「ええ、何もかも」

 

 少女は満足そうに空を見上げた。あいにくの曇天である。

 

「これは……お返しします」

 

 少女はそういってカードを僕に差し出す。それは先日彼女に手渡した僕のキャッシュカードで間違いない。

 

「ありがたく返してもらうことにするよ」

 

 少女は僕がカードを受け取ると、その手から力が抜けた。おそらくもう一歩も動けないのだろう。バッテリーだろうか、それとも生体パーツの限界か。専門家ではない僕には見当もつかないが、とりあえず動くのはつらそうだった。

 

「それじゃあ僕は行くよ」

 

「待ってください」

 

 呼び止められて僕は足を止める。ゆっくり振り返ると、少し困ったような表情を浮かべる少女がいた。

 

「ナオ様は商人なんですよね?」

 

「ええ、そうですね」

 

「その……では私を商品として買ってくれませんか。あなたから買ったコレがあれば、私でも戦力の足しくらいにはなります。容姿も少しは整っている方だと自負していますので、きっと買い手だってつくはずです」

 

 少女は傍らに落ちているG36を手繰り寄せる。そして縋るかのように銃を抱きしめた。

 

「人形を……商品としてですか。残念ながら僕は人形を取り扱ってないんです」

 

「そう……ですか」

 

 がっくりと肩を落とし、少女は僕の足元へと目線を落としてしまう。

 

「ですが……そうですね。僕も覚悟を決めなきゃいけないみたいです。いま、ここから、僕は人形の取り扱いを始めることにします」

 

「なっ……?」

 

 目を見開いて少女は僕の顔を見つめる。その瞳には、怪しく笑みを貼り付けた顔が映り込んでいた。

 

「さあ、いくらの値で自分を売りますか?自分にはどれだけの価値をつけられますか?」

 

「……それでは、ナオ様の言い値で買ってください。二束三文でも良いです」

 

「二束三文?とんでもない!」

 

 オーバーリアクションで口角を意識的に釣り上げる。

 

「そんな簡単にモノの価値は決まりませんよ。それでは商談に入りましょうか」

 

 僕は少女に手を差し伸べた。少女は一度はためらうも、僕の手を取ってその場に立ち上がった。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

「あ、ナオ。おかえり……どうしてその子がとなりにいるの?」

 

 濡れた髪を乾かしていた九美さんは、すぐにテーブルの拳銃に手を伸ばした。しかし一歩早く、僕の後ろにいた少女がその手から銃を叩き落とし、分解。そして関節をきめて九美さんの動きを封じた。

 

「ナオ、これは何」

 

「まあまあ二人とも落ち着いてください。ほらコーヒーでも……いえ、片方は飲みかけでした」

 

 少女が拘束を解き、九美さんは不機嫌そうに肩を回した。

 

「いいからちょうだい?」

 

「はぁ、どうぞ」

 

 九美さんは僕の飲みかけのコーヒーを受け取ると一気に飲み干した。

 

「それで、どういうことなの?」

 

「実はこの子を買うことにしまして」

 

「とうとう人形商売に手を出すんだね」

 

「うーん、まあそうとも言えますかね」

 

「ん?どうして曖昧なの?」

 

「……、実は迷っていまして」

 

 僕はポリポリと頬を掻く。

 

「あの、ナオ様……私は外した方がよろしいですか?」

 

「申し訳ない。少し話し合わせてもらうよ」

 

 少女が廊下に出るのを確認して、僕は九美さんに向き合う。すでに九美さんはしっかりと身だしなみを整えていた。

 

「それで、何を迷ってるの?」

 

「彼女を買うことはいいんです。ですが……彼女を売るとなると話は別になりますよね」

 

「うん。人形の売買は、またいままでとは全然違うね」

 

「それに、彼女はすでに主人をもっていました。フォーマットも必要です」

 

「うーん。設備不足ですね……」

 

「じゃあさ」

 

 九美さんは何か思いついたように手を合わせる。

 

「雇っちゃえばいいんじゃない?」

 

「なるほど……。それもいい案ですが……いいんですか?」

 

「えっ?何が……?」

 

 九美さんはこてんと首をかしげた。それが本当に不思議がっているのか、それともわざとなのかは表情から読み取れなかった。

 

「いえ、忘れてください。それでは話してみますか……」

 

 僕は部屋の外を覗き込む。少女はすぐに気づき、部屋へと近づいてきた。

 

「さて、まとまった話をします」

 

「はい。私はいくらに――」

 

 その言葉を僕は遮る。

 

「いえ、買うのは止めます」

 

「そんな!私には価値がないと……?」

 

「いえ、その逆です。あなたは価値がある。その経験というものは消してしまうにはもったいない。だから……」

 

 一度言葉を区切って、つばを飲み込む。僕はなんだか少し、緊張していた。

 

「僕の下で働きませんか?条件はこれから交渉しましょう。僕は、あなたの能力を買いたい」

 

 少女は驚いたように目を見開き、そのあと一度目を閉じる。ぐっとこらえた表情をしたあと、僕をにらみつける。

 

「お願いします。ナオ様、どうかこの私めにご命令を」

 

 少女は深々と頭を下げ、僕の前に跪いた。


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