Not a Hero of justice 作:サティスファクション
午前九時四十七分。会社学校それぞれが既に始業を終えて、業務に勤しみだす時間帯。
「「…………」」
足の短い木製のテーブルをはさむようにして和室に座るのは、キャスターと俊永の二人。
両者の間に会話は無く、二人の前に置かれた湯呑より湯気が立つばかりだ。
「…………はぁ……説明だけで皆勤賞を逃したな」
口火を切ったのは、俊永の方。後方へと体重を預けながら手を突き、天井を見上げて息を吐く。
今の今まで、彼が話していたのは十年前の事。
因みに遅くなったのは、合間で朝食などを挟んだため。
「私としては、聖杯の汚染が気になるのだけど?」
「汚染…………というか泥だな。赤黒いドロドロしたアレは……うん、やっぱり泥だ」
「泥ね。原因は何かしら」
「知るか。あの十年前の魔術師の生き残りは、二人だけだからな。片方はイギリスに居るし、もう片方は…………関わりたくない」
「そう…………」
ヤダヤダ、と首を振る俊永をフードの下から眺めるキャスターは思考を巡らせる。
聖杯戦争は七つのクラスに分かれたサーヴァントがそれぞれ一騎ずつで殺し合うサバイバルだ。その中でも、キャスターは最弱とされている。
理由は、三騎士と呼ばれるセイバー、アーチャー、ランサーとライダーのクラスはスキルとして対魔力を持っているからだ。
これは、ランク分けされており、そのランク以下の魔術を無効化するというもの。場合によってはキャスターの魔術が一切通じない事もあり得る。
更に、キャスターのクラスに該当するサーヴァントというのは基本的に遠距離型。それも、工房と呼ばれる陣地を築いて力を蓄えてから、その能力を遺憾なく発揮するのだ。
これはイコールとして白兵戦能力の欠如にも繋がっており、肉弾戦には弱いという事。彼女もその例には漏れない。
そこから考えて目の前の少年。
人間でありながら巨大な魂を内包し、その肉体は英雄の様な姿。
実力のほどは分からないが、それでも彼女の朧げな記憶の中にある英雄にも迫れるのではないかと、直感的に感じ取っていた。
であるならば、
「貴方、私と組まないかしら?」
「…………はあ?」
単刀直入に切り出した。
キャスターは悟った。この手の輩は搦め手よりもこうしてダイレクトに懐柔する方が効果があると。
まあ、その反応としては俊永の訝しむような声であった訳なのだが。
「俺に、聖杯戦争に参加しろって言うのか?」
「ええ、そうよ。私のマスターとして、ね」
「俺は魔術師じゃないぞ」
「それは分かっているわ。けど、生粋の魔術師じゃ、私とは相性が悪いの」
「だからって、俺か?」
「ええ。魔術回路も生粋の魔術師じゃないにしては多いみたいだもの。それに、ここには霊脈も通っているものね。神殿としては十分な下地があるわ」
「だがな…………」
つらつらと言葉を連ねたキャスターだが、肝心の俊永は乗り気ではない。
「俺には願いが無いんだ。いや、有るには有るけども自分の力で叶えなきゃ意味が無い。なにより、あの聖杯は汚れてるだろ?結果があの大災害だ」
「その点は問題ないわ。私なら、それを無視して扱えるはずだもの」
「…………いや、だからな?」
話通じねぇ、と俊永は再度天井を見上げた。
彼とて無欲ではない。だが、誰かに願うという事には抵抗があった。
願うのではなく、願われるというならばシックリくる。何より、彼の夢は彼自身の手で果たせなければ、何の意味も無いのだ。
「―――――……………………俺は、ヒーローになりたいんだ」
「ヒーロー?英雄かしら?」
「いいや。あんな自己犠牲の塊や自己顕示欲の塊みてぇな事はしねぇよ。俺は別に、不特定多数の他人を救いたい訳じゃない。たった一人で良いんだ」
「…………」
キャスターは口をつぐみ、次の言葉を待った。
ヒーローになりたいと聞いて、最初に彼女が思い浮かべたのは自身の時代に居た英雄たち。
だがそれも、次の言葉で掻き消えた。
英雄譚として語り継がれたい訳でも、民衆に褒め称えられたい訳でも、強敵と戦いたい訳でもない。
「世界中が敵になっても、それこそ神を敵に回しても、俺は俺が味方をしたいと思った奴の味方になる。周りが悪だと言っても、これが俺の正義だ。この選択で誰かが死んでも、俺は気にしない。それが選んだ道ならな」
正義の味方と、ヒーローは違う。
正義というのは、辞書で引けば正しい道理や人間行動の正しさとなる。
この中で語られる正しさというのは、公、要するに人間という種が作り上げたルールの中での正しさという事。
彼らが白というものが正義であり、黒は悪だ。
これは俊永の持論だが、正義とは大衆の利益を守れるものであり、悪とはその逆であると考えている。
例とするなら、某光の巨人と怪獣。
彼らの齎す結果として、どちらもが結局のところ街の破壊となる。ただ、その過程が別であるだけで。
俊永は、そんな大衆の為に己の一番大切なモノを手放す選択肢を採りたくなかった。だからこそ、独りよがりのヒーローとなる。
「聖杯に願う事もねぇんだ。他を当たるのが賢明だと思うがな」
「…………いいえ、丁度いいわ」
「あ?」
「貴方が聖杯に願わないというなら、私の目的の邪魔にもならないという事でしょう?」
「目的だ?」
「…………私は――――――」
@@@@@
その日、間桐桜は一日中惚けていた。
理由はただ一つ。幼馴染であり先輩であり、そして彼女のヒーローである少年のせい。
珍しくも、本当に珍しくも、彼は今日学校を休んでいるのだ。体の丈夫さこそが売りとでもいうような彼が学校を休む。
それだけでも一大事。現に竹刀を持った冬木の虎は、その電話を受けた際にその場でひっくり返った始末。
周囲の人間も少なからず噂していたが、その大半は桜にとってどうでもいい事。
何せ、表面情報に軽く触れただけの推察ばかりの根も葉もないどころか、種と言って小石を撒く様な不毛な物ばかりであったからだ。
いや、普通ならば不快に思うのかもしれない。だが、表面的にしか知りえない情報で態々自分から怪物を造り出していく様は彼女にとっては滑稽以外の何物でもなかったのだ。
ただ、それはそれとして気になる事には違いない。穂群原のブラウニーと周りに呼ばれている先輩に彼女が聞いたところによると、一応病欠であるらしい。
一応というのは、電話対応した教員が根掘り葉掘り聞こうとして電話を切られてしまったから。
故に詳細まではハッキリとしない。
ついでに、彼女のセンサーが警報を鳴らしていた。主に、彼の人間関係に小石が投げ込まれた、と。
恋愛感情を抱くには、少々近すぎる二人ではあるのだが、それでも桜からしてみれば二人の間に他人が入るのは収まりが悪くなってしまう。
という訳で、
「やっぱり、大きい…………」
正面に立つだけでも威圧感を発する門扉の前に立ち、桜はポツリと呟く。
彼女の肩にはカバンが掛けられ、その手にはスーパーのレジ袋。
郵便配達員などに門の重さで苦情が入るほどの扉であるのだが、実はこの門には開ける為のコツがあり両方の門を同時に押すと片方を全力で押し込むよりも楽に開けることが出来る。
勝手知ったると言うように門を押し開けて中へと、
「しゃがめ、桜!」
「ッ!」
入った直後に普段は聞くことが無いであろう男の声が鋭く響いた。
ほとんど反射的にしゃがむ桜の頭上を何かが通過していく。その直後には破砕音が響き渡り何かが砕け、玄関にまで通じる飛び石の道に撒かれる。
「危ねぇ……即死トラップ、じゃないだけマシか?」
「あっ、先輩?」
「よお、桜。怪我無いか?」
頭を抱えて蹲っていた桜を守る様にして立つ背中。
最初に見たのは十年前である蒼い電光を纏ったその背中を見て、桜はどうしようもない安堵感を覚える。
「――――――はい」
伸ばされた手を取って立ち上がる。
二人の周りでは、青白くも見える骨の残骸が転がっていた。
それは、風に巻かれて消えていく。
「先輩、これは?」
「……まあ、色々とな」
桜の問いに言葉を濁し、俊永は後方の玄関へと目を向けた。
「あら、マスターのお知り合いなら言ってくだされば良かったのに」
「言う前にトラップ起動してただろうが」
「魔術に関係した人間を無傷で通すわけにはいかないでしょう?」
玄関の屋根に腰掛けてクスクスと微笑む女性が二人を見下ろし、言う。
昨晩に続いての邂逅。夜が迫る。