しほの執務室である和室を出た綾は菊代と共に屋敷の奥まった所にある客間に向かった。
「どうぞ綾お嬢様。」
その客間は綾が薫だった頃から使っていた部屋だ、もちろん西住家に下宿していた時も。
数ヶ月ぶりの部屋は相変わらず綺麗に整えられている。
「ありがとうございます菊代さん、何時も綺麗にしてもらって。」
自分が下宿している頃ならいざ知らず、出てからも綺麗にしてくれている事に綾は恐縮して礼を菊代言う。
「気になさらないで下さい綾お嬢様、何時帰られても大丈夫にしておくのは私の務めですから。」
その辺は使用人としての矜持だと菊代、如何にも彼女らしい答えに綾は苦笑する。
「それではお茶をお持ちしますので、暫くお待ちください。」
一礼して出て行く菊代を見送り、綾は持って来たカバンを部屋の隅に置く。
ちなみに持って来たそのカバンは暫く滞在する割には小さかった、と言うのも大概の物は用意されているからだ。
それこそ寝間着から下着(汗)までだ、それらは下宿中に揃えられた物だったが。
一応部屋のタンスを確認してみたが、季節に合わせて用意されていた、最後に下着を見てしまい真っ赤になって硬直してしまったが。
その後気を取り直しカバンから綾はタブレット端末を取り出し、まずメールを確認する。
まあ来ているのは広告を除けば亜紀からのメールだけだったが。
『休みだからって遊び惚けてばかりいちゃ駄目ですよ。」って貴女は私の母親ですかと綾は思わず突っ込んでしまった。
その後、菊代さんが持って来てくれたお茶を飲みながら、休み中に出された課題をやっていた綾はふと廊下から聞こえて来た声にふすまの方を見る。
どうやら誰かがこちらに向かっているらしい、綾は立ち上がってふすまに近づき耳をすませる。
「ほらお姉ちゃん、早く早くってば。」
「そんなに焦らなくても良いだろうに、綾は何処にも行ったりしないぞ。」
「久しぶりに会えるんだから嬉しんだもん、お姉ちゃんはそうじゃないの?」
「まったく・・・」
聞こえて来た如何にも2人らしい会話に綾は思わず微笑んでしまう。
「まほだ、入っても構わないか綾?」
暫くたってふすまの外からそう声を掛けられる、綾は微笑ながら答える。
「ええどうぞ2人とも入って下さい。」
するとふすまが開けられ早速飛び込んで来る影、狙いを外さずそれは綾に抱き着いて来る。
「綾ちゃん会いたかったよ!」
そう言って抱き着いて来きたのは一つ年下の従姉妹であるみほ。
とても嬉しそうに言ってくれる姿は可愛いのだが、当の本人は従姉妹とはいえ女の子抱き着かれ固まってしまっていた。
この姿になって1年、同性しか居ないふゆしおで過ごして来たとはいえ、綾は未だにこうしたスキンシップに慣れる事が出来ないでいた。
「みほそれくらいにしておかないと、綾が恥ずかしさで倒れてしまうぞ。」
そんな2人に後ろから声を掛けて来るのは同じ年(学年は一つ上になってしまったが)のまほだった。
「あ・・・ごめんなさい、大丈夫綾ちゃん?」
「ええ何とか・・・大丈夫ですよみほ、あと助かりましたまほ。」
ようやく離れてくれたみほにそう答えると、顔を助けてくれたまほに向け礼を言う綾。
「礼には及ばんが・・・まだそんな様子じゃ海洋学校でも苦労しているみたいだな。」
まはは肩を竦めると綾を見てて苦笑する。
「まあそうですね、と言うか慣れたら慣れたで怖いんですが。」
自分もみほみたいに他の女の子とスキンシップ取る様になったら・・・それを想像して再び真っ赤になる綾だった。
取り敢えず2人に座ってもらったところで、菊代さんがまほとみほの分のお茶と、綾のお替りや菓子を持って来てくれる。
「ありがとう菊代さん。」
何時もながらそのタイミングの妙に綾は感心する。
ちなみにまほとみほは慣れているので大した感慨も無く受け入れているのだが。
「いえいえ綾お嬢様お気になさらずに・・・まほお嬢様、みほお嬢様それでは失礼いたします。」
「うん、菊代さん。」
「ああ・・・」
お茶と菓子を綾達の前に置き菊代は一礼して部屋を出て行く。
それを見送り3人はお茶に口を付けると早速ガールズトークに入る、まあ綾は戸惑い気味にだが。
西住流戦車道の師範であるしほの娘であるまほとみほの2人は綾にとって幼い頃から親しい間柄だった。
先にもあったが父親方に同じ年の者が居なかった事もあり、結構頻繁に行き来をしていたものだった。
とは言え歳を重ねる中に男女の別もあってか距離が出てしまった時期もあったが、それも綾になった途端に消えてしまった。
特にみほなど幼い頃と同じ様にべったりになってしまい綾は困惑気味だ。
「それでね綾ちゃん今度・・・」
今も綾の腕に自分の腕を絡めて楽しそうに話し掛けている。
一方そんな2人を見ながら苦笑しつつも合いの手を入れるまほ。
薫の頃から一定の距離感で接してくれるまほは、女の子になっても変わらず綾としては助かっている。
ただ綾は気付いていないが、男の頃に比べればその距離感はかなり近いものになっていたのだが。
女の子なった綾だが、まだその辺の機微は理解出来ていなかった。