紫煙燻らす彼の話 作:社畜的な社畜
株式会社イーグルジャンプ。
この会社で、よく働く、もとい働き過ぎな人物を上げろと言われれば、咄嗟に二人挙げられることになるだろう。
一人は、八神コウ。もう一人は、鬼怒川啓路。
どちらも会社に住んでると揶揄される程度には、仕事人間であり同時にその処理速度は他の社員の数倍にも及ぶ。
そんな二人は同期であり、会社にも夜遅くどころか同じフロアで一夜を過ごす事珍しくない。
普通、年頃の男女が一夜同じ場所で過ごせば、過ちの一つや二つ起きそうなものなのだが所がどっこいこの二人、何も起きない。噂の一つも立たない。女性の割合が圧倒的に高い会社でありながら、槍玉に上がる事も無い。
無いない尽くしで面白みも無いほどに、二人は仕事一筋であった。
「…………」
眼鏡のレンズにブルーライトを反射させ、火のついていないタバコを咥え無精ひげが伸び始めている啓路はその日もパソコンへと向かってキーボードへと指を走らせていた。
とはいえ、疲労の色合いが濃くなってきている。出来る後輩は、その瞬間を見逃さない。
「鬼怒川さん」
「んー?」
「そろそろ休憩の時間です。それから、デスクの方も片付けてください」
「おー、了解了解。これが終わったらなー」
「さっきもそう言ってましたよね?子供じゃないんですから、自分の疲労の度合い位しっかりと把握してください。それに、これも前に言いましたけど鬼怒川さんが仕事から離れないと、こっちも休憩が取りにくいんです。私の言いたいこと、分かりますよね?」
「オーケー、分かった。分かったからその銃口をゆっくりと下ろせ。どっから出したんだ、そのM16。モデルガン?モデルガンだよな、ソレ?精巧過ぎない?」
「勿論モデルガンです。それとも、M82が宜しいですか?」
「それ、対物ライフルゥ…………ホント、どうやって持ち運んでんだよ」
「鬼怒川さんが、ちゃんと休憩をとって尚且つ家に帰ってくれるのでしたらベレッタだけで良いんですけどね」
「妥協してるように見えて、モデルガンは持ち歩くのね」
恐ろしい後輩だ、と内心で零しながらも啓路は素直にプログラムの保存とバックアップを別々にとってパソコンを落とし席から立ち上がる。
「んじゃ、少し出てくる」
「一時間程度休んでもらっても大丈夫ですよ」
「んな穴開けられるかよ。まあ、十五分ぐらいだな」
「でしたら、散歩してきたらどうですか?」
「お前、本当に俺に仕事させたくないんだな」
「むしろ、あそこまで鬼気迫る雰囲気のままパソコンの画面に向かっている人を仕事させ続けようと思う人が居ないのでは?」
「ぬぐっ…………」
うみこの言葉に他の席の数人が頷いた事実に、啓路は口を噤まざるを得ない。
働け、と思われる上司は世に割と多いが、彼はその逆で働き過ぎないで、と静止を求められるタイプの上司である。
繫忙期などならばこれほど頼りになる人材は早々居ないのだが、逆に通常業務ですらも居残り上等、残業上等、休憩返上で仕事されると休憩をとったり帰ったりするときに気まずい思いをする事になるのだ。
そこで白羽の矢が立ったのがうみこ。彼女ならば、啓路とも友好的な関係を築けており、尚且つ上司だろうとズバッと物を言えるから。
かくしてブースを追い出された啓路は、いつも履いているワークパンツの尻ポケットへと財布と携帯、その反対にタバコの箱と百円ライター。左前のポケットに社員証を突っ込んでフロア出た。
と、そこで、
「あ?どっか行くのか、お前ら」
「お疲れ様です、キヌさん!遠山さんのタブペンが利かなくなったからその買い出しに行ってくるんです」
「お、お疲れ様です鬼怒川さん!」
「おう、お疲れお前ら。にしても、電気屋か…………」
「キヌさんは、またタバコですか?あんまり吸い過ぎると、また遠山さんに怒られますよ?」
「ちげぇよ。いや、吸うかもしれねぇけど、今回はアハネにブースから追い出されたんだ。ちょいと気分転換に散歩だ、散歩」
「あ、それじゃあ私たちと一緒に行きません?」
「お前らと?」
「はい!って、良いかな青葉ちゃん?」
「あ、は、はい!私は大丈夫ですけど…………鬼怒川さんは良いんですか?折角の休憩ですし…………」
「んー、まあ、良いだろ。折角の後輩からのお誘いだしな」
へらりと笑った啓路に対して、はじめは喜色を浮かべる。
彼は見た目に反して面倒見がいい。それこそ、彼よりも後に入った社員の大半は最低でも一回は厄介になる程度には世話になっている。
ついでに、割と人気もあったり。
そうして、ビルを出た三人は揃って割とのんびりとした足取りでお使いへと出発した。
「そういえば、鬼怒川さんってFOFの製作者、何ですよね?」
「ん?まあ、そうだな。つっても、何年も前で更新もやっちゃいないが」
「あの、私すっごくファンだったんです!細かい伏線から、選択肢の幅の広さに意図したバグ!とっても楽しかったです!」
鼻息荒く瞳を輝かせた青葉は、そう言って無意識の内に啓路へと詰め寄っていく。
一方詰め寄られる形となった彼は、苦笑い。
ジンクスなのか、或いは狙っているのかイーグルジャンプには、一定数のFOFファンが籍を置いていた。
そんな彼ら彼女らに自己申告するような性格ではない啓路なのだが、周りはそうではない。
発端は、経歴で知っていたディレクターから。そこから紆余曲折経て、今では新人にあの人は……といった形で教える事が通例となっていたりする。
「あ、でも、どうして製品化はしなかったんですか?」
だからこそ、青葉の質問も恒例だ。その答えも。
「んまー……面倒だったから、だな」
「め、面倒?」
「元々は、俺が満足するゲームが作りたかったから作ったんだ。ネットの方に挙げたのも単に、感想が欲しかったから。金稼ぎの為に作ったわけじゃねぇし」
「ヒュー♪キヌさん、かっくいー!」
「茶化すんじゃねぇよ、篠田。ま、後は製品化なんぞしちまったらそれこそ、時間が無くなる。主に続編制作とかのせいでな」
「続編作ってるんですか!?」
「いや、作ってはねぇよ。そもそも、そんな暇ねぇし…………まあ、会社辞めたら作るかもって所じゃねぇか?今のところ、予定はねぇけどな」
「むしろ、キヌさんがクビになるなんて想像できませんけどね。プログラマー班ってうみこさんが居ても大変そうだし」
「うみこさん……?」
「俺の後輩のプログラマーでな。ああ、名前で呼んでやれよ?名字で呼ばれると嫌がるからな、アイツ」
「青葉ちゃんも気を付けてね?うみこさん結構厳しいからさ」
「そ、そうなんですか?」
「厳しいっていうよりも、真面目だな。まあ、心配すんな。悪い奴じゃねぇし、何なら頼られると弱いまである」
「い、良い人なんですね」
「怒らせなきゃな」
そんな会話を繰り広げながら三人は店へ。
タブペンの太さなどで色々あったのだが、真の事件は会計の時に起きた。
「―――――あっ」
「どしたの、青葉ちゃん?」
「その、お財布を会社に忘れてきちゃったみたいで」
「あちゃー、次からは気を付けるんだよ?」
恥ずかし気に笑う青葉に対して、先輩風を吹かせるはじめはポケットの中へと手を突っ込み、その顔を曇らせた。
彼女の異変に気付いたのは、シェーバーの替えの刃を手にレジへとやって来た啓路。
「何やってんだ、お前ら」
「あ、キヌさん……その、財布落としちゃったみたいで」
「私は、会社に忘れてきちゃいました…………」
「いや、本当に何やってんだよ」
割と初歩的なミスをした後輩二人に、呆れた溜息をつき啓路は青葉の手からタブペンを回収。替えの刃と一緒に支払いと領収書を受け取って二人に退店を促すのだった。
「で?涼風は兎も角、篠田はどの辺りで落としたのか目星はついてるのか?」
「ええっと、多分会社を出るころには…………持ってました!多分!」
「…………一応、下を気にしながら戻るか。見つかるかもしれねぇし、無けりゃ会社。そこにも無けりゃ、警察だな。交番にでもあるだろ。涼風も、頼むな?」
「分かりました!」
ビシッと敬礼を決めてくる青葉に笑みを返し、はじめの頭を一撫でして啓路は帰路につく。
その後、はじめがキャラを見失ったり、そこをゆんに突っ込まれてトイレに逃げ込む事件があるのだが
全くの余談である。