ソラとシンエンの狭間で   作:環 円

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第五話 真夜中の TEA PARTY

 クリスマスまであと二日。

 ここショートランドは真夏のクリスマスを迎える。

 本土であればこの寒い冬、雪が降ればホワイトクリスマスと特別な名をつけて過ごす日だ。

 家族がチキンとケーキをはじめとする定番の馳走を囲み、はたまた恋人たちが甘い言葉をささやきあう。女同士で食事を、男同士でネオン煌く歓楽街を歩き過ごす。そして子供達にはサンタクロースからのプレゼントが配られるという。

 深海棲艦が現れる前までは空を縦横無尽に舞い、トナカイが引くそりに乗って届けていたらしいが、今はどうなっているのだろうか。棲艦には空母ヲ級がある。その戦闘機は高度1万メートル以下までならば飛ぶことが可能だ。

 艦娘たちの飛ばす戦闘機はよくて五千以下の空しか飛べない。自分の感覚が及ぶ範囲内が航空可能領域であるからだ。

 

 (今夜のように空を見上げて探してみましょうカ)

 

 ゆっくりと海に下りる。下りて滑り始めた。足元には昼間とは全く違い、濃紺の青がある。昼間であれば透き通る透明な蒼も、月ある時間帯はまた別だ。透明度が高いが故に足元を見、竦む艦娘もわずかながらに居る。夜戦大好きっ子達も居るにはいるが、ごく少数であろう。

 『沈む記憶』があるが故に、水中から水面を見上げるのを嫌がる娘らも多い。夜は特に、それらの記憶が呼び起こされる率が高いという。

 彼女が向かうのは泊地がある場所から東にすこしまわった側にある波によって浸食された洞窟のような場所だ。

 そこはプライベートビーチのようになっており、金剛を含む姉妹たちの秘密の場所であった。

 

 (ワタシへの present はなんでしょうネ)

 

 提督が艦娘たちに隠れてプレゼントを包んでいる姿を金剛は知っている。

 こっそりととある倉庫の片隅で、各々が好むものをひとつずつ用意していた。

 この基地に所属する艦娘らに加え、単身赴任でやってきている士官にも別枠に用意されたそれらを含めると、全部で二百はくだらないのではないだろうか。

 いつ調べいつ知ったのか。そしてどうやって調達したのか。膝を突き詰めて3時間ほどねちねちと詰問したい感情の起伏を抑えつつ、自分への贈り物を想像する。

 

 最初は頼りない男だと思った。

 こんな人間が、劣勢というにも生ぬるい状況をひっくり返せるものか、と見下していたくらいだ。

 そして男の下に集う艦娘に対しても艤装にプログラムされている偽の記憶により、自分たちをかつて、日本という国で作られた艦船の魂を持って生まれたものである、と思い込まされている各々をあざ笑ってもいた。

 

 本来の姿を忘れましたカ?

 深海からゲートと人間が呼ぶものの中から出で来たことを覚えていませんカ。

 

 艦娘たちは史実にある艦船の魂など宿してはいない。彼女らは決して沈んだ船ではないのだ。

 艦娘たちはもともと海底よりこの世界を破壊するためだけに生まれてきた。そしてこの海で人間という畜生に捕獲され、艦娘として形を形成、思い込まされ体よく使われているだけなのだ。

 艤装という名の拘束具をつけられ、偽の記憶を植えつけられ。

 人間に兵器として使われ消耗し、己がなんであるかなど自覚せぬまま沈んでゆく。

 そしてまた海底で回収され深海棲艦として浮上すれば、忌々しくもまた捕らえられ同じことを繰り返される。

 ……同士討ちさせられているのだ。

 

 最も残酷であるのはこのプログラムだろう。与えられた記憶に絡められた心の起伏、その中には恋という意味不明な感情があった。そして責任者である『提督』に従うよう強く紐づけられている。いうなれば好意と感じる感情が最初から仕込まれている、といことだ。

 

 こうあるべきだと形作られた感情に揺さぶられ、相手を想う愛おしさに今にも取り乱してしまいそうだった。

 (Love などいらない。必要ない。だから浮かんでこないで)

 

 腹立たしくも艤装にはたったひとつ、禁止項目が設定されていた。

 『自害を禁ず』である。

 己を深海棲艦であったと認識した際、金剛は狂いかけた。狂ってこの体を、心を壊してしまいたい衝動に駆られた。

 全てを無に、全てをZEROに、己をゼロに。純粋な破壊衝動に駆られたのだ。

 だが禁止項目により、どんなに叫び泣いたとしても、喉に手を伸ばせず砲を己に向けようとして体が何度硬直したことか。ただひとつ、ほかの艦娘たちに対し識別信号が同じであってくれたため、攻撃の矛先を向けられなかったことだけは感謝してもいいとおもう。

 

 それからだ。姉妹が金剛の心があの日以上に壊れていないか、日に一度は必ず、確認しに来るようになったのは。

 頼りがいのある長女として姉妹の中で確立していた立場から、脆くも転落した日でもある。

 たまに無意識下でゼロ、という言葉を口にしてしまうことがあった。姉妹の前でしてしまったならば有無を言わせてもらえず、温泉に運ばれ湯治となってしまう。

 言葉が出るのは、金剛が切迫した心理状況にあるときだ。

 彼、ショートランド提督がやってきてからは、随分と落ち着いている。

 金剛提督が突然強襲してきたあの日でさえ、『ゼロ』という言葉を使わなかったくらいだ。これは胸を張り、姉妹達に姉としての立場をそろそろ返して下サイ、と談判しても良いくらいであろう。この席で訴えてみようか。

 

 金剛は思う。

 心地よさ感じるのと同時に、むなしさをも感じる今の状況をどう考えればよいのかと。

 兵器として使うならばのなど持たせず、深海棲艦であったときと同じように封じていて欲しかった、と最近、頓に思うようになってきていた。

 原因はあの男である。

 惹かれていく自分を、押しとどめることが出来なくなっていたからだ。

 

 

 あの日、絶望的であった不利を、男は見事ひっくり返した。

 今までは棲艦がでてくるゲートが消えるまで、ひたすら防ぐだけしか出来ないで居た人間側が初めて、その最深部まで到達し、統率する特殊個体を倒す快挙を行なったのだ。その結果、ゲートが未だ閉じない状態であるにも関わらず、深海棲艦たちの統制が取れなくなり、敵が襲ってこない、ゲートのそばを回遊するだけ、になった。

 

 彼女は初めて震え、というものを体感した。

 提督が自信ありげに浮かべている笑みに、えもいわれぬ恐怖を感じたのはこの時だ。

 人間にはまだ知られていないはずの特性を、彼が熟知し深海棲艦の首を真綿でもって絞め、余裕ある一撃で大将首を取った。その様は弱者が強者をじわりじわりともてあそぶかのように見え、金剛は初めて、知識で知るだけであった恐怖により体を震わせた。

 

 これは本土にあった元帥も思わず腰を浮かせた事態であったのだが、この遠く離れた南海に在る提督は全く知らなかった。

 

 またこの新たな提督は、以前の提督とは全く正反対の人物でもあった。

 実務が終わり報告に訪れたとき、タイミング悪く男と入れ違いになってしまったことがある。その時、余りにも散らかった執務机を見かねて整理整頓した際、放置したままの書類を偶然見てしまったのだ。

 

 『前ショートランド提督、某についての報告書』

 そう銘打たれた書類の中にはかつての提督が本土にも在せず行方不明となっていること。そちらからの渡航証明はあるものの、行方が依然と分かっていないことが短い文章で綴られていた。

 

 思い当たる節が無いわけでもない。しかし金剛からそれを提督に云う謂れもない。

 なぜなら金剛は今が気に入ってしまったからだ。

 毎日美味しい食事が出来、傷を癒す場所もたったふたつではなく、大勢が使える場所としてくれた男が、前任者を気になどかけなくとも良いのだ。むしろ放っておけばいい。

 

 そして絶えずピンと張り詰められていた多くの心が解け、泊地の誰も彼もがやさしくなった。

 だからこそ比べてしまう。

 少し前と今を。

 そして艤装を付けられている今と生態ユニットを付けられていた過去と、をだ。

 

 深海棲艦には知性も自我もほとんど無い、としていい。

 思考する頭脳はあっても、考える力が与えられていないのだ。

 絶えずぼんやりとした夢心地と表現するのが一番しっくりとくる。

 人間は深海棲艦の本体を女体の姿をしているもののほうであると認識しているが、それは間違っていた。

 人間に似せた形は擬態である。近づく際に怪しまれないための、見た目であった。本性は女体に巻きつく異形のほうだ。

 金剛はあえて生態ユニットと称しているが、それが擬態を動かしている。

 

 そしてその生態は生存本能が非常に高く強い。『生活圏の競合相手を駆逐しないと生きられない』と本能で知っている為、人類に対して牙を剥くのだ。もし人類が動物の類を出ず、海に在ったのがイルカや鯨だけであったなら、制海だけで済んだであろう。

 

 操っていたものがなんであるのか、金剛は知らない。

 闘争本能だけがあった以前の記憶など無いに等しいからだ。目の前に現れたものを喰らうために襲う。ただそれだけの行動を引き上げられれる前は繰り返していた。日々、艦娘として戦う敵もそうだ。艦娘を喰らうためにその顎(あぎと)を開く。

 

 生態ユニットに寄生されれば深海棲艦に、この艤装を取り付けられれば艦娘に。

 

 どちらにしても人形である。

 心を与えられた今のほうがある意味、悲惨であろう。この偽の記憶と感情で何をせよ、というのだ。

 与えられたものが重かった。それならまだ、戦うことだけが思考であり、目の前に現れた得物を殺し歓喜する、それだけの存在であったほうが楽だっただろう。

 

 苦しかった。

 与えられたプログラムだと分かればなお、胸の痛みが増してゆく。

 好きになっていた。Like ではない。Love だ。

 恋をしていた。

 

 提督を想えば心が高鳴った。

 その顔を思い出せば自然と顔の筋肉が緩んでしまう。

 

 重症だった。手遅れなのだろう。だがそれでも抵抗していた。

 受け入れてしまったなら、もう後戻り出来なくなってしまう。

 それに……

 

 「お姉さま、こちらです」

 

 妹のひとり、榛名の声にふと視線を送れば、既に金剛を除く姉妹たちが待っている状態であった。

 砂浜に上がる。

 白い砂の上にはパラソルが突き刺さっており、広げられた簡易式のテーブルにはいつの間に持ち出していたのだろう、ワインとつまみの数々があった。

 

 月を見ながらの茶会であったはずなのに。

 さては霧島であるな。

 

 ちらりと見れば、否定する気の無い妹がにこりと微笑んだ。

 金剛が好む、英国式のアフターヌンティの用意もむろん、されている。

 

 榛名と比叡が最近凝っているという抹茶を立て始めた。

 やりかたを提督に聞いたらしい。

 

 四姉妹は自分達のルーツを思い出している。

 思い出す、とは良い表現ではない。記憶の穴を穿った、のだ。姉妹艦として設定されているからこそ出来る裏技とも言えるだろう。

 その最初は金剛であった。

 自らの性格が破綻しているとは百も承知している。

 ブイン提督の下に居たとき、愛されすぎたのだ。押し付けられた愛が引き金となり今があるといっても過言ではない。

 ショートランドで改二になったあと、その後すぐに素体同系である南方棲戦姫との戦いで大破、艤装にプログラムされていた人格に欠損が発生し、両者の記憶を手に入れた。

 体の震えが止まらなかった、あの数日間はもう二度と繰り返したくは無い。

 ブイン提督のお陰で今がある。その点に関しては感謝しているが、あの提督の元に戻りたいかと言われると、全く思わない、としか回答できなかった。

 北上の言を借りるわけではないが、はっきり言ってうざいのである。それに何を思ったか、ショートランド提督に懐いていた。

 

 月夜の茶会が始まる。

 月に一度、四姉妹だけで集まり、こうして過ごすのが唯一の楽しみであった。

 もしこの場に彼が居たならば、もっと楽しいだろう。

 そう考え頭を振る。

 

 姉妹達にどうしたのかと聞かれ、なんでもないと慌てて否定するが、カンの鋭い霧島がにやりと笑んだ。

 次いでおっとりとしてはいるが、じっくりと相手を観察する確かな目を養ってきた榛名が頷く。

 全くわかっていないのが比叡だ。先日改二への改造を受けたが、そのあっけらかんとした性格が功を奏し、情報調整されたにもかかわらず、される前と全く変わらない状態を保持していた。

 

 今、一番心配であるのが駆逐組の電だ。

 あの子は少々、特殊な個体であった。幼児退行を起しているのはそのせいで、もし改の、再洗脳という名の記憶整合が行なわれた場合何が起こるか、金剛でも予想が付かないでいた。

 

 一日、一日が積み重なってゆく。

 いくつもの言葉が、彼の言葉が金剛を導いている。

 相談、したかった。何もかもを吐露してしまいたかった。

 

 状況に関することを、この恋心を告白してしまえば楽になるのだろうか。

 だが終わってしまう可能性もある。

 

 気づかれてしまうかもしれない。諸悪の権化たる、あの女に。

 この世界にある異常と、そして金剛から連なる姉妹の状態を、だ。

 

 その点、ショートランド提督はあっけらかんとしていた。バカであるのかそれとも包容力が強いのか、未だ、全く分からない。

 ただ提督は全く認識していないようであった。艦娘も深海棲艦も同等に見ている。

 数日前よほど疲れていたのだろう。

 『ヲ級ちゃんゲットしてえ』と寝言でほざいていたのだ。こんなに色とりどりの、そしてより取り見取り、選び放題の艦娘たちが居るというのに、まだそのほかを欲するのか。

 娘達の好意が向けられていると知っていながら、全く手を出さない提督は、一部の嗜好を持つ者には人気であるそれなのか、それとも欲が無い聖人君子であるのか、それともただの朴念仁であるのか。

 これまた寝言で言っていた『コスプレ』なる装いをすれば、もしかすると提督に二重の意味で喜んでもらえるかもしれない。

 が、しかし、コスプレなるものが一体なんであるか、金剛は知らなかった。

 本土へ行く用事を何かと作り、タンカーで向かうが吉か。

 考え、頭を思いっきり振った。姉妹達が見ていることも忘れ、煩悩に出て行けと命ずる。

 

 ここには小さな安らぎがあった。

 だからこそ、なのだろう。それゆえに金剛を始めとする姉妹達は安心して居続けることが出来ていた。

 そうでなければ素体を含め廃棄処分されてもおかしくはない状態であろう。

 この泊地であれば、素体は幾らでも手に入る。

 

 深海棲艦を倒し、その生体に寄生しているモノを取り外せば艦娘にも深海棲艦にもなる素体が取れるのだ。

 素体は擬態、操り人形。

 繰り返される。

 青海の闇に入れば棲艦に。空ある光に出れば艦娘に。

 

 彼の側に居る限り、金剛は『解体』(デリート)されることはないだろう。

 だからこそ苦しかった。

 

 艦娘たちひとりひとりに取り付けられている艤装は違う。

 姉妹艦たちであってもどこか違う部分がある。

 艤装にあう素体があった場合、工廠において艦娘は生まれた。失敗するのは適応素体が無いためである。

 戦艦を作ろうとし、重巡となりやすいのは合致する素体がミキサーの中に無いか、素体が中にあったとしても合致する艤装が在庫に無いかのどちらかである場合が多い。使われた資材により成長した素体に最も埋め込みやすい艤装が当てはめられでてくるというのがあのシステムの適応能力である。

 

 戦艦の素体は駆逐の30分の1と云われている。その中でも長門はさらにその4分の1、大和に限っては16分の1であり、武蔵に関しては今のところ不明となっていた。大鳳に関しては1296分の1という試算が出ている。

 提督が計算式を当てはめ、身震いしていた。よくもまあ、一発で引いたものである、と。

 さらに雑学となるが、戦艦を作ろうとし、重巡となった際にも工廠へ入れた材料がなぜ差額分戻ってこないかというと、リンゲル液の中にたゆたう素体の『栄養』となるからだ。素体も一応、生命活動を微弱ではあるが行なっている。その維持に使われるのだ。

 

 提督が言うレシピにおいて、なぜ比率が違うのかというと、素体が成長するためのエネルギー量が違うからである。艤装を埋め込むさいの接合部分も構築される必要があった。

 駆逐艦より戦艦のほうが使用資材が多いのはそういう理由からだ。だから空母を作る場合は他の艦を作るよりもボーキサイトを大量に使う。

 

 提督である彼が本当を知ったとき、どういう行動を取るのか全く予想がつかない。

 全部を壊してしまおうとするのか、それとも今を受け入れ継続するのか。

 分からないからこそ動くに動けなかった。

 

 彼であればちゃんと受け止めてくれるだろう。

 そう思わなくも無い。

 だが、しかし、もしもの場合を考えると萎縮し、躊躇してしまう金剛があった。

 

 「ラバウル基地に駐屯は無くなりましたけれど、行ったり戻ったり、榛名はへとへとです」

 「ブインはまだ許容範囲ですが、他の基地の状況はよくありませんからね」

 「比叡は! いつでも全力過ぎて! ちょっとだけ休憩が欲しいです……」

 

 そう。

 彼は決断した。

 明日出るタンカーには大湊行きの熱烈特訓フリークが五名と那珂、鳳翔が護衛任務に着きながら向かい、ラバウルには所属する四名以外駐屯する艦隊は無し。必要資源すべてショートランド持ちで支援艦隊を要請毎に送り出すことになったのだ。深海棲艦と当たるラバウル所属の艦娘たちの遠方射撃しつつ、もし大破して動けなくなった艦がいれば救出し、所属基地へと移送する。

 支援に関してはっきりいえば、赤だ。出費が収支の倍以上となる。

 だが提督はそれでも構わないとした。資源はたっぷりあるのだ。今使わずにいつ使うのだ、と。無くなればまた、効率的に集められるようなプランを組めばいいだけの話である。

 

 提督が何より案じたのは艦娘たちの様子だ。所属はショートランドのままであっても、指揮権はラバウルに移る。

 無体な真似などあってはならぬが、全く無い、とも言い切れない。

 人間だから、である。

 男が抱える不安が、じわりじわりと艦娘たちにも伝播した。会話には全く出てこない。

 しかしショートランド提督という男は裏表が少ない人物である。悩みがあれば眉の間に皺が寄り、睡眠不足に陥れば執務机の上でゆだれをたらす。馬車馬のように働きながら、全力をもって艦娘を支え守っていた。

 

 提督は指揮権を手渡すことを拒否した。艦娘全員に己の指揮下を離れる状態にはしない、と断言したのだ。

 艦娘たちは喜んだ。ラバウルはほんの少し前の、ショートランドと同じ臭いを感じていたからだ。

 古参の誰もがそう思いながら、誰もがその言を伝えてはいない。だから現在、長距離の特別支援艦隊が組まれ、日に二、三回ほど出撃していた。

 

 ショートランドの艦娘たちはとても大切にされている。

 友好度というものがあるならば、所属している全員が振り切っていること間違いなしだ。

 

 だがそれが金剛を余計に苦しめていた。

 いつもはひとつを誰かと分け合い、年長者としての責務を全うしているが、本来の金剛は甘えん坊であった。

 電が提督に添い寝してもらっているのを羨ましいと思ったり、既成事実を作りにいけば、この気持ちに少しは整理がつけられるのやもしれぬと思い悩んでいるのだ。彼が誰かに優しくしているのを見ると腹立たしいし、金剛も頭を撫でてもらいたい。提督を独占してしまいたくなる。

 

 実際にそうなりそうなところまで、きていた。

 就寝後、何度廊下の月明かりで目覚めたか分からない。

 枕を持ち、自分は一体どこへ向かおうとしていたのか。自覚すればもう、その場にうずくまるしか出来なかった。

 そうして後ろ髪を引かれながら、部屋へと戻る。戻って枕を抱き目を瞑る。何度繰り返しているのかすら、把握していない。

 

 「姉様、耳が真っ赤ですわ」

 「………いやらしい imagine などしていませんヨ」

 

 「……してらしたんですね? 提督と?」

 

 違いマースと今更言ったところで、取り消すなど出来はしない。冷やかし始めた姉妹達の声を両耳を塞いで遮断する。

 

 (良い満月の夜ですネ。どこかの鈍感オオカミさんがいつまでも気づいてくれないと、本当に近々、大変なことになってしまいそうデス)

 

 金剛は火照る頬を認め、そう思う。

 思いながら、笑んだ。

 月が丸く見守るなか、金剛四姉妹の茶会は続く。

 

 

 

 

 

 ハーメルンだけの小話

 

 

 息を飲み込む。

 ため息ではない。全速疾走後の体の細胞が酸素の補給を要求する、当然あるべき生体反応である。

 男は、ショートランド提督は追われていた。

 

 唯一残った最後の一人として、鬼となった全員からその身の捕獲のため探索されているのだ。

 捕まる、という選択も出来る。出来るがこの次、仕切りなおしとなった場合再びこうして走りきれるのか自信がない。

 

 そう。現在ショートランド鎮守府では基地内を範囲とし、おにごっこが開催されていた。

 かけられた商品は食後デザート権である。

 大規模となったショートランド泊地では月初めにこうしたいくつかの催しが行なわれていた。

 

 男女比で言えば、断然女性が多い職場である。

 食後のデザートとは、男が仕事終わりに居酒屋に寄り、串かつや焼き鳥を片手にビールを飲む幸せを噛み締めるそれ、と同様の効果がある……らしい。

 

 己が好きなデザート約三十日間も味わえる。

 女性にとっては至福である、という。

 

 食事のデザートをパンナコッタにするか、それともティラミスにするか、それともショートケーキにするか、それともチョコレート系か、考えるだけでうっとりとした表情になる。各々が燃える理由もなんとなく、だが男にも分かる気もした。

 

 男は考える。

 もし自分が生き残れたならば、何にしようかと。

 最近のデザートは全て洋風だ。

 

 あんこが食べたいな。

 

 ふと思う。

 最中やぜんざい、草もちにところてん。あんみつもいい。

 

 残り時間、五分。

 

 とある建物の影で男は息を整え目を閉じる。

 

 

 「oh 提督こんなところに居ましたネー」

 

 小さな呟きが金剛の唇から漏れる。

 残り時間あと三十秒。

 

 倉庫群のとある物陰で提督が静かな寝息を立てていた。

 

 「金剛さーん、そっちいるー!?」

 「ハーイ、居ませんネー」

 「いないっぽいってー! 提督さーん、どこですかー、怒らないから出てきてー!」

 

 本当にどこに行ったんだろう。島風の足でも捕らえきれなかったなんて。

 そんな声が紛れつつ、娘達がまとまって移動してゆく。

 

 「時間切れです、提督。Me の大好物、アップルパイ入れてくださいネ」

 

 桃色の唇がそっと男の頬に触れた。

 そしてその体倒し、膝枕の上に乗せる。

 

 次月、三十一日ある内三日ほどに、金剛の好物が並び、ホクホク顔で食堂に現れる彼女があったとか。

 


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