浮上航行中のふゆしお前方に硫黄島の港が見えて来る。
「艦長、港まであと1キロです。」
航海委員(航海長)の真部 愛が、相変わらず直立不動の姿勢で報告して来る。
その姿に綾は最初常に緊張しているからなのかと思ったものだが、どうやら彼女は何時もそんな感じらしい。
まあ昔からの癖なんですと愛は言っていたので、綾はあえて気にしない様にしているのだが。
「了解です、電信員基地司令部に到着の報告を願います。」
続いて綾は電信員の遠藤 麻耶に指示を出す。
「了解っす、基地司令部に到着の報告を行うっす。」
独特な言葉尻の麻耶、女の子らしからぬ感じを受けていた綾だが今ではそれが彼女の個性だと思う様にしている。
まあ女の子なら常に丁寧な言葉使いだと思っていた、元男の綾にしてみれば新鮮だったが。
とは言えそれは言葉使いだけでは無かった、綾にとって女の子同士のコミュニケーション自体がそうなのだが。
「艦長、基地司令部より寄港の許可が下りったっす、4号桟橋に接岸せよとの指示っす。」
「航海長、接岸の指揮を執って下さい。」
麻耶の報告に頷き綾は航海長の愛に指揮を執る様指示する。
「了解です艦長、航海管制員誘導願います。」
『こちら航海管制、速力を2ノットに、進路ちょい左。』
愛の指示に指令塔上に居る航海管制員、立花 優香が誘導を開始する。
「機関出力を四分の一へ落とします。」
「進路ちょい左。」
操舵員の茂木 八重と機関長(機関委員)の加藤 舞が航海管制員の優香の誘導に従って操作を開始する。
『進路そのまま・・・停泊位置に到達!』
ふゆしおは4号桟橋に艦首の潜舵を折りたたみ接岸する。
「全員艦内で待機、では行ってきます、後をお願いします澤田記録員。」
「了解です艦長。」
綾は乗員達に待機を指示すると、指揮を亜紀に託し基地司令部へ向かう為艦長室に行き、準備を整えると梯子を上り甲板に出る。
そして桟橋から艦へ掛けられたタラップを降り司令部へ向かおうとして声を掛けられる・・・悪意ある声を。
「何だ横須賀女子の連中かよ。」
その声に視線を向けると数人の男子達が綾を苦々しそうに見ていた。
どうやらふゆしおの隣に停泊している東舞鶴男子海洋学校所属の潜水直接教育艦伊202の乗員達の様だった。
そんな東舞鶴男子達を見て綾は「またか・・・」と呟き溜息を付く。
前にも言った通り潜水艦に分類される艦艇は今までは男性のみで運用されてきた、その世界に女子が出て来たことに古いサブマリナー達は面白くないらしく、その影響か女子学校潜水艦乗員養成コースの生徒はこうやって男子海洋学校の生徒達に絡まれる事が多い。
綾は元男性だった事も有り何となく彼らの気持ちも分かる一方、女子となった今となっては理不尽だと言う思いもあり複雑な心境になる。
まあこの辺はかって男であり、現在は女である綾だからの心境かもしれない。
内心溜息を付きながら綾は絡んで来た連中に構わず司令部へ向かおうとしたのだが。
「おい!無視する気かよ。」
どうやらそのまま行かせてはくれない様で綾は3人の乗員達に前を塞がれてしまう。
「申し訳ありませんが、私は司令部へ行かなければならないんです、道を開けて貰えませんか?」
その行動に不愉快になりつつも綾は冷静に乗員達に言うのだが。
「知るか、それより無視しやがって何様のつもりだよ。」
それはこちらの台詞だと綾は思った、一人の女子に、まあこの辺で複雑な気持ちになったが、男がする事じゃないだろうと。
どうするかと綾が考えていると。
「何をしているんだお前達は?」
通りがかった教官に綾達は声を掛けられる。
「い、いやちょっと話を、なあ?」
「ああ、そうですよ教官。」
乗員達は慌てて言い訳を始める。
「そうか、伊202はもう出航準備は終わったのか?あと神城艦長は早く司令部へ行く様に。」
「「「了解です教官。」」」
「分かりました。」
綾達がそう返答すると教官は去って行き、乗員達はほっとした表情を浮かべる。
「まあ良いさ、せいぜい頑張るんだな、けっ・・・」
そう毒づくと乗員達も去って行く、それを見ながら綾は溜息を付くと自分もまた司令部へ向かうのだった。
「識別不明船の臨検ですか?」
司令部から戻った綾が、この後行われる演習について説明するのを指令塔上で聞いた亜紀がそう聞き返す。
「ええ、建設中の海底資源採掘プラントにテロを行う恐れがありとの設定です。」
まあ識別不明船の臨検はブルーマーメイドにとってはありふれた任務とは言えるのだが。
「リモートコントロールされた標的船が相手らしいですが。」
訓練基地のコントロールセンターから遠隔操作される無人船が今回のふゆしおの相手となるのだった。
「1時間後に開始らしいので準備を、あと伊202も参加するそうです。」
「?何かありましたか艦長。」
伊202と言ったところで何か表情に出たのか、亜紀が眉をひそめて聞いてくる。
綾は伊202の乗員に絡まれた事は話してはいなかった、余計な心配を掛けると思ったからだ。
「・・・いえ大丈夫ですよ澤田記録員。」
亜紀はじっと綾の顔を見ていたが、溜息を付くと姿勢を正して言う。
「了解です神城艦長、出航準備に入ります・・・後で聞かせてもらいますからね綾。」
そう言うと指令塔のハッチから艦内に亜紀は降りて行く。
「後でかなり絞られそうですねこれは・・・」
そんな亜紀の言葉に綾は苦笑しながら肩を竦めるのだった。