Not a Hero of justice 作:サティスファクション
日常の謳歌こそが学生の花。学業に勤しむことを大人たちは求めるが、その大人たちも学生の頃は遊びに精を出していたことは明らかなのだから説得力も無い。
「…………」
机に頬杖をついて、俊永は黒板を白けた眼で見つめていた。
彼だけでなく、大半のクラスメイトもまたそこまでの熱意を持って授業に臨んでいるのはほんの一握りだ。
そんな気だるい授業の最中、不意に俊永の頭にノイズが走った。
(マスター、報告よ)
(どうした?)
(他サーヴァントのマスター。その絞り込みが終わったわ)
(思ったよりも早かったな。ランサーか?)
(ええ。あの犬も役に立つものね)
(本人に言うなよ?面倒だからな)
黒板に視線を向けたまま、俊永は内心で辟易したようなため息をつく。
罠に嵌めて手元へと置く事になったランサーだが、その関係性は主従ではなく協力といったモノであったからだ。
(で?遠坂、アインツベルンは確定として他はどうんんだ?)
(アサシンは流れの魔術師が獲得したみたいね。バーサーカーはホムンクルスの子が、セイバーは三流の魔術師擬きの手の内よ)
(成る程、第四次でやらかしたからかアインツベルンは外部に頼らなかったらしい。ん?てことは、アーチャーは遠坂か。縁があるのかないのか)
(前回の聖杯戦争も、そうだったかしら?)
(いや、前はアインツベルンがセイバー、遠坂がアーチャー、間桐がバーサーカー。それぞれ外からのマスターがライダーとランサー。で、
(キャスターはどうなのかしら)
(魔術師でもない連続猟奇殺人犯の手に渡ったよ。お陰で、桜が危うく楽器にされる所だった)
(…………詳しくは聞かないわ。それで、どうするの?)
(待ちだな。基本はランサーに狩らせる。負けるにしても、相応の手傷は負わせてくれるだろうしな)
戦う事は吝かではない。少なくとも、俊永の戦闘能力の大半は正面戦闘に割り振られており、搦め手の手段は基本的にない。ついでに本人も力押しの方が好みだ。
だがそれは、あくまでも目の前の戦いに勝つだけ。大局を見据えられているとは到底言えない。
戦いは消耗する。何より俊永は生身だ。キャスターの魔術によって“強化”されるとはいえ、相手は過去の英雄たち。その中には神代の者も居れば、一騎当千の者、果ては大国すらも蹂躙する稀代の怪物等々。
そんな相手に拳を持って挑むこと自体そもそもの間違いといわれてしまえばそれまでなのだが。
基本方針は専守防衛。裏を返せば、石を投げられれば核兵器をブッパする。そんなスタンスが彼らであった。
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放課後、夕日の差し込んでくる校舎。生徒たちの姿も殆ど校舎には残ってはいなかった。
というのもここ最近、冬木の街では妙な事件が多発していた為だ。
曰く、黒衣のソレを見たならば心を抜き取られる
曰く、鉛色の巨人と真っ白な少女が夜な夜な街を徘徊している
曰く、青と朱の彗星が夜空を切り裂いていった
その他にも様々だが、そのどれもが根拠のない噂として人々の口に語られる程度で都市伝説の域を出ないような物ばかり。
だが現実問題、治安が悪くなってきている事も確か。
「貴方のその左手はどうしたのかしら、七戸君」
「五百円返せよ、遠坂」
両者互いに、他者の往来をまるっきり無視した様に廊下の中央で仁王立ち。
彼女、遠坂凛はキリッとした雰囲気を一瞬で霧散させるとあたふたと視線を走らせ目を逸らす。
「だ、大丈夫よ!忘れてないわ、ちゃんと十一で返すから…………」
「いや、利子は要らねぇから。あと、左手は料理中にお湯が跳ねて火傷しただけさ」
世間話でもするように、張りつめていた空気がほろりと解けていく。
「それだけか?だったら、俺は帰りたいんだが」
「ッ…………アンタに聞きたい事があるのよ」
「言っておくが金は貸さないぞ。自分で何とかしろよ」
「違うわよ!…………アンタ、聖杯戦争に首を突っ込んでるんじゃないでしょうね?」
「なんだ、急に」
「答えてくれる?」
「さて、な。俺は魔術関連には良い思い出が無い。そんな俺が、魔術の坩堝みたいな聖杯戦争に絡むと思うのか?」
「アンタが好き好んで絡むとは思ってないわよ。けど…………桜も、マスターなんでしょ?」
「確証があるなら、疑問形じゃなくても良いだろ」
「…………信じたくない事だって、あるでしょ」
そう言い、凛は目を逸らした。
彼女は魔術師だ。それも大家とも言われる遠坂の当主。五大元素を全て扱うことが出来、宝石魔術を主とした多彩な魔術を行使することが出来る。
厳しく冷酷に在ろうとする彼女だが、その性根は常人に近い善良さを持つ。要するに、詰めが甘い。
今もそうだ。疑わしいのならば呼び止めるのではなく、術を用いてしまえばよかった。今は聖杯戦争中。隠蔽に関してもそう難しくは無いだろう。
だがその場合、その一件が露呈すると確実に俊永が敵対する事になる。
ただでさえ、桜が絡むと歯止めが利かなくなるというのに彼自身の怒りの矛先まで向けられるというのは余りにも不味い。勝利の美学など持ち合わせていない彼は、平気で不意打ち騙し討ちを行うだろう。
「で?そんな事で引き留めたのか?タイムセールとか、色々と行きたいんだが?今日は卵が安いんだが…………」
「…………その火傷、治してあげるわよ?」
「いや、良い。今更火傷の痕の一つや二つ残っても大差ないしな。あと、他人から魔術掛けられるとろくなことにならないってのは見てきたし」
「わたしが信用できないってことかしら?」
「むしろ、魔術師を心の底から信用するって不可能だと、俺は思うがな」
「桜も魔術師じゃない」
「それはそれだ。信用とか信頼とかじゃなく、俺が一緒に居たいから、守りたいから側にいる。アイツが裏切ろうが、魔術師だろうが何だろうが、俺からすれば些事なのさ」
「…………」
彼の言葉を切り捨てることが、凛にはできなかった。
魔術師として感情は排すべきものだ。そのことは彼女も理解している。しているが、それでも甘さが捨てきれない。
何より、間桐桜は彼女にとってもある意味では大きな存在。
黙り込んでしまった凛を確認し、俊永は彼女の脇をすり抜けていった。
勝てればいい。七戸俊永の美学は至極シンプルなのだ。
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フォイル・ラッキンホースは流れの魔術師である。
名家でなく、大家でなく、特筆すべき点といえばフットワークの軽さぐらいか。
そんな彼は今、己の幸運に感謝し、同時に絶望することとなる。
原因は言わずもがな踏み込んでしまった土地にある。いや、そもそもが彼の不注意によって起きた自業自得だろうか。
不運は、この冬木の街へと足を踏み入れたこと。幸運は、令呪を獲得し召喚したサーヴァントが隠密特化のアサシンであったこと。
そして絶望は―――――
「はぁ……はぁ……!く、くそっ!」
今。背後より追ってくる青い槍兵。
少し前にも襲われたのだが、その時にはアサシンの逃げ足も相まってその場から逃げることはできた。
だが今回は違う。
「よお、待てよ」
「ッ!」
魔力の供給量による不足がないのか、全力。令呪の縛りも無く最初から初志貫徹、殺しに来ていた。
フォイルは目の前に現れたランサーを前にして、血の気が引く思い。
「あ、アサシンは―――――」
「あん?ああ、あの黒尽くめか。奴なら、ちょいと磔にして置いて来たぜ。うちの雇用主は慎重派でね」
「雇用主?マスターじゃないのか?」
「それをオレが答えると思うか?」
突きつけられる紅い槍。
「そもそも、お前に質問できる権利は無い。ただちょっとした質問に答えてくればそれでいい」
「な、なんだ…………」
「問一、お前は時計塔の魔術師か?」
「…………は?」
「答えろ」
「ひっ!い、いいや、違う!ぼ、僕はフリーだ!」
「問二、他の魔術師を招いたか?」
「ま、招いていない!ぼ、僕にはそんな横のつながりは無い!」
自分でも何を言っているのかフォイル自身も分からないが、それでも彼はランサーの問いに必死に必死に何度も答えた。
そうする内に、搾りかすになるほどに情報を絞りつくされ、そこで漸く彼の眼前より槍の穂先は退けられた。
死が明確に遠のき、ほんの少し、束の間の安息が彼へと与えられる。
そうなると生き意地汚い彼の思考は生存へと傾くわけで
(どうする、どうすればいい!?僕はこんなところで―――――あれ?)
不意に、口の中より熱いものが溢れてきた。
下を見れば、赤が広がっているではないか。
「あ、え…………?」
「言ったろ、オレの雇用主は慎重派、だってな。聖杯戦争で敵のマスターを残す必要性がどこにある?」
ランサーは一言も、質問に答えれば命を救うなど言っていない。
そもそも、彼にしてみれば戦いが保証されているのだからそれで充分。いけ好かないキャスターに使われるのは癪ではあるがそのマスターは鞍替えしても良いと本気で思えるような相手であるからプラマイゼロ。
目の前で生命活動を止めて動かなくなった肉塊を一瞥し、首をはねると彼はその場を後にする。
求めるは強敵との死闘。その点でいえば、今回の聖杯戦争は粒揃い。
死闘は直ぐにでも訪れる。
アサシンを登場させないのは単純に私の技量不足だからです。というか、既出のハサンの中から一体を出そうにもイメージと合いませんし、かといって歴代ハサンから無理矢理一人を選ぶのも難しく、こんな形となってしまいました