戦争はいりませんか?今ならお買い得ですよ。セットで人形もおつけしましょう!【完結】 作:畑渚
それはいつものように街道を歩いている時だった。
「ナオ様!」
突然G36が僕を後ろへ引いた。思わず転びそうになるが、その細腕でしっかり僕の体重を支えてくれたので難を逃れた。
敵かと聞くまでもなかった。転倒し目の前に滑り込んできたバイクが、先ほどまで僕の隣にあったポールにぶつかって止まった。
バイクの持ち主は、倒れたまま動いていなかった。
「九美さん! 他の車に呼びかけて! G36さんは救急車呼んで!」
2人の返事を聞かぬうちに、僕はフードをかぶったライダーに駆け寄る。
「動けますか!?」
「あっうう……」
結構な勢いで転倒したというのに、僕よりも背丈の低いライダーはすぐに起き上がって見せた。声変わり前の少年のような声で、僕に大丈夫と告げてくる。
「あっ荷物!」
そう言いながら、ライダーはバイクの方へと近寄っていく。僕は血の一滴もない転倒現場を横目に、その少年だか少女だかに近づく。
「ああ……やっちまった……」
「大丈夫かい?」
「ああ、心配してくれてありがとな」
そう言ってフードを脱いだ。やはりと言っていいのか、中から現れたのは少女の姿をしたナニカだった。もっと詳しく言えば、彼女もまた、人形だった。
「警察も救急もいい、すまないが急いでるんでな」
剥がれかかった人工皮膚を隠すように上着を着直し、少女はバイクへとまたがる。
「ありがとうな!」
少女はそういうとエンジンを唸らせて去っていってしまった。僕は地面に散乱している物の中から、あるものを見つける。
「ナオ、それは?」
「ああ九美さん、交通整理ありがとうございました」
「ううんこのくらいどうってことないよ。それで?」
僕は地面から縫いぐるみを拾う。キーホルダータイプの黒猫の縫いぐるみである。僕らがよく使う
「G36さん、今日の予定はもうなかったよね」
救急車に断りの連絡を入れ終わったG36は、スケジュール帳を開き確認する。
「本日は……そうですね、予定はないです」
「よし、決まりだ」
「何をするの?」
思い立った僕はパンと手を打ち鳴らし、立ち上がる。
「たまには僕自身も運び屋にもならないとね」
=*=*=*=*=
少女はクッキーのかけらを口に放り込み、口の中でしばらくもてあそぶ。
「おいおい、優雅なティータイムか?」
「……、何をしにきた」
少女の座り込む路地に、数人の影が差し込む。柄の悪そうな男たちは、揃いも揃って黒猫の縫いぐるみを身につけていた。
「お前、今日の配達がどれだけ大切だったかわかってんのか?」
「……、わかってるさ。今日のは完全にワタシのミスだ」
「ならいい。今後は気をつけるようにな」
リーダー格の男は、それだけ言うと踵を返した。
「俺はボスと今後の話し合いをしてくる。お前はそこで大人しくしてるんだな」
「それだけか?」
少女はフードの奥から睨みつける。夕日が反射して、無機質な眼が光を反射する。
「……、俺からは以上だ。俺からは、な」
そう言って男は去っていく。しかし、取り巻きたちはその場に残ったままだった。
「ちっ……、そういうことかよ」
ニタニタと気色悪い笑みを浮かべる男たちは、少女の方へと歩いていく。そして——
「殴りたいなら殴ればいいさ! ……!?」
——少女の脇を通り過ぎた。
「お前たちいったい何を」
「なぁ〜に簡単なことだよ人形ちゃん」
「俺たちはか弱い人間様なんでね」
「鉄の塊なんて殴ってたらこっちが痛いんだよ」
そういう男たちは、バイクの前で足を止める。少女が食費を削ってまで新品同様に修理したバイクの前に。
「まさか……」
「そのまさかだよ」
誰かが鉄パイプで殴り始める。それを皮切りに、ハンマーや岩などで、バイクをボコボコにリンチする。
「やめ……ろ……、やめてくれ!」
「ばぁーか、体が無事なだけありがたく思うことだ」
少女は目の前で壊れていく自分の相棒を、眺めることしかできなかった。人形である彼女には、目の前の男たちの息の根を止める力があった。しかし、そのあと黒猫から追い出された先の道がなかった。
しかし、我慢の限界というものもあった。力の緩んでいた拳を固く握りしめ、標的たちをしっかり目で捉える。パワーユニットが異常を感知し、急冷却を始める。
そして、一歩を踏み出し——
「待て!」
新たな男が路地に現れる。男達も含め、全員の動きが固まる。
「はぁ……はぁ……すみません九美さん何か飲み物を」
「スポドリ用意しといたよ」
「ありがとうございます」
男はペットボトルの中身を一気に飲み込み、ゴミをバッグの中へと仕舞い込んだ。そして仕切り直すかのように、ネクタイを締め直した。
「なんだおまえ」
「なに、しがない一般市民ですよ。通りすがりのね」
「なに言って——」
「おっと、まずは僕の用事から」
そういうと、男はポケットから猫の縫いぐるみを取り出す。それは、少女が事故現場で落としたものだった。
「これは君の物で間違い無いですか?」
「あっああ、たしかにワタシのだ」
「それは良かった」
乱入者はにっこりと微笑み、少女に落とし物を届けた。
「僕の用事はこれだけです。続きをどうぞ?」
男は、ニコニコとしながらそして少女の肩に手を乗せたまま、そう言った。まるでそれは、彼女を守るようにも、そして彼女を抑えるようにも見えた。
「ちっシケたぜ。行くぞ」
男たちはツバを吐き捨てながら街へと消えて行く。
少女は、男の手を気にせずにバイクへと駆け寄る。
「くそっ……こんなんじゃ治しようが無いじゃないか」
バイクは、もうスクラップと化していた。修復するよりも、買い直したほうが安くつくまである。
「……、見世物じゃないぞ」
「これは失敬」
少女に睨まれて、男は回れ右をするように踵を返した。
「それでは僕は行きますね」
「……ありがとう」
「はい?」
男は足を止め、聞き返した。
「ワタシを止めてくれてありがとうと言ったんだ!」
「ああ、あれはそういう状況だったんですね」
そうだ、と男は手を叩く。そしてバッグの中から何かを取り出す。
「わたくし、こういうものです」
「……!? ナオ・ヒロフミ! おまえが……?」
差し出された名刺を受け取った手が震えている。少女が見せる表情は、恐怖でも好奇でもなかった。
「それでですね。私たちはいま運転手を探しているところでして、よかったらどうですか?」
「……、嬉しいんだが遠慮しておくよ。もう暫くは乗り物なんて乗りたくない」
ひしゃげたボディを撫でながら、少女は目を伏せた。
「残念ですね……。せっかくこれからディーラーを巡ろうと思っていたのに」
その言葉に、少女はピクリと反応してしまっていた。
「どうして……、どうしてワタシなんだ。運転手なんてもっといるだろうに」
「あなた、人形の、それも高性能モデルですよね?」
「結局は素体か」
「いえ、違います」
男は少女に手を差し伸べる。
「人間でなくとも全身骨折しそうな転び方をして、それでも擦り傷程度のあなたの技量を見込んでのことです。どうかその技術を私たちに売ってくれませんか?」
「ははっ、嬉しいことを言ってくれるじゃないか」
少しだけ、少女の声に力が戻ったようだった。
「興味は持ってくれたようですね。それじゃあこれを置いていきますね」
男は一枚の書類と、そして一枚のカードを取り出す。
「もし、興味があるようでしたらこの書類に記入して送ってください。送料はこのキャッシュカードから引き出しておいてください」
そして次こそ、男は踵を返して去っていく。
「良い返事を期待してますよ」
=*=*=*=*=
「あの……九美さん、一服いいですか?」
「だめ。もう今日の分は吸い切ったでしょ?」
「ですよねぇ」
「……、どうされたんですかナオ様」
辛そうに歩く僕を見て、G36はそう声をかけてくれる。まったく素晴らしいメイドである。
「聞いたことがあるんだ。運び屋黒猫の少女の」
「悪い噂でも?」
「いいや、彼女自身はむしろ良い方の噂を聞くんだけどね」
「けれど?」
「あの子、黒猫のボスのお気に入りなんだ」
「つまりはナオの明日の一番の予定に黒猫訪問が食い込んじゃったってわけ」
肩を竦めながら、九美が横から口を挟む。
「……、今晩はお粥にしましょうか?」
「すまないが頼むよ」
すでにキリキリと痛む胃を押さえながら、僕らは部屋までゆっくりと戻ったのだった。
=*=*=*=*=
顔に真っ赤な紅葉を咲かせながら僕はエントランスの階段を下る。まさしく黒猫なここのボスは、僕の頬にもみじ型をつけてようやく、矛を収めてくれたらしい。
「ナオ、すぐに氷で冷やさないと」
「九美さん、この程度大丈夫ですよ」
「だめだよ! 商談は顔からなんだから!」
「まったく、いい助手を持ったようですね僕は」
通りに出ると、G36が道路へ出ようとした僕を止める。
「危ないです」
なにがと聞くまでもなかった。爆走してきたセダンが、僕らの目の前で止まる。
「ご注文の車と運転手、届けに来たぜ」
「最初の仕事は完璧だね」
「そりゃなにより」
僕らは、少女——バルソク——の運転する車へと乗り込んだ。
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