横須賀女子海洋学校・指導教官室。
「水早 圭子、日下 美菜、海野 梢まいりました。」
教官室のドアがノックされ声が掛けられる。
「入室しなさい。」
許可を得て3人の女子生徒がドアを開けて入って来ると指導教官である大淀 涼子の前に整列して礼をする。
そして姿勢を戻し薫を見つめる。
「楽して、3人とも卒業おめでとう。」
この日は横須賀女子の卒業式があり、終了後各自教官から配属されるブルーマーメイドの艦船を知らされているのだった。
ちなみに彼女達3人は潜水艦乗員養成課程を無事終えたので、これからはブルーマーメイドのサブマリーナとなる訳だ。
既に他のクラスメイト達は配属先の辞令を受けっておりこの3人が最後となる。
「一緒に呼ばれた訳は説明の必要は無いわね、3人とも同じ艦に配属となります。」
圭子、美菜、梢の3人は緊張した面持ちで涼子の言葉を聞いている、何しろ今後の自分達にとって重要な場面だからだ。
配属される艦の艦長や乗員はどんな人達なのか、ブルーマーメイドとしてちゃんとやっていけるのか。
様々な思いが3人の胸中を駆け巡る様を涼子は微笑ましい表情を浮かべ見つめる。
もう何人も教え子達を送り出して来た涼子だったが生徒達のこの時の表情は変わらないなと思いながら。
「3人が乗艦するのは横須賀の第2潜水艦隊所属のくろしおに決まりました。」
「くろしお・・・おやしお級哨戒型潜水艦の7番艦ですか。」
圭子がブルーマーメイドの所属潜水艦に関するデータを頭の中に呼び出しながら質問する。
元来潜水艦に分類される艦艇は全て男性のみで運用されていた。
だが近年性能が向上し海中戦力として無視出来ない存在なった事でブルーマーメイドとしても対応せざるを得ない状況になっていた。
こうしてブルーマーメイド潜水艦艦隊は創設され、横須賀女子を含めた海洋学校に潜水艦乗員養成課程が設けられる事となった訳だ。
「そうです、貴女方が海洋実習に使っていたふゆしおとは比べものならないくらい最新の潜水艦ですよ。」
ふゆしおは横須賀女子で潜水直接教育艦と使用されている艦で装備が旧式だったので皆苦労させられたものだった。
まあ男子校で使われているイー201型よりはまだましだったが。
「艦長は神城 綾二等保安監督官、私の教え子だった娘だから貴女達の先輩になるわね。」
嬉しそうに紹介する教官の様子に圭子が興味を持ったのか質問して来る。
「あの・・・大淀教官は神城艦長の事をよくご存じなのですか?」
「今まで担当した教え子の中で優秀な者を上げろと言われたら必ず入れる生徒ね。」
ベテラン教官である涼子にそこまで言わせる程優秀な艦長が指揮する艦に自分達が配属される事に3人が不安になる。
「心配しなくても大丈夫よ、神城艦長は部下思いで新人を育てる事に関しては優秀な人間だから。」
「「「・・・・」」」
それでも不安の拭いきれない3人に涼子は微笑みを強くしながら言う。
「実際に接してみれば分かるわ、神城艦長やくろしおの乗員達の事がね。」
そう言うと表情を引き締め3人に涼子は告げる。
「以上です、横須賀女子卒業生としての誇りを忘れずそして努力を惜しまず優秀なブルーマーメイドを目指して下さい。」
「「「はい!」」」
涼子は不安な面持ちながらも姿勢を正し返事をする3人を優しく見つめるのだった。
翌日09:00ブルーマーメイド横須賀基地第2潜水艦隊専用埠頭
3人は支給されたブルーマーメイドの制服を着こみ、私物などを入れた荷物を持って訪れていた。
ここには実習の一環で何度か訪れた事のあるが、今日からは正式な隊員として通う事になる3人。
期待とそれ以上の不安に押しつぶされそうになりながらゲートでIDカードを警備員に提示しゲージで囲まれた埠頭内に入って行く。
埠頭には数隻潜水艦が係留されており、その中に3人が今日から乗艦する事になるくろしおもあった。
まるで油の切れたブリキ人形の様になった3人が近づいて行くと出航準備中なのか乗員達が忙しそうに動き回っているのが見えた。
「澤田副長魚雷の積み込み終了です。」
「了解、燃料の方はどうですか?」
「もう間もなく完了します。」
その中心でタブレット端末を持ち指示している女性に3人は恐る恐る近づいて話し掛ける。
「あ、あの本日よりくろしお乗艦を命じられた水早 圭子です。」
「お、同じく日下 美菜で、です。」
「海・野 梢で・す。」
緊張のあまり3人共噛んでしまい顔を真っ赤になってしまう。
そんな3人を見て澤田副長は笑みを浮かべながら答える。
「はいようこそくろしおへ、副長の澤田 亜紀です、以後宜しく。」
そう答えると澤田 亜紀はタブレット端末を脇に抱えると近くに居た乗員に声を掛ける。
「新人さん達を艦長の所に連れて行くから後をお願いね。」
「了解です副長、新人さん以後宜しくね。」
亜紀に後の事を頼まれた乗員は返答すると共に圭子達にウィンクしながら手を振って来る。
「「「はい今後ともよろしくお願いいたします。」」」
圭子達の見事な(?)揃い踏みにその乗員だけでは無く周りの者達も笑ってしまう。
その所為でなおさら油切れが酷くなった圭子達に更に笑みを深くしつつ亜紀はくろしおの甲板に連れて行く。
「さて・・・降りる前に一つ確認したいのだけど。」
甲板上のハッチ前に連れて来た圭子達に振り向いた亜紀は3人の制服いやタイトスカートに視線を向けると続ける。
「貴女達下は普通のものかしら?」
「えっ・・・下って?」
顔を見合わせる圭子達に亜紀は肩を竦めるともっとはっきりと聞く。
「ショーツのままかしらって事よ。」
「「「な、何でそんな事を?」」」
また見事に台詞が揃い真っ赤になる圭子達に亜紀は苦笑しつつ説明する。
「艦内に出入りする時に梯子を登り降りするんだけどそうすると必然的にスカートの中を覗いたり覗かれたりするのよね。」
「「「・・・・!?」」」
更に真っ赤になる3人を他所に亜紀は微かに見える横須賀女子の方を見てため息をつく。
「教官も長く乗艦していなからその事を結構忘れるの事が多くて・・・新人が来る度に同じやりとりするのよね。」
まあ通過儀礼みたいものよと笑う亜紀に圭子達は引きつった笑みを返すしか無かった。
ちなみに圭子達がふゆしおで実習中は横須賀女子の制服(セーラー服とスカート)ではなく体操服を着ていた。
だからスカートの場合亜紀の言った通りになると言う事を全く知らなかったのだ。
その後予備のアンダースコート(こういう状況に備えて常備してあるらしい)を持って来て貰った圭子達は甲板上で付ける様に指示される。
恥ずがしがる圭子達だったが、周りには女しか居ないのだからと言って亜紀は取り合わなかった。
亜紀達にしてみれば毎回の事であるし、女同士だけにそうなると情け容赦無かった。
なお艦長の綾が初めて乗艦時にこの為卒倒しかけ、未だに梯子を登り降りする度に羞恥心に襲われているのは乗員全員が知っている話である。
アンダースコートを装備させられた圭子達は出来るだけ上を見ずに降りて艦内に入る。
「早く慣れた方が良いわよ、上を見ないで降りていると絶対頭を蹴っ飛ばされるから・・・うちの艦長みたいに。」
それを聞いて鬱になる圭子達、なお亜紀の言った艦長に対しての言及は冗談だとその時点では思っていたらしいが。
後にそれが本当である事を綾の頭を実際に蹴っ飛ばす事で圭子達が知るのはそう遠くない話だった。
艦内に入った圭子達は亜紀に連れられ『艦長室』とプレートが掛けられた部屋の前に着く。
「艦長、新人3名を連れてまいりました。」
「ええどうぞ入って下さい。」
返答を聞き亜紀は扉を開き入る様に促すと圭子達は強張った顔のまま入室して行く。
「まあ緊張するなと言うのは無理よね。」
そんな圭子達を見て苦笑しながら亜紀は後に続いて入室する。
艦長室とは言え潜水艦である為水上艦艇に比べれば狭いが一応執務机やベットなど揃っている。
そこは何度か入った事の有るふゆしおの艦長室とは全然違うのだと圭子達は思った。
そんな事を考えながら部屋の中心に立って居る艦長に気付き敬礼をしようとした圭子達は次の瞬間固まってしまう。
何しろ綺麗な黒い髪を肩まで伸ばした清楚な美人が微笑みを浮かべて圭子達を見ていたからだ。
「くろしお艦長の神城 綾です、色々大変だと思いますが3人共頑張って下さい。」
「「「・・・・」」」
だが話し掛けられた圭子達は敬礼をしようとした状態で固まったまま動かなかった。
「?」
緊張しすぎているのだろうかと綾が首を捻っている姿を見て亜紀が何時もの事ながらと苦笑してしまう。
亜紀が先程言っていたくろしおに配属された新人が受ける通過儀礼には実は二つある。
一つ目がスカートで梯子を昇り降りがする際に中身を見られる事にその時になって気付かされる事。
二つ目が始めて見る綾の美しさに今の圭子達の様になってしまう事だ。
なお艦長である綾は一つ目については認識があるが、二つ目についてはまったく気づいておらず亜紀達乗員を毎回呆れさせている。
「ほら気持ちは分かるけど挨拶しなさい。」
このままにしておけず固まっている圭子達にそう声を掛ける亜紀。
「あ、すいません水早 圭子です、その宜しくお願います。」
「日下 美菜です、お願います。」
「海野 梢、頑張ります。」
その声に我に返った圭子達が名乗る。
「はい、それで貴女達の配置についてですが。」
そう綾が話た所で外から声が掛けられる。
「加藤水雷長以下2名まいりました。」
「はいどうぞ。」
綾が返事するとドアを開けて3人の乗員が入って来る。
「水早 圭子さんは航海科です、真部航海長お願いします。」
「はい艦長、水早さん宜しくね。」
「こちらこそよろしくお願いします。」
真部航海長に挨拶され圭子は背筋を伸ばして敬礼する。
「日下 美菜さんは水雷科になります、加藤水雷長もお願いします。」
「よろしく日下さん。」
「はい、ご指導お願いします。」
美菜もまた背筋を伸ばし加藤水雷長に敬礼する。
「最後に海野 梢さんは主計科です、笹本主計長お願いします。」
「了解です艦長、まあそんなに緊張しなくても大丈夫。」
「え、はいお、お願いします笹本主計長。」
笹本主計長のいかに肝っ玉母さんな姿に緊張しつつ梢が答える。
それぞれの挨拶を終えた時点で綾は再び圭子達に話し掛ける。
「では以後はそれぞれの長の指示に従って下さい。」
「「「はい艦長。」」」
緊張しつつも今日から始まるサブマリーナとしての日々に高揚感を覚えながら圭子達が答えると上司に連れられ艦長室を辞する。
そんな圭子達を見送った後亜紀が微笑ましい表情を浮かべながら綾に話し掛けて来る。
「さてあの3人上手くやっていけるでしょうかね、まあ綾の下でなら問題は無いとは思うけど。」
艦長室に2人だけの所為か副長では無く親友の顔で亜紀はそう言って微笑んで来る。
2人は横須賀女子では同期で親友でもあった。
「亜紀がそう言うとプレッシャーを感じるから止めて下さい、それでなくても大淀教官にも同じように言われたんですから。」
圭子達の着任前に大淀教官から連絡があり「貴女なら大丈夫だと確信してますから。」と言われていたのだ。
「それだけ期待されていると言う事でしょう・・・それでは出航準備に戻ります艦長。」
親友の顔を副長のものに戻し敬礼をして艦長室で行く亜紀を苦笑しつつ見送った綾は机の上に置かれている写真を見る。
かってふゆしおに乗艦して居た頃の亜紀と自分の写っている写真を。
その頃の事を思い出し感慨に耽りつつ制帽被り出航準備の確認の為艦長室を綾は出て行くのだった。