戦争はいりませんか?今ならお買い得ですよ。セットで人形もおつけしましょう!【完結】 作:畑渚
「ええ、わかりました。それではこの商談はなかったことに」
僕は書類をしまいながら、そう語りかける。相手は、すこしまだ迷っているようだった。
「また次の機会に。そのときは良い取り引きができることを期待していますね」
「や、やっぱり待ってくれ!」
背中にかかるその言葉に、僕は足を止める。
「はい?」
「そちらの言い値でもいい。お願いだから売ってくれ」
「はあ……。残念です。とても魅力的な言葉なのですが……」
僕は客のほうへと振り向くと、ひさびさに冷たい顔を向ける。
「それは何ですか?その後ろに積まれた箱は」
「だからこれで支払いを!」
「そういうところが残念なんですよ」
僕はため息をつく。本当に、話がわからない人たちだ。
「僕は金でしか取引しません。言葉がわかりますか?お金です。硬貨、紙幣、その他電子決済すべて、僕は対応することができます」
正直に言ってしまえば、電子決済なぞ導入コストがかさむだけで、リスクも大きい。それでも導入したのは、どのような状況でも確実に取引を勝ち取るためだ。
「だというのに、あなたがたの支払い方法は何ですか?」
口角が上がっていく。きっと今の僕は嘲笑を浮かべてるだろう。
「産地も純度も素晴らしいだろう!?これを売りさばけばより儲けることすらできるかもしれない!」
「そうですか……。これだからこの地域は嫌いなんですよ」
金と同じように取引に使われる。いわゆる麻薬。そんなものが、この客の後ろには積み上がっている。
「僕は武器商人です。いいですか?麻薬はたしかに魅力的な商材かもしれません。この地域での価値も嫌というほどわかっています。だからあえていいます。僕はここの商品は扱わない」
「なにを」
「粗悪品を何割いれてますか?」
「だから純度は!」
「純度の話じゃないです。粗悪なものをつめたパッケージを、一箱辺りいくつの割合で入れているんですかと聞いているんです」
「なっ、あまりに侮辱がすぎるぞ!」
「なんとでも言ってください。しかしあまりやりすぎるとどうなっても知りませんよ」
僕は再び出口へと足を向ける。
「それでは次があればまた会いましょう」
「……、ちくしょう、武器さえあれば再興できるってのに……ちくしょう!」
机を叩く男を振り返らないようにしつつ、僕は扉を静かに閉めた。
「おかえり、ナオ」
「ただいまです、九美さん」
タバコの箱を渡される。もはやタバコはすべて九美さんが管理していた。おそらくこれは、吸っていいというサインだろう。しかし——
「今はいいです。早くここを離れましょう」
「またなにか起こるの?」
「僕の身が危ないです。じきにここは抗争の中心地になるでしょう」
「わかった。それじゃあプランBで」
九美がつぶやくと、インカムから2つの返事が返ってくる。
「準備できてるみたい」
「それじゃあ帰りましょうか」
僕が一歩を踏み出そうとした瞬間、後方で大きな音をたてて扉が開く。
「危ない!」
九美が僕をかばいながら、曲がり角へと引っ張り込む。
「ケホケホ、まったく。さっきの人ですか」
「みたいだね。G36、カバーにこれる?」
『もう向かっています』
インカムの向こうからは、冷静な声が聞こえる。
「了解!G36、プランCの合流地点で迎え撃つよ!」
あちらからの了承の返事を聞きながら、僕は後ろへと下がっていく。こっちの武装といえば九美のハンドガンくらいだが、あっちもハンドガンしかないらしい。
「ナオ、こっち!」
「わかりました」
九美の指示どおりに、僕はまっすぐ走る。無駄なことは考えない。いままでがそうであったように、今回だってきっと九美の指示はただしい。
「九美さん!プランCって何ですか?」
「説明してる暇はないよ!ほら非常階段まで走って!」
九美さんにカバーをしてもらいながら非常階段まで走る。扉まであと少しというところで、突然中から少女が出てくる。
「おまたせしました、ナオ様」
「G36さん!」
「伏せてください」
むりやり地面に伏せさせられる。どうやら敵さんも増援が到着したらしい。
「バルソクさんも呼びますか?」
「いえ、そちらは別件がありますので」
「そうですか」
名目上は僕の部下ということになっているのだが、その実僕は全員の行動を把握していない。僕の仕事は客相手の商売であって、部下の相手じゃない……などと言ってはみるが、つまりは全部九美任せにしているだけだった。
「それで、この後は?」
「ナオ様は私とともに来てください。援護します」
「九美さんは?」
「ナオ様が離脱できてから脱出です」
危ないように思えるかもしれないが、九美の戦闘の師匠はG36がしている。そんな彼女の言葉を素人の僕があれこれ言うまでもないだろう。
「では階段を上へ」
「……上?下ではなく?」
「ええ、上です」
首をかしげながらも、僕は上へと向かう。上に向かうにつれて、何かが空を切る音が聞こえてくる。
「ナオ様、屋上のクリアリングは済んでいます」
すぐ側に寄ってきたG36の目を見て、確信する。僕は屋上へとつながる扉を開いた。
「ナオ!迎えに来たぜ!」
そこには、あきらかに民間用ではないヘリコプターにのったバルソクが待機していた。
「さあ乗ってください」
「レーダーをごまかし続けるのもタイムリミットがあるんだ!いそいでくれ!」
「なるほど、別件とはこれのことですか」
僕はヘリコプターに乗り込むとシートベルトをしっかりとつける。落ちたらかなわない。
「G36!」
「大丈夫です」
G36は銃口を屋上へと向けながら扉近くに座り込む。落下防止用のストラップをつけて、バルソクへと合図を送った。
「それじゃあ飛ぶぜ!」
「バルソクさん!」
「どうしたんだナオ!」
「ヘリの操縦経験が!?」
「ないよそんなもん!でも大丈夫だ!」
不安で仕方がなくなってきたが、僕はとりあえず神にでも祈ることにして目を閉じた。
ふわりとした浮遊感を感じたあと、一気に加速度が身体を締め付ける。
九美とG36がGOサインを出した時点で薄々気づいていたことだが、思った以上に操縦はスムーズだった。
「G36さん、九美さんはどうやって回収するんですか」
「まあ見ていればわかります」
ヘリは高度を下げる。そしてビルの真横へとついてホバリングをし始める。
「いったいなにを——」
パリーンと窓が割れる音が、ビルの方から聞こえる。急いで視線を向ければ、ヒト型のなにかがこちらに飛びかかってきていた。しかしさすがに距離が届いていない。
人影は、何かをこちらに打ち出してくる。それはワイヤーだった。正確に打ち出されたそれは、ヘリの右足へと絡まる。
「ゆれるぜ」
その忠告は僕には少し遅かった。その分の体重がかかった瞬間、ぐらりとヘリが傾く。しばらく右へ左とゆれてから、ようやく収まる。
「随分とアクティブな帰還方法ですね、九美さん」
「えへへ、かっこよかった?ただいま」
ワイヤーをたどってよじ登ってきた九美は、僕の隣へと座り込む。
「あっ触らないで」
「ああ、すみません」
「ほら、血まみれだからさ」
G36が手渡したタオルでぬぐいながら、九美はホルスターをはずして、空いている座席にそっとおく。もうマガジンは空のようだった。
「九美様、ナイフを」
「ああ、これ」
腰に隠された鞘から、ナイフをとりだす。G36は睨みつけるようにナイフをみると、次は咎めるように九美の方へと視線を向ける。
「帰ったらやり直しですね。まだ全然ものにできていないようです」
「だよねぇ……。よろしくね、G36!」
しょんぼりと肩を落としながらも、九美はそう明るく答えた。