袁公路の死ぬ気で生存戦略   作:にゃあたいぷ。

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前半の微調整、後半は新規です。
同時に読んでもらった方がいいと思って、一度消させてもらいました。
申し訳ございません。


第十二話.

「終わりましたでしょうかー?」

 

 部屋の外からひょっこりと顔を出したのは程立だった。

 トテトテと何食わぬ顔で部屋に入ってきた少女は、気絶する袁逢の姿を見て「殺さないのですかー?」と指を差しながら告げる。六花(りっか)は庇うように袁逢を抱き寄せると無言で彼女を睨みつける。「あれ?」と程立は不思議そうに首を傾げながら周りを見渡すと「どうやら今すぐに殺すつもりはないようですね」と満足げに頷き、「まあ、これ以上、袁逢が私達に敵意を向ける事はありませんね」と呑気な声で口にした。

「彼女達は縛っておきましょう、形式だけでも」と程立は部屋の隅に固まった屋敷の使用人を視線で見やる。

 抵抗はほとんどなかった。

 

「さて、張勲さん。今後についての計画はありますでしょうか?」

 

 縛り終えた後、評定の間は本来の機能を取り戻した。

 とはいえ、まともに頭が働いているのは半分程度であり、美羽(袁術)様は身を震わせながら張勲に抱きついて離れないし、結美(ゆみ)は青褪めた顔で私の膝上に収まっている。互いに衣服は新しく着替えた後だ、理由については察して欲しい。橋蕤はまだ正気を保っているが緊張の抜けていないせいか表情が強張ったままだ。紀霊は嬉々として使用人達を縛り上げているところだ。鉄砲縛りとか、亀甲縛りとか、胡座縛りとか。「ちょっと練習してみないか?」と言った後で縄を私に押し付けた彼女は、率先して手を後ろに回しながら背中を向けてきた。とりあえず縄を投げつけておいた。今は鼻歌交じりで使用人を縛っている。

 張勲は面倒臭そうに美羽様の背中を撫でながら溜息を零し、特には、と口を開く。

 

「勝てばなんとでもなりますよ。の精神で此処まで来ましたのでー」

 

 その解答に程立は、ふむ、と頷いて眉間に皺を寄せる。

 

「それでは袁逢には袁術様に後継を定めてもらってから隠居して貰いましょう」

「……生かすのか?」

 

 思わず、問い返すと「特に殺す意味はありませんので」と告げる。

 

「……私達がそうしたように袁逢もまた私達に牙を向くかも知れないんじゃ?」

 

 そんな橋蕤の言葉に「その可能性は低いと思いますよー」と程立はいつもと同じようなのんびりとした口調で返した。

 

「袁逢さん、最初から本気を出していませんでしたよ?」

「え?」

「それに周囲の被害も気にされていたようですし」

 

 ほら、と程立が視線で示した先には多種多様の縛られ方をした使用人達が床で転がっている。

 

「あとはまあ私達はさておき娘は傷付けないようにしていました。袁姫様は蹴り飛ばされた時点で、まあ、死ぬまでは行かずとも骨の一本や二本は折れていないとおかしいのですよー」

「――それに袁逢は戦い慣れてないってのもあった。不可思議な術ではあったが、化け物を産むのにあそこまで時間を掛けていたら勝てるもんも勝てなくなる。あれって本来は戦闘が始まる前に用意しておくべき術なのでは?」

 

 そこんとこどうなのです? と紀霊が縛られた袁逢の頰をペチペチと叩いた。

 

「起きているのは分かっているんですよー?」

「五月蝿いのう、妾は眠たいのじゃ」

「不貞腐れてないで起きてくださいよ。見栄と意地は張れたでしょう?」

 

 そんなものは張っておらんわ、と袁逢は不貞腐れた顔でむくりと体を起こす。無論、縛られたままの姿で。

 

「妾の負けじゃよ、負け。妾は出せるだけの全力を出して、負けたのじゃから文句はなかろう」

「えー? なりふり構ってなければ、もっと戦えましたよ?」

 

 程立は楽しげに目を細めて、袁逢を見る。

 

「真正面から戦う姿勢を見せている時点で袁逢さんにとっては手加減では?」

「ふん、娘に陰謀と謀略を使う親が何処におる。親に陰謀をけしかける娘もな。紀霊はともかく数名、妾を殺すつもりで襲いかかってきたであろう?」

 

 殺す気で向かっておってわ、と告げる袁逢に「えっ?」と紀霊が首を傾げる。

 

「私も殺す気ありましたよ? 万が一は仕方ないかなって」

 

 え、まじ? と袁逢が見つめ返す。まじまじ、と六花が頷き返す。

 

「私の四ツ葉に手を出しておいてなにを言ってやがるのですか?」

 

 六花が恨めしげな視線に袁逢は、そこが妾の計算違いじゃったなあ、としみじみ呟いた。

 

「まあ袁逢様が弱すぎたおかげで殺さずにすみましたけど? もうちょっと鍛えましょう、筋肉は良いですよ」

「……妾が戦意を見せた時、程立と言ったか? お主がが真っ先に部屋から逃げ出したのを知っとるからな?」

「私に噛みつかないでください。それと戦術的撤退というものですよー。私がいたら足手まといになるだけじゃないですかー」

 

 呆れ混じりに溜息を零す程立から視線を外して、袁逢は私達、いや、美羽と結美を見つめる。

 

「四世三公は袁家の秘術があって成し遂げられたものじゃ。本来なら一子相伝の秘術、房中術を用いた探求の末に辿り着いた道教の神秘。この身に刻んだ太平要術には世界を変革させる力がある――まあ本当に世界を変えられるだけの力を蓄えた人物は歴代を含めても妾だけだろうがの」

 

 袁逢は自嘲し、そして細くて長い息を吐いた。ゆっくりと間を取り、改めて娘二人を見つめる。

 

「太平要術には願いを叶える力がある。それを要らぬというのであれば、もう知らぬ」

 

 そこまでいうと袁逢は六花に向けて「筆を持て」と告げる。

 はいはい、と面倒臭そうに部屋を後にする六花。彼女の娘二人は話を聞いていたのか、いないのか。無言のまま何も語らない。

 二人の代わりにおずおずと手を挙げたのは、張勲だった。

 

「あの〜、太平要術に願いを叶える力があるのであれば、私達に負けることもなかったのでは?」

「……妾の願い、妾の幸せは此処にある」

 

 袁逢は屋敷の部屋全体を見渡し、多種多様の縛られ方をしている使用人達を慈しむように見つめる。

 

「それに其方は、娘達を檻に閉じ込めることが親の幸せだと思ってるのか?」

 

 いえ、と張勲は罰が悪そうに頰を掻いた。

 袁逢は後ろ手に縛られたまま、よろしい、と胸を張って頷いてみせる。

 そうして少し気不味い時間が過ぎる中、「お持ちしました」と六花が筆と墨、それに紙を持って部屋に戻ってきた。

 解け、という袁逢の指示に、はいはい、と従う六花を止める者は誰もいない。

 

「後継者は袁術。これで良かろう? 妾達の処遇も含めて、後は勝手にしろ」

 

 すらすらと達筆な文字で書類を書き終えると袁逢はごろんと床に寝転がった。

 

「隠居先の屋敷には、此処の使用人を使っても問題ないでしょう――というよりも此処の使用人は袁逢様にしか御する事ができないと思いますねー」

 

 下手に解き放つと娼婦に貢いで破産する人が増えてしまいそうです、と程立は溜息を零した。

 

 

 事を終えた晩、私はひとり部屋に居た。

 背凭れに体重を傾けると椅子が軋む音がする。自分の為に用意した茶を啜り、ふうっと息を吐き捨てる。

 なんというか疲れた、この一言に尽きる。

 

 ほんの数カ月前までのことが嘘のようだ。

 思い返すと胸の奥が疼く、甘酸っぱい思い出。窓から夜空を見上げながら猪々子(文醜)のことを想う。この同じ星空を見上げているだろうか。それはないだろう、彼女は典型的な花より団子という人物だ。月を肴に酒を呷るのではなくて、月が綺麗だから、と月を動機に酒を呷る性格だ。正直、未練はある。後悔もある。でも不思議なことに今、私の想いは疲弊感だけだった。事を為した、という達成感はない。かといって今更、猪々子(いいしぇ)の鞘に収まるつもりもない。

 私の居場所は、此処なのだ。と私の心が告げていた。

 

「本当に良いのかの?」

 

 ふと声を掛けられる。

 開けっ放しになっていた扉から今は主君、美羽様は酒瓶片手に眠たそうな目で歩み寄ってきた。

 そして許可も取らず、私の膝上にちょこんと座って、盃を二杯、机の上に並べる。

 

「妾は御母様に対して愛着はないからの。其方が望むのであれば殺しても構わぬぞ?」

 

 元服前の少女にしては、やけに手慣れた手つきでトクトクと盃に酒を注いだ。

 まあ元服前といってもあと一週間もすれば、汝南袁家の当主を引き継ぐついでに元服の儀を終える手筈になっているので誤差といえば誤差なのだが、それでも酌をする姿が様になっていることに違和感を覚える。だが、その原因に至る話を聞いている。美羽様には前世で同じ世界、でも違う歴史を辿った経験がある。俄かに信じ難い話ではあるが――張勲の真名を言い当てたことが、彼女の言葉に信憑性を与えている。だから、その分だけ彼女は大人びているのだと思う。

 美羽様は私の膝上で酒を呷り、「やはり、あまり好かんの」と苦笑いを零す。

 

「今世での妾は袁家の跡取りとして教育を受けとるからの、サボっておったが……まあ、それでも御母様を生かすことの利点は理解しておるつもりじゃ」

 

 納得はしておらんがの! と両拳を築き上げて憤った。

 良くも悪くも美羽様は素直な性格をしている。妹の結美でさえも強かさを身に付けているというのに、彼女は汝南袁家の屋敷で育ったとは思えない程に純粋だった。嘘を吐ける性格ではない。嘘を吐くことはあっても、素直で純粋な美羽様では嘘を貫き通すことができない。それは汝南袁家の枠組みで考えると奇跡的なことだった。私でさえも純粋な気持ちは失われているというのに、彼女は純粋性を失わなかった。そんな彼女が放つ輝きは、まるで地底を照らす太陽のようで、その光に縋るように手を伸ばし、そして守らなくてはならない存在だと認識させられる。

 彼女の存在は温かい。私が自我を崩壊させず、陵辱に耐え続けることができたのも彼女の存在が居ればこそだ。

 

「妾にとって大切なのは御母様よりも其方じゃ。だからの、其方が報復したいのであれば処刑しても構わないぞよ?」

 

 繰り返される提案に私は首を横に振る。

 

「今更ですよ」

 

 もう手遅れだった、なにもかもが今更過ぎた。

 初めて陵辱された時の絶望感は薄れ、復讐心は押し殺している内に薄れてしまった。屋敷の者達が私に好意的だったのもいけない。納得できない気持ちはある、許すつもりは毛頭ない。でも潰すほどでもなくなってしまったのが現実だった。今、私にとって大切なのは美羽様であり、結美。残念ながら猪々子は二の次、三の次と優先する順位が落ちている。

 きっと私は美羽様の為なら猪々子相手にも剣を取れる。それで情けを掛けることはあっても靡くことはない。確かに愛していた、正しく純愛だった。でも純情はもう私の中には欠片も残っておらず、私の居場所は美羽様だと心に定めている。

 だから、もう良いのだ。全てが今更で、きっと報復したところでこの気持ちが晴れることはない。

 

「……まあ、それはそれとして、殺しておくに越したことはないと思いますけどね」

「じゃな!」

 

 美羽様が満面の笑顔で同意する。

 袁逢の処遇は張勲と程立の二人に任せている為、私達には決定権はない。

 もし彼女を殺せるのだとすれば、私情による処刑だけだ。

 

 だから袁逢は殺せない。今はまだ利用価値があり、殺すに足る道理はあっても合理はなかった。

 

 

 




次回からは動乱篇。
ようやく恋姫の時間軸に辿り着きました。
まあ冒頭部だけ書いて、暫く本作は筆を休める予定です。

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