潜水直接教育艦ふゆしお   作:h.hokura

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12.7月2日・その2

飛び込んで来た乗員と共に食堂に来た綾と亜紀はその光景に固まってしまう。

「た、助けて、くれ・・・」

壁際に追い詰められたプロデューサーに信号拳銃を向けている圭子の姿に。

「・・・一体彼女何処から信号拳銃を?」

我に帰った亜紀が圭子が握っている信号拳銃を見て呟く。

同じく我に帰った綾が何か言おうとしたが背後から走って来て叫ぶ乗員の声に止められてしまう。

「艦長、機関室の緊急時用ボックスから信号拳銃を勝手に持ち出した奴がいます!」

その叫びに綾と亜紀は顔を見合わせると食堂内に視線を戻して溜息を付くのだった。

「つまりトイレに行くと言いながら機関室に来た彼女が機関員の隙をついて緊急時用ボックスから信号拳銃を持ち出した・・・」

「その様です・・・すいません私の管理ミスです。」

機関長の舞と撮影チームを案内した乗員の報告を聞き綾は状況を把握する。

最も把握出来たとしても状況が好転する訳でも無かったが。

非常時に直ぐ使える様に緊急時用ボックスは簡単に開けられる様になっているから信号拳銃を持ち出すのは楽に出来る。

これが訓練の為積まれているM60ニューナンブや64式小銃になるとそうはいかない。

銃と弾薬は別々の鍵付きロッカーに入れられ、その鍵も艦長の綾と記録員(副艦長)の亜紀が別々に管理すると言った具合だからだ。

「セフティー・・・外されていますね。」

亜紀が信号拳銃を見て指摘する、その用途故セフティーもM60や64式に比べ簡単に外せる。

それこそ消火器と同じでピン1本抜くだけで発射出来る様になっている、今回はそれが災いとなってしまったなと綾。

「厄介ですね、あんな近距離だと外し様が無いし、当たれば痣位じゃ済みませんよ。」

圭子とプロデューサーの間は1メートルも無い、信号拳銃を始めて使う彼女でも外すのは難しいだろう。

「でしょうね・・・ですが問題はこんな所で使われたら火災を起こしかねない事ですね。」

非殺傷の信号弾でも近距離で当たれば打撲では済まない、下手をすれば骨折は免れない。

だが問題はそれだけでは無かった、不味い事に食堂に置いて有った雑誌がプロデューサーの周りに散乱している。

もしそれに引火でもすればたちまち火災が発生するのは確実だった、そしてそれは潜水艦にとっては致命的な状況になる。

それでなくてもふゆしおは今潜航中なのだ、綾達に逃げ場は無い。

「浮上しますか?」

亜紀が尋ねるが綾は首を振って答える。

「浮上する際の振動で彼女が引き金を引いてしまう恐れがあります・・・それでなくても限界の様ですし。」

綾が身振りで亜紀と舞に圭子の様子を見る様に促す。

信号拳銃を持つ圭子の手は震えておりちょっとした事で引き金を引いてしまいそうだと亜紀と舞も気づく。

確かに亜紀の言う通り浮上して他の乗員を退避させるべきかもしれないが、浮上の際艦が揺れるのは防ぎようが無い。

「最悪火災になったらこの区画を閉鎖し、消火システムを作動させなければならなくなります・・・でもそれでは。」

ふゆしお乗員と違い今食堂に居る撮影チームがパニックを起こさず退避出来るか亜紀には確証が持てない。

なお消火システムと言うのは水では無く酸素を奪い火災を鎮火させるガスを使うもので、言うまでも無くそこに人が居れば窒息する。

「だとすれば残された方法は一つだけですね。」

そう言って綾は食堂に入って行く。

「「艦長・・・お願いしますね。」」

残された方法、それは圭子を説得するしか無い、亜紀と舞は綾がやろうとする察して言う。

それに対して微笑み返すと綾は圭子とプロデューサーの傍に向かって行く。

「近寄らないで!」

近づいて来た綾に気付いた圭子がプロデューサーから目を離さないままで叫ぶ。

綾は言われた通りにその場に立ち止ると話し掛ける。

「分かりましたこれ以上近づきません・・・その代わり何でこんな事をするのか聞かせて下さい。」

説得するにも何故圭子がこんな事を起こしたのか知る必要があり綾は聞く。

「・・・この男の所為で・・・姉さんは・・・死んだ、いえ殺されたのよ!」

「お、お前に姉なんかいないじゃないか!?」

プロデューサーは震えながらそう叫ぶと圭子は睨みつけながら答える。

「武藤 文・・・貴方がかって担当していた人よ、彼女は私にとっては従姉であり姉でもあったのよ。」

「な・・・文の、まて俺は何もしていない。」

圭子の言った武藤 文の名前にプロデューサーは顔を真っ青にして更に震えだす。

「嘘つかないで、仕事を回して欲しかったら自分の言う事を聞けっていって散々セクハラをしたくせに。」

このプロデューサーは担当した文に事有る毎にセクハラを働き、反抗すれば仕事させないと脅かしていた圭子。

「文姉さん、それでボロボロになって行って最後には絶望して自殺したのよ!」

涙を流しながら憤怒の表情で圭子は叫ぶ。

「だから私は貴方に近づいてチャンスを待ったわ、セクハラされてもね、そしてようやくこの時が来たわ。」

震える手で信号拳銃を構えながら圭子はそう言うと憤怒の表情を歓喜に変える。

「そうね確かにこの男のやった事は許されない・・・でも此処で復讐をしたとして貴女は救われるの?」

正直言って綾もプロデューサーのやった事は許しがたい行為だと怒りが沸いて来る。

「こんな事してもお姉さんは戻って来ない・・・貴女にも分かるでしょう。」

「分かって・・・いるわよ・・・でも・・・でも・・・」

激しい葛藤に圭子は震えながら答える、その事は彼女にも分かっているのだろうと綾は思った。

「第一お姉さんが喜ぶかしら、こんな男の為に一生を棒に振る事を・・・」

綾は圭子に近づき信号拳銃を握りしめる手を両手で包み込みながら言う。

「貴女にそんな事を私もして欲しくない・・・何も知らない他人なのにと言われるかもしれないけど。」

「・・・」

涙に濡れた瞳を向けながら圭子は綾を見詰める。

「自分を大切にして下さい、そうじゃ無かったら悲しいです。」

悲しそうな表情を浮かべて語りかけて来る綾に圭子は自分にとって大切だった文姉さんの姿が重なって見えた。

『圭ちゃん貴女の気持ちは嬉しい、でも私の所為で人生が駄目になるのは悲しいわ、自分を大切にして。』

そんな文姉さんの声が聞こえ来て圭子は信号拳銃を床に落とすと綾に抱き着き声を上げて泣き始める。

そう言えばこの人も『あや』さんだったなと思いながら・・・

一方綾は女の子に抱き着かれ恥ずかしくなったが、声を上げて泣く圭子を引き離す事が出来ず固まっていた。

その辺は綾らしいと言えるがお陰でプロデューサーがその場から逃げ出した事に気付けなかった。

もっともプロデューサーが逃げられる訳も無かったが。

這いつくばって食堂から出たプロデューサーの前に2人の足が立ち塞がる。

顔を上げたプロデューサーを目の笑っていない笑顔で見つめる舞と亜紀。

「あらプロデューサーさん何処へ行かれるのですか?」

「い、いや俺は・・・」

慌てて戻ろうするがその後ろにも乗員達がやはり同じ様な笑顔で立っており無理だった。

「さてプロデューサーさん、貴方には色々聞きたい事がありますのでご協力をお願いします。」

「待て何の権限があってそんな事を?たかが海洋学校の生徒が!」

プロデューサーは引きつった表情を浮かべ反論しようとするが。

「艦内で問題があった場合艦長にはそれを調査する権限があり、乗艦して居る人間にはそれに協力しなければなりません。」

これは例え教育艦の艦長であっても公に認められている権限であり、指揮を執ってるいる艦内では絶対的なものだった。

「ですので協力願いますね・・・まあ拒否はしない方が賢明です、艦を降りた後で後悔しますから。」

艦長の調査結果によっては重い処罰になる事もありますからと亜紀が言うとプロデューサーは項垂れるのだった。

その後プロデューサーは武藤 文の事だけでなく圭子や他のスタッフ達へのセクハラとパワハラを洗いざらい話させられた。

もちろん圭子も事情聴取を受ける事になった、何しろ勝手に信号弾拳銃を持ち出しふゆしおを危険な状況にさせる寸前だったのだから。

それらが終了後綾は横須賀女子に連絡を取り、状況の報告を行った。

『状況は分かりました・・・そちらに行く様にブルーマーメイドに連絡を取りますので到着後引き継いで下さい。』

報告にそう答えた後宗谷校長は慰める様に言う。

『事情が事情です、私の方からも寛大な処置を取る様に言っておきます神城艦長。』

「ご配慮いただき感謝します宗谷校長先生。」

撮影を中止したふゆしおは浮上し撮影チームを引き取りに来るブルーマーメイド艦を待っていた。

「とんでもない取材になりましたね・・・」

司令塔上に出て来て綾と共にブルーマーメイド艦の到着を待っていた亜紀が言う。

「・・・そうですね。」

綾は言葉少なく答えながら甲板上で他のスタッフと共に待機している圭子を見ながら彼女と話した事を思い出していた。

「ご迷惑をお掛けしました神城艦長。」

深く頭を下げ圭子が謝罪する。

「あと私を・・・救って頂いてありがとうございました。」

頭を上げ圭子は微笑んでお礼を伝えて来た。

「いえ私はそこまでしていませんよ・・・」

結局何も出来なかったと綾は思い自分の不甲斐なさを恥じていたのだが。

「そんな事ありません、神城艦長が止めてくれなかったら私は取り返しのつかない事をしてしまうところでした。」

そう言ってくれるなら多少は報われた気持ちなる綾だった。

「それで・・・1回だけで構いません、綾姉さんと呼ばさせてもらっても良いでしょうか?」

ふと真剣な表情を浮かべ圭子はそう言って綾の手を握りしめ懇願して来る。

「えっと・・・分かりました。」

それに困惑した綾だったが圭子の真剣な表情に押され頷く。

「はい綾姉さん、本当にありがとう。」

「艦長、みくらが到着します。」

航海管制員の優香の報告で綾は回想から戻ると双眼鏡を目に当て接近して来る改インディペンデンス級沿海域戦闘艦のみくらを見る。

『みくらから通信っす艦長。』

「繋いで下さい。」

艦内通話機から麻耶の報告に綾が頷いて答える。

『福内です、お久しぶりですね神城艦長。』

綾と福内はRATt事件の時に明石で出会っており、それ以来の再会になる。

「はいお久しぶりです、お手数をおかけします。」

『気にしなくても良いですよ、これも任務ですから。』

みくらはふゆしおの傍に来ると停船し中型の連絡艇を降ろす。

降ろされた連絡艇にブルーマーメイド隊員が乗り込むとふゆしおに接近して来る。

連絡艇の隊員がロープを投げふゆしおの乗員が受け取り連絡艇が接舷される。

甲板上のふゆしお乗員は圭子とスタッフ達を接舷された連絡艇に乗せて行く。

その途中で圭子が振り向いて司令塔上の綾に頭を下げてから乗り込む。

出来れば圭子の前途が明るい事を綾はその姿を見ながら願うのだった。

こうしてふゆしおの取材は綾や乗員を含めた人々にとって後味の悪いまま終わった。

その後の事だが・・・圭子はその危険行為により起訴されそうになったらしいが最終的には不起訴になった。

もちろんそれには綾が提出した調査記録(例のプロデューサーの数々の悪事を記述した)や宗谷校長の働き掛けがあったからだ。

あと番組の方だが一時は打ち切りの話もあったらしいがファン達の運動のお陰で存続する事が決まった。

ただ圭子とプロデューサーは当然だが番組から降ろされたうえTV界から追放される事になった。

まあ圭子は従姉の仇を取る為居たので後悔は無く、これからは普通の学生として生きて行くと綾宛ての手紙に書いて送って来た。

プロデューサーの方は数々の悪事(パワハラとセクハラ)により悲惨な状態らしいが綾にすればどうでもいい事だったので関心は無かった。

なおその手紙には綾の事を従姉の様に慕いたいと書かれていたのだが、それを知って機嫌の悪くなった記録員と電信員が居たのは何時もの事だった。

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