実習を終えふゆしおは硫黄島に帰港し接岸する。
そして実習の総評の為、艦長と記録員に来るように指示が出る。
「それじゃ後をお願いしますね。」
艦の指揮を綾と亜紀の2人が不在時に担当する事になっている美沙に指示する。
「いってらっしゃい艦長、澤田記録員。」
少々緊張気味に答える美沙、まあこう言った事は滅多に無い状況だから無理も無い話だが。
「何も無いだろうから緊張しないで良いわよ、もし何かあれば私のタブレット端末にね。」
「は、はい。」
そんな美沙に綾と亜紀は微笑むとふゆしおを降り集合場所の会議室がある建物に向かう。
総評が行われる会議室に入室すると壁際で入って来た綾と亜紀を見つめて来る見慣れない人物が居る事に気付く。
自分達より年上のしかもかなりの美人の外国人だが綾は見覚えが無かった。
一応ブルーマーメイドの制服を身に纏っているが、何時も見慣れているものとは色やデザインが少々違っている。
「彼女教官でしょうか?」
席に座ると小声で綾は隣に同じ様に座った亜紀に話し掛ける。
「・・・その様ですね、ただ外国人の教官が居ると言う話は聞いた事がないんですが。」
亜紀はタブレット端末を操作し関連情報を検索し始める。
「何だか見られている気がするのは気のせいですかね。」
先程から彼女の視線が自分を見ている気がして綾は落ち着けなかった。
「いえ確実に私達、いえ艦長を見てますね・・・ありました最近ドイツから来た・・・」
関連情報を亜紀が見つけ、綾に伝えようとしたところで、こちらは見慣れた教官服の女性が入室して来る。
「起立。」
綾が立ち上がり号令を掛けると亜紀も続く。
「礼。」
綾と亜紀が目の前の教壇に立つ大淀 涼子指導教官に頭を下げる。
そして頭を上げ大淀教官が頷くの確認すると綾が「着席。」と号令を掛け2人は座って姿勢を正す。
「ご苦労様でした、神城艦長、澤田記録員。」
そう言って微笑む大淀教官、彼女はブルーマーメイド潜水艦隊の初期時代を作り上げた優秀なサブマリーナであった。
装備も体制も今ほど万全で無かった中で、巻き起こる懸念の声を実績で跳ね除けた彼女は綾達にとっては憧れであり目標でもある。
だから綾と亜紀は緊張した面持ちで大淀教官の事を見つめ話に聞き入る。
「さて時間も惜しいので総評にはいりましょう。」
そんな2人を微笑みつつ大淀教官は持って来た自分のタブレット端末を見る。
「今回の演習の目的であった海底資源採掘プラントに対するテロの防止及びテロリストの確保でしたが。」
タブレット端末から顔を上げ厳しい表情で綾と亜紀を見ながら大淀教官は続ける。
「結果的にはテロは抑止出来ましたが捕縛には失敗となります・・・これについて神城艦長何かありますか?」
大淀教官の問い掛けに綾は起立すると緊張の面持ちのままで答える。
「言われる通りテロは抑止出来ましたが、捕縛に失敗した事は自分の不徳の致すところだと思ってます。」
綾の答えに大淀教官は頷くと亜紀の方に視線を向ける。
「澤田記録員の方はどうですか?」
戸惑ったが亜紀も立ち上がり答える。
「自分も艦長と同じですが・・・今回の様な想定がなされた理由はあるのですか?」
亜紀にしてみれば今回の様なシナリオになった理由が知りたかったのだ。
「それは実際にあった事例だからだ澤田記録員。」
だがそれに答えたのは大淀教官ではなく、先程から綾の事を見ていた外国人教官だった。
彼女の答えに綾と亜紀は顔を見合わせる。
「数年前の事だ、ドイツのブルーマーメイド艦が救難信号を受信し現場に向かい突如攻撃を受けた。」
壁に寄り掛かり腕を組みながら綾と亜紀を見ながら彼女は続ける。
「幸い沈没は免れたが、艦は航行不能、負傷者も多数出た。」
その話に綾と亜紀は言葉を発する事が出来ず唯彼女を見ていた。
「結局攻撃してきた船には逃げられ・・・我々にとっては今でも忌々しい話だ。」
そう言うと組んでいた腕を解き、大淀教官の傍に歩いて行く。
「つまり不意の状況変化にどう対処出来るか、それを見るのが今回の課題なわけだ、理解出来たか?」
歩きつつ綾を見ながらその教官は尋ねて来る。
「はい・・・えっと・・・」
頷きつつ答えた綾は彼女の名前をまだ知らなかった事に気付く。
「自己紹介が遅れたな・・・ドイツのブルーマーメイド潜水艦部隊から来たセリア・ガーランドだ。」
そんな綾に教壇に立つ大淀教官の傍に立った彼女は名乗る。
「・・・ガーランド教官は日本との教育交流の為に来日した教官の1人よ。」
大淀教官が捕捉する。
「まあそう言う訳でよろしく頼むぞ神城艦長・・・お前さん達は鍛えがいがありそうで楽しみだよ。」
喜色満面に言うガーランド教官に頭が痛いと言いたげの大淀教官に綾と亜紀は困惑した表情を浮かべるしかなかった。
それが大西洋の魔女と綾の初めての出会いだった。