Not a Hero of justice 作:サティスファクション
七戸俊永はかなりのストイックさを持ち合わせており、彼を知る者からすればそれは周知の事実でもあった。
だが実際のところ、彼は一から十まで自分に雁字搦めな枷を嵌めているわけではない。
「まさか、レアチーズタルトが販売中止とか思わなかった…………」
夜道。夜陰に紛れる黒い傘を差した俊永は、左手にコンビニの袋を提げて帰路についていた。
彼、見た目にそぐわずコンビニスイーツが好きなタイプ。ストイックに体を鍛えたのちに、プリンを片手に縁側で月を眺めたりしている様な男なのだ。
今夜も、学校を終えて帰宅した後に血反吐が出そうな鍛錬を行い、夕食を食べて風呂に入る前に甘味が欲しくなって夜の散歩としゃれこんでいた。
さらさらと降る雨の中、ジャージに下駄という時代が入り混じった格好の俊永はカランコロンと夜道に快活な音を響かせて歩んでいく。
電柱に設えられた外灯を幾つか超えて、そろそろ自宅の門が見えてくるといったところで彼はある物に気が付き、足を止めた。
夜陰と雨によって視界は最悪だが、それでも自宅の門の前に何かがもたれかかり足を投げ出している事が確認できる。
「……勘弁しろよ」
ホームレスだろうと当たりを付けた俊永は、どう追い返そうかと考えながら足を前へと動かし始める。
彼の知り合いであるならば小汚いおっさんでも家に上げてしまうかもしれない。そして、何かを盗られても無頓着にスルーする事だろう。
俊永は違う。そもそも、彼は初対面の人間を信用しないし、信頼なんて以ての外。
そもそも、彼は性善説よりも性悪説寄りの考えを持っている。つまりは、人の善性というものを欠片も信じていないという事だ。
純粋な悪だからこそ、子供は虫の足を引き千切る。そう考えるのが彼だった。
薄っすらと道路の上に張られた水幕を踏みながら、彼は果たして門の前へと辿り着く。
「…………女?」
思わず、俊永がそう呟いたのも無理はない。
門に凭れかかる様にして項垂れるのは、紫の服に黒いローブを着た妙齢の女性であったのだから。
これは俊永にとっても予想外。まさか、女性がこんな夜更けに傘もささずに出歩き、剰え家の屋根の下雨宿りしているなど考えもしなかった。
確かに、俊永としては目の前の彼女に何かしら施す理由も、必要性もありはしない。
だがしかし、このまま彼女を放置していしまえばどうなるか。
少なくともいい結果が待っていないのは確かだ。
男ならば未だしも女の場合、体調を崩すだけでなく暴行を受ける可能性も低くはないからだ。流石に、自宅の前がそんな現場になる事を許容する者など居ないだろう。
という訳で、
「おい、こんな所で寝てるなよ」
声を掛けるしかない。
傍らにしゃがみ込み、その肩をゆする。
だが、どれだけ揺すっても声を掛けても女性は起きる気配が無かった。
余程疲労しているのか、あるいはもっと別の要因なのか。
「…………はぁ」
仕方なく、俊永は傘を首と肩の間に挟んで固定し、レジ袋を手首に掛け直すと女性の膝裏と背中に手を差し込んだ。
「軽いな」
脱力した人体というのは結構な重さである筈なのだが、鍛えた彼にしてみればこの程度は重石にもなりはしない。
そのまま、門を足で押し開けて潜り、屋敷の中へ。扉は勝手にしまった。
後に残るのは、さらさらと降る雨と夜陰、そして外灯の明かりだけだ。
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朝露滴る椿の葉。昨晩の雨が嘘のように、その日の朝は良い天気であった。
「………………………………ん…………」
胡坐をかいて腕を組み、柱に凭れかかって眠っていた俊永は体内時計に従って目を覚ます。
ストーブの置かれた和室は、閉め切っていれば暖かく布団が無くとも風邪をひく心配は無いだろう。
そんな部屋の中央には、一式の敷布団が引かれていた。寝かされているのは、昨晩彼が拾った女性。
流石に着替えさせる事など出来ない為、彼女の濡れていた足元などを拭いて後は布団の中に放り込んだだけの雑なものだ。
凝り固まった体を解し、俊永は立ち上がる。
彼女の事は気にかかるが、それが日課をおざなりにしていい理由にはならないからだ。
寒空の下、ジャージの上だけ脱ぎ捨てて外へ。
家の主が居なくなった暖かな部屋。
「…………行ったわね」
神代の魔女は、ポツリと一言そう零した。
ふかふかの布団から上体だけを起こし、彼女は思考する。
「何のつもりなのかしら、あの男は…………」
彼女の価値観にしてみれば、男というのは実に野蛮だ。ついでに、彼女自身筋肉達磨と外見だけのイケメンが大嫌いであった。
では、助けられた形となった彼はどうだろうか。
極限まで鍛え上げられたかのような筋肉は膨張せずに圧縮されており、顔はイケメンというよりは整っているが分類的に強面。
何より、
「私の時代にも先ず居ないわよ、あんな魂の大きさをした人間なんて」
彼の内包した魂の大きさ。
常人の魂を100とするならば、彼の魂の大きさはその10倍以上。最早神代の英雄の様な魂の大きさであるし、それだけの魂があれば――――――
「ッ!これは……あの、坊やかしら?」
思考の海に沈んでいた彼女は、不意に部屋の外から膨大な力の波動を感じ取り顔を上げる。
そこは先程彼が向かった庭のある場所。
荒れ狂う暴風のようで、燦然と輝く太陽のようで。底の見えない大海のようで。
圧倒的なまでの“力”の塊だ。それこそ、抑止力によって間引きされていなければおかしいのではないかと思われそうなほどの代物。
神秘の薄れた現代において、それはあまりにも異質。
いつの間にか彼女は立ち上がっていた。障子戸へと手を掛けて彼が出ていった庭へと足を向けて。
そして、その光景に目を奪われる。
「フゥーーーーッ…………」
鍛え上げられた肉体を惜しげも無く外気に晒し、全身から湯気を昇らせながらのI字バランス。
彼、俊永の体からはいつぞやの蒼い電光が走っており、体もほんのり明るくなっている。更に全身に浮かび上がるような紋様だ。何かの力を行使している事は明らかであった。
肉体労働は専門ではない彼女ではあるが、それでも直感的に分かる。目の前の少年は現代に生きる英雄足り得る存在であると。
「――――――起きたのか」
見蕩れていた彼女は、いつの間にやら元の姿勢に戻った俊永に声を掛けられるまでボーっとその場に突っ立っていた。
「え、ええ、そうね。貴方が、運んでくれたのよね?」
「まあ、な。流石に、家の前で野垂れ死にされても、困る」
会話としては単調な物。だが、微妙な含みを持ち合わせている事は確かだ。
魔女としては、何故助けたのか。俊永としては、これ以上の長居をしてほしくない。
それぞれが、そんな感情を互いに向けていた。
「端的に聞きましょう。貴方、魔術師、聖杯戦争、サーヴァント。これらの言葉に聞き覚えはあるかしら」
「あ?」
先手は、魔女。記憶操作などお手の物である彼女にしてみれば、これで知らないという返答を返されようとも記憶を消してしまえばそれまでであるからだ。
だが、
「…………なんだ、お前。何でそれを知ってる?」
俊永が浮かべたのは警戒の顔。拳を握っており、同時に知っているという返答でもあった。
「私は、キャスターのサーヴァントよ。今ははぐれなのだけど」
「…………キャスターだ?お前が?」
キャスターの言葉に、俊永はじろじろと彼女を見つめる。
「目が飛び出てないし、妙な本も持ってないんだな」
「誰かと勘違いしてるのかしら。貴方、魔術師じゃないわね?」
「ああ。ただ、10年前に巻き込まれた、それだけだ」
「巻き込まれた?」
「聖杯戦争?とやらは、この街で10年前に一回起きてんだよ。大火事になって悲惨なことになったがな」
「…………だから、知ってると?」
「まあ、俺が一番関わってたのはバーサーカーなんだが。七騎のサーヴァントの殺し合いだろ?俺は魔術師じゃねぇから聖杯に願う事なんざ欠片も無いがな」
「あら、万能の願望具には惹かれないのかしら?」
「少なくとも、俺の夢に関しては自分の力でどうにかしねぇと意味が無い」
珍しくも会話を熟している俊永だが、彼にしてみれば十年前は文字通りの地獄でしかなかった。
それが再び起きるならば、情報を得たいと思うのは仕方が無い事だろう。
対するキャスターも気になる事が出来た。
十年前の聖杯戦争、そして大火事。
双方の思惑が交錯する。