袁公路の死ぬ気で生存戦略   作:にゃあたいぷ。

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序章.蜂蜜よりも甘い毒
第一話.


 断じて私は特別な人間ではなかった。

 名門と知られる汝南袁家と縁のある名家の次子として生を受けるが、知略や武芸に秀でるはずもなく趣味に打ち込むこともなかった。幸いにも裕福な家庭の生まれではあったので質の良い教育は与えられていたので人並み以上の教養は身に付けていた。

 ひと通りの勉学を終えた私は、親の縁で汝南袁家に仕官し、主に書庫を管理する仕事に就くことになる。

 暇ある時は写生で小遣いを稼ぎ、貸し出された書物を記録して、時折、保管物が劣化しないように虫干しにする毎日を過ごした。

 色恋には興味はなかった、むしろ食欲の方に興味があった。名家の生まれであるにもかかわらず、面倒臭いと許嫁の一人も居なかった私は借り受けた小さな屋敷で自炊しており、珍しい食材を見つけては、とりあえず煮たり、焼いたり、蒸したり、調理して食する。それが趣味といえば趣味だったのかも知れない。他にも屋敷の中を掃除するのは時間潰しに丁度良くて、暇ができれば洗濯に出かける程度には綺麗好きあったとは思っている。

 良い嫁になれるよ、とはよく言われたものだ。その度に私は、男なんだけどね、と返している。

 

 平々凡々な私にも、親しい間柄の相手が一人くらいはいる。

 今でも鮮明に思い出せる憎たらしげな顔付き、名は文醜と云った。元は馬賊で、とある事情で袁家に仕えるようになった変わり種である。その武芸は同じ馬賊出身の顔良を除き、袁家では右に出る者がいないと呼ばれるほどの腕前だ。

 出会いは祝宴だったか。まだお互いに新米だった時の話、酒に酔い潰れた彼女の介抱を周りから押し付けられたのは縁の始まりになる。放っておいても大丈夫、との話ではあったが、流石に女一人を放っておくわけにもいかない、と致し方なく賃貸している屋敷まで運び入れて、ひとつしかない布団に転がした。別にやましい気持ちがあった訳ではない。多少は意識をしていたが、彼女の屋敷が何処なのか分からなかったし、宿を取るにも金が勿体なかった。

 翌朝、彼女は見知らぬ部屋に慌てふためくことになったが、とりあえず朝食を振舞ってやれば落ち着いてくれたし、事情を説明すれば納得もしてくれた。その時に彼女はやけに私がもてなした料理を絶賛してくれ、何故か翌日から彼女は酒瓶片手に家まで押しかけてくるようになった。酒のつまみを用意しろ、と命じては酒を飲み耽り、そのまま酔い潰れて眠ってしまうのだ。その度に布団を占拠されてしまうので、新しく布団を一組買う羽目になった。

 そのうち襲われるぞ、と忠告しても、返り討ちするから大丈夫、と大口開いて笑われた。

 実際、彼女を酔わせたところを狙った不埒な輩は居たようだが結果は返り討ちにされ医療所に送り込まれたようだ。末恐ろしや。だからまあ見知らぬ部屋に連れ込まれたのは初めての経験だったようで、あの時は本当に焦ったなあ、と酔い潰れる寸前の彼女は笑いながら話してくれた。

 机に突っ伏せるように眠る彼女の横で、このまま布団に連れて行っても良いものか悩んだのは内緒だ。

 まあ連れて行ったけど。

 

 さてはて、

 出会った当初から彼女は頭を使うことを苦手としていた。

 また面倒を嫌う性格でもあり――身も蓋もない言い方をすれば、彼女は極端に物臭な性格をしていた。

 女性が身嗜みを気遣わないとかありえない。と朝にまだ寝ぼける彼女の乱れた髪を梳かしてやったり、衣服を整えてやったり、食事は肉と野菜の調和が大事だと世話を焼いている内に随分と慕われるようになった。屋敷に泊まる回数も日に日に増えていき、気付けば酒盛り以外でも屋敷に訪れてくるようになっていた。時には勝手に屋敷に上がり込んで寛いていることもあるほどだ。

 そうしている内に部屋の一つが彼女に私物化され、彼女の私物が屋敷に溢れるようになっていった。

 

 彼女が泊まった後、部屋は散らかっていることが多い。

 部屋の掃除はもちろんだが、下着類を乱雑に放り投げたままにしておくのは如何なものか。勝手に洗濯してもなにも言わず、私が手洗いした下着を穿いて仕事へと出向いていった。週に二度、多い時は三度、稀に四度も泊まる時がある。泊まらないにしても屋敷に来ることは多く、箸とか、茶碗とか、着替えとか、備品が至るところに転がっている。徐々に侵食されている生活圏に私は深く溜息をこぼす。少なくとも水場に歯磨きが二本並ぶ光景は、嫁を取らず、恋仲も居ない。独身男性が見慣れて良い光景ではないはずだ。

 文醜が鍛錬後、汗臭い体を私の前で恥じらいなく晒して、濡らした布で肌を拭いている時のことだ。

「あたいの嫁にならない?」と言われたことがある。私は何時もの冗談だと思って「欲しいのは嫁じゃなくて使用人でしょ」って呆れ混じりに返すと「かもね」と彼女にしては珍しく、しおらしい笑顔を浮かべてみせた。

 文醜は妾の子と呼ばれる袁紹の側近として働いている。

 黄巾を頭に巻いた賊徒が増え始める頃、週に何度も泊まっていた彼女も忙しくなったのか顔を合わせる機会が減った。月に一度、泊まることがあるかどうかという頻度にまで落ち込み、二本も並んでいた歯磨きも半年過ぎれば自分の分だけに戻ってしまった。あれだけ面倒で邪魔で仕方ないと思っていた存在も今となっては懐かしいもので、彼女の臭いがしなくなった部屋に少し寂しさを感じながら掃除する。

 私は恋愛には縁のない人間だと思っていた。

 時折、夕食目当てで訪れる文醜はよく同僚の顔良のことを自慢する。私に対する当て付けのように、あたしの嫁だ、と宣言するようにもなった。その話を耳にする度にもどかしい想いをさせられる。金銭に余裕ができたのか、「小間使いとして雇ってやる」と彼女は冗談めかした声色で告げるが、わたしにも意地があったので丁重に断り続けている。そうすると不貞腐れたように頰を膨らませて酒を呷る。そんなだらしない彼女のことを見ているのは好きだった。可愛いと思う、愛おしいと感じている。我ながら女を見る目がないと思う。でも、たぶん、これはずっと前から育まれてきた想いのはずで、今になるまで気付かなかっただけの話だ。もう彼女の想いが私にはないことを察してから気付くとは情けない。彼女が顔良という人物に想いを寄せている今、彼女に仕えるのはきっと生き地獄に違いない。そんな苦行に自ら足を踏み入れる度胸はなかった。

 もう私達は恋愛関係に発展することはない。

 部屋を片付ける最中、彼女が脱ぎ散らかしたままの衣服を思いっきり嗅いだのは、後にも先にもこの時の一度きりだけである。

 

 文醜は考えることは苦手としていたが、元は馬賊の出身ということもあってか武官としては優れた才覚を持っている。

 彼女が袁紹の下で賊退治に精を出し、顔良と共に着実に名を上げる。その陰で私は今日も今日とて書庫整理に精を出す。とはいえ、やることをやってしまえば基本的に退屈な業務であり、書庫の入り口で訪問者を待ちながら余暇を過ごすことが多い。これでもっと政務に関われる役職であれば、政治のあれこれに振り回されたりもするのだろうが、幸いにもそういう御役目が私に回ってきたことはなかった。むしろ政治に関わるのが面倒だったから今の役職を選んだとも云える。

 閑職らしく閑古鳥が鳴く中で、何処ぞ彼処で大剣を振り回す少女を想って大きな溜息を零す。

 我ながら女々しくて、未練がましい。そうやって自嘲していると、こそこそとなにやら可愛らしいものが書庫の中へと入っていくのを目の端に捉えた。呼び止めようと思ったところで幼い少女と目が合って、幼子は真剣な顔付きで、しぃーっ、と口元に人差し指を立てる。

 さて、どうしたものか。考え込むと侍女が慌ただしい様子で駆け寄ってきた。

 

「はぁ……はぁ……お嬢様を見なかったでしょうか?」

 

 問われる。視線はそのまま、視界の端で書庫の入り口を探ると幼子の姿は消えていた。

 教えても問答になりそうだし、教えなくても面倒になりそうだ。という訳で「はて?」と持ち前のことなかれ主義で首を傾げてみせると侍女は丁寧にお辞儀をしてから立ち去った。そして取り残された私は誰もいなくなった書庫前で、本当に教えなくても良かったのか考える。例のお嬢様が書庫内にいることが知られると、とても面倒なことに巻き込まれるだろう。できることなら私の関わり知らぬところで解決して欲しいものだ。とりあえず幼子を書庫から追い出してしまおう。

 そんなことを思っていると、先程の幼子がちょこんと私の膝上に乗った。そして書庫内から取ってきたのか書籍を私に持たせる。

 

「其方、読んでたも」

 

 断るのも面倒になった私は、まあいいか、流されるままことなかれに読み聞かせる。

 この天真爛漫な自由人の正体が名門袁家の嫡子、袁術と知ることになるのはもう暫くしてからのことになる。

 

 

 




「袁本初の華麗なる幸せ家族計画」における美羽様の物語。

幸せ家族計画と合わせても読み難くて、かといって分けると検索で迷惑がかかる。
実際、どういう形が良いんだろうね。と思いながら、とりあえず恋姫二次が活発化することを祈って書き綴る。とりあえず区切りまで書き溜めは終わってます。七天で「この話を何処にぶち込めば良いんだよ! かといってないと袁術勢力がわけわからないことになるよ!」ってなったのが一番の原因。できるだけ検索ページの先頭に私の名前が重ならないように配慮していきたい。
投稿サイトに分けることで緩和した方が良いのかな。全勢力が好きなので欲張りたい。

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