実習海域に到達し目標を発見しいよいよ行動に移ろうとしたふゆしおだったが。
突如入って来た救難信号に綾を始めとした乗員達は深い困惑に襲われる。
「艦長、救難信号なら直ちに救助活動に入りませんと。」
「・・・・・・」
亜紀の言葉に潜望鏡を覗き込みながら綾はこれも実習の一貫なのかと考えていた。
実習の目的は識別不明船の臨検だった筈だ、とは言え内容は臨機応変に変えられる事は珍しい話では無い。
だから臨検が救助活動に変わったとしても不思議では無いのだが、綾は素直に納得出来ないでいた。
「速度を落とし接近します、水測は目標の監視を強化して下さい。」
潜望鏡を降ろしながら綾がそう指示する。
「救助活動に入らないのですか艦長?」
綾の指示にそれまで事務的な対応だった亜紀が思わず素に戻って聞き返して来る。
他の乗員達も顔を見合わせて困惑したを浮かべる。
それはそうだろう、救難信号を受信して即座に救助活動に入らないなんて普通はありえない話だったからだ。
「皆さんの気持ちは分かります・・・ですがここは警戒すべきだと思います。」
目標はテロ目的の識別不明船と言う情報なのだから綾は慎重に行動すべきだと思ったのだ。
もちろん杞憂に過ぎず唯のシナリオ変更の可能性も否定出来ないのは綾も承知している。
「・・・了解です艦長、速力を落とせ、水測は目標の監視を強化。」
「了解、速力を4分の1へ落とします。」
「目標の・・・監視を強化・・・します。」
「進路はこのままですか艦長?」
だが短い付き合いだが綾が艦長として今まで的確な判断をしてきた事を知っている亜紀以下乗員達は、一瞬困惑したものの直ぐに動き始める。
「進路はこのままでお願いします、艦首発射管に対水上用魚雷を装填。」
自分を信じてくれる亜紀達に心の中で感謝しつつ指示をする綾。
「・・・伊202が目標に接近・・・して・・・行きます艦長。」
ヘッドホンをしながら聴音機を操作していた真奈美が報告して来る。
どうやら伊202の方も救難信号を受信したのだろう、何の疑いも無く目標に接近して行く。
本来なら伊202の行動の方が正しいのかもしれない、だが綾は自分の心中に芽生えた疑惑をどうしても拭う事が出来なかった。
「艦長、対水上用魚雷を装填完了です。」
ふゆしおの艦首に装備された3連装発射管に対水上用魚雷が装填された事を水雷長の万梨阿が報告してくる。
「全発射管開いて下さい、水測目標の進路は・・・」
その報告頷きつつ目標の進路を確認しようと綾が指示をだそうとした時だった。
「・・・目標より対潜用魚雷発射を確認・・・伊202に向かって・・・います。」
真奈美のテンションの低い、だがそれだけにより切迫感を感じさせる報告に綾以外の乗員達は再び顔を見合わせる。
もっともこの時に浮かんだのは困惑では無く、やはりそうだったのかと言う納得の表情だったが。
「伊202は回避出来そうですか?」
自分の懸念が当たった事に内心苦笑しつつ綾が真奈美に確認するが、彼女は黙って首を振るだけだった。
「伊202が撃沈判定されました。」
タブレット端末を見ていた亜紀が報告して来る、救助の為に近づいた伊202は不意を突かれ対潜用魚雷を回避出来なかった。
「対潜用魚雷・・・ふゆしおにも接近中・・・数は2・・・です艦長。」
そして目標は伊202だけでなくふゆしおに対しても同時に攻撃を仕掛けていた様だった。
「急速潜航、前進全速!!」
綾の指示により、急速潜航したふゆしおの指令塔上数メートルを対潜用魚雷が通過して行く。
「魚雷戦深度まで浮上します、水測は目標の再攻撃に注意を。」
「了解、魚雷戦深度まで浮上します艦長。」
「今のところ・・・再攻撃の・・・兆候は無し・・・です。」
急速潜航して対潜用魚雷を回避したふゆしおは、魚雷攻撃を行う為に再び深度を上げて行く。
「魚雷戦深度です艦長。」
その声に潜望鏡を再度海上に上げ綾は発射指示を出す。
「目標識別不明船、方位角左20、距離3,000、敵速12。」
「方位盤よし・・・進路010。」
綾の指示に亜紀がタブレット端末で発射データを計算しふゆしおは進路を変更する。
「艦長、発射位置に着きました。」
操舵員の八重が報告してくる。
「雷数2発射。」
「雷数2発射します。」
水雷長の万梨阿が綾の指示を復唱して発射ボタンを押すと、ふゆしおの発射管から2本の魚雷が放たれる。
「急速潜航、面舵一杯。」
発射後ふゆしおは回避の為深度と進路を変える、こちらの魚雷が命中する事を祈りながら・・・
結局ふゆしおの発射した魚雷は2本共命中しなかった、但しこの雷撃で識別不明船はプラント襲撃を断念し海域を離脱。
ここで演習シナリオは終了、ふゆしおと伊202に帰投命令が出た。
命令受信後浮上したふゆしおの司令塔上に綾と亜紀は出て来る。
「これで実習をクリア出来たと言う事でしょうか?」
「どうでしょうね・・・確かにプラント襲撃は阻止出来ましたが、テロリストを確保する事には失敗しましたから。」
亜紀の問いに綾は肩を竦めて答える、まあ良くて半分位の結果ではないかと考えて。
「なるほど・・・そうかもしれませんね、でも伊202の連中には勝てたので私は満足です。」
私達の事を馬鹿にしていたからいい気味ですと亜紀は言いたいらしい。
そんな亜紀に苦笑していると艦内通話機から麻耶の声が聞こえて来た。
『艦長、伊202から通信っす、ちんたら文句を付けて来やがるんですが、何て返せば良いっすか?』
「それは貴女に任せます。」
正直言って相手にする気になれない綾はその辺を麻耶に任せたのだが。
『了解っす、てめえらそれでも男か、金〇握りつぶすぞ。と言ってやります。』
「え?ちょっと待って下さい・・・あっ。」
過激な麻耶の言葉に綾は慌てて止めようとするが通話は切られてしまった。
「ははは、良いですね艦長、また絡んできたら〇玉潰してやりましょう。」
爽やかな笑いを浮かべながら綾が真っ青になる台詞を言う亜紀。
女性は、いやうちの乗員達が心底怒ると結構過激な事を平気言うんだなと思い知らさせれながら、無い筈なのに股間に寒気を感じてしまう綾だった。
「ふ~ん、日本の生徒にも鍛えがいのある奴がいるんだな・・・これは楽しみだ。」
基地のコントロールルームでモニター画面を見ていた、銀髪で碧眼の女性がそう言って凄みのある笑みを浮かべる。
「・・・やり過ぎない様にして欲しいわね、彼女達は私の大事な教え子なんだから。」
隣に立ち同じ様にモニター画面を見ていた女性が苦笑しながら言う。
「分かっているさ。」
「本当に分かっているのかしらね。」
相手の答えに女性は深い溜息を付いて見せるのだった。