BIO HAZARD -Queen Leech- 作:ちゅーに菌
感想や評価ありがとうございます。暇潰しにでもしていただければ幸いです。
「邪魔をする」
ケンド銃砲店の店主――ロバート・ケンドは奇妙な客を前に目を丸くする。
大きく厚手の日傘を持ち、金髪をした白衣姿の美女。出で立ちと漂わせる微かな薬品の香りからも明らかにラクーンシティに多い研究職に従事している事がわかり、少なくとも銃器に用があるようには思えなかった。
それに今ラクーンシティではスタジアムの暴動騒ぎから始まったゾンビが溢れる状況により、未曾有の事態となっており、尚の事異様さが勝るであろう。
「ラクーン大学のグレッグ・ミューラーからの遣いだ。発注していた銃器と弾を受け取りに来た」
「ああ、大学の先生か……」
ラクーン大学という言葉と大学教諭のグレッグ・ミューラーの免許証を提示された事で、ロバートは我に返る。
ラクーン大学から直々に大口の注文が入っており、新旧問わず幾つもの銃器や大量の弾薬が注文され、銃器の性能の歴史研究兼展示用という尤もらしい理由だったため、首は傾げつつもロバートは全て用意をしていた。
「これでいいだろう? 手早く引き渡してくれ」
カウンターに小切手が置かれ、そこには本来の金額よりもかなり色がついている事が見て取れる。
ぶっきらぼうながら取り引きは十二分にしているようだが、ロバートは難色を示す。
「悪いんだが……。こんな状況で研究用の銃器なんて売ってる場合じゃないだろ? 金はいい、アンタも護身用の何かだけ持ってって帰ってくれ」
「…………ふむ、まるで無償で銃器を提供しているような口振りだな」
「そうだ。街の人に渡してるぜ。何より身の安全を守らなきゃならねぇからな」
「直ぐに止めろ、これから益々街の状況が悪くなって行く。焼け石に水だ」
女性はロバートの人としては余りに正しい言葉と行いに眉を潜めると、強い口調でそう言い放った。
そして、彼を非難するように睨むと指でカウンターを静かに叩きながら更に言葉を続ける。
「まさか……私の銃器まで渡したわけでは無かろうな? それならこちらも相応の対応をさせて貰うぞ」
「まだ渡してはいないが……頼む、帰ってくれ。今、そんなことをしている余裕はないんだ」
それを聞いた女性は小さく溜め息を吐き、視線を下げる。
「そうか、それは残念だ。とても残念だよ。君の行いは人としては正しかった」
「何を――」
そう言うと彼女はカウンターを叩いていた指を持ち上げ、その指先をロバートへと向け――。
「パパ……!」
それと彼の娘である少女が店内の奥から出て来たのはほぼ同時であった。
「エマ、どうしたんだい?」
「ママがおかしいの……!」
「…………ほう」
エマの様子を見詰めた女性は、面白そうに口を歪める。そして、少女に詰め寄るとしゃがみ込んで目線の高さを合わせる。
「どう可笑しいのだね? 私は半分ぐらいは医者のようなものだ。言ってみなさい」
「医者だったのか!?」
「えっと、あのね――」
少女は彼女なりに母親の状態について告げ、それを女性は相槌を交えて聞き、聞き終えたところで少女の額を触る。
「……?」
「なるほど……君、熱があるね。頭がクラクラしたり、身体が重いなって思うことはないかな?」
「あるよ……」
「眼振、高熱、目眩、身体の怠さ……。間違いない、T-ウィルスの感染の前駆症状だ」
「なんて言った……?」
「聞く限り噛まれでもしたか、この娘も……君の妻も今そこら中を練り歩いている活性死者もといゾンビになるぞ? そこそこの抗体はあるようだが、この娘は数日、妻の方は持って後数時間と言ったところか」
「なっ……!? そんな馬鹿なことがあって――」
「馬鹿も杓子もあるか。これは漫画でもゲームでもなく現実だよ。さてさて店主……ひとつ交渉と行こうじゃないか」
すると女性は手の甲を掲げるとマジシャンのように二本の金属製のインジェクターを取り出して見せ、それをクルクルと手の中で回した。
「そして、なんとも数奇な事に特効薬がここにある。しかし、私がこれを二人に打ってやる義理は特にはない」
「…………本当に家内とエマが治るのか……?」
「ああ、我が父に誓おう。確か、ロバート・ケンドだったな」
するとその言葉と共に女性の背から大量の触手が伸び、瞬時にロバートの全身に巻き付き、彼の動きを完全に止め、エマは目を丸くするばかりである。
「――――化け物!?」
「さあ、ロバート。すぐに決めろ。この場で善人として私に刺殺され、妻子を私に奪われるか……。それとも悪魔に魂を売って二人に薬を与え、この店の残り全ての銃器と弾薬を警察署に運ぶ手伝いをするかのどちらかだ」
「警察署だと……? なんたってお前がそんなとこに……」
「これから必要になるからだよ。とは言え、この一本は試供品にしようか」
更にそのままロバートを浮かせ、歩いてケンド銃砲店から彼ら家族の自宅に入り、直ぐに寝かされている彼の妻の前までやって来た。
ロバートの妻は酷く荒い呼吸をしており、全身から脂汗を流し、時折うわ言のように何かを呟くばかりで明らかに普通の様子ではない。
「やめろ! 俺の妻に――」
「黙れ、治療の妨げになる」
「――――!?」
女性の形をした怪物は、ロバートの口を触手で塞ぐと、手にしていた片方の注射器を慣れた手付きで彼の妻に薬剤を注入する。
すると刺して直ぐに荒い呼吸は和らぎ、悪夢にうなされ続けていたような様子が嘘のように立ち所に消え、静かに寝息を立てるばかりになった。
「効果、即効性共に問題なし。流石は
それを見てから何故か怪物はロバートを妻の方に押し出しつつ解放する。
直ぐに彼は妻の名を叫びながら彼女に縋りついて体調を確認し、嘘のように容態が安定している事に気づいて愕然とした様子になった。
「さて、効果の程は理解したかね? だが、それは試供品だから――娘の分はないぞ?」
その言葉を聞いたロバートはほぼ反射的に寝室で飾ってあった猟銃を手に取り、2発のショットシェルを装填すると怪物の方へ銃口を向ける。
「なんだ? そんな玩具でこの私に立ち向かうというのは余りにも愚行と言わざるを得ないぞ、人間」
「なっ、何が目的なんだお前は!?」
「さっき言っただろうに……。とは言え、少し状況が変わったな。この場で善人として私に惨殺され、妻子を私に奪われるか。それとも悪魔に魂を売って娘に薬を与え、この店の残り全ての銃器と弾薬を警察署に運ぶ手伝いをするかのどちらかだよ」
その直後、人の形を保っていた怪物の姿が崩れ、両手足が木の幹のように太く3m程の巨体を持ち、辛うじて人型でしかない異型へと変貌した。
『サア、選ベ……今スグニダ……』
頭部についたユリのような口の端を三日月のように歪めて笑う怪物の姿は、現実感がまるでなく、何よりもそれ以上におぞましい何かであった。
◇◆◇◆◇◆
1998年8月12日
フォーアイズ主導で共同開発を開始することにした。
この世の終わりのような文面であるが、アークレイに居た頃から再三せがまれており、その度にそれとなく回避していたのだが、遂にアイツが痺れを切らしたので仕方なくである。というか、そうしないとそろそろアイツが爆発しかねん。無論、パンデミック的な意味で。
まあ、フォーアイズに多くは一任するため、私は片手間に出来るので方向修正さえ間違えなければ問題なかろう。なまじ研究者としてはマーカス博士として見ても凄まじく優秀なだけに扱いに困るのだ。
我が子とは己の分身であるため、共感性が著しく低い俗にサイコパス等と呼ばれる者も多くは可愛がる。故にこういう奴は子供でも出来たら落ち着く――いや、コイツに限っては嬉々として赤子を解体するか、ウィルスに罹患させている情景しか思い浮かばんな。
さて、そんなこんなで二人で議論しつつ決めた研究テーマは"認知機能を損なわずに痛みを取り去り、一時的に超人的な身体機能を手にする薬品"である。
要するにモルヒネとアドレナリンの良い部分だけ抽出し、T-ウィルスの本来の用途に振り掛けた夢のような物体に手を出す事にしたのだ。まあ、年単位で完成せず、長期的に見た目標なので丁度いい。仮に直ぐ完成してしまえば、フォーアイズが嬉々としてラクーンシティにばら撒いている絵面しか思い浮かばないので、妥当な采配であろう。
まあ、私としてもそう言った薬剤があれば大ヒット商品間違い無しなため、欲しくないかと問われれば嘘になるため丁度いいな。
そして、早速笑顔のフォーアイズが私の元に持って来たモノは――前に私が血眼でサスペンデッドを探していた時、コイツがアークレイに残った職員を消費して実験して
それを見た瞬間、表紙だけ眺めてページを開かずとも私は大方察した。どうやらフォーアイズは端からモルヒネやアドレナリンの要素の欠片すら使う気は無いらしい。T-ウィルス一本のストロングスタイルである。もう、いっそ清々しいほどだな。
活性死者に対するV-ACTの有効性は今更語るまでもないが、論文によれば要するにコイツはどこまで人間を半殺しにすればV-ACTが作用するのかを検証していたらしい。この一冊のために"27人"の人間を犠牲にしたと考えると、私ですら資源の無駄と言わざるを得ないだろう。
ははは、コイツめ。これがやりたくて故意にサスペンデッドを逃したな……? アークレイ脱出前に時間があれば間違いなくこのような実験の許可は出さなかったのは明白だろう。まあ、それを問い詰めたところで"使ったものは仕方ない"等と開き直るのがフォーアイズなので、私もこれ以上言及はしないさ。キレそう。
要するに今回の共同開発に置いてフォーアイズは、T-ウィルスの変異種であるV-ACTが活性死者をクリムゾン・ヘッドへと変貌させるように、人間を瀕死にし、意識を保ったまま無理矢理V-ACTを作用させようということだ。
かなり強引ではあるが理には叶っている。それにアルバートから渡されたインジェクターの残液を解析したところ、V-ACT由来の組成が確認出来たため、確かに殺した彼が蘇生したのはそんな絡繰りだった。ならばこの私がそれを超えたものを造れないなどありえない。
まあ、私の構想とは全く違うが、これはこれで面白そうなので、アークレイから運んで来たクリムゾン・ヘッド・プロト1を用いた研究許可を出すことにした。倫理観は違えども結局のところ、我々は同じ穴の貉なのであろう。何はともあれ、何かを求め、足掻くものはどうにも惹かれる。
さて、明日の準備もあるため、今日のところはこの辺りにしておこう。
◆◇◆◇◆◇
1998年8月20日
被検体は下水道や地下研究所周辺でアンブレラを捕獲。
フランク・ジュニア
男性、40歳、82kg。試薬投与後、クリムゾン・ヘッド化。即時終了。検死の結果、仮死成分の毒性が強過ぎたためと推測。毒素を半量に変更。
ウォーレン・ラッセル
男性、33歳、47kg。試薬投与後、クリムゾン・ヘッド化。即時終了。追試験の必要性あり。
アイク・ブリッジズ
男性、56歳、69kg。試薬投与後、成功。検査後に終了。解剖の結果、身体構造は人間寄りだが、筋量や骨密度の増加が顕著。成分分析結果の値も基準値を大きく超える値あり。毒性を戻した追試験の必要性あり。
ジェシカ・ハリス
女性、28歳、42kg。試薬投与後、クリムゾン・ヘッド化。即時終了。追試験の必要性あり。
マイケル・モナハン
男性、24歳、53kg。試薬投与後、クリムゾン・ヘッド化。即時終了。追試験の必要性あり。
シーラ・デイヴィス
女性、64歳、89kg。試薬投与後、成功。検査後に終了。試薬量調整の後、追試験の必要性あり。
ナンシー・マイナー
女性、29歳、41kg。減薬して投与後、成功。検査後に終了。追試験の必要性あり。
バリー・グロス
男性、45歳、93kg。試薬半量投与後、意識覚醒せず。追加投与で成功。対象の体重により、投薬量の調整の必要性があると推測。なるほど盲点だった。
フレディ・ハーディ
アドニ・リクター
バッジ・ランドール
エリオット・ヘファーナン
ジョナサン・ヒラー
投薬量の確認後、終了。およその投薬量は以下の通り。
60kg以上 = 基準量
40kg以上60kg未満 = 約2/3量
20kg以上40kg未満 = 約1/2量
20kg未満 = 不明
このまま投薬量だけ設定すれば一応完成したと言えなくもないが……薬剤の安定性を上げよう。流石にアンブレラでもない子供の被検体を用意する事は憚られため、子供に対する反応及び投薬量が不明な上、今完成すればフォーアイズが別の研究に手を出しそうだからな。ニュクス開発の合間のいい暇潰しになった。
P.S.
被検体は全てDr.ローガンのマイスイートハートが美味しくいただきました
◆◇◆◇◆◇
1998年9月1日
悲報と呼ぶべきか、吉報と呼ぶべきか。フォーアイズと共同開発していた"認知機能を損なわずに痛みを取り去り、一時的に超人的な身体機能を手にする薬品"あるいは"医療用T-ウィルス試作品"が完成してしまった。しかも臨床の結果、安定性もあるようで、フォーアイズらしからぬ割りとマトモな仕上がりである。
真の意味での蘇生薬であるこれは
効果としては毒素で宿主の意識を奪いつつ仮死状態にし、休眠期に入らせると同時にV-ACTによる体組織の再構築が始まり、その際に細胞を活性化させ、体組織自身の改造を行う。要するに生きているなら一度殺し、死にたてならばそのまま全身の改造を行い、クリムゾン・ヘッドと同等の身体機能を与えて蘇生させる代物だ。ウェスカーのモノより遥かに効果を弱めて副作用も薄くしたため、直ちに身体への悪影響は確認されていない。正常に作用すれば効果は一律で死亡者や認知機能及び知能低下を引き起こした被検体も無し。母数は多くないが、安定性もある。
まあ、流石に長い目で見れば副作用が確認出来るとは思われるが、生きるか死ぬかの二択を迫られた場合の最終手段として打つ強化蘇生剤だ。服薬する側もそれぐらいのリスクは承知の上だろう。
それにVATを打てばV-ACTもといT-ウィルスの変異種に罹患し、肉体自体に直接作用するため、生涯一度しかVATの効果を受けることは出来ない。フォーアイズは出来に満足している様子だが、そこまでしてまで得られる力がクリムゾン・ヘッドと同等の身体能力というのは余りにも心許ないのだ。
人間は脆い。人間の愛と悪意から生まれた怪物であり、生まれながらタイラントを超える肉体を持つ私はその事をよく知っている。故に多少身体機能が向上したところでそれは付け焼き刃であり、B.O.W.を相手にするなら最低でもハンターを腕力のみで捻じ伏せれる程度の性能を出せねば話にもならない。
ついでに言えば当然ながら"一時的"という制約を守っていないため、これは商品にはならない。とは言え、ラクーンシティの脱出の際には使う事があるかも知れないため、幾らか持っておく事にしよう。病院などの施設で高齢者や怪我人や病人などの動けない人間を無理矢理動けるようにする最終手段として使えるだろう。
まあ、そのような博打をしないで済むように様々な運搬及び脱出方法の構想をしているため、それらが全て使えなくなるような緊急事態にならなければ使うことはない。保険のそのまた保険と言ったところだ。
さて、ラクーン大学でやれることも粗方やり尽くしてしまったかもしれない。やはりもっと安定して被検体を入手し、B.O.W.の実験場と専用の研究施設が欲しいところだ。まさかアークレイが恋しくなる日が来るとはな。
P.S.
このイス、スゴいぐるぐる回るな
今、気づいた
◆◇◆◇◆◇
「ジャクリーン……。また、得体の知れないモノを作って……」
現在、黄道特急事件と洋館事件を生き延びた女――レベッカ・チェンバースは見覚えのある日記を読み進めている途中でそんな言葉を呟く。
そして、向かいのソファーに面白くなさ気に座り、頬杖を突きながら明後日の方向を見ている女――ジャクリーン・マーカスは口を尖らせた。
「お前は私の保護者が何かか?」
現在、ジャクリーンはラクーンシティ警察署の応接間におり、ジャクリーンとレベッカが向かい合うソファーにて話し合っており、レベッカ側はレベッカ・チェンバースとエンリコ・マリーニの二人、ジャクリーン側にはジャクリーンのみが居る。
こうなっている理由はジャクリーンが自身とタイラントによってコンテナに詰まった大量の武器、弾薬、保存食などの物資を運びつつ、ロバート・ケンドとその家族を始めとした数十名の避難者を引き連れて警察署にやって来た為であった。
状況が状況だったため、無下にするわけにも行かずにその場は穏便に受け入れ、事情をよく知るS.T.A.R.S.らが慎重に事情聴取と言う名の尋問をしているところなのだ。
「このVATというものはラクーン大学にあるんですか?」
「ほとんどスペンサー記念病院に置いて来た。フォーアイズと一緒にな」
「なっ……なんでそんな酷いことしたんですか!?」
「緊急事態だ。今使わずしていつ使う?」
「そもそも開発も使用もしないでください! フォーアイズさんも……一番ひとりにしちゃいけないタイプの方じゃないですか!」
「綺麗事で地獄から人が救えるか。私はどんな手段を用いても一人でも多くラクーンシティから証言可能な状態の人間を脱出させるぞ? 後者についてはノーコメントだ」
「エンリコ隊長! これ以上間違わせない為にもこの人に協力しましょう!」
「いや、だがな……」
(レベッカ、ジャクリーンの側に寄り過ぎてはいないか……?)
完全に中立の視点を失っているレベッカに、隊員の減少によってS.T.A.R.S.の隊長となり、現在臨時で警官らを纏めているエンリコは慎重な姿勢のために難色を示す。
既に警察署は警察というよりも陸の孤島かつアンブレラに対する自警団と化しており、ラクーンシティからの脱出までの身の振り方を考えねばならない事は明白なため、組織として一挙一動に注意を払わねば民間人ごと壊滅しかねないのだ。
そして、目の前の存在は容易にそれが出来るだけの不明な力を持つ。それだけでも細心の注意を払う理由は十分だろう。
また、S.T.A.R.S.らの印象としては、洋館に大量のプレイグクローラーを放ち、体感としてはタイラントよりも苦戦したダンプリングタイガーを造ったイカれた科学者という認識なことも理由にある。
とは言え、エンリコとしてはジャクリーンに対してかなり好意的な印象を抱いていた。
と言うのもS.T.A.R.S.で唯一直接交戦したレベッカとは違い、彼からすると同様の姿でアンブレラ幹部養成所にてマーカス博士の娘のジャクリーン・マーカスとして出会っており、アンブレラの実態を赤裸々に語り、ハンターなどの注意すべきB.O.W.について教わり、武器と弾薬、トドメに手土産とばかりに様々な証拠資料まで手渡してくれたため、至れり尽くせりと言ったところである。
そのため、エンリコとしてはこの最悪の
「この私が……! 首謀者か……!」
今回の事件について聞き取りをしていたところ、暗に首謀者だと疑われている事に気が付いたジャクリーンは珍しく声を荒らげている。
それどころか怒りの余り握り締めた片腕の擬態が解け掛けており、指が開き掛けの花の蕾のようになった事にエンリコは目を見開いて驚き、レベッカは彼女の様子に多少身を強張らせただけだった。
「それだったらどれだけ良かっただろうな……!」
「うおっ!?」
べちんと音を立て、ほぼ擬態が解除された手が対のソファーの間にある机を叩き、その時に漏れた一部のヒルがレベッカの目の前まで飛び、その場で静かにビチビチと跳ねた事で、その異様な光景にエンリコは身を引く。
「…………」
『キュ、キュッ――!?』
「ええ……」
それに引き換え、レベッカは素手でジャクリーンの一部のヒルを鷲掴みにすると、か細いヒルの悲鳴を聞き流しつつ返すと言わんばかりに手を向けている。
その様子に目を見開くエンリコは元より、ジャクリーンの方が小さく声を漏らすほど驚いている事が印象的であろう。
「……君、レベッカ・チェンバースだったか。私が言うのも何だが……こう、気持ち悪いとか何か無いのかね?」
「いえ、黄道特急事件で何度も全身にヒルを浴びましたし、びっしりヒルや卵があるところも通って来ましたからこれぐらいは別に……。どっちかというとハリのあるナマコみたいな触り心地ですし……」
「そうか……」
レベッカの視線の温度が下がり、目にあった光が隠されたかのように消え、それに若干引いた様子のジャクリーンはそれ以上は何も言わずにヒルを受け取った。
「おかえり」
『キュルッ――』
ひと鳴きするとヒルはジャクリーンの触手腕の先と同化し、更にその次の瞬間に触手腕が蠢いたと思えば、まるで何事もなかったかのように陶器のような色白の人の腕へと変わる。
「どういう生き物なんですかあなた……」
「プラナリアより訳の分からない生き物ではある事は自負しているよ。ちなみに陸生プラナリアの一分類群であるコウガイビル類の遺伝子が、この私に組み込まれていたという事を先日ラクーン大学で発見した時は大層驚いたな」
「全然ヒルじゃないじゃないですか」
「まあ、父も色々試していたのだろう。その私からT-ウィルスが生まれるとは皮肉と言えるかも知れん」
「そもそもT-ウィルスというものは何なんですか? 流石にあなたの日記からではわかりませんし」
「聞きたいか? まあ、凡百の頭では理解すら出来ぬだろうが、掻い摘んで教えてやっても構わんぞ」
「なら……是非お願いします」
「いいだろう。礼儀のある人間は好きだよ」
すると何故かジャクリーンによるT-ウィルスが何かという講習会が始まる。
とんでもなく話が脱線しているが、アンブレラ創設者のひとりであり、T-ウィルス開発者の化身からの直接の話ということもあり、エンリコは会話の流れを止めずにレベッカと話を聞くことにした。
(…………何がなんだかさっぱり分からん)
十数分後――。
案の定、元兵士であり畑違いのエンリコには意味の分からない言葉の羅列としか捉えられず、これで掻い摘んで話しているという事が嘘としか思えない。
「なるほど……」
しかし、それとは真逆にレベッカはジャクリーンの講義を熱心にメモ帳へと書き写しながら聞いていた。
ちなみにレベッカが主にジャクリーンから事情聴取をしている理由は、単純に唯一顔を合わせて交戦したからという訳だけではなく、そもそも18歳で大学の学士課程を優秀な成績で卒業した才女であり、化学関係の知識がズバ抜けて豊富で、薬品の精製・調合のエキスパートとしてS.T.A.R.S.に招集されている。
「…………ふむ。君、中々に我々の側として天賦の才があるね。流石に完成していたブランドンや、私の知るウィリアム程ではないが、少なくともアルバートよりは才能あるよ」
「比べられても全然嬉しくない……」
「とても褒めているつもりさ。良ければ私の研究助手にならないかね? フォーアイズも大いに喜ぶだろう」
「絶対にイヤ!」
「これは手厳しい」
そのため、異常なレベルの頭脳の持ち主であるジャクリーンとも対等に話が出来るのではないかという思惑があり、実際それは成功していた。
明らかにこれまでよりもジャクリーンの機嫌が良くなっている事が、ブラックジョークを交え始めた事からもわかる。
「いやはや、しかし、君は凄まじいね。私の片割れが起こした黄道特急事件と、私が起こしたアークレイ研究所襲撃いや洋館事件と言った方が分かりやすいか。それらを生き延びた上で、今や生地獄のラクーンシティにおり、私の目の前にこうして居るとは因果なものだ……。相当サディストな神に祝福されていると見える」
「あなたにあんなこと言われなければラクーンシティに留まっていませんでしたよ」
「ククク……違いない。なら君には知る権利があろう。信賞必罰、特に相応の成果を出した者には相応の栄光が与えられて然るべきだと私は考えていてね。これは私の愚かな片割れを手厚く終わらせてくれた事への褒賞と純粋な称賛だ。では……一度しか言わんぞ?」
すると気を良くしたのか、ジャクリーンはエンリコにとっては最早謎の単語の羅列と化した言葉を吐き始める。
「えっ…………ッ――!」
遂に説明を放棄したとしか思えない様子にエンリコは固まるが、レベッカはそれとは対象的に酷く驚いた様子で一瞬固まった。
しかし、次の瞬間には動き出し、一心不乱にジャクリーンが話す言葉の羅列をメモ帳に書き記しており、それがそれほどまで重要なのかとエンリコは目を見開く。
2〜3分も掛からずにそれは終わり、書き写したメモ帳を眺めながら僅かに震えているレベッカが酷く印象に残るだろう。
「それはいったい……?」
「T-ウィルスのワクチン兼特効薬の塩基配列や成分表や製造方法など……。つまり、ジャクリーンの日記内で"デイライト"と呼ばれているモノの作り方です……」
「は……?」
「これで私は商売道具をひとつ失ったが、君は晴れてラクーンシティの英雄のひとりだ。デイライトの開発者を名乗るといい。必ず生きて記憶を持ち帰りたまえ」
それは裏付けどころの話ではなかった。この騒動の根源そのものに最も密接に関わり、考えてすら居なかった決定打であった。
同時に興味を持ち、好意を向けた対象に著しく甘くなるジェームス・マーカス博士の性格が滲み出ているとも言えよう。
「それを今作れるのか!?」
「む、ムリです……。これを作るには少なくともラクーン大学やスペンサー記念病院並みの施設が必要――」
「ぱんぱかぱーん」
すると調子外れな声と共にジャクリーンの掌から生えるように小さめのバイアル瓶がひとつ現れ、それが机に置かれる。
みればその瓶には"デイライト"と書かれた吹き出し枠のラベルが貼られ、それがデフォルメされたヒルのキャラクターのようなもののシールが言っているように繋がっている。加えて瓶の蓋の上部にはデカデカと"JM"と見覚えのあるイニシャルが刻印されていた。
更にその隣に同じ大きさのバイアル瓶が置かれ、更に隣や上にバイアル瓶が置かれると言った様子が暫く繰り返される。
そして、バイアル瓶が5段の積み木のピラミッドのように置かれ、15本のバイアル瓶が三角形に置かれたところで更にジャクリーンは、数本の金属製のインジェクターと、消毒液と書かれた瓶を隣に並べた。
「一瓶で30人分。これだけで450人分のデイライトがここにあるという訳だ」
エンリコは明らかに駆け引き前提の用意の良さに顔を引きつらせ、レベッカはT-ウィルスの特効薬というオーパーツ染みた物体が想像絶するサイズまで縮小化されているという事実に固まる。
「正直、デイライトの方はまだまだ幾らでもあるんだが、使い捨て注射器が全く用意出来なかったから使い回せ。どうせT-ウィルスより危険なウィルスや菌なぞラクーンシティには居はしないから問題なかろう?」
「待て、使う体で話を進め――」
「エンリコ隊長……。これ、全部本物だったなら……!」
「くっ……!」
"使わない手はない"つまりはそういう事である。無辜の命と倫理観やプライドに近い高潔な善性を天秤に掛けられたのならば、拒否をする選択肢はない。
「
計画は預かり知らぬところで勝手に起動した上、被害者と化したジャクリーンではあったが、既に生存者を抱き込む算段を整え、順調にそれは役目を果たしていると言える。
「精々、こちらを上手く使ってくれ。我々もそのようにする。無論、外に出た瞬間にドンパチ殺り合うような無礼も無しだ。これについて異論はないな?」
「…………わかった。最大限協力しよう」
「ああ、よしなに頼むよ。では特別ゲストを招待しよう。話は着いたぞ、先に入って来い」
その言葉と共にジャクリーン側の扉が開き、扉を屈んで潜り、トレンチコート姿のタイラント――T-001が部屋に入って来る。
「これがアンブレラの最新型のタイラントか……」
「本当に人みたいですね……」
「………………まあ、そんなところだ。コイツはチェンバース君が知っているように言葉が通じる上、筆談も出来る」
《孤児院に居たところを捕まえました。キャサリン・ウォーレンという方も保護したので、エントランスホールの方に通しました》
「キャサリン・ウォーレン……? ああ、市長のマイケル・ウォーレンの娘か。何故それがアレと一緒に――ああ、なるほど……全くいい趣味だな」
T-001はメモ帳をジャクリーンへ見せつつ対話しているテーブルの隣まで来ると、肩に担いでいる麻袋をそっとテーブルに置く。
明らかに人の形に膨らんでいる麻袋は中身が元気に藻搔いている様子が見て取れるだろう。
「新種のゾンビか何かか……?」
「まあ、似たようなものだ。より質が悪いというか、業が深い点を除けばな。では我らがラクーンシティのヒーローのご登場だ」
軽口を叩きながらジャクリーンが麻袋を開けて頭だけ出すと、そこにはラクーンシティ警察署の署長であるブライアン・アイアンズの姿があった。
「離せ!? 離せぇ! タイラントがッ……高々、生物兵器の分際で! 使えん豚共がぁッ!?」
「何処にも居ないと思ったらそんなところに居たのか……!」
ブライアンはバイオハザードが発生後、直ぐに署内を撹乱し、銃や弾薬を散り散りにして雲隠れしていたのだが、どうやらジャクリーン側が発見していたらしい。
エンリコが警察らを纏める事になった元凶であり、彼としても鉛玉を撃ち込みたい衝動に駆られたが、目の前で笑みを浮かべているジャクリーンが先にブライアンの頭を掴む。
「やあ、ブライアン・アイアンズ警察署長殿。ご機嫌麗しゅう存じます」
「誰だお前はッ!?」
「ところで、あなたにピッタリの物がある。鏡と言う物なんだがね? 古くは、紀元前7500年前と言われているチャタル・ヒュユク遺跡からも黒曜石を磨いた石板の鏡が出土しているらしい。そんなにも前から人間は自らを顧みる事が出来たというのは素晴らしい事だとは思わないかな?」
「手を離せ! この私を誰だと――グがぁ!」
「な、何をしてるんですかッ!」
すると彼を掴んでいたジャクリーンの顔よりの指にブライアンは噛み付く。直ぐにレベッカが引き剥がそうとするがまるで剥がせる様子はない。
仮にただの人間ならば噛み千切れる程の力を加えていることは彼の表情から明白であり、笑みを浮かべていたジャクリーンの表情が即座に曇る。
「今すぐに離してください! あなたのためですよ!?」
「――――――!!!!」
「なんなのだこれは……。こんなものを君たちは上司にしていたのかね?」
「……していたではなく、従わざるを得なかったんだ。そこは間違えないでくれ」
「…………話にもならんな」
「ぐぷっ!?」
ジャクリーンは噛まれている指を伸ばしてブライアンの喉の奥まで侵入し、嘔吐反射を無理矢理引き出す事で手を引き戻す。
「うわぁ……」
その際、噛まれて喉元に押し込んだ指の部分を非常に嫌そうに眺める様が妙に印象的だった。
「何か口に詰めるものないか? 人間が噛まれたら大変だ。私のヒルを詰めるのはちょっと生理的に受け付けない」
「タオルとダクトテープならありますよ?」
「でかした。よしっ……おらっ、噛め。暴れるな、暴れるな」
「―――――! ――!」
「よし」
「いいですね」
(……いや、何も言うまい)
何故かジャクリーンの助手のようになっているレベッカにエンリコは一抹の不安を覚えるが、その事はラクーンシティ脱出まで胸に仕舞っておく事にしたのだった。
「さて……。少々のアクシデントはあったが、改めて紹介しようか」
すると何故かジャクリーンはソファーに座り直して居住まいを正す。
今更ブライアンをS.T.A.R.S.に紹介する意味があるのかとエンリコとレベッカが首を傾げていると、T-001が入って来た扉から更にひとり人物が現れ――それを認識すること同時にエンリコはホルスターからハンドガンを抜き放つ。
それにジャクリーンも反応し、彼女の片腕が花が咲くように開くと"
「先程の盟約を反故にするな。私とて君らを撃ちたくはない」
「どうして……?」
「なぜコイツがココに!?」
「私としても彼が居るのは予想外だったのだがね。まあ、君らも知っての通りだとは思うが――」
その人物は銃を突きつけられていようと特に気にした様子はなく、ゆっくりとした足取りでジャクリーンの背後に控えるように立つ。
「
黒衣を身に纏い、サングラスを掛けている元S.T.A.R.S.隊長にして裏切り者のその男――アルバート・ウェスカーは口元を歪ませて不敵に笑った。
ウ ェ ス カ ー モ ー ド
〜 医薬品 〜
アークレイ研究所で回収したクリムゾン・ヘッド・プロト1をベースにフォーアイズとジャクリーンが共同開発した医療用Tーウィルス試作品。
そもそもTーウィルスはスペンサーの最終目的である不死身の肉体を作るという事がコンセプトであり、Tーウィルスのゾンビ化はその失敗例及び副作用でしかないため、ある意味正しい形のひとつと言える。
医療用と銘打ってはいるが、実態はウェスカーが自身に投与したモノの廉価版かつ安定版のようなもの。Tーウィルスとその変異体であるV-ACTを肉体強化用に転用した何かであり、Tーウィルスの活性死者に対する治癒能力と、V-ACTの肉体改造能力を合わせたろくでもない外法である。
効果としては毒素で宿主の意識を奪いつつ仮死状態にし、休眠期に入らせると体組織の再構築を行い、その際に細胞を活性化させ、体組織自身の改造を行う。また、対象は瀕死の重症によって意識不明の重体どころか、死にたての対象に対しても使用可能。摂取した対象はT-ウィルスとほぼ同様に体内の全細胞が活性化し、死滅済みの細胞さえも再生させて異常な耐久性を有し、クリムゾン・ヘッドとほぼ同等の肉体性能を得る。更にこの際に脳細胞さえも含まれ、文字通りの意味での蘇生薬である。
ちなみにウェスカーのものほど身体能力の強化はないが、代わりに継続的な薬剤投与は必要なく、直ちに重大な副作用も特に確認されていない。また、副次効果として未熟な肉体に打ち込むと本来の人間の繁殖適齢期である15歳程度まで成長させて初経・精通を迎え、それ以上に老齢した肉体に打ち込めば10〜30歳前後若返らせ、失っていれば生殖能力を復活させる。
注意点として、TーウィルスではなくVATに感染させる必要があるため、既に感染している者やB.O.W.などには一切効果がなく、VATに感染した対象はベースのTーウィルスに対して極めて高いレベルの抗体を有するようになるため、個人に対しては生涯一度しか使用する事は出来ない。要するに使用者に再度VATを使用させる事が出来ないため、一度きりの売り切りとなってしまう。この辺りがジャクリーン的に失敗作の域を出なかった所以である。
※ジャクリーンが思う認知機能を損なわずに痛みを取り去り、一時的に超人的な身体機能を手にする薬品
注射して効果時間の間だけタイラント級のB.O.W.になれ、効果が切れると人間に戻り、副作用は兎も角、また刺せば再使用可能。
ジャクリーン「これは飛ぶように売れるぞ」
フォーアイズ「博士って頭のいいアホよね」
〜 なきごえ 〜
ジャクリーンのヒル
プールサイドの濡れたゴム製品を擦り合わせたような音でなく
ジャクリーン
家族モノの感動映画や脱出寸前で倒されるB級映画のモンスターに感情移入してなく
ジャバウォック
主にジャクリーンが恨みを抱くモノをなく、稀にウィリアムとも言う
ウェスカー
クリィィィス!