Not a Hero of justice   作:サティスファクション

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 聖杯戦争において軽んじるマスターは多いが、サーヴァントとの相互理解は重要なファクターである。

 彼らは端末とはいえ、古今東西の英雄。それぞれが少なからずの矜持を持ち合わせているし、触れてほしくない傷があるのは生きている人間と同じなのだから。

 

「おはよう、マスター」

「ん?よお、キャスター」

 

 朝の鍛錬を終えて台所へと向かっていた俊永に、背後から声を掛けてくるキャスターはそのままするりと彼の首筋に腕を回してくる。

 二人が出会って既に一週間以上が経過しており、特別何かがあった訳ではないのだが物理的な距離が大分近くなっているのはどういうことか。

 大きな要因としては、俊永自身が魔術師ではないからか。サーヴァントであろうとも一個人として扱い、蔑ろにもしない。不必要に踏み込んでも来ないし、使い魔としてこき使う事も無く、それどころか彼女の為に料理を拵え、部屋を用意し、衣類を揃えた。

 そうまるで、普通の女性を相手にするように。

 そしてそんな生活は、キャスターが心の奥底で望んでいた生活でもあった。

 何でもないような日常。それを誰かと共にする事。植え付けられた愛情ではない、打算があろうとも確かな信頼関係を結ぶようなやり取り。

 

「今日は、何を作るのかしら?」

「いつもと変わらず、純和風の朝飯だ。というか、作り慣れた奴が一番マシだからな」

「代り映えしないわね」

 

 ルーティンともなっているやり取りをしながら、二人は揃って台所へ。と言ってもキャスターは料理など出来ない。知識はあれども、技術が無い為に戦力外であったが。

 本来ならば、サーヴァントに食事など必要ではない。魔力供給さえされているならば顕現し続けられるし、少なくとも今のキャスターは制限を受けていない。

 再三述べるが、俊永は魔術師ではないし魔術回路などに関しても一代目として優れているだけで出力は目を瞠れども数は及第点程度。

 ステータスの下降なども無いのだが、供給される魔力は多い方が良いし供給源も多い方が良いだろう。

 

「…………」

 

 トントントン、とまな板と包丁が当たる音が響く。

 無防備な背中だ。それこそ、今ここでキャスターが後ろから刺し貫くことが出来そうなほどに。

 彼女の宝具は、ある意味というか、聖杯戦争においてほぼ一撃必殺染みた破壊力を有している。当人の意志はどうあれ、だ。

 しかし、どうにも彼女はそんな事をする気にはなれずにいた。

 自分から結んだ協力関係であるから、等という殊勝な事ではない。むしろ、裏切る時には一切の慈悲なく彼女は裏切ることが出来るだろう。

 では何故か。

 理由としては、今その手の中にある生前には手に入れる事すら出来なかった日常があるから、だろうか。

 

 朝起きて、マスターである俊永の鍛錬を眺め、朝食を共にし、彼を学校へと見送る。

 昼には神殿を構築する準備の為に縁側に腰掛けて庭を眺めながら魔力を編み上げる。

 夕方には帰ってきた俊永と共に夕食を共にし、ここには桜が一緒になる事も少なくない。

 夜は、入浴し、並んで居間でテレビを見て、最後は就寝し次の朝へと備える。

 

 まるで、生きている人間と同じように彼女は日常の中に居た。

 温いと言われようとも、心地よいのだから仕方がない。

 

 だがそれも、そろそろ終わる。

 

「マスター」

「ん?」

「始まるわ」

 

 会話は短く端的に。さりとて要点は明確に。

 

「揃ったのか」

「ええ。手筈通りなら、彼女は今日来るはずよ」

「そう、か…………」

 

 俊永の返事は、どこか疲れを滲ませる。

 気乗りしないという雰囲気をありありと滲ませているが、それによって足が鈍るような軟弱者でもない。

 

「とりあえず、聖杯を取るぞキャスター。十年前の二の舞は御免だ」

「無論よ」

 

 

 

 

 

@@@@@

 

 

 

 

 

 聖杯戦争の本番は夜だ。これは、魔術は秘匿すべきという魔術師の考えによるもの。

 一般に知られてしまうと、魔術はその力を大きく落としてしまう。

 魔術師にとって“神秘”とは一般的に解明されていないナニかを指す。その為、彼らにとって“知れ渡る”というのは都合が悪い。

 

「もう少し、どうにかならねぇか…………?」

 

 そんな神秘を前にして、俊永は眉根を寄せる。

 理由は単純で今現在のこの場の面々にあった。

 

「どうしました、先輩?」

「…………いや、何でもない」

 

 心配そうに自身を覗き込んでくる後輩に手を振り、彼は前を見た。

 現在、この部屋には四人の人物がいる。

 一人は俊永。もう一人は桜だ。

 そして残りの二人。いつも通りフードを被ったキャスターと、彼女と向かい合うようにして座る黒のボンテージのような格好に目元を大きなバイザーで覆った淡い紫の髪をした長身の女性が一人。

 そう、今この場に男は俊永しかいない。しかも周りは美人揃い。

 ハーレム願望など一欠けらもありはしない彼にしてみれば、この状況というのは実に気まずいものであった。

 

 そんな彼の内心を知ってか知らずかバイザーの女性、ライダーは見えているのか分からない目を俊永へと向けてくる。

 

「マスターであるサクラが決めた事ならば、私から何かを言うつもりはありません。同盟も許容しましょう」

「そうか…………その割に、不満は隠さないんだな」

「…………貴方に不満がある訳ではありません。ただ、この女狐が少々」

「あら、言うに事欠いて女狐ですって?視点が高くなると、気持ちも尊大になるのかしらね」

「喧嘩するなよ…………」

 

 俊永の頭痛の種のもう一つがこれだ。どうにも、キャスターとライダーの相性が悪い。

 一応、彼が真名を知らないために気づいていない事なのだが、この二騎は揃って同じ神話体系からの登場であったりする。

 

「…………とりあえず、晩飯にしよう。桜も手伝え」

「はい。それじゃあ、ライダー。喧嘩しないでね?」

 

 サーヴァントを残してマスターの二人がそろって退室していくという珍事。

 とはいえ、ライダーもキャスターも揃って食事の用意など出来ないのだから致し方ない。少なくとも、俊永はキャスターを台所に立たせる気は毛頭なかった。

 

「「…………」」

 

 沈黙。どちらも思惑はどうあれ、マスター同士に仲は良好だ。

 キャスターとしても日常を過ごす中で、桜との交流は多い。俊永には黙っているが料理に関しての手解きも受けているのだ。

 ライダーも、マスターである桜に対して悪感情など持ち合わせていないし、俊永に対しても初対面は様子見であるとはいえ、そこまで悪く見てはいない。

 少なくとも、男性の中で見れば評価は高い方ではなかろうか。

 

「貴方の狙いは何ですか、キャスター」

「あら、何の事かしら?」

「惚けないでください。サクラとシュンの話が事実ならば、聖杯は汚染されているのでしょう?真面に願いを叶えないそんな代物を求めてどうするつもりですか」

「それは、貴方の尺度でしょう?こと魔術に関しては、私の方が上よライダー。聖杯の泥も不純物を取り除けばいいでしょう?」

「…………それが、貴方には可能だと?」

「出来ると、マスターには約束したもの」

 

 クスクスと微笑むキャスターに、ライダーは気迫を滲ませてくる。

 彼女には聖杯に託す願などない。強いて挙げれば、今のマスターである桜の行く末に幸福が訪れる事を願っているぐらいか。

 最悪聖杯が取れなくとも、彼女が五体満足で生きていけるならばライダーの目的は果たされたと言って良いだろう。

 だからこそ、警戒する。桜自身が信頼する俊永はまだマシとしても、彼のサーヴァントであるキャスターが本当に桜を守るのかが分からないから。

 

「裏切れば、私は貴方を殺す。例え首だけになろうとも確実に、殺して差し上げます」

「フフッ、貴方こそマスターを裏切れば、標本にしてあげるわ」

 

 机を挟んで笑い合う二人。両者ともに、目元が隠れて口元でしか表情の判別が出来ないために実に不気味だ。

 ただ一つ、ライダーは見逃していた。相手が裏切る可能性の方が彼女の中で高かった為に聞き逃していた。

 

 キャスターの中に芽生え始めた一番に関して。

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