海面を割ってふゆしおが浮上して来る。
それをテレビカメラが映していた、潜水母艦教育艦大鯨の甲板に居る取材チームによって。
ハッチを開けて司令塔上に亜紀と綾が航海管制員の優香と共に出て来ると甲板上からこちらを撮影しているカメラを見る。
『艦長大鯨より通信、そのまま状態で待機願いますとの事っす。』
電信員の麻耶から艦内通話機を通じて連絡が入る。
「メインモーター停止・・・ふゆしおは待機に入りますと大鯨に返信して下さい。」
『メインモーター停止します。』
『了解っす艦長。』
大鯨の近くで停止し待機するふゆしお。
そのふゆしおを何故テレビ局の取材チームが撮っているのか。
「テレビ局の取材ですか?」
海洋実習中のふゆしおに横須賀女子の宗谷校長からそんな要請が入って来たのは半日前の事だった。
『ええ、ただ報道番組では無くバラエティーになるみたいですが。』
「バラエティーですか?」
お堅い報道番組だと思っていた綾は戸惑った声を上げる、何故バラエティーなのかと思って。
「校長先生、そのバラエティーの番組名は何というのですか?」
戸惑って一瞬沈黙してしまった綾の代わりに亜紀が宗谷校長に質問する。
『何でも最前線・・・だったと思うのだけど。』
何時も正確な物言いをする宗谷校長の珍しくはっきりしない声に綾は更に戸惑ってしまうのだったが。
「えええ!!あの何でも最前線ですか、それは凄いです。」
答えを聞いた亜紀がタブレット端末を抱きしめながら感激の声を上げる。
「えっと澤田記録員?」
実習中は常に真面目な亜紀が見せた唐突な姿に目を丸くする綾だったがそれだけでは終わらなかった。
「ま、まじっすか?あの最前線がうちらの取材に・・・」
「それは一大事です、艦長ちょっと自分のベットに戻って確認させて下さい。」
「凄いこれは皆に知らせないといけません。」
「最前線の・・・取材・これは・・・これは・・・」
そう亜紀だけでは無く他の乗員(あのテンション常時低めの真奈美まで)騒ぎ出し綾は完全に蚊帳の外置かれてしまっていた。
「艦長は知らないのですか?女の子達の間では結構有名なんですが・・・」
盛り上がる発令所内で唯一人熱気に付いて行けずいた綾に亜紀が驚いた表情を浮かべて聞いて来る。
「いやそのテレビ余り見ないので・・・えっと・・・」
いや見ない訳では無いが正直バラエティー番組に綾は興味が無かったのだ。
「へっ艦長見た事が無かったすか?澤田記録員が言ってた通り今女の子で知らない娘って聞いた事ないっすけど。」
奇異な目で皆から見られ綾はどう答えれば良いのか困ってしまっていた。
『その・・・申し訳なのだけど私も見た事が無いのだけど。』
無線を通して綾の様に戸惑った様子で宗谷校長が言ってくる。
まあ宗谷校長は女の子と言う年齢では無い(笑)ので知らないのは失礼ながら不思議でないのかも知れない。
確かに艦長(綾)って普通の女の子と違う所が結構あるなと亜紀達も日頃から感じていたのだが。
その辺は綾が横須賀女子に入学するまで男性だった事と大いに関係しているのだが、亜紀達が現時点で知る由も無い。
『海上安全整備局としては未来のブルーマーメイドの確保の為、若い女性達に色々と知って貰いたい意図が有るのでしょう。』
その為に若い女性に人気の高いこの番組の取材を受けたのだと背景を察した宗谷校長は説明してくれる。
「それは責任重大ですね・・・それにしてもどうしてふゆしおが選ばれたのですか?」
水上艦艇勤務の方が華やかで地味な潜水艦より良い宣伝になる様な気がして綾が聞き返す。
『そちらはブルーマーメイドの方の思惑が有るのでしょうね、これで潜水艦勤務に人気が出れば幸いだと。』
ブルーマーメイド潜水艦隊はまだ発足して日が浅い為予算や人員の確保に苦労しているからと宗谷校長。
言わば政治的な思惑と言う訳かと綾、大きな組織な故に色んなものが絡んでいるらしい。
一方深刻な雰囲気でいる宗谷校長と綾を他所に亜紀達は取材時にどうするかで盛り上がっていた。
『神城艦長、乗員達の手綱をお願いね。』
乗員達の盛り上がりに宗谷校長が溜息を付きつつ言って来るのを綾は苦笑しながら了承するのだった。
そして話は冒頭に戻る。
暫くして小型艇が大鯨から降ろされふゆしおに向かって来るのが見えると亜紀と優香のテンションが更に上がってゆく。
一方綾は小型艇に乗っている取材チームを冷静に見つめる。
カメラを構えこちらを撮っているスタッフとその後ろに立ちドヤ顔の小太りの中年男性、そしてその隣に立つ女性いや少女。
どうやら彼女が亜紀が言っていたMCらしいと綾、自分達同じ年頃でテレビに出ているのかと感心する。
小谷 圭子、番組が人気なのは彼女のお陰だと亜紀が言っていた通りかなりの美少女だったのだが。
その表情は何故か暗く亜紀が言っていた明るくポジティブな印象を感じられず綾はその事が気になった。
緊張でもしているのかと綾が考えているうちに小型艇はふゆしおに到着し接舷する。
甲板で待機して居た乗員が手を貸し取材チームを移乗させて行く。
全員の移乗が終わるのを確認した乗員が手を上がて合図するのを見た綾は頷き傍らで未だにテンション高い2人に苦笑しつつ言う。
「それでは挨拶に行きましょうか澤田記録員、立花さん後をよろしくね。」
「は、はい艦長。」
「りょ、了解です艦長。」
慌てて返答する2人更に苦笑しつつ綾は亜紀を連れ取材チームが待機して居る甲板に向かう。
一旦発令所へ降りて艦内を通り梯子を上り綾と亜紀は甲板上出ると乗員達と居る取材チームへ所に向かう。
「皆さんふゆしおにようこそ歓迎します、艦長の神城 綾です。」
綾の声に取材チームの面々が一斉にこちらを見る。
「これはこれは・・・番組プロデューサーの三木です。」
そう言って前面に出て来たのはあのドヤ顔をしていた小太りの中年男性だった。
その笑みに綾は何だか悪寒を感じて表情が強張ってしまう、何だか身体を舐め廻されている様な気がしたからだ。
綾は自意識過剰かと思っている様だが実際間違っていない、その辺はまだ女性なって間の無い彼女だから仕方が無い話だが。
「それでは乗艦に関しての注意を今から申し上げますね。」
一方亜紀は表情には出さないが嫌悪感を抱きながら応対する、綾より女性歴の長い彼女は男性のそんな目に敏感だ。
その胸中を一言で言えば「嫌らしい目でこっちを見るな。」だ。
スタッフの中にはカメラマンなど男性も居るが流石に連中は弁えて(怖がって?)いるのか視線は控えめだ。
一方圭子を始めとした女性陣は女生徒しか載っていない潜水艦と言う事も有って物珍しそうに綾達を見ている。
ただ綾が感じた通り圭子の様子がおかしい事を亜紀も彼女を見て思ったが取り敢えず注意事項を伝える。
「ふゆしおは客船では無くれっきとした教育艦ですので、むやみに機器に触ったり許可なく入室をしない様にお願いします。」
取材チームを見渡しながら亜紀が話す、ニヤニヤした表情を浮かべて見ているプロデューサーはもちろん無視して。
「あと言わなくてもお分かりだと思いますが乗員は全員女生徒です、特に男性の方は対応にお気を付けて下さい。」
まあ亜紀の言いたい事は、「艦内をウロウロするな。」、「全員女の子なのだから特に男は浮かれるな。」である。
「ええもちろんですとも。」
プロデューサーはそう言って笑顔を浮かべて答える、亜紀は一番お前が危険だと言いたいのを堪えて頷くと綾を見る。
「取材には協力しますが、今澤田記録員が言った注意を守れない場合は即刻退去して頂きますの協力をお願います。」
凛とした表情で亜紀の注意を補完する綾に男性陣だけで無く女性陣は目を輝かせて見ている(プロデューサーは別の意味で)。
もちろん綾がそれに気付いていないの言うまでも無く亜紀は要注意だなと思った。
「今回の何でも最前線は横須賀女子海洋学校の直接潜水教育艦ふゆしおよりお送りします。」
MCの圭子がカメラの前で番組開始の台詞を微笑みながら言う。
発令所の乗員達は表面上は通常通り作業しているがやはり気になるのかちらちらと見ていた。
カメラが発令所の真ん中で指示を出している綾に向けられると圭子が続ける。
「彼女がふゆしお艦長の神城 綾さんです。」
そう紹介すると圭子が綾に話し掛ける。
「神城艦長、MCの小谷 圭子です、今回よろしくお願いします。」
話し掛けて来た圭子に綾は微笑みながら答える。
「はいこちらこそよろしくお願いします。」
その笑みに圭子の顔が朱に染まる、まあ綾は相変わらずそれには気付いていない様だが。
「「・・・・・」」
そんな2人を見て機嫌が悪くなっている記録員と電信員が居たが(笑)。
「それでは・・・ここが発令所ですね神城艦長。」
「はい航行中艦の指揮号令を艦長である私が執る場所になります。」
そんな3人に気付かないまま綾は発令所内の説明する。
「艦の操舵や通信、監視等の為の機器とそれを操作する人員が配置されており艦の中では最も重要な部屋です。」
一通り操舵コンソールや魚雷管制コンソール等をその操作員と共に紹介して行く綾。
ちなみに機嫌の悪い亜紀と麻耶を覗いた発令所要員達は緊張の所為で引きつった笑みを浮かべいた。
「それでは行きましょうか・・・」
発令所内の説明を終えた綾は圭子達を先導して他の案内をする為発令所を出ると、艦首側にある乗員居住区に向かう。
そこでまず最初に紹介されたのは艦長室だった、狭いが執務机やベットが完備された部屋だ。
「神城艦長の部屋は発令所の直ぐ近くにあるんですね。」
「ええ何かあれば即駆け込める為にです。」
続いて通路の両側に3段ベットが並ぶ場所に来る一行。
「乗員の皆さんは実習中ここで寝泊まりされる訳ですね?」
並ぶベットを見ながら圭子は質問して来る。
「その通りです、ベットとロッカーがあるこの空間が実習中生徒にとって唯一のプライベート空間になります。」
とは言え仕切りはカーテンだけなので音は漏れ放題でプライベートなど無いに等しいのだが。
そして綾にとっては鬼門であるシャワールーム、一度に2人まで使え設備も良いが広さは普通のものに比べれば狭い。
「ここが食堂です。」
他に比べれば多少は広めの部屋に二つのテーブルとベンチが置かれた場所で、壁際に電磁調理器が設置されている。
「航海中の食事はどんな物のなのでしょうか?」
圭子の質問に綾は壁にある扉を開け中にある積み上げられた物を見せる。
「航海中の食事は全てレトルト食品になります。」
中型艦のふゆしおに晴風の様な厨房設備や食材貯蔵庫などを設置出来るスペースは無い。
だからお湯で温めるだけで済み、常温で多量に積み上げて置いても問題無いレトルト食品がふゆしおではメインなってしまう。
なおふゆしおには炊事委員はおらず他の科員が交代で食事の準備をする事になっている。
「ここは医療室になります。」
広さは艦長室くらいあり衛生長と衛生員の娘達が居る所だ。
「航海中に怪我や病気になった場合に使われます、まあそんな事無いのが理想ですが。」
居住区を出ると艦の最前部にある艦首魚雷発射管室に入る。
「ここが発射管室、搭載された魚雷を発射管に装填し発射する所です、ちなみに装填や発射は遠隔操作で行われます。」
スタッフ達は搭載されている魚雷や発射管室内の様子を興味深く見ている。
まあ訓練用の魚雷で本物では無いのだが、見慣れたない圭子達にすればどっちでも変わりが無いだろう。
発射管室出た後綾と圭子達はもう一度居住区や発令所を通り過ぎて艦尾側へ移動する。
観察窓付きの金属カバーがシリンダーヘッドに掛けられているディーゼル機関とメインモーターが設置された機関室に一行は到着する。
「こちらがふゆしおの機関室、水上及び水中航行時に使用されるディーゼル機関とメインモーター及び管制コンソールが有ります。」
綾は管制コンソールの前で圭子達に説明する、機関員達も発令所班員達同様緊張しながらそれを見ている。
「以上でふゆしおの艦内説明は終わりです、何か質問がありますか?」
「えっとそれでは・・・壁にあるあの赤い箱は何のですか?」
聞かれた圭子は暫し考えた後、壁に設置された赤い箱を見ながら質問して来る。
「あれは緊急時に使用するものが入ってます、ライトとか信号拳銃などですね。」
「拳銃・・・」
それを聞いた圭子がそう呟いて俯く、その目に何かが浮かび上がったのだが綾は気付かなかった。
「ありがとうございました神城艦長。」
次の瞬間には何時も通りの表情を浮かべて圭子が答えたからだ。
後に綾はこの時に気付いていればと後悔する事になる。
一通り艦内の設備や乗員の撮影が終わり後は潜航中の艦内の様子を撮影するだけになった。
その為綾は潜航を完了するまで撮影チームに食堂で休憩しながら待ってもらう事にする。
「あの・・・行く前にトイレに行ってもよろしいでしょうか?」
そんな中案内しようとする乗員に圭子が聞いて来る。
「はいどうぞ、機関室手前にありますよ。」
会釈して圭子は1人機関室のある区画へ向かう、誰か付いて行くべきかかとその乗員は思ったが。
幾ら同性と言えそれは恥ずかしいだろうと考え乗員は撮影チームを案内する事にした。
なおそう言った一連のやり取りを綾は亜紀と今後の予定を打ち合わせ中だった為気付かなかった。
圭子が何か思い詰めた表情で戻って来た事も・・・
「潜航します。」
打ち合わせを終え綾が指示を出す。
「機関停止、メインモーター切り替え。」
「注排水弁開きます。」
舞と由里がそれぞれコンソールを操作しながら報告する。
「指令塔ハッチ閉鎖完了。」
指令塔のハッチを閉めた優香がタラップを降りて来ると報告する。
「全ハッチ閉鎖よし。」
発令所の表示を確認した亜紀が報告する。
「ベント弁開け、潜航。」
「ベント弁開きます。」
「潜舵展開、潜行します。」
綾の指示に由里と八重が復唱しながら、ベント弁を開き、操舵装置を操りふゆしおを潜行させて行く。
「深度70まで潜行。」
「了解、深度70まで潜行します。」
復唱し深度計の表示を見ながらふゆしおを操舵する八重。
「・50・60・70。」
「艦を水平に戻せ、メインモーター出力1/4へ。」
「艦を水平に戻します。」
「メインモーター出力1/4へ。」
ふゆしおは深度70で水平になって航行して行く。
「澤田記録員、撮影チームを発令所に連れて・・・」
そう綾が指示を出そうとした時だった。
「か、艦長!食堂で小谷 圭子が・・・」
撮影チームを案内した乗員が大慌てで発令所に飛び込んで来て報告して来たのは。