童磨は人を鬼へと変える際、制限を掛けることは殆んどない。彼にとって鬼とは血を分け与えた同族であるし、何より難しい事を教えようにも、鬼になったばかりの者は知能が低下し、理性を無くして痴愚同然の獣となるからだ。
鬼となった者は本能的に日光を避けながら、人を喰らう。そうして満足した所で、自意識を取り戻す。だが、血を注がれ肉体が変異した事によって、大半の鬼は人間だった記憶が曖昧となり、精々嗜好程度が残るのみとなる。
そんな鬼達であるが不可思議な事に、鬼の中でも強者と言える実力を持つ者。十二鬼月に選ばれる者達は、特に生前の記憶を強固に残している兆候が存在した。
上弦の肆である珠世もまた、人であった頃の記憶を克明に覚えた鬼である。
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人であった頃に珠世は薬師であった。家業として受け継いだ仕事だったが、女である事が原因で嫌がらせを受ける事も有った。女が仕事をするなど言語道断。男から甲斐性を奪うつもりなのか、といった風潮が過分に存在したのである。しかし、そんな世間の声も珠世が作った薬の存在を知ると掌を返して、皆が珠世を褒め称えた。
「どうか、私と結婚して欲しい」
そんな珠世も祝言を挙げる事になった。相手は珠世の家が、代々薬を卸してきた華族の次男で、見知った相手というのも縁となって結ばれた。
子供にも恵まれ、薬師としての仕事も夫婦で取り組み、穏やかな日々を過ごしていた頃に、それは起こった。
都で病が流行して、町民や華族がどんどん倒れていった。国の命令によって医者も薬師も、過剰な労働を余儀無くされていた。
「年の瀬迄に百以上の注文だなんて…幾らなんでも無茶苦茶だ!」
夫が悲歎を顕にする。だが、それでも苦しむ人々の為にも出来ることをしなくてはならない。
「流行り病ですから…私達も気を付けて励みましょう。……こほっ…」
時間は有限であり、寝食を削りながら私達は仕事をやり遂げた。終わった時には体が火照り、疲れが体に溜まっていたのを今でも覚えている。
「私は薬を届けてくる。日が落ちるまでには戻ろう」
夫がそう言い残し、私も何か言葉を返した。それを最後に私の記憶は途切れている。次に目を覚ました時には薬を完成させてから二晩が経っており、私は蒲団へ寝かされていて側には目を赤くした、夫と息子の姿があった。
無理が祟り、私もまた流行り病に罹患したらしかった。夫と私で煎じた薬も、掛かってしまった後では効き目は薄く、医者に見せても一向に良くならなかった。
「嫌…死にたくない…この子もまだこんなに幼いのに…」
幼い息子を抱き締めて、私は必死に祈っていた。夫と共に、息子の成長する姿を見たい。夫とこの子を残して、死んでしまうなんて堪えられない。
「…?かか様、どこか痛いの?」
嗚咽を溢す私の背を、不器用にゆっくりと撫でてくれる小さな掌。暖かくて、ふわふわとしたその手は、神様が私達に授けてくれた宝物だ。離れ離れになるなんて…
自身の行く末と、遺される夫と子供を思って、私の瞳からは涙が絶え間なく流れ落ち、そんな私を心配して自身も涙を流しながら息子が私の背を、いつまでもいつまでも撫ぜてくれていた。
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「聞いてくれ…!お前の体が治るかも知れないんだ…!!」
数日後、必死に都の家族や医者等に頭を下げて、私の病を治す方法を探してくれていた夫が這う這うの体で戻ってきた。
夫によれば、病を治すことを謳い、金子を奪おうとする宗派が余りにも多い都で、口伝のみで伝わる本物が有るのだという。不老長寿で、神の声を聞くことの出来る教祖が、人々を極楽へと導いてくれるのだ。
「私も初めは信じられなかったが、私が都へ居た頃に死病と判断されていた方が話してくださったのだ!」
その方は後遺症から御簾の外に出て日を浴びることは出来なくなったが、今でも生きて屋敷に住んでいるのだという。医者にも見棄てられている私達はその話に縋るしかなかった。私は重い体を引き摺り必死になって、夫と子供の三人で『万世極楽教』の門戸を叩いた。
「流行り病とは可哀想になぁ、医者も神様も酷な事をする。けれど心配しなくて良い。
そこで私は人を食ったような笑みを浮かべ、こちらの話を聞いて嗤う教祖。
ここまで書いた所でちょっと長いので、分けますね。続きはまたいつか