始まりの鬼が無惨ではなかったら   作:園崎礼瑠

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~もしも鬼岡さんだったら~

「無惨様も退出されたようなので失礼する」

「おい待てェ失礼すんじゃねぇ頸を切られても死なねえようにする方法の事を話し合わなきゃならねぇだろうが」

「俺はお前達とは違う。話し合いがしたいならお前達だけで勝手にするが良い」

俺は十二鬼月じゃない。下弦の伍だった錆兎に守ってもらっていただけだ。錆兎が柱に討たれた時、俺は何も出来なかった。十二鬼月に相応しいのは錆兎だった。
錆兎なら今頃上弦の壱となって、鬼殺隊も全滅させていたし、青い彼岸花も見付けて無惨様に捧げていた。


柘榴の味

その時感じていたのは原初の喜びだった。あれほど弱っていた身体は嘘のように健康(強靭)になり、白湯を僅かに口にする程度であった私の肉体は酷い空腹を(飢餓)訴えていた。

 

近くにはとても良い匂いのする御馳走が二つ並んでいた。私の方へと転がって来たので手近に有った、大きい方に齧り付くと、何の調理もしていないのに今まで感じたことのない程の、美味が私の口へ飛び込んできた。

 

少し筋張った所のある、その食べ物()は驚くほどすんなりと歯で噛み千切る事が出来た。一口食べるともう止まらなくなり、直ぐに二口目を口にする。口の中で跳ね回るそれは新鮮な兎肉のようでありながら、いつまでも噛み続けたい。どこか懐かしい味がしていた。

 

あ、待て!そうやって夢中で大きい方を食べていると、手が当たりでもしたのか、小さい方の食べ物()がついと転がって行ってしまいそうになる。

 

「ふふ。ダメですよ、逃げ出したりしては」

 

動かなくなってしまったけど、大きい方はあんなにも美味しかったのだから、こっちの小さい方はどんなに美味しいのだろう。(はした)ないけれど、涎が出てきてしまう。小さい方を優しく抱き締めて、思わず零れた唾液()が小さな食べ物を汚してしまうと、暖かなその食べ物が私の方へとふわっと浮かび上がってくる。

 

「いただきます」

 

まるで天の恵みのような、それを私はパクりと口に運んだ。暖かくて、ふわふわとしたその食べ物は噛むと、とても瑞々しい。力を少し籠めただけでプチっと潰れてしまいそうで、中からとても甘美な汁が溢れてくるので、口を付けて赤子のように啜っている。美味しい。美味しい。美味しい。

 

「こんな美味しい物を食べられるなんて…あの人と、あの子にも食べさせてあげないと」

 

噛んで、啜って、噛んで、啜ってを繰り返して、とっても幸せな気分に浸っていた。こんなのを独り占めにしては罰が当たってしまう、そうだ…私だけではなく、皆で食べなければ…考えたその時に、男の声が浮き足立っていた私の脳内に、まるで冷や水を浴びせかける様に轟いた。

 

「不思議な事を言うんだね?その旦那(大きい肉)子供(小さい肉)ならたった今、君が美味しく食べているというのに」

 

自分で自分の肉を食べても、苦しいだけで美味しくはないと思うけどなぁ…と、何でもない様に、言われて、私は漸く部屋の惨状を認識した。

 

「あ、ああ、ああああああああああ!!」

 

私が与えられた部屋は、至る所に夫と息子の血と、肉片が飛び散り、逃げ出そうとした二人の足は私の左手に握られ、まるで紙屑の様に潰されていた。

 

私を優しく抱き締めて、夫婦で力を合わせて薬を作っていた旦那の腕も

泣き喚く私を抱き締め、子供であるのに優しく撫でてくれた子供の手も

 

残骸には遺されていなかった。何故?決まっている。私が食べたからだ、口許は真っ赤に染まって今でも、血と涎が止めどなく溢れている。二人は手を千切られ、足を潰されて、全身の肉を喰いちらされて、血を啜られているのにまだ息が有った。まるで最後の最後まで新鮮に食事をしようとするかのような、その悪趣味な所業に我が事であるのに私は…吐き気が止まらなかった。何よりも、その二人に今でも食欲が沸き上がって、止まらなかったからだ。

 

「こらこら、美味しく食べたご飯なのに吐き気を催すなんて失礼だろう。

もう食べないのだとしても、きちんと御馳走様と感謝を述べるべきだ」

 

残すのも勿体無いから、食べないのなら俺が食べておくけれど

なんてさっきまでと、変わらないように言われて怒るよりも、ただ涙が零れて、私は必死に懇願していた。

 

「お願いします…どうか、どうか私の子と旦那を救って下さい!

貴方の不老長寿の力なら、二人を治す事だって…!!」 

 

私の死病を治して、救ってくれたのだから、きっと二人の事だって…!

 

「うーん。困ったなぁ助けてあげたいのは山々だけど、死んでしまった後では俺の血を分け与えても意味がなかったんだよ。半死人とも言えるような状態だし、部位も色々と足りないから耐えられるだろうか」

 

まあ、無惨殿にも色々と試して見るように言われているし、やってみようか。

そう言って教祖(童磨)は自分の腕を大きく切り裂くと、夫と息子の身体へと血を振り掛けた。半死半生だった二人の身体に鬼の始祖の血が吸い込まれて、肉体の変貌を始めていく。引き千切れた肉片が寄り集まって、一つの肉を形成しようとした時に、それは起こった。

 

二つの肉体が混じり合いだしたのだ。

近くに置かれた子と旦那の肉片は互いが互いを喰い合うように混ざり、潰れて、最後には鬼でも人でもなく、不気味に脈動のみを繰り返す肉塊が残るのみであった。

 

「そんな…そんな…」

 

肉塊に手を触れても、何の反応もない。暖かさも感じられず、脈打つ事でしか生命活動を感じられないそれは、最早生きているとすら言えな「いやいや、素晴らしい結果だよこれは!

貴女の旦那と息子は今も生きているし、どうやら意識だって残ってるようだ。ただ、ひたすらに苦しみ嘆いているよ!」

 

凄いなぁ。こんな結果になるなんて、初めてだよ。凄いなぁ!

嬉しそうに笑って私の旦那と息子(肉塊)を徐に切り裂き始めた。

 

「やめてください!何をするんですか!!」

 

傷付けられた状態から、肉塊(旦那と息子)は直ぐに元に戻ったが、そんなことは関係ない。男に掴みかかるが、彼は笑いながら言う。

 

「心配しなくても大丈夫だよ!どうやら、この状態で生きている事その物が彼等にとって一番の苦しみらしいね。切り裂いても、思考に全く変化がない。

それに中を見てみたけど、臓器どころか首も見当たらないし、鬼狩りに殺されることも無いだろうね!

ほら、望み通りに日光を浴びない限りは絶対に死ななくなったんだから嬉しいだろう?」

 

この結果を一緒に喜ぼうじゃないか。なんて、それを良いことの様に笑って、嗤われて、そんな願いをこの男にしてしまった事に絶望して、私は

 

「ああ、でもそれは困るなぁ。無惨殿にはどんどん使うべきだって言われてるけど、あまりやりたくないんだけどな俺は。思考を縛るだなんて、幸せに生きられなくなりそうだし、正しく鬼の所業みたいだろう?」

 

だけど、死にたくないって願った結果、家族揃って自害しようだなんて、そんな思考を赦してあげたら、死病を治したのに報われないだろう?

 

「だから、貴女の望みを叶えるために自死する事を禁止するよ!

辛く悲しい気持ちが続くかもしれないけれど大丈夫!長生きすれば幸せになれるさ!

貴女には珠の様に美しき容貌もあるし、広い世界を見て回ると良い。俺が名前をあげるよ

珠世殿」

 

何だったら新しい旦那を見付けるのも良いんじゃないかな?彼は年上だったようだし、年下で探してみてはどうだろう?別れていないから姦通になってしまうかも知れないけれど。

 

その鬼はまるで自分が神であるというかのように、私へ向かって嗤いながら、呪い(祝福)を与えた。

この時に決めたのだ。私は絶対にこの()を殺す。いつの日か私と、旦那と、息子と、全員が人間へ戻り、死を迎える事。鬼となった私はこれから、どんな手を使ってでも成し遂げてみせると。

 

 




前の話のサブタイトル変えました。内容は変わってませんが、気になったので。

書きたいことが増えてくると嬉しいけど大変ですね。読み専だった身には辛いです。作者様達の凄さが分かります

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