袁公路の死ぬ気で生存戦略   作:にゃあたいぷ。

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第十話.

 汝南袁家の屋敷。評定の際、いつもは袁逢が座っている席に袁術が腰を下ろしている。

 まだ幼い彼女の左右を固めているのは、袁術の侍女長を務める橋蕤と我が家の使用人兼監視員であるはずの張勲の二人だ。そして三人を庇うように一歩前に控えるのは袁家の猛将、紀霊だ。彼女が抜き身の剣で切っ先を向ける先には、地面に打ち付けられたまま呻く袁逢の姿があった。その彼女を背後から挟むように立つのが私、楊宏であり、棒付きの飴を舐める程立と細剣を両手に握る袁姫が私の傍で袁逢を見下した。それから部屋の端では屋敷の使用人達が青褪めた顔で事の成り行きを見守っている。

 どうしてこうなった――事の始まりは三日前になる。

 

 

 屋敷の仕事から解放されて屋敷に戻ったのは丁度、今から三日前のことだ。

 廃屋のように静まった気配に、嫌な予感がした私は玄関扉を開け放った。中には誰かと誰かが争った痕跡があり、仕込んでいなかった罠が起動した跡や不自然な場所に置かれた本棚が倒れており、廊下には包丁が床に突き刺さったりしていた。何が起きたのか、と困惑しながら屋内を歩いていると「ぐえっ」と蛙が踏まれたような声が下から聞こえてきた。黒尽くめの女、どうやら袁逢の刺客のようだ。「大丈夫ですか?」と問いかけると「あの二人、まじやばい……」と呻くように残して、がくりと気絶した。周りを見渡せば、所謂、壁尻状態になっている少女と亀甲縛りで放置されている大人の女性がいた。

 いや、本当に何があったんですか。これ。

 とりあえず刺客達を介抱してあげると三人の主格である少女、雷緒はギャン泣きしながら当屋敷で起きた恐怖体験を赤裸々に語ってくれた。その内容は冗談としか思えないものばかりであったが――曲がり角の先にある床を蝋で塗りたくって滑りやすくしていた、とか。階段を登ろうとすれば振り子運動の丸太が真正面から襲ってきた、とか。追い詰めたと思ったら二階にある部屋の床全てが抜けた、とか。ついでに大量の灰を頭から被った、とか――屋敷に残る痕跡が彼女達の話が真実であると告げていた。「もうやだー、おうちかえるー!」と泣きべそを掻く雷緒を見送って、さて、と住める状態ではない惨状を確認した私は溜息を零し、独りとぼとぼと袁家の屋敷に戻る。もう疲れたので、明日になってから考えようと思った。

 美羽様の寝室に辿り着いた時、歓喜に泣き喚く美羽様と不貞腐れた顔の張勲。そして、そんな二人を見守る程立の姿があった。

 

「あ、ようやく戻ってきましたねー」

 

 相変わらず、のんびりとした調子で話す我が家の使用人。

 どうやらまだ休ませてくれるつもりはないようだ。

 そっと温かい茶を差し出してくれる橋蕤の心遣いが今日は酷く痛み入った。

 

 この寝室には現在、私を含めた六人の人間が所狭しと詰め込まれている。

 部屋の主である美羽様は寝台に座る私の膝上にちょこんと座り、すぐ隣には結美(袁姫)が私に身を寄せながら腰を下ろす。橋蕤は全員に茶を配り終えた後、部屋の隅で椅子に座っており、程立と張勲の二人は横に並ぶように机の椅子に腰を下ろしていた。美羽様の支離滅裂な話や結美の理路整然とした話を交互に耳にしながら程立は、ふむふむと頷いて時折、質問を重ねた。張勲はあまり積極的に動く気はないのか、橋蕤に茶請けを要求している。ちなみに美羽様の話では、彼女こそが七乃とのことだ。あんまり協力的ではなさそうだが大丈夫だろうか。

 ひと通りの話を聞いた後で程立がずずっと茶を啜る。

 

「……どうしましょうか、これ。あまり気の進まない策ですねー」

 

 困ったように告げる程立に「どういう策なのか教えて欲しい」と告げる。

 

「……御主人様の尊厳が失われることになりますよ?」

 

 これ以上、失われる尊厳なんてない。と告げれば、程立は首を横に振って答える。

 

「いえ、たぶん、御主人様が思っている以上に辛い思いをすることになりますねー」

 

 むむむ、と眉間に皺を寄せる程立に横槍を入れるのは菓子を頬張る張勲だった。

 

「本人がそう言うのであれば、構わないじゃありませんか」

「いえいえ、これ、下手すると廃人になりますよ?」

「週に一度、十人以上から尻を掘られている人間が、ですか?」

 

 どうやら此処での行いは二人には筒抜けのようだ。

 

「え? 絞られる側ではなくて? ……掘られて?」

「雷諸が言っていたじゃないですか。褒美に私も混ぜて貰うんだって」

「そういう意味とは思わなくて……しかし、これはこれで……」

 

 少し頰を赤らめながら私を見つめてくる程立は「可愛い顔して……なかなか……」と飴で口元を隠しながら零した。なんだろう、この黒歴史を暴露されている心境は。蔑まされるならまだわかるが、その反応は予想外ですよ。まるで思春期の子供のように私のことを興味津々に見る程立はコホンと咳払いして「その話は後日、改めて詳しく訊くことにしましてー」と場を整え直した。

 

「話を聞く限りでは袁逢の戦力は紀霊に依存していることがわかりました。ひとりで戦力差をひっくり返すことができるほどの武力、袁逢に反する時、紀霊が最大の障壁になると貴方達は語りましたが――――」

 

 程立はチラリと私を見遣った後、言い難そうに顔を背ける。そして張勲が呆れるように溜息を零して続きを口にする。

 

「――懐柔しちゃってくださいよ、楊宏さん。愛の言葉を囁きながら抱かれれば良いんですよ。今更、綺麗事を抜かせるほど綺麗な体もしていないのでしょ?」

「その言い方は御主人様の心を抉ると言いますか……張勲さん、もうちょっと言葉を選びませんか?」

 

 程立の言葉に「わかりましたよ」と少し不貞腐れるような仕草を見せてから張勲は言葉を改める。

 

「負ければ屋敷兼用の性奴隷、貴方が大事にするその子も数十人から陵辱される毎日を送ることになります。なら勝って紀霊の愛人に収まり、せめて彼女を救う道を選ぶ方がよろしくはありませんか?」

 

 それが最も確実で早い道です、と張勲は断言した。

 

「決断は早くしてください。できることなら今夜にでも動き出さなければ間に合わなくなりますよ」

 

 何故なら、と張勲は私達を見渡してから告げる。

 袋の鼠とは、このことですね。と。

 

 

 粧ひ化ける、と書いて化粧と読む。

 私の顔付きは世間一般的な女性よりも整っており、魅せ方によっては女性よりも綺麗に整えられる。と侍女長として袁術に仕える橋蕤が告げた。袁術の身嗜みの全てを任されている彼女は化粧に関しても一流の腕前を持っており、その能力を性癖の赴くままに遺憾なく発揮した結果、今から高級娼館に行っても余裕で客を取れる出来になった。と化粧を施した彼女自身からお褒めの言葉を頂いた。それに合わせて衣服も着直し、立ち振舞いや仕草に至るまでを即席ながらに矯正させられる。ずっとこうしてみたかった、と呟いた橋蕤の言葉は聞こえなかったことにする。

 ほくほくと満足顔の橋蕤に手を引かれて、紀霊ひとりを落とす為におめかしした姿をみんなに披露した時、「うっわ」と張勲がドン引きした。美羽様は爛々と目を輝かせながら私の姿を褒め称え、「同性なのに惚れそう……同性? 性別……とは?」と困惑する結美(ゆみ)。程立はと云えば「同性愛者の気持ちが少し分かりますね」と頰を少し赤らめながらしみじみと呟いた。

 これは余談になるが、余分な塗り薬で脱毛させられている。屋敷の使用人に遊び半分で大事なところも塗り込まれたのでツルッツルだ、日焼け止めも強制させられているので肌も白かった。

 男としての尊厳、何処に落としたのかもう分からない。

 

 死んだ目を続けること数十分、寝室の扉を叩く音がした。

 この時、部屋にはパッと見では私しかいない。しかし収納家具や屋根裏、寝台の下などに彼女達は潜んでいる。二人だけにするのは流石に危険という話ではあったが――どうしてだろうか、その提案をした程立からは嘘を吐いているようにしか見えなかった。見とうない、と不機嫌になった美羽様だけは別室に赴き、それを追いかけるように張勲が寝室を後にした。そして残った結美と橋蕤、程立は意気揚々と部屋の各所に身を隠しに向かった。

 まあ今更、気にしたところで仕方ない。と寝台の上で紀霊を出迎える。

 紀霊、真名は六花(りっか)。筋肉質な肉体をしており、体格は男の私よりも大きかった。氣の扱いにも長けており、私では絶対に膂力で敵わない相手だ。抵抗すれば抑え込むように体の自由を奪い取り、不思議な蜂蜜によって得たそれで強引に私を貫いてくる乱暴者。でも悔しいけど技術は上手い、指使い、腰使い、足使い、体全てを使って私を蹂躙する。彼女の相手をさせられた後の記憶は曖昧になっていることが多く、気付けば二、三日過ぎていることもあった。廃人とか、幼児退行とか、そんな言葉が聞こえてくる辺り、あまり聞かない方が良いと思っている。彼女の真名を知っているのは行為中に無理やり押し付けられたからだ。真名で呼んで欲しい、と言われて、乱暴にされるのが嫌だったから必死に彼女の真名を叫んだことがある。結局、乱暴にされたけど、近頃、慢性的に腰が痛い。

 そして紀霊は私の初めての相手であり、唇以外の初めてを全て奪っていった相手でもあった。

 

 そんな相手を自ら招き入れる。

 彼女が私に執着していることは明白で、その想いは恋愛感情から来ていることもわかっている。

 ただ彼女の愛は独り善がりで、重たかった。

 

「橋蕤から聞いたけど話って――」

 

 ガチャリと開けられる扉。彼女の姿を確認した時、私は引き攣りそうになるのを堪えながら笑顔を返した。

 紀霊は無言のまま立ち尽くし、そして、無言のままズンズンと大股で近付いてくる。

 妙な圧力を感じる彼女に少し気後れしながら、ちょっと待ってください。と両手を突き出した。

 

「結婚しよう」

 

 私の非力な腕など意にも介さず、全身で抱き締められて唇を奪われた。

 そのまま押し倒される。仰向けに倒れたまま見上げると、そこには正気を失った目をした紀霊の顔があった。あ、これは駄目だ。と察した私は「せめて、優しくしてください」と涙目になりながら告げる。懐から不思議な蜂蜜を入った小瓶を取り出しながら「話は後で聞いてやる」と荒い息で告げられた。骨が軋むほどに抱き締められて、呼吸すらままならない状態で身を重ねられた。

 三回戦までは覚えている。気付いた時には美羽様に膝枕されていた、全裸で。

 

「うむ、話はわかった」

 

 張勲と話し合っていた紀霊は力強く頷き、意識を取り戻した私の方を振り返って告げる。

 だが無理だ、と。どうして、と問い返す。

 

「私は楊宏のことを愛しているが、楊宏が私を疎んじていることを知っている」

「…………」

「お前達と手を組んだとして、袁逢を倒した後、用済みになった私が楊宏と関係を持ち続けるできない」

 

 次に危険なのは私の身になるだろ、と告げられる。

 

「そんなの当たり前じゃないか……」

 

 思わず、呟いてしまった言葉に張勲は露骨に顔を顰めて、程立は黙って目を伏せる。でも言わずにはいられなかった。

 

「だって私のこと、一度も優しくしてくれなかったじゃないか。いつも力尽くで抑え込んで強引に突っ込んで、嫌なことばかりさせて……貴方が私のことが好きだなんてことは知っている。確かに貴方達に対する印象は出会い頭から最悪だ。でも、私、今は嫌いじゃない使用人、結構居たりするんですよ? 優しくしてくれるし、私を気持ち良くしようって気持ちが伝わってくるし、どれだけ私が素っ気ない態度をとっても、どれだけ敵愾心を露わにしても、困った顔でできるだけ私の体を労ってくれようとする人は居ます」

 

 まだ痛む身体に鞭打って、体を起こす。そして紀霊を睨みつけながら身を寄せる。

 

「愛して欲しいというなら愛してやる。そして私の虜になれ、私の初めてをくれてやる」

 

 紀霊の首に手を回して、押し付けるように唇を重ねる。

 彼女の弱点はもう分かっている。何をして欲しいかなんて分かっている。体を重ねた回数なんて十回じゃ済まない、繋がった回数は百を超えている。私は貴方のことをこれだけ知っている。歯の隙間から舌を滑り込ませる、厭らしい音を立てながら紀霊の目を睨みつける。私は貴方のことを誰よりも知っている。どうすれば気持ち良く感じるかなんて手に取るようにわかる。

 唇を離した時、彼女は呆然と私を見つめていた。休ませてなんてやるものか、考える時間なんてくれてやるものか。

 勃たぬ想い、無理やり勃たせる為に彼女が持ち込んだ小瓶に口付ける。

 そして、残った蜂蜜を全て飲み干して、もう一度、彼女と口づけを交わした。初めての私からの攻勢に筋肉に覆われた彼女の体が弛緩し、ゆっくりと押し倒した。不思議な蜂蜜には、男性にとっては精力剤の効果がある。舌を絡ませながら彼女の体を弄っていると紀霊の体が大きく跳ねた。荒い息を立てながら虚ろな瞳で天井を見つめる。

 まだ休ませる気はない。彼女の太腿を両手で開きながら絶対の殺意を込めて告げる。

 

「死ね」

 

 その一瞬、彼女の顔が青褪める。

 彼女が足に力を入れるよりも早く腰を打ち付けた次の瞬間、獣のような嬌声が上がった。

 

 

 膝上には不貞腐れた顔の美羽様、背中越しに抱き締めるのは全裸の六花(紀霊)

 程立は赤らめた顔で満足げに頷いており、結美は妬ましそうに六花を睨みつけている。ほくほく顔の橋蕤は私と六花に水を手渡す。「四ツ葉、口移し」「死んでくれない?」暴言を吐いたはずなのに六花は嬉しそうに頰を緩ませる。

 そんな私達の姿を見て、張勲は呆れたように両手を挙げた。

 

「本当に紀霊を味方に付けられては、もう裏切るしかないじゃないですか」

 

 そこから先はトントン拍子に事が進んでいき、そして冒頭に繋がる。

 見た目だけだと十歳にも満たない幼い体、ふらりと体をよろめかせながら袁逢は身を起こす。

 そして強がるように笑みを浮かべながら口を動かした。

 

「汝南袁家の歴代当主は秘術の影響から性行為に依存症を患っておる……妾の初めては外見相応の時じゃった。それからずっと快楽漬けの生活を送らされ続けてきて――ちょっと鬱憤が溜まったから妾は弟の袁隗と手を組んで先代当主を殺っちった。こんな家だから汝南袁家の家督は代々、奪うことで継承され続けてきている……」

 

 じゃが、と袁逢は立ち上がり、不敵に笑ってみせた。

 

「妾はこの屋敷の者達が好きじゃぞ? 辛い時、苦しい時、楽しい時、嬉しい時、幼い時から苦楽を共にしてきたのが此処の者達じゃ。まあ途中参加の者も多いがの、妾が心から愛し愛される者達じゃ。もはや家族同然、それ以上、親の顔よりも見知った仲じゃ」

 

 だから、と彼女は続ける。全身から悍ましい氣を蠢かせながら、たった一人で大胆不敵に口を開いた。

 

「妾には彼奴(きゃつ)らを幸せにする義務がある」

 

 胸を叩き、強く握りしめる。強い意志を言葉に乗せる。

 

「妾はこれしか知らぬ。故にまだまともな袁隗は外に追いやった。妾の居場所はここだけじゃ。だから妾が汝南袁家の当主を引き継いだ」

 

 私、楊宏。そして美羽様、結羽、橋蕤、程立、張勲、六花。計七人に囲まれながら袁逢は抜き身で言い放つ。

 

「かかって来い。そして妾の屍を超えてみろ」

 

 




次回は袁逢視点、間幕と屋敷に乗り込む辺りから始める予定です。
予定は未定です。

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