BIO HAZARD -Queen Leech-   作:ちゅーに菌

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 どうもちゅーに菌or病魔です。これまでをアークレイ編だとこれがその最終回に当たり、次回からラクーンシティ編となります。







洋館脱出

 

 

 

 

「お前は……なんだ? マーカスではない筈だ」

 

「私が何かか?」

 

 ウェスカーはマーカス博士のすがたかたちをしている存在が、真っ先に交戦し始めることはしなかったため、その質問を投げ掛ける。

 

「ふむ……説明し難いが、他ならぬアルバートは知っておくべきだろう。よろしい、私は――」

 

「ジャクリーン、顔違うよ?」

 

 すると隣にいるリサ・トレヴァーから横槍が入り、マーカスを模した存在はそちらの方に向く。そして、やや困ったような表情を浮かべていた。

 

「リサ――」

 

「お姉ちゃん!」

 

「…………お姉ちゃん。わかったから少しだけ待っていて――」

 

「むー……顔違う! ジャクリーン返して!」

 

「はいはい、ただの悪ふざけだよリサ……お姉ちゃん」

 

 マーカスを模した存在は肩を竦めてお手上げと言ったジェスチャーをしてから、リサ・トレヴァーの頭を撫でる。するとマーカス博士だった容姿が、白衣を羽織ったスーツごと全身の表面が捻れるように蠢き、徐々に姿を変えた。

 

 身長は少しだけ低くなり、体の線もより細いものに変わって丸みを帯びる。更に骨格だけでなく髪が急速に質を変えながら伸び、新たな顔が形成され、マーカスが着ていた男性モノのスーツはレディーススーツへと変異する。

 

 サイズ以外はほとんど変わらないのは白衣だけだが、よく見ればスーツに付いた名札の名前が変わり、ジェームス・マーカスからジャクリーン・マーカスという女性名に変更されていた。

 

「まあ、私も最近はこちらの姿の方が馴染んできたところだ」

 

「ジャクリーン!」

 

 リサ・トレヴァーが、マーカスを模していた存在――ジャクリーンに嬉しげに抱きつき、それをジャクリーンは背中に片手を回してゆっくりと擦っている。

 

「彼女はアルバートの知るリサ・トレヴァーで間違いないよ。アークレイにいたとき、副次的に知能が回復してね。今ではとても可愛らしい」

 

 ウェスカーはジャクリーンがジェシカ・トレヴァーに似ていると最初は考えたが、それよりも遥かに若くどちらかと言えば、リサ・トレヴァーに近い顔立ちをしていたため、リサが大人へと正しく成長した姿を模していることに気がつく。

 

「リサの要望の通り、私はジャクリーン・マーカス。一応、君とも面識はある筈だ。尤も、研究室のごちゃごちゃした机上のガラスケース越し。それか飼育室の強化ガラス越しにだけれど、ね」

 

「………………」

 

 既に答え自体はウェスカーの中で会う前から出されているため、彼は事の成り行きを見守る事にした。

 

 まるで、自身を気の置けない友人か何かのように扱っているようにさえ思えるジャクリーンの姿はウェスカーからしても異様である。

 

「ふふふ……随分大きくなっただろう? あの頃の私は手乗りサイズだったからな。そのとき私に付けられた番号は4番だよ」

 

「――――!? T-ウィルスの原型を生み出した個体か!?」

 

 流石のウェスカーも口を開かざるをえなかった。

 

 それはアルバート・ウェスカー、ウィリアム・バーキンが幹部候補生としてアンブレラ幹部養成所に配属されてから直ぐのこと。まだ、ウェスカーがウィリアムの才能の前に、研究者としての道を諦める前の話だ。

 

 あるときにジェームス・マーカスは、始祖ウィルスを4匹のヒルに注入し、それらが学習による知能の発達と、攻撃性の向上が見られ、T-ウィルスの原型が、そのヒルの中で生み出されたのである。

 

 しかし、4匹のヒルは最初に共食いをして、2匹に数を減らしている。そのときに残ったヒルの背に自然塗料で振られていた番号が、1番と4番の個体だ。これは共食いという結果になり、書き残すような事柄でも無かったため、記録には記されていない。そのため、あのときにマーカス博士の助手をしていた者、マーカス自身、そしてヒルしか知り得ないことだった。

 

 ジャクリーンは自身がそのときの4番個体のヒルであると言いたいのだろう。これが本当ならば、彼女こそが、ある意味T-ウィルスの最初の開発者ということになるが、そちらは特に気にした様子はない。

 

「にわかには信じられんな……」

 

「死者が再び立ち上がる研究をしていて何を今さら……まあ、実際には活性死者は死してはいないが、それはどうでもいいな」

 

 ジャクリーンは小さく笑いつつ、手を広げて何かを思い出すように遠くを見た。

 

「10年ともう少しで3ヶ月前のあの日。君とウィリアムは恩師である父を殺した。そして、ウィリアムは父を踏み台に成り上がり、ラクーンシティ地下研究所の所長になる大出世。それに比べて、君は実験部隊の隊長をし、1度死んでアークレイの自爆から逃れようとしている。今のところ、あまり華々しい人生では無さそうだね」

 

「………………」

 

 ウェスカーは何も言い返さなかったが、内心では"余計なお世話"だと毒突いていた。しかし、それを顔には一切出さない。

 

「私と……つい2日前に死んだが、もう片方の頭角個体は、父の骸を10年掛けてゆっくりと……その知能、その思考、その記憶、その性格、ジェームス・マーカスという人間が司る全てを喰らい尽くし、自らのモノとした。私はジェームス・マーカスの家族――彼が遺した……たったひとりの愛娘(まなむすめ)だよ」

 

 "まあ、ヒルは両性具有なので私は雌ではないのだがね"とジャクリーンは付け足しつつ、更に口を開く。

 

「ならば私がスペンサーに復讐しない理由はないだろう? その過程でアンブレラを潰し、父を殺した者にも同じ報復を与える。私はその為だけに今は生きているのだ」

 

「………………」

 

 ウェスカーは内心で下らないという感覚を覚えつつも、折角の才能をつまらないことで無駄に消費していることへの感嘆に近い感情を持っていた。

 

「私を侮蔑するかね? まあ、それもよい。今さら私も止まれぬのでな。私はジャクリーン・マーカスであり、私はジェームス・マーカスなのだ」

 

 言っている意味が理解出来ない。というよりも人間には理解できる訳がないだろう。ジャクリーンは人間には無い感覚を持っているに他ならないからだ。

 

「父は君を信頼していた」

 

 唐突にジャクリーンはそう呟くと更に言葉を続ける。

 

「ああ、なんと愚かなことだ。死期を早めたのは何よりも、君を疑わなかったこと。それが理由で父は死んだのだ」

 

「ほう……」

 

 その言葉にウェスカーはジャクリーンを評価し直す。愚かなことを自覚できない者と、愚かなことを自覚しながらもそれを止めない者はまるで話が異なる。無論、後者の方がずっとマシだ。

 

「だが、それでも父から君への信頼という名の愛が、死んだ瞬間から、全く変わらぬまま私のなかにあるのだよ……実に度しがたい限りだ。わかるか? 私のなかに渦巻く君への愛憎が? 君を見ると感じる父の安心と信頼を……! そして、私の憎悪と殺意の形を……!」

 

 ジャクリーンは人間で言えば心臓がある位置に手を置き、その周囲の擬態が解け掛けるほど握り締め、血を吐くような思いの丈を吐き出した。

 

「私はジャクリーン・マーカスだ! しかし、その元の思考、記憶、思いの全てはジェームス・マーカスのものだ……! それ故に私はわからない。己の事のように鮮明な父の記憶がある。父を喰らう前の朧気(おぼろげ)な私の記憶がある。そして、今は思考する頭脳と、海面よりも激しく揺れ動く私自身の感情がある」

 

 擬態が解けた胸部には握り締めたせいで、その部分のヒルが避難したのか、ぽっかりと穴が空き、その中には人間のような心臓はどこにも見られず、湿っぽいがらんどうな空間だけが広がっている。

 

「私がアルバートとウィリアムに抱いている感情は"愛憎"だよ……。家族の次に愛していた……信頼している……! だからこそ憎い……殺したい……!」

 

 "セルゲイとはまた違った方向に拗らせているな"とウェスカーは、短期間に異常者を立て続けに2人も相手にすることになったことに溜め息を吐きたい気分であった。

 

「よしよし……」

 

 突如として、リサ・トレヴァーは何を思ったのか、ジャクリーンに抱きつくと、その手で彼女の頭部と胸部を慈しむように優しく撫でた。

 

 するとジャクリーンはリサ・トレヴァーを自ら抱き寄せると、強めに抱擁をして、彼女の頭に顔をつけて目を閉じる。

 

「リサ……リサ……私の家族……」

 

「うん、いたいのいたいの飛んでいけ。ジャクリーンは大切な家族。私の妹。大好き」

 

 目蓋を開けたジャクリーンはリサ・トレヴァーと密着するのをどこか名残惜しそうに止めて、ウェスカーと再び向き合う。そのとき既に、ジャクリーンの胸部に空いていた穴は塞がり、いつの間にか擬態し直されていた。

 

「失礼、少しばかり取り乱した。この感情というものは本当に厄介だ。どんな研究よりも私にとっては難しいかもしれない。未だに振り回されてばかりだからな。まあ、私はまだ生後3ヶ月にも少しだけ満たない生娘なものでな。許してくれ」

 

「要件はなんだ……?」

 

 "お前のような生娘がいるか"と言いたいウェスカーであったが、少しだけ片眉を潜めて遂にこちらから話を切り出した。ジェームス・マーカス譲りの話の長さをジャクリーンが引き継いでいることに気付いた為である。

 

「ああ、要するにだな。私は私の意思で紛れもなく君を殺した。しかし、君はこうして生きている。それに対して、どうしたものかと決めかねているところなのだ」

 

「…………は?」

 

 ついさっきまで、殺す口実を並べているようにしか思えなかったジャクリーンの意外な言葉に思わず、ウェスカーもそんな呟きを上げてしまった。

 

「目には目を、歯に歯を。同害復讐法については知っているだろう? 私はその法が好きだ。何せ、私はただの人間とは到底、比べ物にならないほど強靭で再生力がある体をしており、パーツごとに代えも効くからね。スペンサーとアンブレラ以外には、ポリシーとして極力それを適用したいと思っているのだ。私自身、どうにもやり過ぎる嫌いがあるからね。自分を律することが出来るのは自分のみだ」

 

 それは化け物の思考からは掛け離れた真っ当なルールであった。尤も人間からは大きく外れてはいるが。

 

「故に死には死を。だから私はアークレイに残したタイラントで確かに君の生命活動を停止させた。しかし、何故か君はこうして甦ってしまった。となると――私からこれ以上は君に報復するわけには行くまい」

 

 そう言ってジャクリーンは大きく肩を竦めるジェスチャーをして見せた。

 

「君が真っ先に発砲でもしてくれれば、私は嬉々として君を襲ったのだがね」

 

「…………本気で言っているのか?」

 

「だから、最初に言ったではないか。君が甦った理由を教えて欲しいと。私がここにいるのは研究者としての純粋な興味だよ」

 

 確かにその通りではあるが、この会話が噛み合わなくなることもマーカス譲りだとウェスカーは頭を痛めたような気分になった。

 

「私は君をまだ殺したい。けれどそれは父のための報復ではなく、私の個人的な恨みだ。そして、父の記憶から未だに君を信頼する私がある。度しがたいだろう? 私も不思議だ」

 

 二律背反の人間らしい心の所作を、天秤で全く同じだけ乗せて吊り合わせたかのような余りに人間離れした思考にウェスカーは閉口した。

 

 そして、ウェスカーは想う。この"ジャクリーン・マーカス"という女は、己がこれまで見てきた愚かで汚い人間達とは、比べることさえ烏滸がましい聡明な怪物だということを。見えている地平がきっと人間よりも高次のモノなのだと。

 

「おお、そろそろアークレイが吹き飛ぶ時間だね」

 

 マーカス博士が所持していた古ぼけた金の懐中時計で時間を確認したジャクリーンはそう言う。ウェスカーとしてもこの場で死ぬ気は更々なかったため、交戦する時間さえもなくなったのは、会話でこの場を切り抜けたと言っても過言ではない。

 

 ウェスカーがこれまでに、アンブレラに尽くして見てきたB.O.W.の中で、間違いなく最も凶悪な個体が会話のみで片付いてしまったのはなんとも皮肉なものだろう。

 

「まあ、何れにしても今日のところはここまでか。次の機会があれば、ただのお茶の誘いでも、私が設計したB.O.W.の商談でも、また昔のように私を暗殺して来てもそれ相応に歓迎するよ。私は暫くラクーンシティに滞在する予定のため、用があれば見つけてくれたまえ」

 

 そう言い終えるとジャクリーンは"ああ、これはあげよう"と思い出したように懐から取り出して、ウェスカーへ向けて投げ渡したのは、バイクの鍵であった。

 

 更に彼女は洋館の玄関口へと手をかざす。

 

「館のすぐ外に停めてある助手が乗ってきたバイクのキーだ。1人か2人しか乗れん乗り物などあっても仕方ないからな。森を抜ける足にはなるだろう。なに、映画のように爆弾を仕掛けるような小細工はしていないから安心したまえ」

 

「………………」

 

 ウェスカーはその言葉にジャクリーンらを警戒しつつも正面玄関へと向かう。そして、彼女らが一切動きを見せなかったため、無事に到着した彼は、懐から注射器――彼が自身に打った強化蘇生薬の空容器を彼女へと投げた。

 

 若干、注射器の内部に溶液が残っているため、彼女程の研究者ならば解析は容易であろう。

 

「借りは作らん……」

 

「ククク……そういうところが、父は君を気に入ったんだろうな。無論、私も……ね」

 

 ウェスカーはそれだけ言い残し、ジャクリーンの言葉に返答はせずにウェスカーは外に出ると、偉く久し振りに感じる陽射しを浴びながら、本当に近くに停まっていたバイクに乗り込み、キーを回すとエンジンが駆動する。

 

(収穫はあった……)

 

 どのみちアークレイで彼が何をしようとも、データは全てレッドクイーンに抜き取られた。故にアークレイでデータとしては何も得るものは無かったが、ジャクリーンというこれから台頭するであろう真性の怪物とのパイプを持てただけでもよしとした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やはり熱いな……」

 

 私はウェスカーが洋館から出て言ってから、同じように玄関を抜けて外に出た。すると案の定、朝の陽射しに照らされ、熱さと痛みを強く感じると共に肉体の結合が緩む。

 

 これでも1日15分の日光浴によって多少は耐性がつき、随分我慢できるようになったのだが、ハッキリ言って体から立ち上る細い煙を見ていると無駄な努力のようにしか感じないな。まあ、人間を終わらせるのは諦めと言う。続けることに意味があるであろう。

 

 陽射しの届かないアークレイの深い森に入ろうと、リサとタイラントたちを連れて十数m移動し木陰に入る。

 

 そして、私が館に振り返って数秒後、派手に音と爆炎を上げながら洋館は吹き飛んだ。

 

 正確にはアークレイ研究所が自爆した余波が洋館にまで及んでいるというのが正しいため、爆風に洋館の内部を晒された後、その爆風が外にまで広がったというのが正しい。

 

「きゃっ!?」

 

「やはり軽いな……」

 

 体重が200kg以上ある上、爆風に備えて踏ん張っていた私とタイラントたちとは異なり、体重50kgもない上に私の回りをくるくる回っていたため、吹き飛ばされ掛けたリサを掴んで止める。

 

「えへへ、ありがとうジャクリーン!」

 

「はいはい……世話の焼ける姉だ」

 

「むー……!」

 

 そう言うとリサが頬を膨らませ始めたので、微笑ましく思いつつ頬を指でつついていると、前方の森の中からぬるりとセンチュリオンが現れた。

 

 センチュリオンの背には、大量の小型金属コンテナや衝撃吸収材を巻かれた研究機材が固定されて積まれており、さながらムカデの引っ越し屋さんと言った若干メルヘンチックな様相になっている。

 

「終わったみたいね。ここから17km行ったところに丁度いい廃墟があるから、そこを目指しましょう」

 

 するとセンチュリオンの上に乗っていた女性――フォーアイズがそこから降りてきて声を掛けて来た。このとんでもない脱出方法を考えたのは他ならぬフォーアイズだ。

 

 まず、センチュリオンに機材を運ばせてラクーンシティの方向にある誰も訪れないような何の変哲もない工場跡などの地下空間のある廃墟へと向かい、そこを拠点にする。

 

 このときにこれまで製造した全てのキメラ-αにセンチュリオンを通して指示を出させ、アークレイ山中を封鎖している検問所の内、2ヶ所の大きな検問所を襲撃したまま放置することで、無理矢理アンブレラに処理をさせて時間を稼ぐという寸法である。

 

 最初の拠点は、地下空間を少しだけ改築して、センチュリオン、ジャバウォック、ゴールドタイラントを休眠状態で保存しておく。

 

 それから一旦、T-001――プロトタイラントとリサは留守番をさせ、残りのフォーアイズと私でラクーンシティに入り、拠点にしても問題なさそうな場所を見つけ、そこを掌握したところで、プロトタイラントとリサを秘密裏に招き入れ、可能ならば最初の拠点に残した3体のB.O.W.を物資か何かに偽装して搬入するという手筈だ。

 

 正直、脱出が徒歩な点以外は非常に理に適った計画であったため、フォーアイズを2度見したというか、腐っても元U.S.S.でウィルス分野でも天才といえるだけの才能を持つことを実験以外では、初めてマトモに実感できたような気がするが、口には出さん。

 

「殺さなくてよかったの?」

 

「1度は殺したからな。それにアルバートのことは私がよくわかっている。アンブレラから離反するのなら奴は必ず、自らの手でアンブレラの死水を取るだろう。アイツはそういう、どことなく陰湿で小さい男だ。それが少しだけ父に似ている」

 

 フォーアイズがウェスカーを見送ったことについて、そんなことを言ってきたため、父の記憶から思っている通りのことを伝え、最後に私の感想も述べた。

 

 まあ、人間は利益と情でしか動かないが、その点は私もそう変わらん。1度殺した以上は、利益を優先したまでだ。アルバートなら放っておいても、アンブレラに大打撃を与えてくれることだろう。

 

「94体のキメラ-αはどうした?」

 

「半分に分けてアークレイ山中の2ヶ所の検問所に放っておいたわ。今頃、U.S.S.はてんやわんやね」

 

「まあ、商品価値の無いB.O.W.なら妥当な使い方だな。生産性だけは目を見張るモノがあり、母体も他の使い途を試したいと思っていないこともなかったので、少しだけ残念だが……」

 

 そう言うとフォーアイズはセンチュリオンの背に固定されている物の内、人間の半分程度の大きさの金属製でガラス張りの目穴しか無いカプセルを指差した。

 

 そのため、言われた通りにその目穴を覗くと、随分と物理的に小さくなった母体と目が合う。下腹部の状態を確認すると少しも膨らんでおらず、キチンと今は稼働していないということもわかる。この辺りの気配りをサスペンデッドにもして欲しかったところだな。

 

「そう言うと思って、母体を持ってきたわ。手足が持ち運びに邪魔だったから取っちゃったけど」

 

「そうか、気が利くな。それに合理的だ」

 

「でしょう?」

 

 確かに、製造プラントならばイチイチ拘束するのも面倒なのでこうしてしまうことが最も効率的だな。他に製造プラントを用意する時は最初からこうしてしまう事にしよう。

 

「他の実験素材は?」

 

「全部、私の新しいウィルスを投与したわよ? まあ、マーカス博士からしたらどれも大したものじゃないだろうけどね」

 

「2度と口は聞けないということだな。なら結構だ」

 

「ウフフ……本当に私、マーカス博士のそう言うところ好きよ。私好みの上司だわ」

 

 私はフォーアイズと話を終えると、爆発でもまだかなり残っており、戦地にある煤けた廃屋のような外観になった洋館――ある意味、アンブレラの始まりの地を見た。

 

 ここでオズウェル・E・スペンサー、エドワード・アシュフォード、ジェームス・マーカスは、始祖ウィルス研究を隠蔽するための製薬会社を興す事を提案し、共同でアンブレラ製薬を設立された。

 

 あの頃は皆、確かに気の置けない友人だった。互いに目的も性格もまるで違えど、尊重し合い、洋館のインテリアもそれぞれ好きな物を購入して置き、それぞれがそれぞれの趣味で物を見て、笑い合いながら共感したり、貶したりしたものだ。

 

 何が引き金だったのか。エドワードが始祖ウィルスの実験で最も早く死んだことか? それかスペンサーが神になろうと囚われたことか? はたまた父――私がヒルを愛し始めたことか? 全ての気もするが、そうでない気もする。しかし、今となっては知るよしもない。

 

 決して私はアルバートを待っていた訳ではない。この屋敷の最期を見届けたかったのだ。せめて私ぐらいはな……。

 

 そして、そんな儚い思い出の地は、たった今消えた。私は……マーカスとしては、何とも言えない気分だよ。

 

「壊れちゃったね……お父さんが造ったお家……」

 

 リサのその言葉に屋敷の最期を見て感慨深い感覚に浸っていたのは自分だけではないことに気付く。

 

「いつか、お父さんとお母さんのお墓参りにまた来ようか。きっと天国で喜んでくれるよ」

 

「――うん!」

 

 その花が咲くような笑顔を愛おしく思った私はリサを撫でる。それを受け入れている彼女を見つつ、髪を触る手の感触を楽しんでいるうちに、いつの間にか随分とマシな気分になっていた。

 

「…………行こうか。ここにはもう、古ぼけて色褪せた思い出しかない」

 

 その言葉を最後に我々は陽の光が届かないほど常に暗い、アークレイの森へと入り、私は2度と振り返ることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「組織というものは育ち過ぎるとダメになる」

 

 8月の初頭。白衣姿で眼鏡を掛けたオールバックの金髪をした男――グレッグ・ミューラーはそのように呟いていた。持っている書簡に刻まれた印からアンブレラに対しての発言であろう。

 

「目先の利益に囚われ、大事なものを見失う」

 

 グレッグはラクーンシティのラクーン大学の一角にある研究室におり、そこに置かれた培養槽の近くにある椅子に座って手紙を読んでいる。

 

「量産だと? ……バカな!」

 

 あるときにその手紙を叩き付けつつ立ち上がると培養槽の前に立って、培養槽へと手を広げた。

 

「傑作はひとつでいいのだよ……!」

 

 グレッグの目の前にある黄緑色の溶液で満たされた培養槽に入っているものは、黒人がベースと思われる浅黒い肌をしたアンブレラ社の究極のB.O.W.――タイラントであった。

 

 

 

『ソウカ……デハ、"セルゲイ"ニヤラヌト言ウノナラ……ソノ"タイラント"ハ私ガ頂コウ』

 

 

 

 グレッグは自身の真上から、彼がこれまでに耳にした男性とも、女性とも遥かに掛け離れ、決して人間が出せるようなものではない声を聞く。

 

 それに驚き、恐る恐る上を見上げるとそこに虫のようにいつの間にか張り付いていたのは、大部分が褪せた緑色で、赤く肉々しい部分を持つ人型の異形の存在であった。

 

「な、なんだお前は……!? アンブレラのB.O.W.か!?」

 

 異形のB.O.W.――女王ヒル ジャクリーンは天井からグレッグの目の前に音もなく降り立つ。そして、触手を無造作に組み合わせたような異様な手で、すぐに彼の首を掴んで持ち上げると宙に浮かせた。

 

「がっ……ぁ……!?」

 

 グレッグは首の拘束から逃げようと手足をバタつかせるが、プロトタイラントを容易に捩じ伏せれる程の怪力を持つジャクリーンに、ただの研究者でしかない彼が抜け出せる筈もない。

 

『ソノ前ニ君ヲ頂クヨ』

 

 その言葉と共にジャクリーンの全身は大量の触手の塊へと変え、それに呑み込まれたグレッグは、ゆっくりと全身を喰われながらその生涯を終えた。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

「"兵器というものは力だけでなく、美しく独創的で神々しくなければならない"……か」

 

 約一時間後。グレッグ・ミューラーが居た研究室の中で、彼が書き残したと思われる手記を椅子に座って読みながら、そんなことをグレッグと全く同じ声で呟く男性がいた。

 

 それはグレッグと全く同じ容姿をしており、唯一の違いと言えば、フレームが金の眼鏡を掛けていないことであり、彼の眼鏡自体はタイラントのいる培養槽の前に落ちている。

 

 それだけではなく、眼鏡と共にグレッグの歯にあった銀歯等の詰め物も散乱していた。

 

(それに関しては多少の同感はあるが……高々、自家製タイラント1体を製造し、まだ、未製造のデイライトというT-ウィルスの特効薬だけでアンブレラを潰すだと? 敵の正確な戦力も読めず、才能に他のものが伴っていない無能が、アンブレラを相手に出来るわけがないだろう……馬鹿馬鹿しい)

 

 グレッグ・ミューラー――彼にほぼ完全に擬態したジャクリーン・マーカスは、小さな溜め息を吐いて日記を閉じると、日記を机に戻して立ち上がる。

 

 そして、グレッグに擬態したジャクリーンは培養槽の前に向かうと、床に落ちている眼鏡を拾い上げて掛け――度の強さに顔をしかめると、胸ポケットに眼鏡を入れ、培養槽に浮かぶタイラントを眺める。

 

(タナトスか……T-002型と発想はそう変わらない時代遅れのB.O.W.に大層な名前を付けたものだ)

 

 その場でジャクリーンは呆れたように肩を竦める。そのとき、タイラント――タナトスの目が開き、ジャクリーンと交わった。

 

 しかし、それは休眠状態のタナトスの何気ない生理行動であり、またタナトス自体に自身の回りで起こったことを人間ほど理解する知能も感情も持ち合わせてはいない。

 

(尤も、それを差し引いても凄まじく貴重で希少なセルゲイ大佐以外のタイラント素体のオリジナルだ。ありがたく色々と使わせてもらうよ。勿論、君の立場もな……グレッグ・ミューラー)

 

 こうして、ラクーンシティで思いがけない収穫と、ラクーン大学という新たな研究施設を手に入れたジャクリーンは、早速フォーアイズに拠点が手に入ったことを知らせるのであった。

 

 

 

 

 







※最初からエントランスでウェスカーに遭遇したジャクリーンはこの場でウェスカーと戦うとは一言も言っておりません。


 バイオ5でスペンサーがスペンサー邸という、アークレイの洋館を再現した場所に身を置いていたとき、私としてはやはり彼にも昔を思うところがあったのかと思ったものですね。

 ジャクリーンの行動に賛否はあると思いますが、そもそも彼女の思考が人間からかけ離れつつも人間らしいという特殊な事と、最終目標はスペンサーの殺害であり、またそのときにウェスカーが居た方が面白いものが書けると思うのでこのような展開にしました。



~即退場した当時人物紹介~

グレッグ・ミューラー
 バイオハザード アウトブレイク編の"決意"で当時するキャラクター。ラクーン大学の教員で、元アンブレラ研究員である。アンブレラを裏切った後は"アンブレラに対抗する"と称して同じ大学の教員のピーター・ジェンキンスを利用し、T-ウィルスの特効薬である"デイライト"を製造。また、独占しようとピーターを殺害する。
 決意の作中では、プレイヤーを泳がせてデイライトを作成させ、同時に自身の最高傑作と称する"タナトス"を解き放って性能を試す計画を立てていたが、最後はアンブレラの傭兵によって射殺される。
 この作品では、どこもかしこもアンブレラと蜜月な関係のラクーンシティの中でもラクーン大学にキナ臭さを感じたジャクリーンが秘密裏に侵入し、タナトスを発見。研究室の天井で体色を天井と同じものに変えて待機していたところ、グレッグが入り、セルゲイからのタイラント素体を提供するように呼び掛ける催促状を一括していた様子を見て呆れつつ殺害された。ラクーン大学では専らジャクリーンは彼に成り代わる。



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