BIO HAZARD -Queen Leech- 作:ちゅーに菌
ウェスカーさんは本作のサブ主人公のようなものです。
『やあ、アルバート。随分、久しいな』
洋館で対峙した者――ジャクリーン・マーカスを名乗るB.O.W.についてアルバート・ウェスカーは思考していた。
そもそもジャクリーンはアンブレラの要点だったアークレイ研究所を襲撃して容易く制圧して接収、少なくともタイラントと互角の性能の昆虫型B.O.W.と兵士レベルのタイラントを開発し、独自でタイラントのプログラミング及びコンピュータのハッキングをやって退ける。それら全てを3ヶ月足らずで行っているような真正の
ウェスカーは元々は研究畑の人間であったが、ウィリアム・バーキンの才能の前に研究者としての道を諦めており、ジェームス・マーカスはそのウィリアムが嫉妬した程の別次元の才能を持ち、それは天才が万人から天才と呼ばれる所以であろう。
(あれは間違いなく……ジェームス・マーカス……。いや、それ以上の何かだ)
そして、アンブレラ創設者のひとりの化身にして、ジェームス・マーカスの思考を持ちながらジャクリーン・マーカスという個人でもあるB.O.W.にそれは確かに引き継がれていることを彼は確信していた。
これがウィリアムならばそのようなものを認めはしなかっただろう。しかし、一度挫折を知っている彼だからこそ理解し、確信する。
肉体と精神はマーカス博士を遥かに凌駕し、彼の頭脳を持つ本物の怪物の存在を。
(面白い……!)
ならば本人がウェスカー自身に愛憎を向けている事を告白したようにその最大の弱点は、人間不信な割に信頼した対象には偏愛を向けるジェームス・マーカスという人間の性格そのものであろう。
実際、研究者としては世界最高峰だった残りのアンブレラ創設者のエドワード・アシュフォードとオズウェル・E・スペンサーよりも更に上の次元の頭脳をしていたマーカス博士へそれが致命的な付け入る隙となり、暗殺されたのだ。
しかし、今度はタイラントを凌ぐほどの肉体と、マーカス博士と似て非なる怪物の精神が伴っている。単に殺すと考えた場合、アンブレラを倒すに匹敵するかそれ以上に厄介な手合である事は間違いないだろう。
更にラクーンシティに行くと言うことは、十中八九ウェスカーをそうしたようにウィリアム・バーキンを事実として殺すと言うこと。ウェスカーとしてはウィリアムをアンブレラを離叛した自身が所属しているアンブレラのライバル組織"H.C.F."に取り込みたい思惑もあるため、特大の障害でもある。
(許さんぞ無能どもめ……!)
H.C.F.のメンバーとなったウェスカーであったが、ジャクリーンのアンブレラへの間接的な嫌がらせの数々かつ、アンブレラ幹部のセルゲイ・ウラジミールの根回しから制御コンピュータ"レッド・クイーン"に妨害され、洋館事件の際にタイラントを始めとする十分なサンプルを持ち帰れなかった。
そのため、H.C.F.の人間からは無能という彼にとって不名誉極まりないレッテルを貼られる羽目になってしまっており、汚名を雪いで権力を得るためにもウィリアムのG-ウィルスを彼は狙っていたのだ。
ウィリアムの状況が芳しくなく、またラクーンシティで猟奇事件が発生した時点で人員を送る予定であったのだが、彼はある言葉を思い出す。
『まあ、何れにしても今日のところはここまでか。次の機会があれば、ただのお茶の誘いでも、私が設計したB.O.W.の商談でも、また昔のように私を暗殺して来てもそれ相応に歓迎するよ。私は暫くラクーンシティに滞在する予定のため、用があれば見つけてくれたまえ』
洋館を脱出する際にジャクリーン・マーカスから言われた言葉をウェスカーは極めて重要視していた。無論、特に"B.O.W.の商談"という単語である。
つまりジャクリーンは今後、彼女が開発したB.O.W.を国、組織、個人に売る予定があるということに他ならず、他に全く彼女についての情報は出ていないため、それを知るのは現状において彼女の一派と彼のみだというところまで予測していた。
彼女がB.O.W.を世界に売り始めれば瞬くに世界最高最悪の死の商人へと昇華するのは時間の問題と言え、ウェスカーには2つの選択肢があった。
ひとつは当初の目的の通りG-ウィルスを入手し、可能ならばウィリアムも確保すること。もうひとつはジャクリーンとの繋がりを強固にし、B.O.W.の商談を成立させること。特に後者はB.O.W.によるバイオテロや戦争が起こるであろう未来を見据えた場合の先行投資としては極めて有用であろう。
とは言え、ウィリアムとジャクリーンを直接引き合わせると彼女がウィリアムを殺すため、同時に両方を取ることは出来ない。
(ならマーカスにG-ウィルスを取らせればいい……)
そして、それらを天秤に掛けたウェスカーはそのような結論を出した。
自身がジャクリーンの元に出向き、ラクーンシティ最大の地下研究施設であり、ウィリアムとG-ウィルスのある"NEST"へと誘導。ウィリアムをウェスカーが押さえて脱出し、G-ウィルスはジャクリーンに取らせる。
単純にH.C.F.での権力を強めるために欲しいため、ウィリアムさえ確保出来ればG-ウィルスは半分不要。ジャクリーンがG-ウィルスを入手して脱出すれば、ジェームス・マーカスの性格から考えてそれを彼が入手する算段は幾らでもあった。
幸いにもラクーンシティにいるジャクリーンを見つけるのはそう難しくはない。と言うのもマーカス博士が満足するであろう程の研究施設がラクーンシティには、点在するアンブレラ地下研究所か、スペンサー記念病院か、ラクーン大学しか存在しないためだ。
彼女が常軌を逸した擬態能力を持つ事を加味してもアンブレラ地下研究所はアークレイの時とは違い、潜伏には全く向いていないため、選択肢はスペンサー記念病院か、ラクーン大学に絞られるが、それらの人員を調べたところ、元アンブレラ研究員崩れのグレッグ・ミューラーという男の動きが丁度洋館事件の直後から明らかに奇妙な事に目を付ける。
元々、元アンブレラ研究員らしく明らかに研究用の何かしらを搬入していたのだが、その量や種類がB.O.W.の製造に必要なモノを中心に更に増えた上、何故か大学内でのグレッグという男の評価が急激に変わったらしい。
具体的に言えば、元々は生徒のほとんどを見下し、講義も着いて来れるものだけに教えているというより見せびらかしているような様だったのだが、講義の質が向上して非常にわかりやすくなったり、生徒の相談にも当然のように乗って事細かにアドバイスしたり、日常的に講義室を締め切って日傘を常備するようになったり、進路にアンブレラ関連の企業や研究所を選ぶ事に対して敵意を向けるレベルで叱咤したりである。
後、規律にやたらうるさくなった。
最早、かつてマーカス博士の片腕だったウェスカーからすればわざとやっているのではないかと考えるレベルであるが、またとない好機である事も明白。
ならば彼が彼女に直接接触を図る事に二の足を踏む事はないだろう。
まあ、かつてマーカス側のNo.2〜3だった彼がマーカス博士を殺してスペンサー側に着いてからの十年間は、到底満足出来るものではなく、アンブレラを倒す理由のひとつにもなっている。
そのため、基本的に悪辣な性分かつ色々な感情な成り行きはありつつも自身を極めて優遇していたジェームス・マーカスという人間に対し、彼は珍しくそこまでの嫌悪感等は抱いてはいなかったという理由もある。
それから彼はどのタイミングでラクーンシティに入ろうかと考えていたところ、ラクーンシティでバイオハザードが発生したという事実を知り、慌ててラクーン入りして今に至るのだ。
ラクーン大学に行けば留守番のリサ・トレヴァーやT-001に出迎えられ、Dr.ローガンからハンターγのデータや卵を貰い、バイオハザードの原因がウィリアムがU.S.S.に襲撃されたためと言う事を知り、事実上のウィリアムの死を知る等の事があったが、それはまた別の機会に語ることになるかも知れない。
ジャクリーンには商談を盾に接触する事でリスクを削ぎ、ジャクリーンとしても一人でも多く戦力が欲しかったところのため、若干驚きと懸念の表情を浮かべつつも受け入れた事で、今のところ彼にとって有利な展開に進んでいた。
そして、ラクーン大学に帰って来るなり、直ぐに警察署を籠城拠点と定め、一夜と一日間が経過した肝心のジャクリーンはと言えば――。
「なに? 子供が熱……? その子は既にデイライトを接種した筈…………うん、ただの風邪だねコレ。暖かくして寝せておきなさい」
「インスリンを置いて来た……? 馬鹿が、命の次には大事だろうが。今体内で精製――手持ちのモノで代替品を用意してやるから少し待て」
「吐き気がするほど頭痛がする……? 私は内科医でも精神科医でもないのだぞ……。アセトアミノフェンを注射してやるからこっちに来い」
「ジャクリーン!」
「ジャクリーンあそぼー!」
「ジャクリーンあそんでー!」
「私はマーカス博士だ。遊ばない」
「ジャクリーンすなおじゃない!」
「ジャクリーンのケチ!」
「ジャクリーンひどーい!」
「マーカス博士だ。引き続きリサお姉さんに遊んでもらいなさい、チビっ子ども」
「ジャクリーンのぬめぬめー!」
「しみったれー!」
「ぬるぬるー!」
「塩かけるぞジャクリーン!」
『ンダトクソガキドモ……! マーカス博士……!』
「ジャクリーンおこったー!」
「にげろー!」
「きゃー!」
日中は署内の避難者のケアを行い、夜間は周辺のゾンビを潰して回りつつ生存者の救出活動を行っており、ラクーンシティ警察署内の避難者や警察から割りと慕われていた。
尚、最後の子供たちの中にはリサ・トレヴァー本人が混じっている。
(ジェームス・マーカスとは違い過ぎているな……)
基本的に人嫌いながら組織を統率していたマーカス博士と同じだが、ジャクリーンの方は明らかに社交的であり、口は良くはないが共感性は高く、凡そ人間らしいと言える倫理観を持っているように思えた。
「ジャクリーン! 怪我人の止血帯が足りなくて……!」
「…………今、体内で血液凝固剤を作ってやるからそれを傷口に塗って上から何か貼り付けておけ」
「えっ、ヒルジンとは真逆のものまで精製出来るんですか!?」
「レベッカ君……。出来ないと思うなら何故私に聞いたのだね?」
ジャクリーンとウェスカーを監視するという名目でジャクリーンに着いている期待のニューフェイスことレベッカ・チェンバースは、直ぐに急増する避難者の対応に掛り切りになり、最早ただの助手と化している。
また、時々場を離れているためほとんど監視になってはおらず、ウェスカーが野放しにされている理由も彼が生存者を殺すか有事以外で見捨てた場合、責任をもって始末する等と約束したためであった。
「全く……分泌液が枯れる。最新式の警察無線などというクソほど修理し難いモノを……。というか手榴弾でも投げ込んだだろうコレ……オシャカなんてレベルじゃないぞ……」
「マーカス博士、なんとかなりそうか?」
「アンブレラの天才が何故天才と呼ばれると思う? 研究が出来るからではなく、研究"も"出来るからなのだよ。それが幹部になれる最低条件でもある。夜までにはラクーンシティ内なら届くように復旧してみせるさ」
そして、ジャクリーンは現在、ブライアン・アイアンズが真っ先に破壊した警察無線を修理しており、その修理をS.T.A.R.S.隊員で洋館事件ではヘリコプターを操縦しており、通信機器の扱いに長けるブラッド・ヴィッカーズが手伝い、ウェスカーは近くで壁を背にしてそれを眺めていた。
壊滅的な状態の警察無線を確認してから夜のうちに街中の電気屋や機器から部品を引っこ抜き、それで修理しているらしい。背中から伸ばされた大量の触手の先にそれぞれ工具を握っており、人間には到底不可能な速度で修理している様は余りにシュールであろう。
「………………」
仮にジャクリーン・マーカスという個人がただの悪党ならばこうはなっていないであろう。そして、それは少なくともウェスカーがよく知るような薄汚い人間のそれではない。
そもそもウェスカーならば邪魔になるため、生存者は殺す事を選んだであろうが、彼女はよりリスクも難易度も高く確実性もない方を取った。それほどまでに人間の力を信じているという辺りで既にマーカス博士とは異なるだろう。
暫くすると修理部品が足りなくなったらしく、ジャクリーンはブラッドに声を掛けて一旦離席したため、ウェスカーもその後に続き、そのタイミングで思い出したかのように戻って来たレベッカも合流する。
そのため、ジャクリーンを先頭にそのやや後ろをウェスカーとレベッカが歩いているという珍妙な光景になっていた。
『キュー』
「あれ? 何をしてるんですか?」
署内にあるアークレイの洋館並みに意味の分からないギミックや機械類から使わないであろう電子基盤や部品を集めていると、ジャクリーンのヒルが身体の細い部分を伸縮させて器用にそこそこの速度で移動している姿が目に入る。
その背中にはハンドガン弾が入った赤いパッケージの弾薬箱がちょこんと乗っており、またもや極めてシュールな光景であった。
「私のヒルでアイアンズ署長が署内中に散らした弾薬を回収しているところだよ。よくもまあ短期間でこれだけ署内を掻き乱せたものだ……」
「ククク……。薄汚い肥えた鼠らしい小賢しさだな」
そんな会話をしているとハンドガンの弾を運んでいたヒルがひょいと持ち上げられる。
「ぐにぐにだー!」
『キュ? ギュー……』
ヒルは避難者の子供に抱えられており、笑顔でいっぱいな様子の子供はヒルの上下を掴むと勢い良くひっぱり始めた。
ヒルはさながらグミとゴムを合わせたような様子で軽く3倍近くまでとても良く伸び、それは子供を喜ばせる。
「何だこれすげー!」
「私も触るー!」
『キュー……』
「こらっ、イジメちゃ駄目ですよ!」
「まあ、別に子供の力でどうこう出来る強度はしていない。愉快な気分ではないがな」
子供に囲まれ始め、乗られて平たく押し潰れたところで、レベッカにヒルは回収され、一旦彼女のポーチの中に収まった。
「全くもう……」
『キュー』
「…………いや、レベッカ君がいいのなら別にいいのだが……」
何事もなかったかのようにヒルを自身のポーチに収めたレベッカに若干引いた様子のジャクリーンであるが、そんな彼女を尻目にレベッカは近くの棚の上にいた別のヒルに目を向ける。
「あっちの子は?」
『Zzz……』
そこには少し身体を伸ばしたままとぐろを巻いて眠っている様子のジャクリーンのヒルの姿があった。
静かに身体が上下している様子からどうやら眠っているのであろう。
「やはり交代で睡眠を取ったりしているのですね。凄い規律の――」
「いや、あれは単にサボっているんだ。レベッカ君も知っての通り、私のヒルは無数にいるのだからたまにそういう個体も出て来るだろう」
「ええ……」
「………………ふむ」
ジャクリーンも一枚岩ではないらしい。益々、意味の分からない生き物である。
「めっ、規律を取るのだ」
『キュゥー……』
ジャクリーンが"めっ"をするとサボっていたヒルは起きて渋々といった様子で鳴き、そのまま署内の探索に戻って行く。
「こういう奴は戦闘時などで無ければ言って回らなければ聞かんからな。全く……」
「……ジャクリーンもキューって言うんですか?」
「言うわけが無いだろう。馬鹿にしているのか?」
"馬鹿にしているのはお前の生物としての生態だろう"と、奇しくもウェスカーとレベッカは同じ事を考えていた。
「じゃあ、あなたにとってヒルはどういうものなんですか……?」
「うん……? うん、そうだな……。あまり深く考えた事はなかったが、感覚はわかるが離れた自分の一部で、結合すれば感覚は統合され、別に壊されたからと言って痛くもない。多少減ったところで痛くも痒くもないがな。まあ、減った事は直ぐにわかるのたが……」
ジャクリーン自身も自分自身の身体についてあまり深く感覚的には捉えては居ないようで、彼女にしては珍しく首を傾げる。
「うーん…………強いて言えばだな……」
真面目に自身の身体及びヒルと似たような関係にある何かが他に存在しないかジャクリーンは考える。
するとラクーン大学では夜間以外は研究室に缶詰めなリサが構って欲しくて絡んで来るため、彼女の気を紛らわす為に映画やらアニメやらのビデオを何十本も借り、研究の傍ら横目で自身も見ていた事を思い出す。
そして、疑問符を浮かべたような様子のままその記憶の中で辛うじて似ているような何かを思い浮かべた。
「ファンネル……?」
「なんですかそれ……?」
『キュー』
"コイツの生体調査だけで論文が発表出来そうだな"等とウェスカーが考えていると、それに答えるようにレベッカのポーチにいるヒルが鳴いたのであった。
女王ヒル
バイオハザード史上、最もよくわからない生き物筆頭