Not a Hero of justice 作:サティスファクション
英霊というのは、まさしく伝説だ。
その力は大なり小なり、人の及ばない領域に至っているし純粋に強い。
その筈なのだが―――――
「ッ、本当に人間なのですか…………!」
ライダーは杭剣を両手に防戦を強いられる状況に、悪態をつくしかない。
迫り来る拳の一つ一つが文字通りの武器であり、目も良い。更に、一芸に固執するのではなく、蹴り、掴み、投げ等々、取れる手段全てを用いるために手数が多い。
「癪だけれど、ライダーに同意するわ。マスターは神代でも活躍するんじゃないかしら?」
目の前の光景を見ながら、キャスターもまた頬を引きつらせていた。傍らでは穏やかな様子で湯呑のお茶を啜る桜の姿もある。
同盟を組んでから、彼女も七戸邸へと身を置いており、聖杯戦争に備えているのだ。
「セイッ!」
「しまっ…………!」
甲高い音を立てて、ライダーの杭剣が弾かれ宙を舞う。そして、その直後に彼女の眼前へと拳が付きつけられた。
「一応、俺の勝ちか?」
「………ええ、そうですね」
拳を突き付けた俊永が問い、ライダーが答える。
どうしてこうなったかといえば、俊永が手合わせの相手を求めたため。そしてこの家において、ライダーの他に彼と正面から戦える者など居なかった。
それでも、ライダーも元々正面戦闘が得意というタイプではない。宝具も発動していないのだから、この勝敗はあくまでも手合わせの範囲を越えてはいなかった。
「強いですね、シュン。本当に、この神秘の薄れた時代に生まれた存在とは思えません」
「誉め言葉として、受け取っておくぜ?」
拳を解いて差し伸べられた手を取って、ライダーは立ち上がる。
彼女の言葉に嘘はない。事実、神代の怪物でもある彼女をして、彼の戦闘能力は英雄のソレに迫るものがあると思えたからだ。
疑問とすれば、そんな戦闘能力を有しながら、彼自身の肉体が崩壊しない点か。
強すぎる力というのは、何も対象を破壊するばかりではない。その力を振るう側にも相応の負荷を強いる事になるのだから。
そんな内心が視線に乗ったのか、縁側へと戻ろうとしていた俊永は足を止めると、首だけで少し振り返り笑みを浮かべる。
「鍛えてるからな。そりゃ、英雄には劣るかもしれないが物心ついたころからずっと負荷かけて鍛えてきたんだ。技の反動程度じゃ倒れないさ」
力こぶを作って見せて、彼は笑った。
鍛えてどうこうなるようなレベルではないのだが、気にするだけ無駄なのであろう。
@@@@@
聖杯戦争の舞台は、夜だ。
「基本、こっちから仕掛けるわけにはいかないな」
縁側に腰かけ胡坐をかき、頬杖をついた俊永は月を見上げて睨むとポツリと呟いた。
不用心にも見えるがその実、彼の屋敷は結界が張ってあるために並大抵の侵入を許す事は無いのだ。唯一の出入口は、入口の門のみ。
決してキャスターは白兵戦に向く様なクラスではない。そしてそれは、現在同盟関係となったライダーも同じくであった。
前者は中、遠距離からの大魔術による飽和攻撃が得意であり、後者はどちらかというと搦め手。魔眼や結界を用いて相手を得意な戦局に引きずり込む。
どちらも正面から真っ向勝負を楽しむタイプでもないし、であるならば自然とサーヴァントの数が削れて来る聖杯戦争後半に仕掛ける事になったのだ。
もっとも、相手の出方次第では序盤から速攻を掛ける事にもなりかねないが。
幸いなことに、キャスターが聖杯戦争でも初期に呼び出され、直ぐに俊永へと契約が移ったお陰かこのクラスで必須な工房の作成、魔力の貯蔵などは過分なほどに行われており下手すればこの冬木市の地形を変えてしまえるかもしれない。
とはいえ、今日はこのまま―――――
「マスター。お客様よ」
「みたいだな」
虚空より浮き上がる様に現れたキャスターの言葉に応え、俊永は庭に立つ。
直後、入り口である門の方向より何かが破砕するような音が響き渡った。
「漸く、見つけたぜ。けったいな穴倉に籠りやがってよ」
庭に現れたのは、紅い槍を携えた蒼い槍兵。
「ランサーよ、マスター。最速の英雄ね」
「桜の言ってた通りだな。小手調べで戦いまわってる奴だろ」
宙に浮き後ろから俊永の首に腕を回すキャスターは、目の前の相手をランサーと断ずる。
むしろ、あそこ迄堂々と槍を見せておいて他クラスというのは考えにくいだろう。
強いて挙げれば、ライダーだがそのクラスは既に出現している。そして、同じクラスのサーヴァントが召喚される事は先ずありえない。
「お前が、キャスターのマスターだな?」
「だったら?」
「よくもまあ、そんな胡散臭い奴を連れてるなって話さ」
「そこは、人次第だろランサー。その戦闘装束といい、槍といい、お前、ケルトだな」
「ほう……ボウズ、お前があの野郎の言ってたガキか」
「あの野郎、が誰かは知らないけどな」
俊永がランサーに対して行った言及は、七割がたハッタリだ。当たればいい程度の物であったが、相手の反応からして推測は正しかったのだろう。
ケルトの英雄であり、尚且つ槍を持つとなると割と絞られる。その内一人を彼は知っていた。
だが、考察もそこまで。敵対するランサーの気配が野獣の様な殺気を持って膨れ上がって来ていたからだ。
「来るわね。本当に大丈夫なの?」
「おう。拳の“強化”だけ頼む。生身なんでな」
俊永が言い終わると同時に、彼の両拳に薄ぼんやりとしたオーラが輝き、薄皮一枚といったところで定着した。
そして構える彼に対して、ランサーは眉根を寄せた。
キャスターが肉弾戦をしないタイプである事は見れば分かる。かといって、サーヴァント相手に生身で戦いを挑もうとするマスターが一体どこに居るというのか。
だがそれも、
「―――――ワン・フォー・オール」
「ッ!?」
目の前の少年が力を発動したことにより改めざるを得なかった。
同時に、
「―――――SMASHッ!」
目の前から一瞬で消えたかと思えば眼前、目と鼻の先に現れた彼の振るう拳を槍を撓ませて―――――受けると同時に後方へと吹き飛ばされていた。
その破壊力は、大型のトレーラーが最高速度で突っ込んでくるような物。ランサーの体は空気の壁を突き破ると、強かに背中から家を囲む白壁へと叩きつけられてしまう。
普通なら、そのまま余韻に浸るのかもしれない。
だが、俊永は踏み込んでいた足に力を籠めると更に前へと加速。
今度は、左拳。まっすぐ前へと突き出す。
「二度も食らうかよッ!」
「…………」
金属と金属がぶつかり合ったような硬質な音を立てて、俊永の拳とランサーの槍の柄がぶつかり合う。
そこから始まる打ち合い。俊永の両腕の回転数が上がるにつれて、ランサーの槍もまた残像が辛うじて視界に収まる程にまで加速していく。
人とサーヴァントの対決には到底見えない。如何に拳を“強化”しているとはいえ、追いつくには彼自身の目がランサーの攻撃を捉えていなければならない。
(こいつ…………!)
まさか人間相手にここまで伯仲の接近戦を行う事になるなどランサーも思っても居ない。
槍と素手というリーチに関して圧倒的な差がある筈なのだが、そこを俊永は両手の回転率によって補いつつ、キャスターの後押しを受けての“強化”によって槍を受けることが出来ていた。
何より、
「フンッ!」
純粋なパワーで言えば、俊永はランサーよりも上だった。それも、まだまだ余力を残した怪力だ。
今はまだ、ランサーの技量が上なために真正面からかち合わずに僅かに反らしているお陰か打ち合えている。しかし、柔よく剛を制すという言葉がある様に、剛よく柔を断つともいう。
どちらの要素も高めれば高める程に行き着く先は、魔法のような人知を超えた領域。
「…………」
戦局を空から眺めているキャスターもまた、神話の英雄の様なぶつかり合いにフードの下で眉を顰めていた。
戦闘が専門外である彼女にしてみれば、泥臭く近距離戦をするなど考えもつかない。そもそも、そんな状況に持ち込ませたりはしない。
今回は、
上空から静観するキャスターが思考を回す中、眼下の二人は庭の中央へと移動しながら、息の詰まるような乱打戦に持ち込んでいた。
とはいえ、
「手抜きか?ランサーッ!」
ゴガン、と嫌な音を立てて弾き飛ばされるランサー。ダメージは無いものの、今一攻め切れていないことは明らかであった。
「チッ……馬鹿げたマスターの令呪でな。こっちとしちゃ、従う義理なんぞ欠片もないんだが…………まあ、これもサーヴァントの宿命って奴だ」
「そうかよ。なら、その宿命。ここで終わらせてやるよ」
言うなり、俊永の全身からコバルトブルーの電光が弾け、体に浮かんだラインもまたより一層の輝きを増していく。
腰だめに拳を構え、前へ。先程とは比べ物にならない踏み込みだ。その速度は、常人であるならば視界の端に影を捉える事すらも難しい程。
そして、
「―――――DETROIT SMASH!!!!」
ボディアッパーの様な軌道でランサーの鳩尾付近を狙う一撃。
「ッ!」
咄嗟の事であったが、ランサーの驚異的な技量と反射神経は正確に体を動かしていた。
槍の柄が軋むような衝撃。その体は空へと勢いよく打ち上げられる。
「―――――」
「ッ、防いで―――――ハァ!?」
空へと打ち上げられたランサーだったが、その体には殆どダメージは無い。
すぐさま反撃に移ろうとするのだが、その前にその体を複数の魔法陣が取り囲み、簀巻きの様に縛り上げてしまうではないか。
予想外であり、まさかこのタイミングで干渉してくるなど思いもしないランサー。
彼の眼前には
その手が振り上げられ、一切の躊躇も無くランサーの肉体へと振り下ろされるのであった。