ソラとシンエンの狭間で   作:環 円

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第三話 西南海域れぽーと

 かの海域は遠すぎた。

 ブイン提督ならびにショートランド提督は香り高く入れられた紅茶を飲みながら、同時に大きく息を吐く。

 ため息よりも、酷い。

 

 男は火急の用件により、つい先ほど長門に抱かれブイン基地にやってきた。通されたのは執務室ではなくとある歓談室だ。

 しっかりとした煉瓦造りの、食堂の二階にある15畳ほどの部屋である。棚にはさまざまなメーカーの茶葉やティーカップが置かれ、見ているだけでも楽しめるように飾られていた。聞けばこの部屋は『金剛の間』と呼ばれているという。

 戦艦金剛は無類の紅茶好きである。それは個性が違っても変わらぬ嗜好であるらしく、ここブインに在する十名を超える金剛たちが禁断症状に陥った際、好きに使える部屋なのだと彼が胸を張って自慢した。ちなみに淹れたのは男である。

 

 ……趣がいいのは認めるが、とりあえずどうでもいい。優雅に茶を飲みにきたわけではない。

 

 男は訪れた理由を簡潔にブイン提督へ事のあらましを説明する。

 ここソロモン海域では二十四時間三百六十五日、日中夜間関係なくゲートが開き最近は耐久力のあるレ級が月に一度湧き出るようになった。随伴には軽空母ヌ級や戦艦ヌ級のフラグシップなどが出てくるため、かなりの高練度艦かつ装備を充実させなければ安心して送り出せもしない。そうでなくとも毎日わらわらとどこになにを運ぶのかワ級のフラグシップがこれでもかと沸き、練度を高く上げた艦娘たちであっても一発大破になりかねない深海棲艦が出現し続けているのだ。その脅威を艦娘たちを使い駆逐し続けるのが仕事だと言われてしまえばそれまでではあるが、ソロモン海を眼前に据える基地と泊地に赴任しているふたりにとってはかなりの負担になる命令がおかわりで通告された。

 

 「本土のやつら、なんでも命令すりゃいいと思いやがって」

 

 現在ふたりの提督は通常業務のほか正月に全壊したラバウルと新人の民間人が提督として赴任してきたばかりのトラックへの援助も命じられている。

 そして今まさに、さらなる追加指令が出されたのである。体がいくつあっても足りない。本土は両名に死ねと通告しているとも取れる。

 

 命令ならば、受けねばならない。

 それが日本国国防軍の軍人たる職務であるからだ。

 

 とはいえ、今回はあまりにも無茶でありすぎた。

 大湊はいい仕事をする。男を追い詰めるのが趣味だと言わんばかりの、追加資料にまた鬼のような文句が踊っていた。

 

 「南西海域の提督たちはみな現場の苦労を知らぬ制服組だからな。仕方がないといえば、そうなのだろうが」

 

 お前もその制服組だろうが、と嫌味を言うと、ブイン提督いわく「僕は活躍を期待されてこの地にきたからね。果たすのは当たり前だろう」

とかえってくる。

 

 「とはいえさ、物量すり減らし作戦じゃあラバウルの二の舞だぜ。しかも、」

 

 大湊を経由してもたらされた衛星電話の追加内容が、『ブインならびにショートランドはブルネイおよびタウイタウイ、リンガ泊地からの支援要請を受けるべし』である。

 

 おもわず男は再度叫びを上げる。

 「物理的に、あの距離がわからんのか!無理がありすぎるんだよ!お前もそうおもうだろ、なあ?!」

 「落着け。叫んだところで暑くなるだけだ」

 

 『いかなる』と無いだけましなのであろうが。どれだけ距離があるのだとおもっているのだ。ここは現実なのである。ゲームのようにサーバーで区切られているわけではない。横須賀鎮守府サーバーのプレイヤーのように、ボタンひとつで南方海域(5-x)や中部海域(6-x)には行けないのである。

 どれだけの距離を艦娘たちに走らせるつもりだと、声を大にして業務上過失致死の可能性を叫びたかった。霧の艦隊と戦うときも決戦前に疲労を蓄積させないよう乗り物を利用したというのに、どれだけ艦娘を消耗させれば気が済むのかと明確な怒りが沸いてくる。兵器としての側面もあるが、艦娘は生きているのである。

 大湊の司令官に聞けば、本土からの支援は主に物資輸送だけであとはなにもしていないという。

 それもそうだろう、位置的に三角の三つ角が本土、ブインそしてショートランド、問題が発生している海域であるブルネイ付近なのだ。どう足掻いても艦隊を送れそうにないのである。

 

 「工廠に新しいアップデートが来たから、新しい艦娘が生まれるのは確かなんだよなぁ」

 「僕には関係のない話だがね。金剛さえ居てくれたら、僕は至極満足なのだよ」

 

 ぶれない金剛提督、もといブイン提督に男は苦笑する。

 

 「遠方だと言いつつもどうせ君はデータ収拾に励むのだろう。有用な艦娘が出たら教えてくれ。金剛たちの助けになるならば、得たいからね」

 

 ふたりの提督はある程度の打ち合わせを終え、それぞれの職務に戻る。見送りはない。気心が知れた、体を動かしたいときは殴りあう間柄ともなれば、手を振るだけで十分なのである。男は長門に手を取られ青の海に出る。

 

 「提督、なぜ私を選んだのかそろそろ教えてはくれまいか」

 

 問いを発したのは長門だった。いつもであれば隣へ赴くときはかつての同僚とも話がしたいだろうと、ブインに所属していた艦娘たちが呼ばれることが多かった。だが今回は提督が長門を指名し、連れてきたのである。

 意味のないことをしない提督だ。だから尋ねた。本来ならば提督が発言するまで待つものとされているが、彼女たちの提督はそんな器の小さな人間ではない。

 

 「さすが長門、うん、そうだね」

 

 長門はおとなしく横抱きにされた男に視線を落とす。

 沈黙した提督は熟考をしているときの顔をしていたため、長門もそれに習いゆっくりとした速度で進む。

 

 今回のイベントのミソは、海域がふたつに分かれている、というところだ。ある意味、今、深海棲艦が出現し続けている西南海域(あちら)はおとりである。港湾棲鬼は出てくるものの、WG42さえあればなんとかなる……とおもい、小さく頭を振る。この装備はまだ未実だった。夜戦の魚雷か三式弾での攻撃が有効だったはずだ。

 

 深海棲艦が目標としているのは、ゲート直の海で勢力の拡大を目指すのではなく、陸に作った拠点の確保である。

 最深部は北大西洋に浮かぶとある島だ。島と形容するよりも珊瑚礁というほうがしっくりくるだろう。この島の名はウェーク。こちらの世界ではピーコックと呼ばれているが、かの世界大戦時にはアメリカ本土とハワイ、グアムとフィリピンを結ぶ中継地点として使われた、アメリカ軍にとってはかなり重要な拠点となった場所である。

 

 男は言葉を選ぶように、長門に語る。

 

 長門は周囲を警戒しながら今までの経験上良いことよりも、悪いことの比率が多かった事実を鑑み、提督の言葉に心を落着けて耳を傾けていたがしかし、その名を聞き息が止まった。提督を海に落とさなかったのを、長門は自分自身を褒めていいとすらおもう。

 立ち止まり固まった長門に男は迫り来る波をかぶることを決意した。仕方ないのだ。あの海で、長門を待つ艦娘がいる。それを話さずにはいられなかった。

 

 青の色をまとった透明が長門と男を包み込む。しかし長門は波の力に負けず、その場に立っていた。塩水が鼻の奥に入り目の奥が痛くなったものの、男も流されずに抱きかかえられたままだ。

 

 

 「迎えに、行かせてもらえるのだろうか」

 「その予定だよ。このままの情勢であれば南西の基地からトラックかラバウル、もしくはウチの泊地を経由して攻略することになる。あちらの狙いはどうせ、地位とか名誉とかだろう。戦果が欲しいならいくらでも稼げばいいさ」

 

 最奥に座す鬼を倒すために支援艦隊を出せと厳命されているからね。きっとこれは貴方(ながと)にしか頼めないかな。

 提督はそういいながら海水を含んで滴る髪をかきあげる。帽子は流されてしまったがいたし方ないだろう。

 

 「帰ろう長門、で、まずは風呂だな」

 

 再度波をかぶったふたりは苦笑しあう。長門はうなずいた。。胸に哀傷を感じながら、ゆっくりと我が家に向かって歩み始める。

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 四月某日、ショートランドでは数ヶ月先の海戦を見据えた前段作戦概要が組まれ、その出撃艦隊に選抜された艦娘たちが慌しく準備に奔走していた。その中でも一番、厳しい任務に当たっているのは潜水艦たちである。弁当やらおやつやらを耐水容器に入れどたばたとあちこちを駆け回っていた。いつもであれば近海巡回駆逐艦組みがこのような感じであるが、さらにそこへ潜水艦たちが加わると倍増どころではない、修羅場である。提督である男も今回ばかりは炊事場でおにぎりを握る役を仰せつかった。

 

 今回のイベントは東南アジアから順次東側に、そしてオーストラリア近海に行き着き、最終的には北太平洋へV字展開する。ミッドウェーにまでは至らないがその前哨戦であることには間違いない。一部の艦娘たちがそわそわしているが男はその件について時期尚早とまだなにも伝えては居なかった。まだ四月である、三ヵ月ほど先の海戦をいま伝えれば、奮起を誓っている面々の精神が持たなくなるだろう。

 すべてが幸せに笑って過ごせる世界にはならないが、悲しみに暮れる誰かが、できるだけ少なくなるようにはできる。そうであるように布石は打っているものの上手くまわるかどうかは手ほどきを受けた相手次第だ。

 

 ショートランドから目的海域であるジャワ海まで約4818キロ。ちなみにオリョクルクルージングの海域はティモール海にあり、こちらは3081キロである。

 毎日この海域を往復している艦娘は、と聞かれたら潜水艦たちと誰もが答えるであろう。よってショートランドでは隠密行動に定評のある潜水艦たちが情報収集に向かうことになった。ちなみに報酬はソフトクリームの食べ放題である。作戦を伝える前に男は衛星電話にて次の定期船でソフトクリームの機械と材料を注文していた。その受注書を提示しながら作戦概要を伝えると、潜水艦たちは一様にうなずき目の色を変えた。白玉に小豆も追加となったが、間宮の協力もあおげたため了承したのである。

 

 その潜水艦たちがもたらした情報は、かなり非情かつ人の道を外れた行為ばかりであった。

 艦娘たちは人間ではない。兵器だ、と。だから彼女たちを湯水のごとく消耗させ続けても良心の呵責などありはしない。毎日使うテレビを初めとする電化製品の具合を、毎日分解して確かめる訳がないのと同じである、と。しかも練度のあるなしは関係ない。生きて戻ったならよし、さあさらに向かえと休憩すらなく追い立てられていた。それでも艦娘たちは青の海へ、深海棲艦が拠点とした海域(しち)へと向かい道程を残して散る。

 

 どうしても見ていられなかったと、潜水艦たちは命令を違反しない範囲を見極め、ある日は烈風改、そしてある日は明石、そして。

 

 

 

 いつもならば戻って来ているはずの潜水艦娘たちの帰港があまりにも遅い、と報告を受けた男は帰りを待ちわびる数名の重巡たちと闇と同化した海を見続けていた。ショートランドの潜水艦たちはアルペジオ勢との邂逅により、艦娘らしからぬ能力を開花させている。ひとつは速度だ。低速?なにそれ、である。彼女たちは何日も何回も諦めず飽きることなく反復したのだろう。ありえない速さで泳ぐようになっていた。攻撃の仕方もそうだ。工廠および救命浮き輪によって生じた潜水娘たちは持たない、独特な魚雷の使い方をするようになっていた。たとえば発射した魚雷に捕まり加速した上でさらに魚雷を蹴って敵に当てたり、殴りにいったり投げつけたり、方向を変えて横から当てたりするのはまだ可愛い使い方かもしれない。

 

 まだ、まだ烈風改を持ち帰ったときはありえるだろうと考えた。が、数日後の明石には驚いた。タウイタウイの艦娘たちが苦戦しており、ほぼ大破状態でボスに挑もうとしていたのを見かけた潜水艦たちは、薄くではあるが霧が出たのを良いことに後方からそっと近づいてその横っ腹を魚雷で殴り倒して爆破してきたという。そしてその帰り流木にしがみついていた誰かもわからない赤毛の、艦娘だとおもわれる少女を引っ張って戦線を離脱してきたのである。横取りになっていないかと胃が痛くなったのは余談だ。

 

 男はその少女、明石がどこの基地にも所属していないと知り安堵した。

 と同時に、潜水艦たちがボスを撃墜してきた事実におもいあたり、頭を抱えることとなる。大淀を呼び、戦果の状態を確認すればショートランドの名がくっきりと出ていた。一体全体どうやってこの集計を取っているのだと妖精たちと談義してみたいが、仕草や表情はわかっても言葉が一方通行である不便が際立つのだ。唯一、あの口の悪い猫釣るしとだけ意思疎通ができるのが、なんだかなぁとおもうところではある。

 

 そんなこんなでさらに数日が経ち、明石がようやくベッドから起き上がれるようになったと今朝報告を受ごけたのだがしかし。

 潜水艦たちが戻ってこないために胃痛が再発したような気がしてならない。

 夜の哨戒に出ていた艦隊が戻り、お帰りの抱擁(ハグ)をし、さらに待ては草木も眠る時間となった。丑三つ時ごろ巡回に出かける軽巡たちから少し横になってきてはと進言されたが、戻ってこない艦娘がいる状態で床に入っても休めはしなかった。感謝を伝え海を見続けた。その様子を見かねたのか簡易椅子とテーブル、そして大型の照明を置いてくれた武蔵とともにさらに待つ。

 

 みっつめの海域は潜水艦たちにとってかなり不利な戦場である。深入りはするなと厳命したものの、この泊地に住まう艦娘たちはみな優しすぎた。人ではないのに喜怒哀楽の感情があり、その感情に振り回され、自我を確定させたくて人に寄り添えば兵器だと突っぱねられる。だがこの泊地では彼女らを否定されない。人のように振舞うことも、兵器として戦場で戦い続けるのも肯定される。

 アルペジオ勢と共闘した最後の戦いで得た、伊401と出会った状況と似た現場に遭遇するといても立っても居られなくのはわかる。明石を連れ帰ってきたのがその影響であろう。

 無茶は仕方がないが、無謀な突撃だけはしてくれるなと心の底からおもい帰りを待つ。

 

 そして夜が明けた。眠くはなかったが男には提督としての仕事がある。それを秘書当番となった艦娘が飲み物と共に持ってきてくれるのを感謝と共に受け取り、引き続きその場で待つことを続けた。

 昼もすぎ夕焼けそらがひろがりはじめた頃、男は水面に波紋が生まれるのを見た。深く、深く潜っているときに生まれる水泡が波止場に浮かぶ。ちらりと武蔵を見れば彼女は静かに目を閉じた。彼だけが行って来いとの合図である。

 

 海から上がって来やすいように打ち付けられたはしごの側で男は身をかがめる。すると順次、黄色や紅、ピンク、亜麻色が次々と浮上してくる。男は強張っていた顔をほころばせ、ほっと心地がやっとついた表情を見せる。潜水艦たちは一様に疲れきっていた。はしごを上ってくる気力もないらしい。武蔵が応援を呼び、潜水艦たちを引き上げれば、これまた幼い幼女をひとり連れ帰ってきていた。これはもう致し方ない。人間の人間による蹴落としや批判は甘んじて男が引き受けようと決めた。艦娘たちは自分たちに出来る最大の努力と成果を、なによりも生きて全員戻ってくるという約束を守ったのだ。褒めこそすれ、どうして怒れるのだろう。

 

 ショートランドへ新たに加わる艦娘、彼女の名は天津風。陽炎型駆逐艦九番艦である。

 

 さて、と男は潜水艦たちを見届け執務室に向かうため歩き出す。形勢不利状態の戦場から生きて戻ってきてくれただけでも御の字であるが、現場の状況を詳しく聞かねばならない。事情聴取の手配を終えれば、後倒しになっていた予定と遂行任務の進展を確認してゆく。

 

 今年は正月らしい正月を迎えられなかった影響なのか、落着く暇もなくかなり泊地内が慌しい状態だった。

 艦娘たちの憩いと心の洗濯場である温泉施設が不調となりその整備にてんやわんやとなったことや、大本営から前振りなく通告された艦娘たちの持つ戦闘技術の向上訓練を実施、その結果を送らなければならなくなったこと、一部の艦娘たちの艤装の仕様変更があり分解洗浄組み立てをいくつも行ったこと。

 

 そうしているうちにトラックへ新しい民間出身の提督が赴任しその手助けをしつつ、艦娘たちが楽しみにしていたバレンタインをなんとか乗り越え、【ケッコンカッコカリ】システムの実装により(男は艦娘たちに結婚の言葉は出さず、限界突破のための指輪アイテムと説明)譲渡する指輪をつけても不具合が出ないかどうか先行データに基づき艦娘たちの健康診断が必要とされ、全員なんとか終わった頃に届いた指輪(それ)はたったひとつしか配給されなかったのである。大湊には三つ届いたと聞いていたため、ショートランドもそうかと思いきや。本土と海外の格差が激しすぎはしないだろうかと声を大にして言いたい。急いで追加注文を出しても後の祭りだ。たったひとつの限界突破アイテムである指輪を求めて、強くなりたいと願い切磋琢磨している艦娘たちによる艦娘たちのバトルロワイヤル(閑話にて更新予定)が艦娘主催にて行われた。さらに妖精族の家具職人たちがなぜかタンカーに乗ってこの島に赴任しせっせと提督室ならびに泊地施設を大改造、4月現在もそれは進行中である。季節柄この窓枠くらいは必要だろう、なぜこの泊地はこんなにも殺風景なのだと猫つるしを経由し職人さんたちのお怒りを男は何度も頂戴していた。

 

 3月に入ればバレンタインのお返しが提督から艦娘たちに向けて発生する。数が数だけに間宮にも助けてもらいながら提督手製クッキー入りパフェでなんとか乗り切ったのはつい最近だったはずなのに、遠い過去のように思い出せた。さらに零式水上観測が開発出来るようになったためそれを増産し続けたり、潜水艦たちのトラックやラバウル配達便の最中に漂っている独駆逐艦Z1:レーベレヒト・マースを救出、おもえば潜水艦たちの救難介助はすでに始まっていたのだと苦笑する。そして彼女を連れ工廠に赴き独駆逐艦Z3:マックス・シュルツと何度かの失敗はあったものの独戦艦:Bismarck(ビスマルク)の建造が成った。

 そうこうしているうちに本土から資源がタンカーや旧海上自衛隊の駆逐艦ではなく、駆逐娘たちの敵検索能力と耐久力を底上げするため物資輸送が行われ始めたのだ。ゲームで言う東京急行である。これに関してはありがたく資源を受け取り泊地所属の艦娘たちと同じく、疲れきってショートランドを訪れた彼女たちを労い、丸一日の休暇のあと甘味を持たせて送り出していた。

 

 まだ、ある。

 独逸艦の育成が程よくなったとき工廠のアップデートが入ったのだ。それによりビスマルクの改造、及びその際に合成された新たな武器の調査、Z1とZ2の改造、継いで霧島の改二実装による演習施設の崩壊事件が起こった。戦艦主砲にフィット補正がかかるようになったため、どれが一番安定するか試す必要があったのだ。霧島はいともたやすくいろいろ砕いた件に関してはここでは何も言うまい。

 そしてショートランド泊地所属の艦娘たちは他の基地に比べるとかなり練度が高い。天井に手が届き、まだ足りないと葛藤している艦娘たちも多くいる。とはいえ艦娘たちを艦娘たりえる機材に新たな更新が来なければいくら育ったところで改二には成れない。男がミキサーの前で切々と愚痴ったのが良かったのか翌日、羽黒、龍驤(りゅうじょう)、そして飛龍の改造予定が表示された。

 

 深海棲艦も進化し続けている。艦娘たちだけが使えていた偵察機を放つようになったのだ。男がおもうにこれは、無能者が艦娘たちを無駄に撃沈させすぎ人間側の技術をあちらに流出させたためだと分析している。これから待ち受ける作戦水域にはさらに己を進化させた深海棲艦が出てくるだろう。負けないように準備するが、卓上ゲームのようにすべてが上手くいくとは限らない。

 

 記憶を掘り起こせば、今回の前みっつの作戦を突破できた報酬を思い出せば、丁度の数が作れるはずだった。

 向かうは工廠である。床払いしたばかりの明石が居るとも道すがら聞いたからだ。本土ではすでに明石の配属が行われていたが、日本国外にはまだ出されていなかったのである。

 ゲームではアイテム屋娘として出現済みであったのだが、やはり現実は違っていたらしい。ようやくの生明石である。心なし足取りが軽く浮いているような気がするが睡眠不足の弊害だろう、ということにしておく。

 

 工作艦 明石は艦娘たちを生み出すミキサー型の機材の側に居た。この泊地には無かったはずの明石専用の艤装を身につけ、この施設の長である提督から命令を下されるのを待っているかのようだ。男が声をかければ、明石はぺこりと頭をさげる。どの艦娘にもいえることだが、同機体とはいえ同じ性格をしている娘たちはいない。人間にも言えることだが、ひとりひとり似通った性格であっても個性が違う。それがこの泊地に来て、ゲームでは味わえない醍醐味のひとつだと男はおもうようになっていた。そしてこの泊地に来てくれた明石は無口であるようだった。緊張した面持ちで男の言葉を待っているようにも見える。

 

 「起きても平気なのか」という問いには大きくうなずき、困っていることがあれば相談して欲しいと言えば横に大きく首を振る。どう取ればいいのかと首を傾げれば「この子すっごく恥ずかしがりなんです、提督」

 

 と明石の後ろから聞こえた。声の主は見知った夕張である。工廠の主といえば明石と思いきや、このショートランドでは夕張がその固有名詞を所持している。艤装の分解整備、艦娘たちの健康診断、新兵器の調査を主立って行ったのはこの夕張である。夕張が居なくてはショートランドの整備関係はまわらない。人間にしか出来ない整備もあるが、艦娘に関しては夕張の独壇場なのである。

 軽巡でありながら駆逐艦よりも打たれ弱い彼女であるが、どんなに扱いが難しい兵装でも器用に使いこなしてしまう才能を持っているのだ。使い方がわからないものはまず夕張に聞くのが一番なのであった。ちなみに兵器かどうかは判断つかないが、冷蔵庫や衛星電話の配線、修理に至るまで夕張はこなす。実戦に出ることはほぼないが、この工廠施設において兵装の修理や整備を担当してきた縁の下の力持ちなのであった。

 

 男はこの場所に来るといつもおもう。

 工廠は、艦娘システムの要であると。この施設が無くなれば、深海棲艦に立ち向かうことも出来なくなる。この世界の歴史は彼が知るものとそうたいして変わりが無い。ということは人の性質もまた変わらないのである。この間、本土から送られてきた新聞には世紀末思想を謳った新興宗教の危うさが書かれていた。救いがないと叫ぶ暇があるならば、ブインやショートランドに来て我武者羅に働いてみろとどれだけおもったことか。トラックの新人提督に関しても民間からふたり目と題され特集が組まれたらしいが、どこかの誰かによる下馬評が報道され電波にのせられているともいう。

 男が暮らしていたあの世界は人間同士のいさかいや思想による摩擦はあれど、人間ではないなにかからの攻撃はなかったぶん、平和であるのだろう。軍事産業が静かに発達し、核兵器が最強最悪の兵器ではなくなってはいるが。

 

 この世界に来、正直艦隊コレクションの世だと胸ワクした。だが男はおもうのだ。出会えて嬉しかったが果たして、彼女たちはどうであったのかと。深海棲艦がゲートを使い侵略して来ねば艦娘たちは生まれず。存在したとしても男が生まれた地球であったようなゲームであったに違いない。そのほうが彼女たちにとっては幸せなのではなかったのかとおもうのだ。もうすぐやってくる海戦の、沈んでゆく仲間の声と姿を思い出すたびに見せる悲壮な表情をしないですむのではないか。

 そんなたらればを考えたところで現実問題、深海棲艦は海の底から生まれ続け、艦娘たちもまた人間の英知を集めたこのミキサーのような機材から生まれ来る。

 

 「ちょっとまわしたいレシピがあるんだ、用意してくれないか夕張。それと明石、アイテム箱ってのがそこらへんにあるんだが、中に勲章が届いてないか。見てくれ。あるなら妖精さんに頼んで全部改装設計図と交換してもらってほしいんだ」

 

 男は利根と筑摩のふたりを改二である航空巡洋艦改造すると、そしてビスマルクのzwei、実質の改二への改造を施すという男の言葉にふたりはうなずき、それぞれの業務を開始する。どうやら明石が面通しのために召集に赴くらしい。

 その背を見送ってから長門に向かってもらう海域で使うであろう装備のレシピをまわす。結果、数組の三式対潜セットや数に余裕が無かった46砲が出来、満足だった。

 

 工廠に立ち入る艦娘たちはおおよそ、動物が持つ本能みたいなもので危険を察知するのかなかなか入っては来ない。硬い表情をした重巡姉妹は手を繋いだ状態で息をのんでいる。ビスマルクにいたってはZ1とZ2を腰に巻きつけた体でやってきた。ビスマルクは苦笑しているが、赤毛と銀の駆逐艦は涙目である。

 大丈夫だと根拠を示して男は駆逐艦を諭し、ひとりづつ順番に改造を施していった。

 時間はひとりあたり30分程度であろうか。意識の齟齬(そご)もなく三名とも無事に改造を終えたことにほっとする。

 男は夕張に後を任せ、工廠から出た。

 夏に来る次の海戦を見据え、明日もまた効率よく動かねばさらに時間が足りなくなると、さらには男の体もかなりの疲労によりもたなくなりそうな恐怖を感じながら段取りを考え実行に移すために男は執務室に向かう。

 ふと振り返れば、異なる国の艦娘を交え工廠に集った彼女たちが楽しそうに談話している姿があった。向かおうとしているのは食堂であろうか。改造をうけるとなにやら腹がいつもの倍以上減るらしい。改造を受けた艦娘には特別デザートが出ると言う。戦艦娘より駆逐娘たちのほうがなぜだか嬉しそうだった。

 

 そんな姿に男は笑む。

 見たことも聞いたことも救ってもらったこともない神になど祈らない。だが名と記憶を与えられ、感情を持った彼女たちが彼女たちであり続けられるように、幸せたれと男は不眠不休になるだろう数日間を乗り切るための気力を振り絞った。

 艦これを生活の一部にしていた頃よりもまだ余裕がある。大丈夫だ、問題ない。




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