紫煙燻らす彼の話 作:社畜的な社畜
鬼怒川啓路にとって仕事とは、金銭を稼ぐ手段であると同時に趣味でもある。
中堅ゲーム会社であるイーグルジャンプに就職した契機も、その趣味が高じてのもの。
元々、ゲームが好きだった彼。ただ、その楽しみ方というのが、特殊だった。
「よっしゃ、裏世界来たぜコレ!」
某狩人ゲームにおいて、討伐対象すらも利用して、壁を越えた世界に突っ込んだり。それを利用して、討伐対象を討伐したりなどが最たる例だろう。
そう、彼はゲームによるバグを態々引き起こして遊ぶようなタイプだった。無論、真面にプレイもちゃんとする。だが、一定期間遊ぶとデバック作業の様な事を始めるのだ。
あくまでも改造ではない。ゲームのプログラム上穴を突く様なことばかりしていた。
そんな事を続けていると、ふと彼は思ったのだ。
“自分も作りたい”と。
この思いを抱いたのは、小学生の頃。それから、小遣いやお年玉などを貯めて彼は中学校入学と同時にパソコンを買った。
プログラミング言語から、モーションや何やら。そしてイラストも。
全てが初めてであったが、啓路は苦労すらも楽しみに変えることが出来る稀有な性格をしていたお陰か、独学であるにもかかわらずメキメキとその実力を伸ばしていった。
そして、高校二年生の秋。彼は数々のエラーを乗り越えて一本のフリーゲームを作り上げた。
ジャンルはRPG。勇者が世界を救うありふれたもの。だが、そこに彼は渾身のグラフィックとプログラム、そして選択肢によって世界は三つの終わり方を迎えるように作られたもの。
一つは、魔王を倒して世界平和とする王道。
一つは、魔王と和解し共存繁栄の道を描く平和。
一つは、魔王に与して世界を滅ぼす悪堕ち。
手が込んでいるのが、このエンディングを迎える最初の選択肢が始まるのは主人公が魔王討伐に向かう前から。何気ないNPCとの会話から分岐する点。
フリーゲームでありながら、総プレイ時間はやりこめば軽く百時間は遊べる代物。王道であるからこそ、のめり込み、多くのプレイヤーに遊ばれた。
何より特徴だったのが
ある行動をすれば、あるモンスターが永続的に出てくるとか、ある壁に進み続けると壁抜けをして違う部屋に到達するとか。部屋間の暗闇の世界の様なグラフィックの無い場所に入る事により出現するモンスターであるとか。
恐るべきは、バグを許容させるギリギリのプログラミング。どれだけバグらせようともフリーズしないレベル。
製品化の話なども出たのだが、当人は乗り気ではなく高校卒業と同時に比較的家から近かったイーグルジャンプに入社することになる。
++++
タバコ休憩の是非について世論が沸いた事もあったが、イーグルジャンプではそもそも喫煙者が働き過ぎの啓路一人という事もあって特に問題にもなってはいなかった。
「鬼怒川さん。いい加減、休憩に行ってください」
「んー……ちょい待ち、今良いところだから」
「十分前も同じこと言ってましたよね?それに、貴方が火の着いてないタバコを咥えるのは疲れてるときですから、自覚してください」
「んな固いこと言うな、アハネ」
キャスター付きの椅子に胡坐をかいて座り、キーボードを用いてディスプレイに文字を連ねていく啓路にため息をつくのは日焼けした美人。
「私は、あ、阿波根です…………」
「不服なら良いじゃねぇか。八神の奴より善良だろ?」
あだ名だあだ名、口角を歪めた啓路は加えたタバコをそのままに指を走らせていく。
彼女、阿波根うみこから見ても目の前の先輩は群を抜いている。それこそ、プログラマーチームの仕事の六割は彼一人で熟せる程だ。
だが、その分だけ色々と振り切ったまま仕事をするのはいただけないのが現状。
「とにかく、休憩に行ってください!残りはこっちで処理しますから」
「いや、でも――――――」
「返事は、yesのみ認めましょう。さもないと、撃ちます」
言い募ろうとする啓路に対して、うみこは黒光りする拳銃を突き付けていた。
勿論、本物ではない。エアガンである。只、これが額に当たると割と洒落にならないレベルで痛いのだ。主にコウや仕事のできるサボり魔がその対象になるのだが、啓路も何度か受けていた。
流石に、ここまでされて無視し続けるのは難しいというもの。
「オーケー分かった。だからその銃をゆっくり下ろしてくれ。それは痛いからな」
書きかけのプログラムを保存して、啓路は手を上げると立ち上がった。
余談だが、うみこと啓路は並ぶと十センチ以上差があり、自然とうみこが見上げる形となるのだ。
喫煙道具一式と財布をワークパンツのポケットへと突っ込み、社員証を首から下げて啓路はフロアの外へ。
「あん?」
後ろで扉が閉まるのを聞きながら、彼は片眉を上げた。
「えっと、涼風、だったか。何やってるんだ、お前」
「き、鬼怒川さん…………!」
何故か廊下で膝を抱えて壁に凭れて蹲る青葉がそこに居た。
「え、えっと……お手洗いに行ってそれで…………!」
「…………ああ、成る程。社員証無くて入れなかったと」
「は、はいぃ…………」
べそべそ涙目の青葉に、啓路は頭を掻いた。
イーグルジャンプのフロア内には社員証が無ければ入れない。主に防犯面の為だ。
「……とりあえず、中入るぞ。そして、八神に関しては……まあ、遠山に叱ってもらうか」
「で、でも、鬼怒川さん。何か用事があったんじゃ…………」
「休憩して来いってアハネに追い出されただけだから問題ない。それに、後輩の面倒見るのが先輩の仕事だしな」
メガネに光を反射させてニヤリと笑った啓路に、青葉はポカンとした表情。
だが、手招きされて我に返ると慌てて立ち上がり彼の後に続いた。
そうして二人はブースの森を抜けて、
「おい、八神」
「んー?あれ、キヌ。珍しいじゃん、こっちに来るなんて」
「お前の尻拭いでちょっとな」
イラストに向かっていたコウの元へ。
「お前、涼風の社員証どうしたよ」
「ふぇ?………………………………あ」
固まった彼女を見れば、完全に忘れていたことは確定だろう。
啓路はため息をつくと、頬を掻いた。
「まあ、お前が忙しいのは分かってるさ。けどよ、せめて後輩はちゃんと見てやれ?それも、涼風は新人なんだからな」
「わ、分かってるし!青葉、会議室に行くよ!」
「え、えぇ!?えぇーーーーーッ!?」
説教を気配を悟ってか、コウはすぐさま青葉の腕を掴むとそのまま会議室へと向かってしまう。
その背を見送り、啓路は一つ息を吐きだした。
「アイツも、もう少しイラスト以外に気を配れないもんかね」
「それ、キヌさんが言います?」
「割とキヌさん、いつもうみこさんに休むように言われてませんでしたっけ?」
「俺は良いんだよ。それよりも、篠田も飯島も涼風の面倒は確り見ろよ?」
「了解です!」
「私かて分かっとります。けど、キヌさんも面倒見なあかんとちゃいますか?」
「アイツがプログラミングに来るならな。まあ、無いだろうが」
彼女らもまた、グラフィックチーム(片方はモーションだが)の人間。
フリルのあしらわれた可愛らしい格好の小柄な彼女が飯島ゆん。健康的でボーイッシュにしてグラマーな体形をしている彼女が篠田はじめとなる。
どちらも青葉の一年先輩であり、同期だ。
「そういえばキヌさん」
「ん?」
「FOFの新作とか出したりしないんですか?」
「………お前は、俺に死ねというのか篠田よ」
「あ、それ私も気になります。その辺、どうなってはるんですか?」
「飯島もか…………いや、流石に新作は無理だろ。暇も無いし」
FOFとは、【フェイト・オブ・フューチャー】と呼ばれるフリーゲームの事。
製作者は、鬼怒川啓路その人であるのだ。
追加コンテンツこそあった物の、一新した二作目などは結局発表される事はなかった。
偏に、啓路自身が就職してしまった為。そして、このイーグルジャンプの代表作である【フェアリーズストーリー】の修羅場に掛かりっきりであったからだ。
そして、ここまでズルズルとやって来た。
「…………まあ、作りたいと思わないわけじゃねぇがな」
ゲームを一から作り上げる感覚を思い出しながら、啓路は思いをはせる。
気分転換には十分であった。